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百合の園に集う少女たち

010 歓喜する少女たち

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 リリエンタール魔法女学院の合格発表は、合格者の名前を掲示板に張り出すという一般的な方法で行われる。
 そのため合格発表のこの日、リリエンタールの中庭には朝から多くの受験生と保護者が集まっていた。
 その中にはもちろんソフィア・ラノワ・フォンティーヌの姿もあった。

「早く発表されないかなぁ~。絶対受かってる自信あるんだけどなぁ~」

「ソフィアちゃんはそうだろうけど、私はドキドキで気絶しそうだよ!」

 まだ何も張り出されていない掲示板を前に、ソフィアとモニカはその瞬間を待ち続ける。
 彼女たちの背中をジャンヌとイザベルは見守っていた。
 合格発表ともなれば聖女の彼女たちも街に繰り出す。
 騒ぎにはならないように変装はしているが、そのオーラは隠せない。
 二人の周りだけは人が寄り付かず、ぽっかりと穴が開いている。

「ソフィアは大丈夫かしら……。ちゃんと受かってるといいんだけど……」

「心配ないさ。あの子の頭の良さはよく知ってるだろう?」

「でも、おっちょこちょいなところがあるから、名前を書き忘れたりしてないかしら……」

「うーん、それはちょっと心配かも。でも、きっと大丈夫さ」

 すでに採点は終わり、結果は出ている。
 それがもうすぐ公表されるだけだ。
 いまさら祈ってもどうにもならないが、それでも祈らずにはいられない。

「あ! そろそろよ! モニカちゃん!」

 学院の職員が現れ、巨大な掲示板に魔法で紙を張り付けていく。
 なお、この合格発表はクラス分けも兼ねている。
 左からAクラス、Bクラス、Cクラスに振り分けられた合格者の名が書き連ねてある。

「んーっと、あった! 私一番左の一番上だわ! すっごい見つけやすいところね!」

 ソフィア・ラノワ・フォンティーヌの名はAクラスの一番目にあった。
 これは入試においてトップの成績だったということも表している。

「な、ない……。私の名前がCクラスにもBクラスにもない!」

 モニカは泣き出しそうな顔で叫ぶ。

「落ち着いてモニカちゃん! BとCにないってことは、Aクラスなんじゃない?」

「でも、Aクラスってすでに家庭で魔法の教育を受けている身分の高い子たちのクラスだし……」

「モニカちゃんの魔力がそういう子たちにも負けなかったってことだよ! ほら、自分の目でよーく探してみて!」

 恐る恐る掲示板に目を戻すモニカ。
 上から順にAクラス合格者の名を確認していく。

「あ、ああ、ああああああああ!! あった! 私の名前! 本当にAクラスだ!?」

「おめでとうモニカちゃん!」

 モニカの名はAクラスの十番目に書かれていた。
 二十人からなるAクラスのちょうど真ん中である。

「合格だけでも嬉しいのに、まさか誇り高きリリエンタールのAクラスだなんて……」

「私は初めからモニカちゃんを信じてたけどね~。絶対一緒のクラスになれるって!」

「ソフィアちゃんと一緒のクラス……! なんだか、まだ実感が湧かないわ……。あの憧れの聖女様の娘であるソフィアちゃんと同じ教室で学べるなんて……」

「母様たちにも早く報告しましょ! おーい! ジャンヌ母様! イザベル母様!」

「そ、ソフィアちゃん……! 名前を呼んだらまずいよ!」

「あ」

 その後、街に現れた聖女を一目見ようと押し寄せた人々、合格発表で歓喜する人、落胆する人がまじりあい、とんでもないカオスな状況になってしまった。
 親子とその友人が落ち着いて話を出来るようになるのに、一時間ほどの時間を要した。

