上 下
31 / 83

公爵家からの手紙2

しおりを挟む
「ミラルダさん、あの人は事情があって一緒にいただけで」

「ハバト、お前ちょうどいいところにいた」

 酷く今更な申し開きをしようとぼそぼそと話し始めた俺の声を、商人らしいとても通る男声が遮った。振り返ると、この商店の若旦那が書類鞄を持ってこちらへ小走りで近付いてくる。普段最低限の会話しかしたことない相手なので、こんな慌てた様子を見ることは珍しい。

「わたしに何かご用ですか?」

「ハバト宛てに、公爵家から書簡が来てる」

「え?」

 この金物商店は老舗のため、村中の郵送品の集約と、外から届いたものの配送も請け負ってくれている。若旦那は逞しい腕に抱えていた書類鞄から、質の良さそうな白い封書を取り出した。セブさんからの手紙もとても上質な紙でキレイな白色をしていたが、この封書は更に四隅に品の良い型押しがされた上から金塗りまで施されている。俺宛てに送られてくるわけのない、貴族仕様の最高級なものであることは明白だった。

「それ、本当にわたし宛てなんですか?」

 若旦那は困ったような苦笑いを浮かべて、宛名がよく見えるように封書を差し出してくれたので、俺はそれを恭しく受け取る。確かに宛名は「第九街道北東の果て、ハービル村、濃石の森の一軒家 ハバト様」となっていた。一字の間違いもなく俺のことだ。
 ドキドキと心臓が痛いくらいに脈打つ。それは、身に覚えのない書簡を受け取ったから、ではない。
 丁寧で几帳面そうなその字に、はっきりと見覚えがあったからだ。
 ずっとずっと待っていた、愛おしくてたまらないセブさんの字だ。

 恐る恐る書簡を裏返す。正面に立つ若旦那が、何か言いたげにゆっくり息を吸ったのがわかったが、俺はそれどころではなく、書簡から目を上げることが出来なかった。

「セバスチャン・バルダッローダ、さま」

 彼の名前なのだと思うとあまりに愛おしくて、つい口に出してしまった。そうか、だからセブなのか。

 彼のことをまたひとつ知れた。彼とのつながりは断たれたわけではなかった。そのことが、飛び上がりたいくらいに嬉しい。喜びに頬がぽかぽかと温かく緩む。彼に会えない間ずっと心を締め付けていたものが嘘のように霧散してしまい、あまりに単純な自分が少しだけ恥ずかしい。

「この国でバルダッローダって言ったら公爵家しかないだろう。俺も詳しくはねえが、立派な封蝋もされてて手が込んでる。傍目には本物に見えるんだよな」

 若旦那は騙りを疑っているようだ。俺も見覚えのあるこの字を見なければ、それを真っ先に疑っただろう。

「大丈夫です。知っている方なので、本物なのだと思います」

「本物?お前公爵家と繋がりがあるのか?」

「公爵家の方とは知りませんでした。ただ、ええと、厄介な怪我をされていたので、治療薬をお出しした縁です」

 俺が言い渋ったことで魔女の仕事関係だとすぐに察したらしく、若旦那は「そうか。ならいいんだ」と身を引いて、まるで何事もなかったかのように店主のいる店奥へと戻っていった。
 魔女の仕事に関わらない。それはこの村だと当たり前のことだ。これ以上の詮索がないことにほっとした。

「セバスチャン・バルダッローダ様って、あの麗しの?」

 そう歓喜混じりの声を上げたのは、先程までしずしずとミラルダさんの後ろに控えて職務をこなしていた女性だった。確か名前はイヴァさんだったかな。

「あんた、またかい。王都かぶれも困ったもんだね。流行りものに熱を上げるのは構わないけど、他人の詮索までするのはおよしよ」

 ミラルダさんにたしなめられて、渋々「だって、鋼鉄様は全女子の憧れじゃないですかあ…」と不貞腐れた子供の顔をしたイヴァさんは、真面目な仕事姿からは想像がつかない。

「あの、この方はそんなに有名なんですか?」

 つい興味がわいておずおずと尋ねると、待っていたとばかりにイヴァさんが「それはもう!」と楽しそうに声を張った。

「“鋼鉄の英雄様”は今一番話題の人ですよ!麗しい容姿と実直で冷淡な言動が相まって、元々王都で大変人気のある方でしたが、例のエイレジンの奸策鎮圧指揮の偉勲でセバスチャン様の名聞は留まるところを知らない状態です!」

 イヴァさんの勢いに気圧されて仰け反りそうになる。どうにも大きな声は苦手だが、セブさんの話は気になる。腹に力を込めて、背筋を伸ばした。

「鋼鉄の英雄様ってあだ名ですか?そういうのは誰がつけるんでしょうか?」

「え?気になるのそこなんですね。ハバトさんは不思議な人ですねえ」

 やんわりした表現をしてくれたが、あまりいい意味で言われていないことはわかった。その証拠に、「そこがハバトの良いところだろう」とミラルダさんがイヴァさんの背をぴしゃりと叩いて俺を擁護してくれる。ミラルダさんの喝に慣れているらしいイヴァさんは悪びれた様子なく、「失礼しました」とハキハキ謝罪をしてくれた。

「鋼鉄の英雄というのは今回の武功を上げてから、王都の読売などで使われ出した異称ですね。和平の一番の立役者ですから英雄です。それまでは鋼鉄の騎士と称されていました。巷では以前と変わらず、鋼鉄様なんて呼ばれることが多いですね」

 “残念な意味で不思議”な俺に配慮して、イヴァさんは丁寧に教えてくれた。セブさんは鋼鉄のように強くてキレイだから、その呼び名は何だか納得出来た。

「ふふふ。そっか。セブさんはみんなの憧れの騎士様なんですね」

 俺のつまらない感想に、先程までイヴァさんの話を気だるげに聞いていたミランダさんが、何かに気付いたようにハッとした顔をした。

「ハバト、あんたもしかして例のおキレイな恋人が……ああ、いや。私らはこれ以上聞かない方がいいね。田舎商人風情には荷が重い話題だ」
 
「…ありがとうございます」

 ミラルダさんは、馬車で会ったセブさんが鋼鉄の英雄様とやらだと完全に気付いてしまったようだが、それを口にして得をする人物などどこにもいない。その気遣いをありがたく受け取って、俺も帰り支度を始める。

 もう届かないと思っていた彼からの手紙が今手の中にあることがたまらなく嬉しい。本来なら恐れ多いばかりの堅苦しい装飾すら、彼が選んだものだと思えば優しくて温かいものに感じられる。家に帰ったらいち早く開こうと心に決める。
 愛用している帆布の肩掛けに書簡を仕舞おうとすると、「あの、ハバトさん」とイヴァさんに控えめな声で呼び止められた。

「はい。何でしょうか?」

 尋ねながら、俺の指は無意識に滑り良い紙の感触を確かめるようにさらさらと撫でる。

「もしかして、その書簡は叙爵式の招待状なんじゃないでしょうか。もしそうで、式にご出席されるのであれば幾分ご準備が必要なのではありませんか?」

「……え?」



 急ぎ確認してみれば実際それは紛うことなき叙爵式の招待状で、俺は情けない悲鳴を上げることになった。
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

処理中です...