33 / 83
鋼鉄様の食客2
しおりを挟む
翌朝目覚めると、あまりに自分が包まっている布団が肌当たり良いので、まだ夢の中にいるんじゃないかと一瞬錯覚してしまった。こんないい布団で寝られる機会なんて、たぶん俺の人生でまたとないだろう。布団から出るのが本当に名残惜しいが、人さまの家でいつまでもごろごろしてるわけにもいかない。意を決してベッドから降り、出来るだけシーツ類をキレイに伸ばして、その上に脱いだ寝間着を畳んだ。
洗面所での用を済ませてから、愛用の鞄から服を取り出す。何枚かあるうちの一枚のワンピースを一度手に取るが、少し考えてやめた。鞄の更に奥に手を突っ込んで、こっそり持ってきた一番のお気に入りを取り出す。肌当たり柔らかな白いシャツと、暗青色のズボンは、強い朝日に照らされても粗がなく高級感がある。以前セブさんに買ってもらったものだ。見る度セブさんのことを思い出せて口元が緩む。
身支度をしていると、女中さんが朝食の知らせと共に、裏庭への立ち入り許可をくれた。嬉しくて礼を告げる声も弾む。朝食を手早く済ませた俺は、護衛という体の見張りの女性を一人伴って、足取り軽く裏庭に降りた。
「こんなに蜜薬草の花をまとめて咲かせられるなんて腕がいいなあ」
窓から見てそうかなと思っていたのだが、裏庭には観賞用の花木ばかりでなく、森山に自生する草花や薬草の類も多く植えられていた。素人目だけど、様々な草花が互いを邪魔しないように、よく気をつけられてるように見える。
「気に入るものがあれば、いくつか切って部屋にお持ち頂いて構いませんよ」
俺の三歩程後ろをついて来ていた護衛の女性が、テノールに近い優しげな声で提案してくれた。緩く波打つオリーブ掛かった黒の短髪が印象的な人で、名前はオリヴィアさんという。他の人に指示を出してるところを見たから、たぶん偉い人なんだと思う。
「いいんですか?」
「ハバト様が望むなら、例えこの庭の全てを刈り取ったとしても我らが主は全て喜んで許すでしょうね」
ゆっくり近付いてきたオリヴィアさんが、懐から出した短刀を膝を折って俺に掲げ手渡してくれる。屈んだ拍子に、オリヴィアさんの腰に佩いた細身の長剣の鞘先が、足元の石畳をコツリと叩いた。
あまり葉ぶりが変わらなそうなところを選んで、受け取った短刀で木香薔薇を小さく一枝落とした。白くて、丸く花びらを重ねた姿が可愛らしい。それをそっとポケットにしまって、短刀をオリヴィアさんに返した。
「それだけでいいのですか?」
「もちろん十分です。今日ここに来た記念に押し花にして残そうかと思います。魔法で仕上げたらきっとすごくキレイに残せます。こんな大振りでキレイな木香薔薇で栞を作ったらとても贅沢ですよ」
すごくすごく丁寧に作ろう。
ポケットの上からそろそろと花を撫でていると、隣に立ったオリヴィアさんがクスリと笑った気配がした。
「貴方のそういうところが、主は可愛くて仕方ないのでしょうね」
「…押し花は子供っぽいですか?セブさんには内緒にしておいてください」
「いえいえ。とても結構なことです。花を愛でることも貪汚から縁遠いことも」
そう言ってホホホと笑われた。気恥ずかしく思ってこっそり口をとがらせていると、大通りがあるだろう方向からかすかに軽快な音楽が聴こえてきた。俺がそれに気を取られて裏門の方に顔を向けると、オリヴィアさんが「楽団ですね」と教えてくれた。
「この先にある広場でしょう。叙爵式が迫ってますから、王都中どこもかしこも催しだらけですよ」
「そうなんですね」
見に行きたいなあ。そう思ってちらりとオリヴィアさんの顔色を伺うが、まだ何も言ってないのに首を横に振られた。酷い。
「拗ねないでください。ほら、あの奥に温室もあるんですよ。見に行きますか?」
「…行きます」
見事話をそらされたが、実際温室の存在は気になってたので素直に従う。
「士長!恐れ入ります!少々宜しいでしょうか!」
温室に足を向けた俺たちに、屋敷の方からの呼び止める鋭い声が掛けられた。振り返った先で騎士礼を取っている声の主は、真っ直ぐオリヴィアさんを見ている。
「ハバト様の護衛が最優先だ。私はここから離れられない。用件はここで聞こう」
足早に近付いてきた部下の人が、俺の存在を気にしているのがわかった。俺がいるせいで仕事が捗らないんだもんな。申し訳ない。
「わたしはひとりでも大丈夫ですよ」
「大丈夫なわけがないでしょう」
「…はい」
せめてオリヴィアさんたちが仕事の話をする間だけでも離れておこうと、すみっこの花壇の前でしゃがみこむ。菫がキレイに咲いている。
「客人との面会を求めて近衛のエドワーズ様がいらしています」