「母様たちって……こんなに人気なんだ!」



 ◇ ◇ ◇



「さて、落ち着いたところでモニカちゃんにはやるべきことがあるわよね?」

 転移魔法で屋敷に帰還後、お茶を飲みながらジャンヌが切り出した。

「はい、私のお母さんに合格を報告しないといけません」

「家にはどうやって帰るつもりかしら?」

「来た時と同じように、馬車を乗り継いで帰るつもりです。ありがたいことにお金は十分にありますから」

「そんなことしなくても、母様の転移魔法をまた使えばいいんじゃないの?」

 ソフィアの発言にみな目を丸くする。

「ソフィア、転移魔法が一度行ったところにしか飛べないのは、あなたも知ってるでしょう?」

「知ってるよ。でも、昔ジャンヌ母様はモニカちゃんと会ってるわけだから、その村に行ったことがあるんじゃない?」

「あ、そうね!」

 と、いうことでモニカの故郷の村へも転移魔法で向かうことになった。
 まさに夢の魔法だなぁ……と、モニカはジャンヌへのあこがれを強くした。

「空間転移!」

 光に包まれた四人が降り立った場所は、のどかな田舎の村だった。
 あたりには田畑が広がり、その中にぽつんと集落が存在しているような小さな村だ。
 街とはまったく違う空気が流れ、まるで時間の流れが違っているようだとソフィアは感じた。

「あ、お母さん」

「…………」

 不運にもモニカの母リネットは、転移してきたソフィアの目の前に立っていた。
 いきなり美少女が現れたことで頭が考えることをやめ、体が硬直している。

「初めまして! 私はモニカちゃんのお友達で……」

「あぅ……」

 リネットは気絶してしまった。
 くしくも親子そろって同じファーストコンタクトとなってしまった。

「も、モニカちゃんのお母様!? どうしました!? しっかりしてえええええええ!」

「と、とりあえず私の家に運んでください!」

 イザベルがリネットを抱きかかえ、モニカの家に向かう。
 こじんまりとした木造の家だが、デザイン自体は非常にシャレているように見えた。
 モニカが言うほどおんぼろではないものの、建てられて長いのかところどころにガタはきている。

「ごめんなさい。聖女様にはふさわしくない家ですけど……」

「いえいえ、味のあるお家で素晴らしいと思うわ」

「今お茶を出しますね!」

 慣れた手つきでお茶を出し、みなに配っていくモニカ。
 その間に母リネットも目を覚まし、娘とよく似た怯え方で椅子に座った。

「あ、あの……聖女様がうちに何か御用で……。あっ! まさか娘が何か悪さを……!? ま、待ってください! 娘は悪いことをするような子じゃありません! 何かの間違いです!」

「落ち着いてくださいお母様。私たちはあくまで娘の友人のお母様に一度挨拶をしたいと思っただけですの」

「えっ? 聖女様の、娘の、友人の、友達の、お母様が……私なんですか? つまり、モニカが聖女様の娘のお友達?」

「はい、そういう事です」

「あぁ……」

 ふぅ……とまた気絶しそうになったリネットをイザベルが受け止める。
 モニカとは違いほっそりとした体をしているため、抱き留めた感触は非常に軽い。
 顔色も少し青く、あまり健康的には見えない。
 しかし、顔立ちは凛としていてどこか気品を感じさせる。

「はっ……! す、すいません! ちょっと状況が飲み込めなくて……。よろしければ、そうなった経緯をご説明いただけませんか……?」

「ええ、もちろんですとも。ソフィア、出来るね?」

「はい! イザベル母様!」 

 ソフィアによって語られるモニカとの馴れ初め。
 リネットはその話を興味深そうに何度もうなずきながら聞いた。

「モニカを助けていただいて本当にありがとうございます。なんとお礼をすればよいのか……」

「いえいえ! 私もモニカちゃんにはずいぶんお世話になってますから! それより、今はリリエンタールに合格したことをうんと褒めてあげてください! 本当にモニカちゃん頑張ってましたから!」

「そ、そうですね。私ったら、一番に褒めてあげないといけないのに……。モニカ、本当におめでとう。あなたは自慢の娘よ。一人で送り出すことになってごめんなさい。よく頑張ったわ」

 我が娘をギュッと抱きしめるリネット。
 モニカも今まで見せなかった子どもっぽい笑みを浮かべる。

「ありがとうお母さん! 私、リリエンタールでいっぱい勉強して、卒業したらいっぱいお金を稼いでお母さんに楽させてあげるからね!」

「まあ……この子ったら。気持ちは嬉しいけど、あんまり子どもが親の心配をするんじゃありません。モニカはモニカの学園生活を楽しんでくれればいいの」 

「でも、心配なんだもん! お母さん体が弱いし、お父さんの仕送りもいつ途切れるか……。寮に入ったらなかなか会えなくなるし、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だって! 安心して! お母さん、モニカの前で倒れたことないでしょ?」

