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魔女の代行

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 翌朝、朝一の乗り合い馬車でハービルまで戻った俺は、自宅前でセブさんと分かれてすぐに台所にこもった。当然ながら、セブさんの治療薬を作るためだ。こんなに魔女の薬を作ることに気が急いたことなんて今まで一度もない。早くセブさんの役に立ちたい。


 セブさんに伝えていた通り、治療薬作りは然程難しいものじゃない。ただ、誰でも作れるわけじゃないのは、単純に魔女の秘術とされているものは総じて魔力の扱いが特殊でコツがいる。あと、調合に関しては魔力量もある程度は多くないと難しいかもしれない。合成の火は途中で消えてしまうと性質が安定しないから。俺は一般的な魔法はあまり得意じゃないけど、運良く魔女の秘術向きの魔力操作は得意だ。でも、俺は男だから魔女にはなれない。だから、ばあばは俺に秘術の真髄までは教えなかったのだろう。


 普段からちまちまと作りためて保存している乾燥薬草類を数種、物置小屋から持ってきて、昨日カガリナで買い集めたものたちと共に作業台に並べる。今回作るものは、石化の呪いを希釈する効果と、食われた神経を呪いから吐き出させる反転の効果を付与した薬液に、人体の置換え素材を含ませたものだ。
 大振りな乳鉢を取り出して、材料を粉砕しながら魔力を少しずつ流して均一に含ませる。魔力を取り込みにくいものから順番だ。それをひたすら繰り返してから、合成用の火で鍋に湯を張る。この湯にも魔力を流すが、効果を付与する為の下地なのでこちらは流動的な魔力だ。そこに材料を全て入れて、魔力でかき混ぜながら一つずつ効能の強さを高めたり抑えたり、更に方向性を与え揃え整える。それを繰り返す地味な作業だ。
 効能の整合性と薬液濃度の安全値を取り終え、治療薬の原液が完成する頃には、窓の外が夕暮れの橙色に陰り始めていた。
 大きく伸びをすると、面白い程背骨がきしんだ。ずっと棒立ちだったから足の裏と膝が痛い。

「ふああ、腹減ったあ」

 そういえば朝飯も昼飯も食い忘れてた。なにか作る程の気力はないのでパン屋にでも行こうと考えながら、完成した治療薬を丁寧に瓶に詰め替える。

 今頃、セブさんは何してるんだろう。騎士の仕事はなかなか多忙だと聞く。そんな忙しいのが当たり前な人が、こんな何もない田舎にいたら嫌になってどこかへ行ってしまったりしないだろうか。今朝家前まで送ってくれた時に治療を明日したい旨は伝えておいたから、それまでこの村に滞在しているとは思うけど。
 今、宿に行ったら迷惑だろうか。

「会いたいな」

 耳奥までくすぐるような低い声で名前を呼んでもらいたい。優しく笑いかけてほしい。あと、出来たらキスもしてもらいたい。

 そこまで考えたらもうダメだった。帰ってきてから木椅子の上に無造作に放ったままになっていた帆布の鞄に治療薬の瓶を突っ込み、ローブを羽織って俺は家を出た。



 夕方の村は少しだけ賑やかだ。それは仕事を終えた男たちが村の外から戻ってくるから。家路を急いだり、酒を飲み交わしたり。俺は普段あまりこの時間に出歩かないが、こういう雰囲気も嫌いではない。
 パン屋でちょうど焼き立てだったチーズのパンと売れ残りのクッキーを買った。
 この村には宿屋がなく、セブさんは泊まっているのは酒屋が臨時でやっている民宿だ。酒屋の店番の少年にセブさんの所在を聞くと、昼過ぎに出た切り戻って来ていないとのことだった。浮かれきっていた気持ちがしんなりしぼんだ。セブさんの行きそうな場所など、俺には見当もつかない。

「あんた、あの客人からばあさんの代わりに仕事請け負ったんだろう。できんのか?」

 酒屋にはあまり馴染みがないが、長く住んでいるのでお互いなんとなく存在は知ってる。この少年は確か店主の末の息子さんだったかと思う。俺より二、三歳下だったと記憶している。
 少年の声には不信感が含まれてるようだった。魔女の仕事ぶりは村の人には見せないので、力量を疑われても仕方がない。

