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彼の行き先2
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「…ハバト、使役魔獣って見たことあるか?」
セブさんの不興を買うことを覚悟して、絶望いっぱいでうんうんと謝罪の言葉を考えていた俺は、イアンの唐突な話題転換に頭がついていかず「んーと、ない」と気の抜けた返事をした。
「ここの裏庭に、今いるんだよすげえでけえ使役魔獣。滅多に見られるもんでもねえしお前も見に行こうぜ」
いたずらっ子のようなニヤついた声のイアンは、俺の返答を待たずに店横の小道に入っていく。もしかして、慰めようとしてくれてるんだろうか。この場を離れることに罪悪感があるが、少しくらいなら大丈夫だろう。
大通りから小道に一歩踏み入れると、街灯の明かりはほとんど届かずだいぶ暗くなる。月明かりだけが頼りだ。建物に沿ってぐるりと裏手に回ると、思っていたよりずっと広い裏庭に出た。石垣塀に囲まれた広々とした庭は、花木があるわけではないが下草もよく整えられて手抜きがない。奥には大きな鉄柵の裏門が見えるので、馬は裏通りからこちらに入れるのだろう。
裏門から向かって右手に立派な厩が見えるが、今裏庭には馬が五頭、木杭に繋がれている。
「俺はついこの間納品の時に見せてもらっただけで詳しくないんだが、あんな見た目のやつ、客からの話でも聞いたことねえ。魔獣の中でもとんでもない希少種なんだってよ」
俺の住む森にも魔獣は出るが、俺は争闘に向いた魔法は得意ではないし、腕力なんて更に高が知れている。熊対策と同じく、鉢合わせないように逃げるばかりで生きている魔獣には縁がない。
一度、ばあばに若い時魔獣討伐に参加した話を聞いたことがあるが、その時の魔獣は巨大な狼のような姿をしていたらしい。そんな魔獣を飼えたらかっこいいだろうな。初めて間近で魔獣を見られる機会に少しわくわくする。どんな獣の姿をしてるんだろう。
そういえば、セブさんのお知り合いの所有している魔獣はどんな種類なのか聞かなかったな。
イアンは勝手知ったるとばかりに、広い裏庭を横断するように真っ直ぐ厩舎に向かう。
「わたし部外者なのに勝手に見に来て大丈夫?」
「厩の中に入る訳じゃねえし問題ないだろ」
「そうかなあ…」
イアンの奔放さにどこまでついて行って良いのかよくわからない。珍しいものを見せてくれる気遣いはありがたいが、結果的には俺が怒られる要素を増やしてるだけのような気もしてきた。ちょっとだけ後悔しつつ、俺より拳二つ分程足の長い、黒髪の後ろを小走りでついて行く。
厩舎も庭と同じく、手入れが行き届いている印象だった。一壁が完全に開放された形の厩舎ではなく、中央に鉄製の大扉を備えていて、寒い冬に適した小さな窓を有した、大きな掘っ立て小屋の形をしていた。
大扉には物々しい鎖と人の殴り殺せそうな程大きな錠が掛けられている。イアンはその大扉の上半分に設けられた換気窓の掛け金を手慣れた動きで外した。
掛け金の外れるカチリ、という小さな音が鳴った瞬間、何故かぞわりと全身が総毛立った。
「あれ?」
「ハバト、どうした?」
イアンがこちらを振り返ったのが、声の大きさでわかった。
気味の悪い感覚は消えない。
ぞわりぞわり。
「まだ大丈夫。でもあんまり長居できないかも」
「体調悪いのか?じゃあさっさと見て戻ろう」
換気窓が軋みの一つも上げずに開け放たれた。厩舎の中には天窓でもあるのだろう。窓から見るその中は、月明かりで満たされていて驚く程明るい。その丁度中央、巨大で長細いものがくらりと動いた。
