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第1部 第2章

妹は可愛いい。(上)

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 ナーロッパ歴1056年11月25日昼。

 リューベック王国王宮ホルステン宮の国王執務室にて、アルベルト王子は見ただけで逃げ出したくなるような書類の山と格闘中であった。

 明日からピルイン公ご令嬢のアシリアがお見合いと王妃教育の一環で結婚式まで基本的にこの王宮に滞在する予定である。何もなければ今頃はリューベック国内に入っているだろう。今日は王国南東部のレビオという街に泊まる予定であった。

 明日から数日はご令嬢のホストを務めなければならない以上、書類がその前後に集中するのは仕方ないとはアルベルトも思う。
 思うのだが、
「早く王位譲って王立図書館の司書やりたい」
 これが彼の最終結論だった。いつも言っている事でもあるのだが……

「そもそもまだ王にすらなってないじゃない」
 呆れたように突っ込みを入れるのは従者であるエミリアである。

「これからの事を考えたら逃げたくなるよ。何故、王になんかならないといけないんだ!」

 アルベルト王子の心の叫びを、
「王太子だからでしょう」
 いつも通り冷たく従者は切り捨てた。
 この部屋に二人しかいないため、彼女は遠慮という物が全くなかった。

「わかってるよ。はあっ」

 アルベルトはサインした書類を机の端に置き、ため息をつく。

「少し休憩。紅茶入れてくれない?」

「分かりました」

 従者が紅茶を入れてくれる間、ずっと書類仕事も辛いのか、アルベルトは立ち上がって背伸びをした。

 エミリアが紅茶を入れてくれたのを確認して、アルベルトは再び椅子に座る。
「エミリアも座れば。ずっと立っておくのもきついだろう」

「では、遠慮なく」
 エミリアは椅子を持ってきて座った。
「アリシア嬢とその一行は16時ぐらいにレビオに到着するそうよ。王都につくのは明日の12時ぐらいかしら」

「はあ、面倒くさい」
 アルベルトは溜め息をついた後でカップに口をつける。

「美人という噂だけど。性格は悪いらしいわね」

「美しさなんてさほど問題ではない……大切なのは」

「大切なのは?」
 銀髪の従者は紅茶を飲んだ後アルベルトに尋ねる。

「王太子妃、そして将来王妃として相応しいかどうかだ。美しい女を抱きたいなら愛人を作れば良いだけの話だからな」

「そうかも知れないけど……」

 従者は呆れたような声で続ける。

「女の敵としか言い様がないよね」

 エミリアの突っ込みがいつもより少し厳しい。少し気になったアルベルトは遠慮なく尋ねる。

「エミリア、今日何か厳しくない?」

「そんな事ないわよ。それよりも」

 銀髪の従者は微笑みながら話をそらす。

「ピルイン公も同行されず、お見合いなんて舐めているのかしら?」
 まあ、一理あるとアルベルトは思った。もとより王候貴族の結婚は政治である。王太子のそれとなれば、それは国政を左右するといってよい。当然、当人同士の顔合わせよりも、政治家同士の事前協議の方がよほど重要である。

「それは仕方ないさ。御前会議も近いしね」
 アルベルトは苦笑を浮かべて答える。

 帝国は毎年、年明けすぐに御前会議を開催する。今回は簒奪王対策も議題に上るだろうから例年より重要なものになるだろう。ピルイン選帝公も他の帝国有力貴族と事前協議等で例年より忙しくなっているのは自明の理だ。

「一方で今後帝国が取るであろう戦略を考えればこの婚姻を早く進めたいのは解る。リューベック王国は北方交通の要所であるがゆえに、一刻も早くここは押さえておきたいはずだ」
 エミリアは無言のままだった。続けろと言われたわけではないが、話題を今更変えるのも可笑しいかと考え、アルベルトは説明を続ける。
「ただそれを進めるには教皇庁との対立も覚悟しないといけない。先に簒奪王がその問題にぶち当たるけど、当面回避する事は出来るからね」

 アルベルトはそう言って紅茶を飲み干した。

「問題?」

 従者は首を傾げた。ここでアルベルトは自分が話の組み立てに失敗したのに気づいた。
 今後の帝国が取るであろう戦略が何かを話してなかったと言うことに……
「帝国は最終的には勢力均衡政策を選ぶだろう。そのためには異端のアルピオン王国と異教徒のクマン辺りとの同盟も必要になるかも知れない」
「そういう事……」
 エミリアは納得したように頷く。

 交易ぐらいであれば上手く誤魔化し、教皇に寄付という名の賄賂を贈れば何とかなるが、対等の軍事同盟となれば話は変わってくる。
 テンプレ教中枢の教皇庁が、異教徒や異端との同盟を認める可能性はかなり低いだろう。

 そして簒奪王も、征服した異教徒の国を改宗させず併合もせず、領土を少し割譲させて属国としただけではある。
 簒奪王も問題は抱えているが、属国ならば今後改宗を進めていきますと申し立てた上で、袖の下を渡せば問題は先送りできる。当面、教皇とやり合う事になるのは帝国になる可能性が高い。

「対教皇に関してはアストゥリウ王国とロアーヌ帝国との利害は基本的に一致しているんだよな。二ヶ国で教皇の権威を削いで欲しいんだけど無理だよな……」

(リューベックの利益のために是非とも教皇の権威は失墜して欲しい。)
 とアルベルトは心の中で呟いたが、物事はそう簡単に進まないという事はリューベックの王太子も良く解っていた。
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