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第1部 第1章
ロアーヌ帝国大使との会談(上)
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ナーロッパ歴1056年10月27日14時
「お久しぶりでございます、摂政殿下」
定刻の少し前にアルベルトは応接間に入ると、帝国大使ローン伯爵とその秘書はすでに到着していた。
「ローン大使も久しぶりですね」
挨拶を返してアルベルトは座る。
ローン大使も座りながら口を開く。
「本日は帝国のためにお時間をいただき、誠にありがとうございます。国王陛下のご容体が優れないとのことで、殿下におかれましては気苦労が絶えないことと存じます」
「非才の身には重すぎる重責がかかっています。しかし王国を支えてくれる家臣たちがとても良く頑張ってくれているので、若輩の私でも何とか務めていられますよ」
現リューベック王国国王ブディブォイ・ナガコトは2年前に重病を患って以来、王太子であったアルベルトに摂政に任命し実権を大きく委譲していた。しかし、それに合わせてアルベルトの後見人であるレーベン伯と反レーベン伯派での権力闘争が激化し、さらに内務省と軍部(厳密に言えばリューベック陸軍)が平時の衛兵の指揮権を巡って激しく対立し、その対立がレーベン伯派と反レーベン伯派の争いを拡大させると言う結果に繋がっていた。そのため元々国王になりたい訳ではなかったアルベルトはもはや王位を継ぐのに嫌気がさしていたのであるが、それを流石に面に出す事はなく当たり障りのない言葉を返していた。
穏やかな雰囲気で会談は始まり、しばらくとりとめのない話を続けていたが、10分ほどしてローン大使がついに本題に入った。
「現在アストゥリウ王国では内紛が勃発しフラリン王国が介入しております」
「簒奪王も困った事をしてくれました。彼のせいでナーロッパの勢力図が大きく変わる事となるでしょうからね」
ナーロッパの西の半島にアストゥリウ王国があり、その東にフラリン王国、その北東は北方小国群が広がっている。大陸中央から南部でフラリン王国とロアーヌ帝国は国境を接している。
もし、フラリン王国がアストゥリウ王国を勢力下に抑えれば巨大化した王国が東に進出して来るのは時間の問題であり、超大国同士の大戦に突入するのは確実である。
「全くです。しかし起きてしまった物は仕方ない」
ローン大使の言葉にアルベルトは頷く。
確かに起きてしまった事にとやかく言っても仕方ない。
そんな事を言う暇があるのであればまず対策を考えるのが政治家というものだ。
「フラリン王国が勝つでしょうが簒奪王も戦上手。それなりにフラリン王国に出血は強いるでしょうし、アストゥリウ王国の平定はそれなりの時間を要するでしょう。その隙に……」
「その隙に緩衝地帯である我が国を帝国の勢力下に組み込みフラリン王国属国群を平定すると?」
「ご明察の通りです、殿下」
アルベルトの言葉に大使は頷く。
フラリン王国とロアーヌ帝国の国境地帯には城塞群が広がり、四万以上の兵力をフラリン王国は残しており、正面から突破するとなると帝国でもかなりの時と犠牲を要する。
それよりは北に勢力を拡大する方が合理的だとアルベルトも思う。
しかし、アルベルトも摂政として、
「我が国はフラリン王国とも関係もあり、中立国ですが、帝国は具体的に何をお望みでしょう?」
と言わざるを得ない。
リューベック王国はロアーヌ帝国ともフラリン王国とも関係を持っており、いやむしろ、帝国よりフラリン王国との関係の方が深いと言った方が正しいが、とにかくこの二大国の争いにはリューベックは中立の姿勢をとっている。
「我が国との同盟と帝国軍の軍事通行権です、殿下」
(やはり、それか。)
アルベルトは内心でそう呟く。
このリューベック王国は帝国が北方に進出する際の通り道であり、また要所となる国家である。帝国が北方に進出するならまずこの国は絶対に抑えなければいけない。
現在の大局を踏まえれば、もしロアーヌ帝国の要求を拒めば帝国が軍事力を用いて侵攻してくる事は目に見えている。
帝国の侵攻を受ければフラリン王国の大規模な軍事介入がない限りリューベック王国はほぼ勝ち目がない事はアルベルトは十分に理解していた。……そしてロアーヌ帝国と対立する超大国フラリン王国は簒奪王フェリオルの挙兵にて勃発したアストゥリウ王国内戦への介入で手一杯でリューベック王国にとてもではないが大規模な援軍を送る余力がない事も。
