稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ

文字の大きさ
上 下
25 / 83

遠征の前に2

しおりを挟む
 例によって見た目によらず食材にあふれた濃石の森では、きのこも採れるし、足を延ばせば川魚も釣れる。畑を作れば、獣害もあるが実りは悪くない。

 川魚の甘露煮を味付け代わりに、干したきのこと細かく刻んだ根菜を米と一緒に炊く。別に魚醤をベースに鶏ムネと葉物を煮て汁物にした。口直しにりんごも買ってある。
 俺ひとりで食べるには贅沢な料理だが、お客さんに出すにはやや侘しい気もする。

「うまそうだ。ハバトが作るものは珍しいものばかりだな。祖母君から教わったのか?」

 前のように本でも読んで待ってていいと何度言っても聞かず、セブさんは俺の後ろで調理を見守りつつ、時折俺の手が空くと肩や頭に触れてくる。嬉しいけど落ち着かない。

「そうですね。わたしが持っているものは知識も技術も全部ばあばからもらったものです」

「祖母君に可愛がられていたのだな」

「二人きりの家族なので、面倒でもばあばは突き離せなかったんでしょうね。わたしは手のかかる子供でしたし、きっと最期まで気を揉ませてしまったかと思います。わたしはばあばが育ててくれなければ、もっと役立たずだったでしょうね」

 ばあばを看取ってから、ひとりでも大丈夫と何度も自分にいい聞かせて、気付いたら二年経っていた。年を取って体は不自由になっていたけど、頭がよくてずる賢い、よく笑うけど人をからかうのも大好きな少し意地悪な人だった。魔女であるばあばが男の俺を捨てずに、後継より優先して育ててくれたことに感謝していると同時に罪悪感も多分にある。
 しんみりした気持ちを振り払うように、「さて、ご飯お皿によそいますね」とセブさんを振り返ると、何故か少し怖い顔をした彼と目が合った。ゆっくり近づいてきた手が俺の肩を撫でた。

「…礼を欠いていると承知で込み入ったことを聞くが、祖母君とは血の繋がりがないのか?」

「いえ。血は繋がっているはずです…」

 セブさんが何を思って尋ねたのか、意図が読めずに困惑する。もしかしたら、魔女の直系の孫なのに魔女でないことに不信感を持っているのだろうか?

「血の繋がった子供を養育するのは人道的に当然のことだ。祖母君は当然のことをしただけなのに、何故君はそんなに申し訳無さそうにしている」

「え?」

 全く予期していなかった方向の話をされて、思考が置いてきぼりをくらった。

「人間の子供は虫蛇のように親無く育つものではない。子供が養育者から与えられたもので成長するのも当たり前なことだ。祖母君がハバトに与えたものはとても有意義で得難いものばかりだと見受ける。自身を誇れこそすれ、卑下することではない」

 表情は怖いが、口調と触れる手はいつも以上にとても柔らかい。美しく、優しい人は更に続けた。

「祖母君はハバトを愛しているから自身の最期も君をそばにおいたのだろうし、君の能力を認めていたからこそこの僻地の魔女の家に今も君を住まわせているのだろう」

 愛されてる。
 そんなこと考えたこともなかった。いつでも俺は誰かの嫌悪の対象で、足枷で、不要なものなのだと思っていた。

「そっか…愛してくれていたんですかね」

「君は祖母君を愛しているのだろう?」

 しっかりと頷くと、「ならば祖母君も君を愛しているだろう。家族愛とはそういうものだ」とセブさんが微笑んだので、俺もつられて頬が緩んだ。頭を撫でていた彼の手が俺の目元をかすめてから離れた。

「すごいですね。セブさんに言われると説得力があります」

「君より長く生きてるからね。でも私は君の作るような、うまい家庭料理のひとつもまともに作れない小さな男だ」

 楽しそうに少しおどけた彼は、「どの皿を出せばいい?」と戸棚を示したので、遠慮なく「右端手前の平皿とその隣の深皿を二枚ずつ取ってください」と手伝いをお願いした。

「ご自身では料理しないんですね。セブさんは王都で普段どんなご飯を食べてるんですか?」

 戸棚を閉めながらセブさんがハハっと珍しく声を上げて笑ったので、何事かと目を合わせる。

「君は手紙でも私の身の回りのことをあまり聞かないから、てっきり私に関心がないのかと思っていた」

「え!そんなことないです!でも、セブさん王立の騎士だっていうし、ご実家も貴族?だっていうし、あんまりあれこれ聞かれるのは気分が悪いかなって、思ってたんですけど…そうでもないですか?」