「それはそうだけど……」

 複雑な家庭事情が垣間見える会話の前に、同じ親であるジャンヌとイザベルは口が出せない。
 しかし、ソフィアは思った疑問をそのまま述べた。

「モニカちゃんのお父様ってどこにいるの?」

「あっ、それは……」

 リネットが言葉に詰まる。
 少しの沈黙の後、モニカが口を開いた。

「お父さんは放浪者なの。どこをほっつき歩いてるのかわからないけど、最低限生活できるお金は送って来てくれるの。私に会うのが恥ずかしいのか、いっつも寝てる時に来るから、顔もぼんやりしてるくらいで……。でも、学費も移動費も宿泊費も全部用意してくれたから、私のことを気にかけてはくれるみたい」

「そうなんだ。じゃあ、お母様は一人暮らしなの?」

「うん。お母さんも私に似て体が弱いから、一人にするのが心配で……」

「体が弱い……モニカちゃんと似て……まさか! モニカちゃんのお母様、起立、気をつけ!」

「はっ、はいっ!」

 立ち上がり、ピーンと背筋を伸ばすリネット。
 その目は事態が飲み込めないため泳いでいる。

「動かずにじっとしててください! すぐに終わりますから! こしょばくても我慢です!」

「え、ええ……」

 ソフィアはリネットの全身をまさぐり始めた。
 頭はもちろん、首、肩、腕、胸、腰、尻、足に至るまでその感触を味わうかのように手のひらを這わせていく。
 まれに揉むような動作も入れてくるので、リネットの体はピクッと反応してしまう。

(か、彼女は何をされているのかしら……!? 私みたいなおばさんの体をそんなに触って……。やだ、体が熱くなってきちゃった……。ご無沙汰だから、溜まってるのかしら……って、娘の友達の前で何考えてるの……! ああ、でも……すごく気持ちいい!)

 恍惚の表情のリネットとは対照的に、ソフィアの表情は真剣そのものだ。
 まるで触診する医者のようである。

「やっぱり! これで魔力のめぐりが改善されたはずよ!」

「んあっ……魔力のめぐり?」

「モニカちゃん、説明してあげて!」

「うん!」

 モニカが『魔力だまり』の説明をする。
 常に体を循環している魔力の流れを、魔力の塊がせき止めてしまう病気のようなものだ。

「わ、私そんな病気だったんですか? この歳まで気づかなかった……。それにモニカも同じ病気だったんですね。本当になんとお礼を申し上げてい良いか……」

「気にしなくていいですよ! 私もお母様の体に触れて得してますから!」

「まっ、私みたいなおばさんの体にそんな価値はないわよ」

「そんなことないですよ! とってもお綺麗です、リネットさん」

 ソフィアがギュッとリネットに抱き着く。
 魔力だまりが解消されたことによる一時的な発熱と興奮でリネットの顔は真っ赤だ。

「そ、ソフィアちゃんったら……お世辞ばっかり言って……。ほ、本気にしちゃうわよ?」

「私は女性に対してお世辞を言ったことはありませんよ?」

「はうっ……! はぁはぁ……ソフィアちゃん……うふふ……本当に素敵な子ね……。おばさん、もう体が熱くて仕方ないわ……!」

 人妻すら惹きつけるソフィアの魅力に、モニカはただ驚くことしかできなかった。

(私のお母さんが……女にされちゃった! でもなんだろう……このお母さんとソフィアちゃんの絡みを見てると、なんだか胸が熱くなる! どういうことなの私の心!? 何に反応しているの!?)

 自分の中に芽生えた歪な性癖に混乱するモニカ。

 その後、事態を重く見たジャンヌによって呼び出されたアニエスがリネットを寝室に運び、何らかの手段で彼女を落ち着かせた。
 モニカも外に出て故郷の空気を吸うことでずいぶんと落ち着いた。

 何はともあれ、母子ともにソフィアによって健全になったことは事実である。
 これでモニカは心置きなくリリエンタール魔法女学院の寮に入ることが出来る……はずである!
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