「ベル様の差金か。荒事が得意な者を選んで連れてくるとは、本当に手段を選ばない姫君で困ったものだ。それで、今誰が対応している?」
「ノエルとセドリックが対しております。ただ、副長たちが出払っていて、私を含めましてもエドワーズ様を制圧するのは難しいかと思われます。こちらへ押し入られるのも時間の問題かと」
オリヴィアさんの特大の溜め息が聞こえた。そちらを見ると、ちょうどオリヴィアさんも俺を見たところだった。
「ハバト様。温室内で構いませんので、私が戻るまでひとりでお待ち頂けますか」
「はい。もちろん。お仕事大変でしょうが、どうかお怪我なく戻ってきてください」
ちらと目を見て言うと、オリヴィアさんは女性らしい淑やかな微笑みを浮かべ「手早く圧し折って参ります」と物騒なことを言い出した。
屋敷の中に消えていくオリヴィアさんと部下の人の背を見送ってから、俺は温室に向かって歩き始めた。
温室は裏庭の中央にあり、小ぶりなものだけど珍しい半円形をしていてお洒落だ。複雑なカットをされたガラスがキラキラ太陽の光を跳ね返している。中には暖かい地域の植物を置いているらしく、温室外から見ても色鮮やかなものが多いのがわかる。
わくわくしながら温室の扉に手をかけた時、遠くから聞こえる楽団の音色に混じって、不意に鈴のような声が聞こえた気がした。
洗面所での用を済ませてから、愛用の鞄から服を取り出す。何枚かあるうちの一枚のワンピースを一度手に取るが、少し考えてやめた。鞄の更に奥に手を突っ込んで、こっそり持ってきた一番のお気に入りを取り出す。肌当たり柔らかな白いシャツと、暗青色のズボンは、強い朝日に照らされても粗がなく高級感がある。以前セブさんに買ってもらったものだ。見る度セブさんのことを思い出せて口元が緩む。
身支度をしていると、女中さんが朝食の知らせと共に、裏庭への立ち入り許可をくれた。嬉しくて礼を告げる声も弾む。朝食を手早く済ませた俺は、護衛という体の見張りの女性を一人伴って、足取り軽く裏庭に降りた。
「こんなに蜜薬草の花をまとめて咲かせられるなんて腕がいいなあ」
窓から見てそうかなと思っていたのだが、裏庭には観賞用の花木ばかりでなく、森山に自生する草花や薬草の類も多く植えられていた。素人目だけど、様々な草花が互いを邪魔しないように、よく気をつけられてるように見える。
「気に入るものがあれば、いくつか切って部屋にお持ち頂いて構いませんよ」
俺の三歩程後ろをついて来ていた護衛の女性が、テノールに近い優しげな声で提案してくれた。緩く波打つオリーブ掛かった黒の短髪が印象的な人で、名前はオリヴィアさんという。他の人に指示を出してるところを見たから、たぶん偉い人なんだと思う。
「いいんですか?」
「ハバト様が望むなら、例えこの庭の全てを刈り取ったとしても我らが主は全て喜んで許すでしょうね」
ゆっくり近付いてきたオリヴィアさんが、懐から出した短刀を膝を折って俺に掲げ手渡してくれる。屈んだ拍子に、オリヴィアさんの腰に佩いた細身の長剣の鞘先が、足元の石畳をコツリと叩いた。
あまり葉ぶりが変わらなそうなところを選んで、受け取った短刀で木香薔薇を小さく一枝落とした。白くて、丸く花びらを重ねた姿が可愛らしい。それをそっとポケットにしまって、短刀をオリヴィアさんに返した。
「それだけでいいのですか?」
「もちろん十分です。今日ここに来た記念に押し花にして残そうかと思います。魔法で仕上げたらきっとすごくキレイに残せます。こんな大振りでキレイな木香薔薇で栞を作ったらとても贅沢ですよ」
すごくすごく丁寧に作ろう。
ポケットの上からそろそろと花を撫でていると、隣に立ったオリヴィアさんがクスリと笑った気配がした。
「貴方のそういうところが、主は可愛くて仕方ないのでしょうね」
「…押し花は子供っぽいですか?セブさんには内緒にしておいてください」
「いえいえ。とても結構なことです。花を愛でることも貪汚から縁遠いことも」
そう言ってホホホと笑われた。気恥ずかしく思ってこっそり口をとがらせていると、大通りがあるだろう方向からかすかに軽快な音楽が聴こえてきた。俺がそれに気を取られて裏門の方に顔を向けると、オリヴィアさんが「楽団ですね」と教えてくれた。
「この先にある広場でしょう。叙爵式が迫ってますから、王都中どこもかしこも催しだらけですよ」
「そうなんですね」
見に行きたいなあ。そう思ってちらりとオリヴィアさんの顔色を伺うが、まだ何も言ってないのに首を横に振られた。酷い。
「拗ねないでください。ほら、あの奥に温室もあるんですよ。見に行きますか?」
「…行きます」
