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第3部 序章

ラジェル軍議前日(上)

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 教皇庁と簒奪王の決戦であったカヨム会戦より時が遡ってナーロッパ歴1057年2月22日。
 ヘルダー王国軍をラオックスで撃破したリューベック・フリーランス連合軍はヘルダー・フリーランスの国境地帯を奪還し、ヘルダー王国領から10キロ程離れたラジェル平原に大本営を置いた。
 そして、夕食の誘いを受けたフリーランス軍総大将フィリベルトがアルベルトの元を訪れたのは19時過ぎの事であった。
 無論、会食は建前であって、本題は今後の軍事行動をどうするのかと言うのを翌日の軍議を前に首脳間である程度協議しておこうと言ったものである。もっとも、双方とも重臣らや有力諸侯等の意向次第では方針を転換しなければならない事が起きるかも知れないが、それでも首脳間で意思疎通をしておけば、軍議の内容もある程度誘導しやすくもなるため、やらないよりはマシと言うわけである。
 アルベルトからの出迎えを受け、アルベルトとフィリベルトはアルベルトの陣幕に入る。

 アルベルトは席に座りながら
「夕飯を誘っておきながらたいしたおもてなしが出来ず申し訳ありません。」
 と口にする。

 フィリベルトが用意された席に座ると
「いえ。陣中の事でありますし、贅沢が言えない事は私も解っております。むしろ、ここまでのおもてなしをして頂けた事にお礼を述べさせてください。」
 と儀礼に従って答え、それを聞いたアルベルトは頷きながら
「そう言って頂けるとありがたいです。さあ、とりあえず乾杯いたしましょう。」
 と口にする。
 フィリベルトが机の上に置かれたワインボトルに見ると、彼の表情が一瞬固まる。
 ワインは通常は樽や甕(かめ)、アンフォラで保存、運搬等されており、ガラスのボトルを最も早く用いたのはナーロッパ西側では旧フラリン王国領のブルターニュ地方産の高級ワインである。ブルターニュ地方の高級ワインにガラスのボトルを用いるようになったのはナーロッパ歴916年であり、そのボトルを生産しているのはリューベックガラスで有名なリューベック王国である。もっとも、初めてガラスボトルを用いたと言う事もあって、ブランド化されており、価格も超金持ちしか買えない価格となっている。しかし、今はボルトやモーゼル等有名高級ワインにはリューベック王国産のガラスのボトルが用いられている。ロアーヌ帝国やフラリン王国等もガラスボトルを自国生産しようとしていた事もあったのであるが、長年ガラス製造技術ではトップを走ってきたリューベックガラスには太刀打ちできず、ガラスボトルを用いる高級ワインの入れ物の大半はリューベック王国が製造しており、交易による莫大な収益で隠れてはいるが、リューベックガラスによる収入もかなりの金額になっており、この収益があったからこそ、巨大交易港でもある王都リュベルの整備も出来た訳である。ガラス産業がなければ交易国家リューベック王国は存在しなかったであろう。

「フラリン王国のブルターニュ産、しかもマジの赤ワインですか?」
「その通りです。確か930年物だったと思いますが、フィリベルト王子にそこまで喜んで頂けるのであれば秘蔵のワインを持ってきて幸いです。」
 マジはロマンよりはいささか劣るものの、それでも最低でも100ソリドゥス(ヒサデイン帝国の金貨単位)は越してくる高級ワインである。ブルターニュ産のワインはボルト産のワインと比較すると長期熟成を見込んで造られている訳ではないので、長期熟成させた本数は少なく、結果的に高価になると言った訳である。
(本当にマジの930年物かは解らないが……それでも本物と仮定すれば1本1000ソリドゥスは越すぞ。そんな物をどうして……ああ、そういう事か。)
 アルベルトがフィリベルトを歓迎するためだけに超高級ワインを出した訳ではなく、他に目的がある事にフリーランスの支配者となった少年は気づいた。
(流石に我が国でもここまでの物は遠征中の陣中で出すのは難しい。それを実行できるリューベック王国の経済力は凄まじいな……)
 アルベルトは超高級ワインを出す事でリューベックの経済力を属国になるフリーランスの支配者となるフィリベルトに見せつけたのである。
 リューベック軍が遠征している以上本国から長い距離を運ぶ必要があり、そのため奪われたりや運搬する過程で割ったり等して喪失するリスクがある。1本失うだけで1000ソリドゥスを失うリスクなんて、そう簡単に取れない。恐らくそのリスクを考えて多めに本国から運ばせている事であろうが、このために数千ソリドゥスを投入なんて、最低でもフリーランス王国では財務を預かる内務省が激しく抵抗して不可能である。
 フィリベルトがさっとラベルを読んで見てもマジのワインであり、製造年は930年であり、領主であるレンヌ候爵家の印も押されている。まあ、本物であろう。

 双方、給仕がコルクを抜いた後ワインを自分のグラスに注いで、そして乾杯する。







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