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第2部 第2章
リューベック王国王太子の激励(上)
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ナーロッパ歴1057年2月16日10時頃、オレンボー辺境伯軍の指揮を執っているアマンダ・オレンボーの元に放っていた斥候から報告が入る。町村に人が残っており、すでに友軍であるリューベック軍の部隊が略奪を開始していると……
オレンボー辺境伯軍の副将のモンバルが
「お嬢様、どうされます?我々も略奪に参加しますか?」
と尋ねて来る。
「そうだな……」
アマンダは顎に白い手を当てながら考える。
この略奪が可能と言う環境がここにきて整っている事に違和感を覚えたからである。
(この局面で略奪が出来る環境と言うのは作為的な物を感じるが……うん、ちょっと待って。そもそも焦土戦術を取っているはずのフリーランス王国の町村に何故住民がいて略奪出来る物があるのだ?)
そして、フリーランス王国の作戦に気づいたアマンダは顔を青くして即座に命じた。
「略奪参加は認められない。全軍待機し、斥候を放て。それからリューベック軍本営に前衛部隊が略奪を開始したと伝令も早く。手遅れになる前に」
モンバルは首を傾げる。
アマンダは元々略奪と言う行為を武人として嫌悪感を覚えているが、一方でそれを配下に禁止すると言う事もしなかった。戦勝の褒賞を出さなければならない事は領主の娘として解ってはいたし、それで領民が潤う事も知っていたからだ。
領主とその一族たる者の最大の責務は領民の生命財産と生活を保障する事であると言うと信じているアマンダからすれば自分が気に食わないから略奪厳禁とは言えないし、また彼女の信念をほとんどのオレンボー辺境伯軍の将兵は知っている。
だからこそ、モンバルは尋ねた。
「お嬢様どういう事です?」
「焦土作戦を取っているはずのフリーランスで略奪が可能な状況と言うのはおかしくないか?」
アマンダの答えを聞いてモンバルはある可能性が思い浮かぶ。もしこれが罠の場合、リューベック王国軍はきわめて危機的な状況へと陥っている事となるのだ。
「解りました。すぐにオレンボー辺境伯軍全軍にお嬢様の指示を伝えてきます。」
モンバルを見送ったアマンダは
「軍略家としては見事としか言い様がないな、これを思いついた輩は。だが守らなければならない領民を犠牲にして勝利をもぎ取ろうと言う姿勢を私は許せぬ」
と呟く。その声と目には怒りが宿っていた。
☆☆☆☆☆☆
アルベルト王子率いる本営から西10キロの範囲もバルトルト・チェルハ率いる軍勢の周りと同じく地獄と化していた。
ある町の家からは女の悲鳴とすり泣きが聞こえ、ある家では売り物にならない老人をいたぶって殺した後、残った売り者になる男女を捕らえる兵士達もいる。無論、兵士達は妙齢の女性への味見も忘れていない。
大きな邸宅に押し入った兵士達はその妻や娘を犯し、それをその家の主人に見せつけて嘲ると言う蛮行を行っていた。無論、金目の物は全て奪って売り、売り物になる男女は奴隷商人に売却予定である。
しかし、フリーランス王国の民からの抵抗はなかった。凌辱に抵抗しようとする者がいたとしても斬られて終わりである。そのため、彼らは諦めて受け入れるしかなかったのである。
こうして、アルベルト王子本隊の前衛部隊の進軍速度も大幅に落ち、それらの報がリューベック軍本営にもたらせたのは2月16日の11時頃であった。
これを聞いたアルベルト王太子や彼を補佐し、実質リューベック軍を指揮しているアイザック・ロブェネル将軍の顔が青くなっていた。
フリーランス王国軍の狙いとリューベック王国軍が置かれている危機的な状況に気づいたからだ。
「焦土作戦かと思っていたが、まさかこれが狙いとはな……」
アルベルトは苦虫を噛み潰したような表情で続ける。
「至急全軍に集結命令を出すように伝令を……いやそれより先に狼煙を上げよ。」
「宜しいのですか?敵軍に我らの位置を教える事になりますが」
ロブェネル将軍の言葉にアルベルトは頷く。
「恐らく敵に我が軍の本隊の位置もおおまかには特定されていよう。それに、どちらにしてもバルトルト・チェルハ卿の軍にも伝えねばならないからな。」
狼煙はバルトルト・チェルハが率いる別動隊への合図となると同時に散っている近隣のリューベック軍部隊への緊急事態が発生した事を知らせる事も出来る。
「解りました。至急狼煙を上げさせ、近隣に散っている友軍にも伝令を出します。また、ここに残っている軍勢に警戒命令を出し、四方に斥候を出し敵軍を探らせます」
ロブェネル将軍は恭しく頭を下げた後、全軍に指示を出すためにアルベルトの側から離れる。
それを見送ったアルベルトは苦笑を浮かべて誰も気づかないような声で
「恐らく間に合わないだろうがな」
と呟いた。
一度、略奪に走った将兵が再集結し、軍隊のていをなすのはそれなりの時間がかかるし、バルトルト・チェルハの軍勢も似たような状況になっているだろうとアルベルトは読んでおり、実際その通りであった。
そして、彼らがリューベック軍本営に駆けつけてくる前にフリーランス軍は決着をつけに来るであろう。
「このままいけば負け戦だが……まあ、気が進まぬが対抗策がない訳ではない。しかし、それを用いたとしても必要な時間を果たして支えきれるかどうか」
アルベルトのぼそりと呟いた1人言を聞き取れた者は誰もいなかった。
オレンボー辺境伯軍の副将のモンバルが
「お嬢様、どうされます?我々も略奪に参加しますか?」
と尋ねて来る。
「そうだな……」
アマンダは顎に白い手を当てながら考える。
この略奪が可能と言う環境がここにきて整っている事に違和感を覚えたからである。
(この局面で略奪が出来る環境と言うのは作為的な物を感じるが……うん、ちょっと待って。そもそも焦土戦術を取っているはずのフリーランス王国の町村に何故住民がいて略奪出来る物があるのだ?)