「貴国の要望を受け入れた場合の我が国に対する見返りは?」
リューベック王国の存続を考えれば受けいれるしか手がない事も解ってはいる。ならばどこまでロアーヌ帝国が譲歩しても良いのかを見極め、極力帝国から最大限の見返りを貰うと言う方針に切り替えたアルベルトは単刀直入に尋ねる。
「フリーランス王国全土を。さらに貴国と我が国で締結されている通商条約を改正し、関税の大幅な引き下げを行う事も。この2点に関しては帝国の御前会議で決定され、帝国諸侯の承諾も得ております。」
大使は優しく微笑みながら答えた。
「フリーランス王国全土だと……失礼。フリーランス王国領には大きな金山もあるが、それも我らの好きにして良いのですかな?」
想定していた物よりはるかに良い条件にアルベルトは一瞬我を忘れるが、ローン大使は特に気にする事なく答える。
「無論です、摂政殿下。この件は口約束で済ませず今後締結される同盟条約に明記しても構わぬと皇帝陛下から承っておりますのでご安心ください」
「成程。しかし、我らが出せる軍勢は5千から8千程度です。それを考えれば我が国の取り分が過大な気がするのですが……」
とアルベルトは口にする。ナーロッパ北方のフラリン王国属国群とはフリーランス王国、ゼーランド王国、プランデレン王国、フラバント王国、ドレンテ王国、ヘルダー王国の6カ国である。その中で一番豊かな国であり、大量の金が産出されるフリーランス王国をくれるなど常識的に考えてあり得ない。何か裏があるのではと構えるのは当然である。
「リューベック王国軍にも出兵はして頂きたいと思ってはいますが、フラリン王国属国群の平定は主にロアーヌ帝国軍が行いますので、リューベック王国には主に補給の支援をお願いしたいと我らは考えています」
「ただし」と帝国大使は続ける。
「フリーランス王国全土を差し出すには1つ条件があります。」
(やはりな。何か裏があると思っていたよ。)
とアルベルトは心の中で呟きながら
「条件とは?」
と尋ねる。
帝国大使は恭しく頭を下げながら
「摂政殿下、王太子妃は是非とも我が帝国から迎えて頂きたいのです。」
と答えた。
「お久しぶりでございます、摂政殿下」
定刻の少し前にアルベルトは応接間に入ると、帝国大使ローン伯爵とその秘書はすでに到着していた。
「ローン大使も久しぶりですね」
挨拶を返してアルベルトは座る。
ローン大使も座りながら口を開く。
「本日は帝国のためにお時間をいただき、誠にありがとうございます。国王陛下のご容体が優れないとのことで、殿下におかれましては気苦労が絶えないことと存じます」
「非才の身には重すぎる重責がかかっています。しかし王国を支えてくれる家臣たちがとても良く頑張ってくれているので、若輩の私でも何とか務めていられますよ」
現リューベック王国国王ブディブォイ・ナガコトは2年前に重病を患って以来、王太子であったアルベルトに摂政に任命し実権を大きく委譲していた。しかし、それに合わせてアルベルトの後見人であるレーベン伯と反レーベン伯派での権力闘争が激化し、さらに内務省と軍部(厳密に言えばリューベック陸軍)が平時の衛兵の指揮権を巡って激しく対立し、その対立がレーベン伯派と反レーベン伯派の争いを拡大させると言う結果に繋がっていた。そのため元々国王になりたい訳ではなかったアルベルトはもはや王位を継ぐのに嫌気がさしていたのであるが、それを流石に面に出す事はなく当たり障りのない言葉を返していた。
穏やかな雰囲気で会談は始まり、しばらくとりとめのない話を続けていたが、10分ほどしてローン大使がついに本題に入った。
「現在アストゥリウ王国では内紛が勃発しフラリン王国が介入しております」
「簒奪王も困った事をしてくれました。彼のせいでナーロッパの勢力図が大きく変わる事となるでしょうからね」
ナーロッパの西の半島にアストゥリウ王国があり、その東にフラリン王国、その北東は北方小国群が広がっている。大陸中央から南部でフラリン王国とロアーヌ帝国は国境を接している。
もし、フラリン王国がアストゥリウ王国を勢力下に抑えれば巨大化した王国が東に進出して来るのは時間の問題であり、超大国同士の大戦に突入するのは確実である。