長細い三対の手足、小さい逆三角形の頭、そこから生える二本の触覚がさわさわと動く。そして、両腕にあたる部分にある、特徴的な二本の鎌。
おぞましい姿に、俺はまたまた情けなく、ひんっと悲鳴を上げた。
広い厩舎の中をたった一体で我が物顔で占拠していたのは、体長が俺の身長の倍はありそうな、巨大なカマキリだった。
カマキリは、俺たちを視界に入れるとギイギイと鳴いてゆっくり近づいてきた。ぞわぞわとした感覚が強くなる。
やばい。
たぶん、これは魔力吸収されてる。
「今日はやたら元気だな。前に俺が来た時はピクリとも動かなかったのに。もしかしてお前好かれてる?」
「違う。たぶん、エサだと思われてる」
「は?」
「せっかく連れてきてくれたのにごめん。そろそろ離れよう。こいつわたしの魔力を吸ってる」
吸われている量は大したことない。でもわかっていて吸われ続けるのは気分の良いものではない。ぞわわ、とまた背を這いずるような悪寒が走る。
カマキリの声が益々近くなっている。
ギイギイ、ギイギイ。
「魔力吸うとかやべえじゃねえか!こっわ!早く行、くぞ…………ハバト?」
不自然に途切れた言葉にハッとして視線を上げてイアンを見れば、驚愕の表情でこちらを見つめていた。そして、次にイアンから発せられた言葉に心臓がはねた。
「お前、誰だ?」
そして気付く。視界の端にかかる色が、いつもの淡いピンクベージュではない。月明かりでもわかる、鮮血のような赤毛。
心臓が早鐘を打ち、全身から冷や汗が出る。
しまった。魔力を吸収してるんじゃない。発現している魔法の方を吸収してるのか。
油断したことが心底悔やまれる。“魔法吸いの魔獣”の話を、今朝馬車の中で聞いたばかりじゃないか。
俺は咄嗟に肩に掛けていた外套を頭から被り、「ごめん!」と叫んでもと来た方へ駆け出す。でも、それを忌々しいと言わんばかりにカマキリは鋭く甲高い女の絶叫のような声で鳴き、俺の足は恐怖でもつれてその場に無様に膝をついた。
厩舎の大扉に迫ったカマキリは、獲物が無防備なことを視認し興奮したのか、二つの鎌で大扉をガツンガツンと殴り付け始めた。魔法吸いの魔獣相手に、厩舎は長くは持たないだろう。
ここから離れなきゃ。そう思うのに足に力が入らない。
「ハバト悪い!触るぞ!」
言われたことを俺が理解するより早く、腰にがっちりと腕を回され俺の体が宙に浮く。大扉を叩く轟音が驚く程すんなりと遠ざかり、おかしくなっていた呼吸と脈拍を自覚する。「下ろすぞ」と声をかけられ地面に足をつくが、その場に崩れ落ちた。
どうやら、裏庭を出てすぐの小道に俺たちはいるらしい。大通りの雑踏がかすかに聞こえて、じわじわと安堵感が体に広がり大きく息を吐いた。
「大丈夫か?気分悪いか?」
「平気。腰が抜けただけ。ありがとうイアン」
イアンの優しさに胸が詰まる。でも目を合わせる勇気はなくて、外套の隙間から、月明かりにぼんやりと照らされたよく磨かれているイアンの黒革の短ブーツをじっと見つめる。
遠く聞こえていた大扉を叩く不快な音が徐々に小さくなり、程なくして完全に止んだ。代わりのように切なげなギイギイという鳴き声が、風に乗って極々かすかに聞こえてくる。
「ごめんな、ハバト。俺が何も考えずによく知らねえもんに付き合わせたばっかりに怖い思いさせたな」
必死に首を横に振る。魔法を常に発現してる人間なんて滅多にいない。俺が変装なんかしてるからいけなかったんだ。
そうだ。俺がこんな見た目のくせに、それを隠して人を騙してるからいけないんだ。