そして、フリーランス王国の作戦に気づいたアマンダは顔を青くして即座に命じた。
「略奪参加は認められない。全軍待機し、斥候を放て。それからリューベック軍本営に前衛部隊が略奪を開始したと伝令も早く。手遅れになる前に」
モンバルは首を傾げる。
アマンダは元々略奪と言う行為を武人として嫌悪感を覚えているが、一方でそれを配下に禁止すると言う事もしなかった。戦勝の褒賞を出さなければならない事は領主の娘として解ってはいたし、それで領民が潤う事も知っていたからだ。
領主とその一族たる者の最大の責務は領民の生命財産と生活を保障する事であると言うと信じているアマンダからすれば自分が気に食わないから略奪厳禁とは言えないし、また彼女の信念をほとんどのオレンボー辺境伯軍の将兵は知っている。
だからこそ、モンバルは尋ねた。
「お嬢様どういう事です?」
「焦土作戦を取っているはずのフリーランスで略奪が可能な状況と言うのはおかしくないか?」
アマンダの答えを聞いてモンバルはある可能性が思い浮かぶ。もしこれが罠の場合、リューベック王国軍はきわめて危機的な状況へと陥っている事となるのだ。
「解りました。すぐにオレンボー辺境伯軍全軍にお嬢様の指示を伝えてきます。」
モンバルを見送ったアマンダは
「軍略家としては見事としか言い様がないな、これを思いついた輩は。だが守らなければならない領民を犠牲にして勝利をもぎ取ろうと言う姿勢を私は許せぬ」
と呟く。その声と目には怒りが宿っていた。
☆☆☆☆☆☆
アルベルト王子率いる本営から西10キロの範囲もバルトルト・チェルハ率いる軍勢の周りと同じく地獄と化していた。
ある町の家からは女の悲鳴とすり泣きが聞こえ、ある家では売り物にならない老人をいたぶって殺した後、残った売り者になる男女を捕らえる兵士達もいる。無論、兵士達は妙齢の女性への味見も忘れていない。
大きな邸宅に押し入った兵士達はその妻や娘を犯し、それをその家の主人に見せつけて嘲ると言う蛮行を行っていた。無論、金目の物は全て奪って売り、売り物になる男女は奴隷商人に売却予定である。
しかし、フリーランス王国の民からの抵抗はなかった。凌辱に抵抗しようとする者がいたとしても斬られて終わりである。そのため、彼らは諦めて受け入れるしかなかったのである。
こうして、アルベルト王子本隊の前衛部隊の進軍速度も大幅に落ち、それらの報がリューベック軍本営にもたらせたのは2月16日の11時頃であった。
これを聞いたアルベルト王太子や彼を補佐し、実質リューベック軍を指揮しているアイザック・ロブェネル将軍の顔が青くなっていた。
フリーランス王国軍の狙いとリューベック王国軍が置かれている危機的な状況に気づいたからだ。
「焦土作戦かと思っていたが、まさかこれが狙いとはな……」
アルベルトは苦虫を噛み潰したような表情で続ける。
「至急全軍に集結命令を出すように伝令を……いやそれより先に狼煙を上げよ。」
「宜しいのですか?敵軍に我らの位置を教える事になりますが」
ロブェネル将軍の言葉にアルベルトは頷く。
「恐らく敵に我が軍の本隊の位置もおおまかには特定されていよう。それに、どちらにしてもバルトルト・チェルハ卿の軍にも伝えねばならないからな。」
狼煙はバルトルト・チェルハが率いる別動隊への合図となると同時に散っている近隣のリューベック軍部隊への緊急事態が発生した事を知らせる事も出来る。
「解りました。至急狼煙を上げさせ、近隣に散っている友軍にも伝令を出します。また、ここに残っている軍勢に警戒命令を出し、四方に斥候を出し敵軍を探らせます」
ロブェネル将軍は恭しく頭を下げた後、全軍に指示を出すためにアルベルトの側から離れる。
それを見送ったアルベルトは苦笑を浮かべて誰も気づかないような声で
「恐らく間に合わないだろうがな」
と呟いた。
一度、略奪に走った将兵が再集結し、軍隊のていをなすのはそれなりの時間がかかるし、バルトルト・チェルハの軍勢も似たような状況になっているだろうとアルベルトは読んでおり、実際その通りであった。
そして、彼らがリューベック軍本営に駆けつけてくる前にフリーランス軍は決着をつけに来るであろう。
「このままいけば負け戦だが……まあ、気が進まぬが対抗策がない訳ではない。しかし、それを用いたとしても必要な時間を果たして支えきれるかどうか」
アルベルトのぼそりと呟いた1人言を聞き取れた者は誰もいなかった。
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