手切れ金代わりに渡されたトカゲの卵、実はドラゴンだった件 追放された雑用係は竜騎士となる

草乃葉オウル

文字の大きさ
上 下
99 / 122
第5章

第187話 テイクオフ〈1〉

しおりを挟む
「やはり、そなただったか」

 ヴィルケ・グリージョ――
 ソルと同年代のジューネ族で、長身とスリムな体型、鋭い顔の輪郭が知的な雰囲気をかもし出す男。
 そんな彼は男爵の息子ラヴランス・ズールとお互いを利用し合い、ジューネ族内でクーデターを起こした張本人ちょうほんにんである。

 その野望は留まることを知らず、ヘンゼル王国の転覆まで夢見ていた。
 しかし、その野望を突き動かしていたのはジューネ族への歪んだ愛情だった。

 交易隊《こうえきたい》として村を出てヘンゼル王国で商売をしていた彼は、自分たちに偏見を持っている国民や、国を揺るがしさらに権力を強めようとする王族や貴族を知ってしまった。
 そういった者たちから同胞を守りたい、ただにこやかに相手の理解を待っているだけでは滅ぼされる……。

 強い危機感を抱いたヴィルケと仲間たちは『改革派』としてまとまり、秘密裏に魔鋼兵の研究を進めて戦力の拡大を画策かくさく
 どこまで穏健派で煮え切らない態度を取る族長ソルを殺害し、ジューネ族の実権を手中に収めんとした。

 だが、その野望は『クライム・オブ・ヒーメル』に参加していたユートとロック、そしてフゥによって阻止された。
 その後、ソルの寛大かんだいな処置により表向きはヴィルケと仲間たちの罪は不問ふもんとされ、そもそもクーデターが起ったこと自体をなかったこととして処理した。

 甘い処置と言われても仕方ないが、王国転覆までもが計画されていたという情報が王国側に漏れてしまうのを避けるためには必要なことだった。
 また、今回のクーデターで怪我人こそ出たものの、死人は出なかったことも寛大な処置で済ませた理由の一つと言える。

 クーデター鎮圧後のヴィルケは、同胞からの激しいバッシングに反論することもなく、粛々とソルの言うことに従っていた。
 だが、彼の心の中からジューネ族への愛情と強い力への渇望が消えたわけではなかった。

 同胞を守るための力の必要性はソルも理解しており、改革派の者たちが行っていた魔鋼兵の研究およびヒーメル山内部の古代遺跡の探索活動は凍結することなく進めることを許可した。
 魔鋼兵は言わずもがな、王国や他国に対して人数で劣るジューネ族にとっての戦闘能力を高める重要な兵器である。

 また、あまりに広大過ぎて全体像を把握し切れていなかったヒーメル山内部の古代遺跡の探索を進めることにより、新たな古代技術や魔鋼兵の製造拠点の発見、有事の際に同胞を山中に避難させつつ外敵に抵抗するプランも立てやすくなる。

 フゥクス・ジュネに使われている新フレームの設計図はこの探索で見つかったものであり、パーツの製造も新たに発見された魔鋼兵の製造ラインで行われている。
 そして、ソルが話した通り機体の操縦系統は、ヴィルケたち改革派が研究を進めていたものだ。

 分断されかけていたジューネ族は、今再び1つになろうとしている――

「本来ならば私はフゥ様に顔向け出来ぬ人間でありますが……」

「もう、よい」

 フゥは深々と頭を下げようとしたヴィルケを止め、頭を上げたままにさせる。

「父様が許したのに私が未だに怨んでいるわけがあるまい。それよりも今はシウルの奪還が最優先だ」

「ハッ! パイロットが私ですから、フゥ様も遠慮なく危険な任務に連れて行けますでしょう!」

「だとしても命を懸けろとまでは言わん。ここから北東まで飛んでエネルギーが尽きたら、ヴィートはどこかに着陸させて放置せざるをえん。その時にお前がどう安全な場所まで退避たいひするか、考えておかねばならないだろう」

「それならばご心配なく。ヴィートは非武装ですが、私自身は自衛の魔法道具を携帯しております」

 ヴィルケは自信ありげに懐から小型マギアガンを取り出す。
 クーデターの際にソルを撃ち抜いたマギアガンを改良した物だ。

「小型のマギアガンでは大型魔獣を相手にするのは難しそうだが……。まあ、そもそも魔獣と遭遇するかどうかも未知数ではあるがな。結局のところ、シウルを攫った集団についての情報は少ない。どこまで対策したらよいものやら……」

「……魔獣との戦闘が起こる可能性は……高いと思います。誘拐の首謀者はおそらく多くの魔獣を所有しているから……!」

 暴れ馬の酔いから完全に覚めたジェナスが最初はためらいがちに、徐々に語気を強めながら語り始めた。

「今回の誘拐には貴族などの有力者が関わっているかもと先ほどお話ししました。そして、近年ヘンゼル王国の貴族の間では珍しい魔獣を捕獲、飼育する遊びが流行っているんです」