「イアン、ごめんなさい。わたし、本当はこんなんなんだ。魔法で隠してた。不細工で、気持ち悪い、男で、ごめん。ごめんなさい」
申し訳なくて、恥ずかしくて、ぼたぼたと涙がこぼれてくる。正しく生きるなら、魔法で人を騙すことなんかせず、身分相応に気味の悪い人間として嫌われて生きるべきなんだろう。俺はそんな簡単なことすら判断できずに生きている無能だ。
ざり、と黒革の短ブーツが砂を踏む音に、びくりと肩を揺らしてしまう。俺は罵られて当然なんだ。それに怯える資格なんてないんだ。自分に言い聞かせながら、イアンからの沙汰を待つ。
「やっぱりお前ハバトなんだな」
ひとつ、ぽろりと落とされた言葉に、ひとつ、頷きのみで答える。
「そっか。お前さ、人に顔見られるの苦手なんだろ?最初も、今も、下ばっか見てるもんな」
イアンの声の調子は変わらず、感情が読めない。もう一度「ごめんなさい」と俺が言うと、イアンは「お前が謝るのはおかしいだろ」と不機嫌そうな声を出した。俺は騙してたんだし、謝るべきだと思うんだけど。
「さっきローレンスの宿でお前の顔、無理矢理見ようとして悪かったな。恥ずかしがってるだけかと思って、あー、まあ、でも、あれだな。実際恥ずかしがってる相手に対してだとしても結構なことしたな」
舌打ちをしてから「あー、あれは商売女相手のノリだったな。本当に悪かった。もうしない」と、何故かひとり反省会を始めた。
「…なんで怒らないの?」
「なんで怒るんだよ」
「女の子のフリした不細工な男って気持ち悪いだろ」
「はあー?」
腹から放り出すような、ただならぬ不満気な声に内心ビビる。反射的に謝ってしまいたくなるが、そうしたら更に詰められてしまいそうだから飲み込む。ぶっきらぼうに「気持ち悪いとかそういうんじゃなくてさあ」と口を開いたイアンの言葉は、娼館の中からの喧騒に気付いて途中で止められてしまった。
セブさんの不興を買うことを覚悟して、絶望いっぱいでうんうんと謝罪の言葉を考えていた俺は、イアンの唐突な話題転換に頭がついていかず「んーと、ない」と気の抜けた返事をした。
「ここの裏庭に、今いるんだよすげえでけえ使役魔獣。滅多に見られるもんでもねえしお前も見に行こうぜ」
いたずらっ子のようなニヤついた声のイアンは、俺の返答を待たずに店横の小道に入っていく。もしかして、慰めようとしてくれてるんだろうか。この場を離れることに罪悪感があるが、少しくらいなら大丈夫だろう。
大通りから小道に一歩踏み入れると、街灯の明かりはほとんど届かずだいぶ暗くなる。月明かりだけが頼りだ。建物に沿ってぐるりと裏手に回ると、思っていたよりずっと広い裏庭に出た。石垣塀に囲まれた広々とした庭は、花木があるわけではないが下草もよく整えられて手抜きがない。奥には大きな鉄柵の裏門が見えるので、馬は裏通りからこちらに入れるのだろう。
裏門から向かって右手に立派な厩が見えるが、今裏庭には馬が五頭、木杭に繋がれている。
「俺はついこの間納品の時に見せてもらっただけで詳しくないんだが、あんな見た目のやつ、客からの話でも聞いたことねえ。魔獣の中でもとんでもない希少種なんだってよ」
俺の住む森にも魔獣は出るが、俺は争闘に向いた魔法は得意ではないし、腕力なんて更に高が知れている。熊対策と同じく、鉢合わせないように逃げるばかりで生きている魔獣には縁がない。
一度、ばあばに若い時魔獣討伐に参加した話を聞いたことがあるが、その時の魔獣は巨大な狼のような姿をしていたらしい。そんな魔獣を飼えたらかっこいいだろうな。初めて間近で魔獣を見られる機会に少しわくわくする。どんな獣の姿をしてるんだろう。
