小国の王太子。~優秀だが口煩いからと婚約破棄された超大国の大貴族チート令嬢を妻に迎え、彼女の力を借りて乱世での生存を目指します。

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第1部 第1章

ラーンベルク夜襲戦(上)

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 ナーロッパの中西部から中部に位置するフラリン王国の国王メンデル2世は、西の隣国に起こった内戦に乗じて、兵を起こした。
 父王や腹違いの兄王子達を殺して王位についた新王フェリオルに抵抗する第3王子ヘルメスを支援するという大義名分の下、アストゥリウ王国へ介入を開始したのだ。
 この遠征に動員されたフラリン軍は4万、それにヘルメス王子を支持するアストゥリウ有力諸侯の軍も加わりその兵力は6万にまで膨れあがっていた。

 一方のアストゥリウ王国軍はフェリオルの腹心であり、傅役を務めた老将カリウス・オブラエン率いる1万の軍勢が国境から西に約105km離れたラーンベルク要塞に立てこもり、籠城戦の構えを取る。
 フラリン軍はアストゥリウ王国侵攻7日目にラーンベルク要塞の包囲を完了。

 誰もが疑わなかった圧倒的な物量を誇るフラリン軍の勝利、しかしその予測は大きく裏切られ、この戦いがナーロッパ大半を巻き込む大戦の引き金になるとはアストゥリウ王フェリオルとその家臣以外は誰も思っていなかった。



 ナーロッパ歴1056年10月22日。

 月が雲に隠れ、広野は闇に覆われていた。かがり火のみがフラリン軍の軍営を照らしているが、陣中らしからぬ浮ついた空気が漂っている。
 それもそのはずで、フラリン王国軍本隊の将兵多数がこの日、気が早い事に勝利を確信して近くの都市や村に略奪に出ていた。そこからまだ戻ってきていない者も多い上に、陣中にいる者も略奪品を片手に飲んだり連行してきた女を集団で犯したりなどして楽しんでいた。
 本来、それをたしなめるはずの国王や大貴族、国軍の将軍らも捕らえた女を自分の陣などで犯している。
 そんな状況ではフラリン軍本隊の秩序が保たれるはずもなかった。

 その暗闇の中を無数の男達が進む。
 フラリン軍本営が置かれている高地に向かって……。
 しかも、その軍団は闇に溶け込む黒い甲冑や鎧などをつけていた。

 軍事的には難事であるはずの夜間の行軍にも関わらず、指揮を取る騎士達はもちろんの事、一兵卒にいたるまで言葉を発していない事から、この黒い軍団の規律の厳正さと練度の高さが良く分かる。
 この黒い縦隊の中ほどに、そこだけアストゥリウ王国の旗をかかげ、ひときわ屈強な騎士達に周囲を守られて、馬を進めている青年がいた。

 兜からこぼれる少し長い紫髪をなびかせている。

「フェリオル陛下」
 一人の騎士がその紫髪の青年の前で止まると飛び降りるように下馬する。
 地面に片膝をつき、一礼してから早口で報告を始めた。
「フェリオル陛下に申し上げます。フラリン軍本営に出していた斥候によりますと、本営近辺にも関わらず敵はろくに見張りを立てておらぬとの事です。恐らく我が軍が流した偽情報を鵜呑みにしている模様かと。行軍中に得た捕虜の話によりますとフラリン軍に怯えた人質のこせがれは王宮で震え上がっていると……あ、いや」

 報告に来た騎士の顔が青ざめる。進軍中に捕らえた捕虜の言葉をそのまま伝えてしまい、それが敬愛する主君を罵る言葉を含んでいたことに気づき、うろたえたのだ。

「ご無礼を……」
 うろたえている騎士に向かい、フェリオルは微笑を浮かべる。
「よい、リン。確かに我は人質として一度フラリンに差し出されていた身、しかし……」
 優しい微笑が不敵なものに変わった。

「今夜、フラリンの大軍は、その人質のこせがれに粉砕される事になる」

 間髪入れず、フェリオルは命を下す。

「リカルド・アノー、そなたの軍団を率いて南で先陣を務めよ」
「御意」

 先陣は武人の名誉という事もあり、リカルドと呼ばれた若い騎士が嬉しそうに頷く。
「後は我が直率する。展開を終え、アノー軍団の角笛の合図で突撃だ。今よりいっさいの略奪を禁じる」

 紫髪の青年は将兵から戦う動機を奪うに等しい命令を下した。
 この時代の軍制は基本的に王や貴族の常備兵や雇った傭兵隊を中核に後は自分の領内の青年男子をかき集めて、一軍を編成する形となっていた。
 しかし、常備兵はともかく傭兵隊や徴兵された平民の士気は低くなるのは当たり前である。
 ならば、何らかの報奨をつけてやれば士気を上げてやれるであろうと考えだされたのが戦勝後の略奪である。実際、これがあるから諸侯も参戦するのであるし、傭兵隊も安く雇う事も可能となっていた。
 にも関わらず、ただの一人も不平を言う者はおらず、むしろ闘志をみなぎらせている。
 よほど、その青年に心服しているのだろう。
 フェリオルは部下からフラリン軍本営が置かれている高地に視線を移すと剣を抜き、高々とかかげた。

「よいか、我らの狙いはただひとつ、フラリン軍を撃滅し、フラリン国王の首を取る事」
 フェリオルの紫色の目が苛烈な光を放つ。
「我が命に背く者はいかに功績を立てようと罪人として処刑する」
 と言い放った後に剣を振り落とした。

 それに応じるがごとく、空をおおっていた雲が切れて月の光が地上を照らした。

 いかなる自然のいたずらか、月が発した光はフェリオルの剣が指し示す先をくっきりと照らした。

 まるでテンプレ神が侵略者を打ち払えと言うように。

 アストゥリウ兵の誰もがその光景を見て、そう思わずにいられなかった。

 そして、フェリオルは父や異母兄らを討って王位を纂奪しただけあって、神など信じない性格であったものの、この絶好の機会を見逃すような愚か者ではない。

「テンプレ神は我々に進路を示された。……テンプレ神の導きに従い、勝利の道を進め!」

 黒い軍勢に、陶酔が走った。
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