「全くです。しかし起きてしまった物は仕方ない」
ローン大使の言葉にアルベルトは頷く。
確かに起きてしまった事にとやかく言っても仕方ない。
そんな事を言う暇があるのであればまず対策を考えるのが政治家というものだ。
「フラリン王国が勝つでしょうが簒奪王も戦上手。それなりにフラリン王国に出血は強いるでしょうし、アストゥリウ王国の平定はそれなりの時間を要するでしょう。その隙に……」
「その隙に緩衝地帯である我が国を帝国の勢力下に組み込みフラリン王国属国群を平定すると?」
「ご明察の通りです、殿下」
アルベルトの言葉に大使は頷く。
フラリン王国とロアーヌ帝国の国境地帯には城塞群が広がり、四万以上の兵力をフラリン王国は残しており、正面から突破するとなると帝国でもかなりの時と犠牲を要する。
それよりは北に勢力を拡大する方が合理的だとアルベルトも思う。
しかし、アルベルトも摂政として、
「我が国はフラリン王国とも関係もあり、中立国ですが、帝国は具体的に何をお望みでしょう?」
と言わざるを得ない。
リューベック王国はロアーヌ帝国ともフラリン王国とも関係を持っており、いやむしろ、帝国よりフラリン王国との関係の方が深いと言った方が正しいが、とにかくこの二大国の争いにはリューベックは中立の姿勢をとっている。
「我が国との同盟と帝国軍の軍事通行権です、殿下」
(やはり、それか。)
アルベルトは内心でそう呟く。
このリューベック王国は帝国が北方に進出する際の通り道であり、また要所となる国家である。帝国が北方に進出するならまずこの国は絶対に抑えなければいけない。
現在の大局を踏まえれば、もしロアーヌ帝国の要求を拒めば帝国が軍事力を用いて侵攻してくる事は目に見えている。
帝国の侵攻を受ければフラリン王国の大規模な軍事介入がない限りリューベック王国はほぼ勝ち目がない事はアルベルトは十分に理解していた。……そしてロアーヌ帝国と対立する超大国フラリン王国は簒奪王フェリオルの挙兵にて勃発したアストゥリウ王国内戦への介入で手一杯でリューベック王国にとてもではないが大規模な援軍を送る余力がない事も。
「貴国の要望を受け入れた場合の我が国に対する見返りは?」
リューベック王国の存続を考えれば受けいれるしか手がない事も解ってはいる。ならばどこまでロアーヌ帝国が譲歩しても良いのかを見極め、極力帝国から最大限の見返りを貰うと言う方針に切り替えたアルベルトは単刀直入に尋ねる。
「フリーランス王国全土を。さらに貴国と我が国で締結されている通商条約を改正し、関税の大幅な引き下げを行う事も。この2点に関しては帝国の御前会議で決定され、帝国諸侯の承諾も得ております。」
大使は優しく微笑みながら答えた。
「フリーランス王国全土だと……失礼。フリーランス王国領には大きな金山もあるが、それも我らの好きにして良いのですかな?」
想定していた物よりはるかに良い条件にアルベルトは一瞬我を忘れるが、ローン大使は特に気にする事なく答える。
「無論です、摂政殿下。この件は口約束で済ませず今後締結される同盟条約に明記しても構わぬと皇帝陛下から承っておりますのでご安心ください」
「成程。しかし、我らが出せる軍勢は5千から8千程度です。それを考えれば我が国の取り分が過大な気がするのですが……」
とアルベルトは口にする。ナーロッパ北方のフラリン王国属国群とはフリーランス王国、ゼーランド王国、プランデレン王国、フラバント王国、ドレンテ王国、ヘルダー王国の6カ国である。その中で一番豊かな国であり、大量の金が産出されるフリーランス王国をくれるなど常識的に考えてあり得ない。何か裏があるのではと構えるのは当然である。
「リューベック王国軍にも出兵はして頂きたいと思ってはいますが、フラリン王国属国群の平定は主にロアーヌ帝国軍が行いますので、リューベック王国には主に補給の支援をお願いしたいと我らは考えています」
「ただし」と帝国大使は続ける。
「フリーランス王国全土を差し出すには1つ条件があります。」
(やはりな。何か裏があると思っていたよ。)
とアルベルトは心の中で呟きながら
「条件とは?」
と尋ねる。
帝国大使は恭しく頭を下げながら
「摂政殿下、王太子妃は是非とも我が帝国から迎えて頂きたいのです。」
と答えた。
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