そういえば、セブさんのお知り合いの所有している魔獣はどんな種類なのか聞かなかったな。
イアンは勝手知ったるとばかりに、広い裏庭を横断するように真っ直ぐ厩舎に向かう。
「わたし部外者なのに勝手に見に来て大丈夫?」
「厩の中に入る訳じゃねえし問題ないだろ」
「そうかなあ…」
イアンの奔放さにどこまでついて行って良いのかよくわからない。珍しいものを見せてくれる気遣いはありがたいが、結果的には俺が怒られる要素を増やしてるだけのような気もしてきた。ちょっとだけ後悔しつつ、俺より拳二つ分程足の長い、黒髪の後ろを小走りでついて行く。
厩舎も庭と同じく、手入れが行き届いている印象だった。一壁が完全に開放された形の厩舎ではなく、中央に鉄製の大扉を備えていて、寒い冬に適した小さな窓を有した、大きな掘っ立て小屋の形をしていた。
大扉には物々しい鎖と人の殴り殺せそうな程大きな錠が掛けられている。イアンはその大扉の上半分に設けられた換気窓の掛け金を手慣れた動きで外した。
掛け金の外れるカチリ、という小さな音が鳴った瞬間、何故かぞわりと全身が総毛立った。
「あれ?」
「ハバト、どうした?」
イアンがこちらを振り返ったのが、声の大きさでわかった。
気味の悪い感覚は消えない。
ぞわりぞわり。
「まだ大丈夫。でもあんまり長居できないかも」
「体調悪いのか?じゃあさっさと見て戻ろう」
換気窓が軋みの一つも上げずに開け放たれた。厩舎の中には天窓でもあるのだろう。窓から見るその中は、月明かりで満たされていて驚く程明るい。その丁度中央、巨大で長細いものがくらりと動いた。
長細い三対の手足、小さい逆三角形の頭、そこから生える二本の触覚がさわさわと動く。そして、両腕にあたる部分にある、特徴的な二本の鎌。
おぞましい姿に、俺はまたまた情けなく、ひんっと悲鳴を上げた。
広い厩舎の中をたった一体で我が物顔で占拠していたのは、体長が俺の身長の倍はありそうな、巨大なカマキリだった。
カマキリは、俺たちを視界に入れるとギイギイと鳴いてゆっくり近づいてきた。ぞわぞわとした感覚が強くなる。
やばい。
たぶん、これは魔力吸収されてる。
「今日はやたら元気だな。前に俺が来た時はピクリとも動かなかったのに。もしかしてお前好かれてる?」
「違う。たぶん、エサだと思われてる」
「は?」
「せっかく連れてきてくれたのにごめん。そろそろ離れよう。こいつわたしの魔力を吸ってる」
吸われている量は大したことない。でもわかっていて吸われ続けるのは気分の良いものではない。ぞわわ、とまた背を這いずるような悪寒が走る。
カマキリの声が益々近くなっている。
ギイギイ、ギイギイ。
「魔力吸うとかやべえじゃねえか!こっわ!早く行、くぞ…………ハバト?」
不自然に途切れた言葉にハッとして視線を上げてイアンを見れば、驚愕の表情でこちらを見つめていた。そして、次にイアンから発せられた言葉に心臓がはねた。
「お前、誰だ?」
そして気付く。視界の端にかかる色が、いつもの淡いピンクベージュではない。月明かりでもわかる、鮮血のような赤毛。
心臓が早鐘を打ち、全身から冷や汗が出る。
しまった。魔力を吸収してるんじゃない。発現している魔法の方を吸収してるのか。
油断したことが心底悔やまれる。“魔法吸いの魔獣”の話を、今朝馬車の中で聞いたばかりじゃないか。
俺は咄嗟に肩に掛けていた外套を頭から被り、「ごめん!」と叫んでもと来た方へ駆け出す。でも、それを忌々しいと言わんばかりにカマキリは鋭く甲高い女の絶叫のような声で鳴き、俺の足は恐怖でもつれてその場に無様に膝をついた。