「はい。わたしがこなしても問題ない依頼でしたのでお受けしました。ご心配頂かなくても大丈夫です」

「魔力が高くないとダメなんじゃないの?」

「施術に支障のない程度の魔力はありますし、セブさんには信用頂いてます」

 俺が少しムッとしてしまったのを相手も感じ取ったらしく、「ああ、ごめん。興味があってつい」と愛想笑いを声色に乗せた。

「急ぎの用なら客人の部屋で待ってたらいいよ。夜までには帰ってくるだろ」

「えっ。いいんですか?怒られません?」

「大丈夫。だってあんたは客人に信用されてるんだろ?ほら。そこにいられたら他の客の邪魔になるからさっさと部屋に上がれよ」

 そう言って会計台の横にある階段を指して急かされた。店内混み合っているわけではないが、確かに店の者からすれば客でない人間の相手は面倒なのだろう。
 自宅でそわそわしているより、セブさんの部屋でそわそわしている方がまだマシな気がして、少年の「上がって右手の奥の部屋な」という声に頷いて部屋へ向かった。

 言われた扉を開けると、まず目に入ったのは大きな木箱の山だった。極端に狭いというわけでもないが、半分近くが物置きとして使われている。いかにも間借りというていで勝手はよくなさそうだ。掃除はされているようだったが、ベッドも簡易のもののようだし、長駆のセブさんでは足がはみ出してしまうのではないかと心配になる。

 椅子すらないので、積まれている木箱をひとつとってひっくり返し、そこに座る。意外と頑丈で、しばらく座るくらい大丈夫そうだ。
 特にやることもないので、もう一つ木箱を引き寄せてその上に帆布の鞄を置く。中から先程買ってきたチーズのパンを取り出してすぐさまかじる。塩気のあるチーズと小麦の優しい甘さが空きっ腹に染み渡る。水も買ってくればよかったなあ。鞄をあさって、底の方から蜂蜜酒の小瓶を取り出して、少しだけ口に含む。程よい甘さで、酒気も薄く飲みやすい。昨日娼館からローレンスさんの宿屋に戻る馬車の中で、蜂蜜酒が気になっていることをセブさんに話したら当たり前のように買い与えられてしまった。
 鞄の中を更にひっくり返そうとして、深い青色の液体が入った瓶が目に入り手を止める。治療薬の瓶だ。合成の火の残滓が抜けきっていないので、青色には例によって僅かに鈍色の光沢がある。これは万が一割ってしまうと面倒なので、取り出してベッドの枕横に避難させてから、また鞄の中に手を突っ込んでクッキーの入った紙袋を引っ張り出した。

 俺好みの硬めのクッキーをガリガリかじっていると、部屋前の廊下からかすかに複数名の足音と人の話し声が聞こえた。セブさんかと期待してしまったが、あの心地よい低音は混じっていないようだ。セブさんじゃないなら関係ないので、チーズのパンを再度手に取ったが、何故か足音がこの部屋前で止まった。
 ここにいることを店主か誰かに咎められるのかと身を縮こませていると、扉がゆっくり開き、見知らぬ男が二人迷いなく部屋に入ってきた。店主でもその家族でもないと思う。

「お前が魔女か?」

 しゃがれ声で中肉中背の男が、明らかにこちらを見ながら問うた。俺に魔女かどうか聞く時点でこの村の住人ではない。魔女の秘術を求める人がこんなに立て続けに来たことは初めてで少しだけ驚く。

「わたしは魔女ではありません。この村の魔女は死んだと、村の者に聞いていませんか」

「魔女の仕事を代わりにしてるんだろ?なら魔女と何が違う」

「傍から見ればそうかもしれません。でも魔女は誰でもなれるわけではありません。魔女にご用があるのであれば、別の村の魔女をお探しください」

 しゃがれ声の男は扉前から動かないが、もう一人のがっしりした体格の男が何故か淀みなく俺の方へ向かってきた。相手の意図が読めないことに狼狽えてしまう。

「魔女じゃなくて構わないんだ。魔女並みの魔力を持ってるならそれでいい」

 体格のいい男は俺から半歩程離れた場所で足を止めたが何も話さず、しゃがれ声の男だけが話し続ける。不思議な二人組だ。
 魔女の秘術が必要なのではなく、魔力が必要な用件とはなんだろう。少しばかり興味がわいてしまった。

「使える魔法に偏りがありますが、魔力量だけであればわたしも少なくないと思います。魔力量が関係するとは、どういったご用件なんですか?」

「そうだな。まずは、俺らの上司に会ってもらおうか」

 しゃがれ声の男が酷く含みのある笑みを浮かべたのとほぼ同時に、体格のいい男が俺を羽交い締めにした。微塵も予想していなかったことに、酷く驚き動揺する。荒事とは無縁の俺が力で敵うわけもなく、抵抗らしい抵抗もできないまま男の太い腕で首を締められ、俺の意識はそこで途切れた。
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