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彼の行き先1

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「その店は今ほとんどの女が出払ってるぜ。行ってもまともに女を買えない」

 店主のローレンスさんから、セブさんの行き先だという店名を聞いたイアンは意外そうにそう言った。

「知らずに向かった可能性もある。その店に目当てがいなければ別へ行くかもしれんが、ひとまずはそこに
向かうしかないな」

「そうだな。そこに騎士様がいなけりゃ俺が馴染みに声かけて探してやるよ」

「ああ。そうしよう」


 ローレンスさんの宿屋は本当によく行き届いていて、夜間においても馬車が常駐していた。簡素だが清潔な馬車は俺たち三人を乗せて順調に南通りに向かった。

「あの、娼館から女性が出払ってしまうことってよくあるんですか?」

 そんな大繁盛していたら、働いている女の人たちは過労で倒れちゃわないんだろうか。性的な行為ってとても疲れるものなのかと思っていたんだけど。

「まあ、祭りでもあれば別だがそうあることじゃねえな。でも今はある意味祭りだよ。とんでもねえ太客が来てるから」

 向かいの対面席に座っているイアンが答える。ちなみにローレンスさんは俺の左隣で腕を組んでいる。仕事だと割り切ってはいるのだろうけど、娼館に行くのは気が進まないのかもしれない。

「うときゃく?」

「ふ、と、きゃ、く。金払いの良い客だよ。本当にハバトは世間知らずだな。今までどうやって生きてきたんだよ」

 言葉は荒いし、言い回しは嫌味だけど、イアンはとても楽しそうに話す。そのおかげで俺も話しやすい。ちなみにイアンの声がデカいのは元かららしく、酒は一滴も入ってなかった。それであんなに荒っぽいとか驚きだ。イアンこそ普段からあんな荒っぽいなら人から嫌われてそうだ。

「どうやってって、別に世の中お客さん相手にする仕事ばっかりじゃないじゃん。わたしは自分の飯代だけ稼げればいいからお客さんの金払いなんて気にしたことなかった」

「はあ?そんなんで薬屋なんて勤まるのかよ。商売は絞れるところから絞らねえと食いはぐれるぞ」

「薬屋はばあばの代わりに臨時でしてるだけで、わたしの仕事はカゴ編みと調味料作りだよ。わたしは商会に卸してるだけでお客さんとやり取りしない」

「カゴと調味料?そんなんじゃ大した稼ぎに……」

 イアンが怪訝そうに言い淀み、そのまま小さく唸り始めた。

「イアン?」

 何かあったのかと不安になって、少しだけ目線を上げる。イアンは口元に手を当てて、何か考えている風だ。紫の双眸をすがめているが、見ているのは何もない馬車の壁面だ。
 考えごとの邪魔をしても悪いかと俺が馬車の窓外へ視線を移すとすぐに、イアンは「もしかしてさあ」と声をこちらに向けた。

「ハービル村のすみっこの森の中で一人暮らししてる変人ってハバトのことか?」

 変人とは失礼だな。辺境だけどご飯はうまいぞ。

「なんでイアンがわたしの家のこと知ってるんだよ」

 俺そんな目立つ生き方してないぞ。ドン引きしてイアンから出来る限り身を引く。

「卸先はディアス商会だろ」

「え!なんでわかるんだ?読心術?」

 溜め息が二つ重なった。イアンだけじゃなく、ローレンスさんまで何で溜め息つくの。
 ローレンスさんの方を見ると、少し眉尻を下げた苦笑いを返された。

「ハバト様。イアンはディアス商会のカガリナ支店の支店長です」

 人の縁ってすごい。驚き過ぎた俺は、イアンにまで心配されるレベルで大いに噎せた。




 目的地の娼館はとても大きかった。ローレンスさんの宿屋と同じくらいデカい。でも、入口から僅かに見える店内は薄暗くて少し怖い。
 客引きなどもいないし、人が出払ってるっていうイアンの話は本当なのだろう。