見事話をそらされたが、実際温室の存在は気になってたので素直に従う。
「士長!恐れ入ります!少々宜しいでしょうか!」
温室に足を向けた俺たちに、屋敷の方からの呼び止める鋭い声が掛けられた。振り返った先で騎士礼を取っている声の主は、真っ直ぐオリヴィアさんを見ている。
「ハバト様の護衛が最優先だ。私はここから離れられない。用件はここで聞こう」
足早に近付いてきた部下の人が、俺の存在を気にしているのがわかった。俺がいるせいで仕事が捗らないんだもんな。申し訳ない。
「わたしはひとりでも大丈夫ですよ」
「大丈夫なわけがないでしょう」
「…はい」
せめてオリヴィアさんたちが仕事の話をする間だけでも離れておこうと、すみっこの花壇の前でしゃがみこむ。菫がキレイに咲いている。
「客人との面会を求めて近衛のエドワーズ様がいらしています」
「ベル様の差金か。荒事が得意な者を選んで連れてくるとは、本当に手段を選ばない姫君で困ったものだ。それで、今誰が対応している?」
「ノエルとセドリックが対しております。ただ、副長たちが出払っていて、私を含めましてもエドワーズ様を制圧するのは難しいかと思われます。こちらへ押し入られるのも時間の問題かと」
オリヴィアさんの特大の溜め息が聞こえた。そちらを見ると、ちょうどオリヴィアさんも俺を見たところだった。
「ハバト様。温室内で構いませんので、私が戻るまでひとりでお待ち頂けますか」
「はい。もちろん。お仕事大変でしょうが、どうかお怪我なく戻ってきてください」
ちらと目を見て言うと、オリヴィアさんは女性らしい淑やかな微笑みを浮かべ「手早く圧し折って参ります」と物騒なことを言い出した。
屋敷の中に消えていくオリヴィアさんと部下の人の背を見送ってから、俺は温室に向かって歩き始めた。
温室は裏庭の中央にあり、小ぶりなものだけど珍しい半円形をしていてお洒落だ。複雑なカットをされたガラスがキラキラ太陽の光を跳ね返している。中には暖かい地域の植物を置いているらしく、温室外から見ても色鮮やかなものが多いのがわかる。
わくわくしながら温室の扉に手をかけた時、遠くから聞こえる楽団の音色に混じって、不意に鈴のような声が聞こえた気がした。
113
お気に入りに追加
2,658
あなたにおすすめの小説
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――


嫌われ変異番の俺が幸せになるまで
深凪雪花
BL
候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。
即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。
しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……?
※★は性描写ありです。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。
とうや
BL
【6/10最終話です】
「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」
王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。
あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?!
自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。
***********************
ATTENTION
***********************
※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。
※朝6時くらいに更新です。

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話
屑籠
BL
サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。
彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。
そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。
さらっと読めるようなそんな感じの短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる