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第3部 序章

ラジェル軍議(上)

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 ナーロッパ歴1057年2月23日。
 ヘルダー王国軍をラオックスで撃破したリューベック・フリーランス連合軍はヘルダー・フリーランスの国境地帯を奪還し、23日にはフリーランス西部に広がるラジェル平原にて軍議が開かれた。
 話されている内容はヘルダー王国に逆侵攻するかどうかである。
 フリーランス軍の将校や諸侯からすれば、少しでもヘルダー王国から財貨を奪いたい。そのための脅しとして、逆侵攻と言う話が出ているのである。
 ヘルダー王国の民からすればたまった物ではないが、ヘルダー王国軍もフリーランスから奪っているため、因果応報と言えなくもない。
 リューベック軍の半数以上もフリーランス王国領内で略奪しているが、これはまあ戦勝国の特権と言う事で有耶無耶にされているのだが。

「王都レーワルが焼かれ、ルデン宮に備蓄された国庫の財貨等も奪われている以上、こちらも侵攻して財を奪うべきです」
 メイツ侯の言葉にフリーランス軍の将校から
「その通りです。侵攻して有利な条件で和睦できるかも知れません。賠償金も大きくとれるでしょうな」
 と賛同の声が上がっている。

 そして、リューベック王国軍の将校にも同調する者も少なからずおり、レッフラー将軍も
「ヘルダー王国にフリーランス侵攻と言う野心を再び持たせないためにも侵攻するべし」
 とヘルダー侵攻を支持している始末だった。
 リューベック軍の将校も略奪で小遣い稼ぎをする一方で略奪出来ていない将兵の不満も解消しておきたいと言う思惑もあったが、今回はそれ以上に政治的問題でヘルダー王国の侵攻を支持していたのである。
 軍部の将校の大半は口に出さないが、ラッスル会戦の失態、これが大問題であった。
 フリーランス軍の欺瞞作戦に引っ掛かり、多数の部隊が略奪に参加してリューベック王国の王太子兼摂政の身を危険に晒したと言う大失態を、平時に置ける衛兵の指揮権を巡ってリューベック陸軍と対立している内務省が攻撃材料に使わない訳がない。
 その批判を少しでもそらすためにも、陸軍は出来る限り武勲を上げる必要があり、そのため戦う機会が増えるのに反対する将校は少ない。むしろ、平時の衛兵の指揮権は取り締まりの権限であり、治安維持の権限は商人達から賄賂を受けとれると言う美味しい権限でもある以上、陸軍の将校達も必死である。

 アルベルトも陸軍の思惑は読めていたが、これに多数の将校と諸侯が同意すればどうしようもない。
 アルベルトからすれば、本格的にヘルダー王国に侵攻するにしても、一旦内務省と外務省と軍部で協議したい所ではある。
 フリーランス中枢への侵攻やフリーランスとの共闘は当初の予定にはなかったが、状況が急変した以上やむを得なかった。内務省も外務省も事後承諾であったとは言え理解は示した。
 しかし、これ以上の無断での侵攻となると、内務省と外務省から強い反感を持たれる可能性がある。しかし、フリーランスの王太子フィリベルトやフリーランス軍の顔もある程度立てておかねばならないと言う外交的な配慮と言う問題もあった。そのため、フリーランス軍の総大将であるフィリベルトにも根回しをすでに行っている。

 アルベルトの理想で言えば、ヘルダー王国東部で略奪を許可して軍将兵の褒賞としつつ、ヘルダー王国と和睦して賠償金を取り、それをフリーランスに対する復興資金に回すである。
 しかし、極力本国に残る重臣らの反感を買うのも避けたいと言うのもアルベルトの本音であった。

 アルベルトにとって一番の不安材料は参陣している諸侯らが軍の主戦論に完全同意してしまう事であった。もし、有力諸侯らが陸軍に同調してしまえば、この場で軍部を抑えるだけの力はアルベルトにはないからだ。そのため、参陣している有力諸侯やその諸侯の代理の過半には根回しを済ませてはいたが、それ以外の者も陸軍主流派に同調する姿勢を見せなかった。
(これであれば事前に奴らと取引する必要はなかったかも知れぬな)
とアルベルトは内心拍子抜けする中、議論は進む。

「しかし、ヘルダー王国のフリーランス遠征軍は半数以上の戦力が帰国しております。侵攻するにしても準備は必要ですし、その間リューベック本国で内務省や外務省と協議した方が宜しいのでは?」
 黒狼隊の連隊長バルトルト・チェルハの慎重論にアルベルトは内心全面的に同意する。
 フリーランス遠征時は逆侵攻する可能性も一応考えて兵糧を用意していたし、フリーランス軍が敗走する際に遺棄した糧食の接収にも成功していた。しかし、今回は半数近くのヘルダー王国軍は撤退していたし、ラオックスで奇襲を仕掛けてきたヘルダー王国軍は兵糧を最低限しか持ってきていなかった。要するにヘルダー王国軍の兵糧をほぼ接収出来ていないのである。

「しかし、時間を与えればヘルダー王国軍も迎撃態勢を整えてしまう。態勢が整う前に侵攻するべきと思うが?」
 レッフラー将軍が反論する。
「それはその通りです。しかし、補給体制を整えないまま侵攻しても物資の枯渇で痛い目を見る可能性も高くなりますし、そもそもリューベック本国から軍需物資が送られてくるのかと言う問題が発生します。最低でも内務省や外務省等の主要機関に話は通すべきです」
 フリーランスはレーワル陥落により中枢機関は壊滅し、現在唯一機能しているのはフィリベルトが指揮するフリーランス軍のみである。フリーランスの場合、彼らの決定が事実上フリーランスと言う国の決定であるが、リューベック王国は違う。
 軍部以外にも内務省や外務省等の主要機関は健在なため、リューベック王国ではそういう訳にはいかないからだ。
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