「ハバト様はこちらでお待ち頂けますか。夜職に関わることの少ない女性にとっては、あまり気分のいい場所ではないでしょう」

 俺も男なので興味がゼロってことはないが、正直前情報も心の準備も無しで突撃する度胸はない。微塵もない。ローレンスさんの言葉に一も二も無く頷いた。

「不本意だが、イアン、お前ハバト様と一緒に待て。いざとなればお守りしろ。お前が思っているよりずっと、ハバト様はかの方の大切な方だ」

「なんで俺があのいけ好かねえやつの為に女守んなきゃいけねえんだよ」

「取引先をなくすような真似をすれば、ディアス婦人も相当お怒りになるだろうな」

「うっわ。クソ地味な脅しだな」

「お前には一番効果があるだろう?」

「まあな」

 不服そうな声色の承諾を確認すると、ローレンスさんはすぐに館内に入っていった。薄暗い店内に、その背はすぐ溶けるように消えていった。
 それを見送っていたら、急に不安が頭をもたげた。

「ここまで来ちゃったけど、普通こんなところで水差されたらセブさんきっと怒るよね?」

 ローレンスさんに後押しされたからセブさんへの口出しを許されたような気でいたが、冷静になればそんな訳がない。俺は昨日会ったばかりのただの薬屋だ。普通の薬より効果の強いものを取り扱うが、だからといって替えの利かない存在ということでもなく、雇用主に対して何の発言力もない。しかもよりによって私生活に口を出されたら腹が立つだろう。

「俺ならちんこイラつき過ぎてブチ切れる自信あるわ」

「そうだよなあ…」

 自分の考え無し具合に、申し訳無さと恥ずかしさで胸がえぐれそうだ。両手で顔面を覆って嘆息する。

「ハバトがイラつき収めてくれんなら別に怒らねえだろ」

「いらつきをおさめる」

「抱かれるなりしゃぶるなりしろと」

「ううう」

 意味も理解できるし、そうなる理屈もわかるが、羞恥心が振切れすぎて顔を覆ったまま唸る。

「本職の人間相手の方が断然楽だろうけど、お前結構可愛いし抱いてくれるんじゃねえか?」

「そ、れは、たぶん、むり」

「もったいぶるなよ。減るもんじゃねえし」

 減るとか減らないとかそういう種類のものじゃないだろっていう話は、後悔でいっぱいの今の俺にはうまく出来ない。
 こんなによくしてくれるセブさんに対して、恩を仇で返すような真似してしまって本当に心苦しい。どんなに器のデカい人でも、ここまで厚かましいことをされたらさすがに頭にくるだろう。
 セブさんに嫌われるくらいなら、彼が誰と夜を過ごそうが我慢する方がいいのではないかとも思う。すごく悲しいけど。

「なあ、ハバト」

 優しい声で名前を呼ばれて、視界を塞いでいた手を少しだけ下げる。でもいっぱいいっぱいな俺は、「何」とつっけんどんな返事をしてしまう。

「そんなに抱かれたくないなら俺と逃げるか?」

「逃げる?逃げたら、尚更怒らせちゃうんじゃないの?」

「イラついてる今より、落ち着いてからの方が許されるんじゃね?」

「そう、なのかな?でも…」

 逃げるなんて卑怯な真似したら、それこそ完全に嫌われてしまうんじゃないか。鼻の奥がつんと痛む。

「めんっどくせえなあ。俺はもう口出ししねえから、何がマシかちゃんとお前の基準で考えろよ」

 面倒くさい、なんて言ってるけど俺の判断を待ってくれるらしい。イアン本来の優しさなのか、取引先効果なのかはわからないけど。

「逃げずに怒られて、ちゃんと謝ろうと思う。イアン、ありがとう」

 目を見てお礼を言うとそれが予想外だったらしく、「感謝されるようなことしてねえけど」とイアンの紫の瞳が少し泳いだ。
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