 出した皿のうち深皿だけ渡され、平皿を持ったままセブさんは炊き込み飯の入った釜から手際よくよそい始める。こんな気遣い深い人が小さな男だなんて表現されるわけがないな、と改めて思う。

「君に聞かれて気分を害するような事柄などひとつもない。聞きづらいのであれば、勝手に名乗りから始めようか?」

「ふふふ。セブさんの騎士の名乗りはさぞかっこいいでしょうね。見惚れてるうちに斬られてしまいそうです」

 手早く飯を盛った皿を我が家唯一のテーブルに運ぶと、すぐさま戻ってきて何も言わずとも俺が汁物をよそった皿もまた運んでくれる。「君を斬るくらいなら私は君に斬られた方がマシだ」と苦々しい顔をされた。結局そんな顔してもかっこいいからずるい。

 隙あらば何か仕事をしようとしてしまうセブさんを引きずるように木椅子に座らせ、その手にほんのり柑橘の香りをつけたお冷の入ったコップとカトラリーを渡すと、観念したようでやっと腰を落ち着けた。

「騎士団の寮内に食堂があるんだが、質より量を地で行く。大味な米、芋、肉ばかりだ。遠征中は野営が増えるからより酷いな」

 手早くりんごを洗って皮を剥き、はちみつ水にくぐらせてから小皿に分けて乗せて、こちらを持ってテーブルに並べた。

「騎士団は煌びやかな印象がありましたが、意外と質素な食生活なんですね」

 席に着いて「では、頂きます」と手を合わせると、セブさんは少し考えてから同じように手を合わせた。

 かすかに野外から虫の声が聴こえる。あとは暖炉の火が薪を弾く音くらいしかない。とても静かな夜だ。そんな夜長にセブさんと二人きりでまた食事が出来ることがとても嬉しい。

 ただスプーンを口に運んでいるだけなのに優雅な雰囲気あふれるセブさんは、本当にこのボロ家に不釣り合いでむずむずしてしまう。
 治癒後の指先の使いも特に不自然もなく、しっかりカトラリーを使えているようでそれも嬉しくて頬が緩んだ。
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

僕の策略は婚約者に通じるか

BL
侯爵令息✕伯爵令息。大好きな婚約者が「我慢、無駄、仮面」と話しているところを聞いてしまった。ああそれなら僕はいなくならねば。婚約は解消してもらって彼を自由にしてあげないと。すべてを忘れて逃げようと画策する話。 フリードリヒ・リーネント✕ユストゥス・バルテン ※他サイト投稿済です ※攻視点があります

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

【完結】足手まといの俺が「史上最強パーティを離脱したい」と言い出したら、なぜか国の至宝と呼ばれる剣聖とその親友の大魔道士に囲い込まれる話

.mizutama.
BL
※完結しました!ありがとうございます! 「もう潮時だろう? いい加減に目を覚ませ! お前はあの二人に遊ばれているだけなんだ!」  勇敢な冒険者を目指すティト・アスティは、魔法学園の下男として働きながら、いつか難攻不落と言われる国内最大のダンジョン攻略の旅に出ることを夢見ていた。  そんなある日、魔法学園の最上級生で国の至宝とよばれる最強の魔剣士・ファビオが、その親友の魔導士・オルランドとともに、ダンジョン攻略のための旅に出るための仲間の選定を行うことになった。  皆が固唾を飲んで見守る中、どんなめぐりあわせかそこにたまたま居合わせただけのティトが、ファビオにパーティのメンバーとして指名されてしまった。    半ば強引にパーティに引き入れられ冒険の旅へ出る羽目になったティトだったが、行く先々での嘲笑や嫉妬、嫌がらせ、そして己の力のなさに絶望し、ついにはファビオとオルランドにパーティ離脱を申し出る。  ――だが、ファビオとオルランドの反応は、ティトの予想だにしなかったものだった……。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ タイトルそのまま。ありがちな設定と展開。タイプの違う美形攻め二人×鈍感庶民受け 溺愛系を目指しています! ※注1 一対一嗜好の方には激しくオススメできない内容です!! ※注2 作者は基本的に総受け・総愛されを好む人間です。固定カプにこだわりがある方には不向きです。 作者の歪んだ嗜好そのままに書かれる物語です。ご理解の上、閲覧ください。 複数攻め・総受けが好きな人のために書きました! 同じ嗜好の人を求めています!!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! ※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...