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嫉妬の所在2

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「ハバト、口を開いて」

 いつもの優しい声で指示されて、抗う気持ちなど微塵もわかない。俺は目を閉じて、すんなり口を開いた。「いい子だ」と囁いた吐息が唇に触れたのは一瞬で、すぐに彼の唇が俺のものを塞いでくれる。セブさんの舌が、俺の舌を絡めて、歯列をなぞり、上顎をくすぐる。キスってこんなに気持ちいいのか。すごい。「舌を出して」とまた短く指示され従うと、じゅっと優しく、次第に強く吸われると、快感が背を走って「ふううん」と情けない声が鼻から抜けた。
 彼が小さく笑ったのが漏れる息でわかったが、何を笑ったのかわからなくて少し恥ずかしい。そっと目を開き、ゆっくり離れていく彼の宝石のような瞳を見つめる。

「…他の男にはどこまで許した。口付けはしたか?」

 キスの前よりだいぶ険の取れたセブさんを様子に、内心安堵する。

「……したことないです」

「では、どこまで触らせた」

 セブさんの手が顎先から離れ、首筋、鎖骨、胸先、腹へと滑り落ちる。

「ダメ…!」

 下腹にまで届いてしまう前に、その手を右手で止める。今は勃ってるから、少しでもかすめれば絶対男なのがバレる。体には変装魔法をかけてないから男のままなのだ。金竜涎の袋を持ったままの手で隠す。

「何故だ。他の男には触らせたのだろう」

 再び強い怒気を帯びた声に、震え出しそうになる。でも言わなきゃ。恥ずかしさに、ついまた視線が下がってしまう。

「触られたこと、ないです。誰にも。あの、えっちなこと、誰かにしてもらったことないんです、けど、ええと、こっそり、ひとりでするのもダメですか…?」

 しばしの沈黙。
 反応の無いことが怖くなって、そろそろと顔を上げて隣席のセブさんを伺い見ると、何故か右手で顔を覆って項垂れていた。

「…セブさん?」

「……誰にも、不埒に君の体を触らせたことはないんだな?」

 羞恥はあるが、もうだいぶ醜態を晒してしまったし、素直に「ないです。未経験なので関心はちょっとだけありますけど、本当にそれだけです」と早口に俺が言い切ると、セブさんは項垂れたまま重く長い溜め息をついた。

「すまない。君が体を売っているのかと勘違いして、頭に血が上ってしまった。その上、同意もなく触れてしまうなど、暴力と変わりない。本当に申し訳ない」

 声色から急激に怒りが抜けて、雰囲気も優しくなっていく。もう怒ってはいないならよかったと、俺はひっそり胸を撫で下ろした。

「勘違いさせるようなことを言ってごめんなさい。セブさんはわたしの為に怒ってくれたのに、なんか、えー、気持ち悪い話まで聞かせちゃって本当に申し訳ないです……あの、忘れてくださいね」

 俺はセブさんを勘違いさせた上に、自慰をしていて性的な行為に関心があることまで告白してしまった。どう考えても結局痴女だ。どうか忘れて欲しい。
 俺が気まずさに目を泳がせまくっていると、セブさんは顔を上げていつもの優しい翠玉をこちらに向けた。

「性行為に関心があっても、自分の身を粗末にしてはいけない。君が心許して、君を大事にしてくれる相手にだけ触れさせなさい」

 忘れてくれないんかい。
 居た堪れない気持ちでいっぱいになりながら「はい…」と力無く返事すると、再びセブさんが体ごと真っ直ぐ俺を見つめ、膝の上に置かれた俺の両手を片手一つでまとめて握り込んでしまった。

「…万が一、どうしても欲を持て余してしまったなら、どうか相手に私を選んで欲しい。決して無理はさせないし、悪いようにはしない。大事にするよ」

 目元を少し赤らめた彼の微笑みは、男なのに色気がすごい。そんなすごい人からすごい申し出をされては、俺の心拍が狂ってしまう。

「それは、セブさんが困りませんか?」

「何も困らない。いっそのことまかり間違って、私の可愛い魔女がどこの誰とも知れない男の食い物にされることなどあれば、腹立たしくてその男を殺してしまうかもしれない。せめて、約束してくれ。君を愛していない男に自身を明け渡したりしないと」

 カーテンの隙間から細く漏れていた、夜街特有の毒気すら感じる明かりが薄くなり不意に消えた。南通りを抜けたのだろう。
 彼の優しさをとても嬉しく思いつつ、なんでか少し寂しくも感じる。優しくされてるのに不満があるなんて、俺の心はどれだけ歪んでいるんだろう。

 そんな俺の醜さなんて知らないセブさんは、俺が頷くと満足そうに微笑んで頭を撫でてくれた。

「先程君に無理やり口付けてしまったお詫びがしたい。金銭でも、物品でも、何でも構わない。望むものは何かあるか?」

「お詫び?セブさんがするんですか?わたしがお詫びするんじゃなくてですか?」

 お詫びをされる理由がない。セブさんとのキスは気持ちよかったし、嬉しかった。あと、それ以上にとても幸せだった。

「私のけじめでもある。私の顔を立てると思って受け入れてくれないか」

 そういうものなんだろうか。受け取らない方が失礼な、贈り物みたいに考えたらいいのかな。もしそうなら、少し変なわがままを言ってもいいのかな。「ダメならすぐ諦めるので、怒らないで聞いてほしいんですけど」と最大限の保険をかける。

「……時々でいいので、またキスして欲しいです。ダメですか?」

 目を見るのは気恥ずかしくて、彼の胸元に流れるプラチラブロンドの毛先に目を落としてねだった。
間髪入れずに、違うものを、と言われてしまうかと思ったが、意外にも「ダメではない」と即答された。

「ダメではないが、そんなものでいいのか?本当に?」

 彼の手が眼前に伸ばされるのを、目で追うように視線を上げる。熱っぽい濃緑色の瞳を見つめて、「はい」と頷く。固い手の平が俺の頬を包んで、その親指が唇を撫でる。

「…今、キスしてくれませんか」

 彼は酷く楽しそうに喉の奥で笑った。

「もちろん、喜んで」
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