厩舎の大扉に迫ったカマキリは、獲物が無防備なことを視認し興奮したのか、二つの鎌で大扉をガツンガツンと殴り付け始めた。魔法吸いの魔獣相手に、厩舎は長くは持たないだろう。
ここから離れなきゃ。そう思うのに足に力が入らない。
「ハバト悪い!触るぞ!」
言われたことを俺が理解するより早く、腰にがっちりと腕を回され俺の体が宙に浮く。大扉を叩く轟音が驚く程すんなりと遠ざかり、おかしくなっていた呼吸と脈拍を自覚する。「下ろすぞ」と声をかけられ地面に足をつくが、その場に崩れ落ちた。
どうやら、裏庭を出てすぐの小道に俺たちはいるらしい。大通りの雑踏がかすかに聞こえて、じわじわと安堵感が体に広がり大きく息を吐いた。
「大丈夫か?気分悪いか?」
「平気。腰が抜けただけ。ありがとうイアン」
イアンの優しさに胸が詰まる。でも目を合わせる勇気はなくて、外套の隙間から、月明かりにぼんやりと照らされたよく磨かれているイアンの黒革の短ブーツをじっと見つめる。
遠く聞こえていた大扉を叩く不快な音が徐々に小さくなり、程なくして完全に止んだ。代わりのように切なげなギイギイという鳴き声が、風に乗って極々かすかに聞こえてくる。
「ごめんな、ハバト。俺が何も考えずによく知らねえもんに付き合わせたばっかりに怖い思いさせたな」
必死に首を横に振る。魔法を常に発現してる人間なんて滅多にいない。俺が変装なんかしてるからいけなかったんだ。
そうだ。俺がこんな見た目のくせに、それを隠して人を騙してるからいけないんだ。
「イアン、ごめんなさい。わたし、本当はこんなんなんだ。魔法で隠してた。不細工で、気持ち悪い、男で、ごめん。ごめんなさい」
申し訳なくて、恥ずかしくて、ぼたぼたと涙がこぼれてくる。正しく生きるなら、魔法で人を騙すことなんかせず、身分相応に気味の悪い人間として嫌われて生きるべきなんだろう。俺はそんな簡単なことすら判断できずに生きている無能だ。
ざり、と黒革の短ブーツが砂を踏む音に、びくりと肩を揺らしてしまう。俺は罵られて当然なんだ。それに怯える資格なんてないんだ。自分に言い聞かせながら、イアンからの沙汰を待つ。
「やっぱりお前ハバトなんだな」
ひとつ、ぽろりと落とされた言葉に、ひとつ、頷きのみで答える。
「そっか。お前さ、人に顔見られるの苦手なんだろ?最初も、今も、下ばっか見てるもんな」
イアンの声の調子は変わらず、感情が読めない。もう一度「ごめんなさい」と俺が言うと、イアンは「お前が謝るのはおかしいだろ」と不機嫌そうな声を出した。俺は騙してたんだし、謝るべきだと思うんだけど。
「さっきローレンスの宿でお前の顔、無理矢理見ようとして悪かったな。恥ずかしがってるだけかと思って、あー、まあ、でも、あれだな。実際恥ずかしがってる相手に対してだとしても結構なことしたな」
舌打ちをしてから「あー、あれは商売女相手のノリだったな。本当に悪かった。もうしない」と、何故かひとり反省会を始めた。
「…なんで怒らないの?」
「なんで怒るんだよ」
「女の子のフリした不細工な男って気持ち悪いだろ」
「はあー?」
腹から放り出すような、ただならぬ不満気な声に内心ビビる。反射的に謝ってしまいたくなるが、そうしたら更に詰められてしまいそうだから飲み込む。ぶっきらぼうに「気持ち悪いとかそういうんじゃなくてさあ」と口を開いたイアンの言葉は、娼館の中からの喧騒に気付いて途中で止められてしまった。
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