「うむ、それは聞いたことがある。ユートは前のギルドで貴族から依頼を受け、珍しい魔獣の卵を捕獲する任務をやらされていたらしいからな。その任務の中でロックの卵と出会ったのだと言っていた」

 フゥだけでなく、この場にいる全員が貴族の遊びについてはうっすらだが把握している。
 それを表情で確認したジェナスは話をさらに前へ進める。

「魔獣学者としては、この貴族の遊びを非難する資格はありません。珍しい魔獣の卵なんて、僕たちだって欲しいですからね。ただ、最近は卵を孵化ふかさせて育てるだけに飽き足らず、過酷な戦闘訓練をいたり、無理な交配でさらに強い種を生み出そうとしていると……魔獣学者の仲間から伝え聞いています」

「普段から命を玩具にしている者たちが思いつきそうなことだな……。だが、思い付きだけで希少な魔獣の戦闘訓練や交配を行えるはずがない。無茶苦茶なことをやるにも知識がいる。だからこそ、貴族たちは魔獣学者の知識を求める……ということか」

 話の流れからジェナスが言いたいことを察するフゥ。
 ジェナスは強くうなずき確信に迫っていく。

「魔獣学者たちのもとへ貴族からのスカウトが来ることが増えています。報酬は高く、珍しい魔獣と触れ合える機会でもあるので、飛びつく学者はそれなりにいます。しかし、現場で行われているのは研究ではなく調教……。場合によっては外科的手術によって魔獣同士を縫い合わせ、新種に見せかけろと言われることもあったそうです」

 聞いているだけでおぞましい、誰もが顔をしかめざるを得ない話……。
 しかし、暇を持て余した一部の貴族たちにとって、魔獣などいくら傷つけても構わない玩具だ。

 冒険者とて魔獣は狩る。
 生きる稼ぎを得るために、自分や誰かの命を守るために。

 魔獣からすれば、貴族の遊びも冒険者の仕事も大差ないのだろう。
 それでも、人としては無意味で無益むえきな殺生と生きるための狩りは違うと思いたい。

「おぞましい仕事を押し付けられても、それが自分の意思で結んだ契約ならばまだ割り切れることもあるでしょう。ですが、中には欲しい人材を強制的に連行、拉致する事例も報告されています。ポーラ所長とシウルさんはこのパターンな気がしてならないんです……! も、もちろん確定的な証拠はありませんが……」

 ハキハキと力強くしゃべっていたジェナスの声から自信が失われていく。
 確かに彼の推理には物的証拠がない。
 しかし、状況証拠はしっかりと積み上げられている。

「……ジェナス殿の推理は十分的を射ていると思いますよ。私もジューネ族の交易隊として王国貴族の情報は耳に入れているのですが、跡取り息子への興味すら失い、魔獣ばかりにかまけている貴族もいるようです。それも最近は目立たない場所で、魔獣に関する怪しい研究を行っているとか……」

 ヴィルケの言葉を聞いたフゥの脳裏にラヴランス・ズールの顔が浮かび上がる。
 彼の父であるマクガリン・ズール男爵が、まさに今ヴィルケが述べたような人物だった。

「やはり激しい戦闘が起こる可能性を考慮すべきか……。だがしかし、現状でこれ以上の戦力増強も難しいところだ」

 エネルギー切れで飛行不能になったヴィート、そのパイロットであるヴィルケを守れるだけの戦力となると、今この場では適任者がいないように思えた。
 すでに待機を決断したソル、あくまでも研究員のジェナス、そしてギルドの非戦闘要員である受付嬢2人……。

「私が行きます。私なら戦力になれます」

 杖を突き、前へと進み出たのはアズキだった。


〓〓〓あとがき〓〓〓
 コミカライズ版『手切れ金代わりに渡されたトカゲの卵、実はドラゴンだった件』の第1巻が発売中!
 書店、通販、電子書籍で今すぐゲットだ~!
 9月25日には最新第7話が更新予定!
しおりを挟む
感想 134

あなたにおすすめの小説

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした

新緑あらた
ファンタジー
死闘の末、強敵の討伐クエストを達成した回復術師ヨシュアを待っていたのは、称賛の言葉ではなく、解雇通告だった。 「ヨシュア……てめえはクビだ」 ポーションを湯水のように使える最高位冒険者になった彼らは、今まで散々ポーションの代用品としてヨシュアを利用してきたのに、回復術師は不要だと考えて切り捨てることにしたのだ。 「ポーションの下位互換」とまで罵られて気落ちしていたヨシュアだったが、ブラックな労働をしいるあのパーティーから解放されて喜んでいる自分に気づく。 危機から救った辺境の地方領主の娘との出会いをきっかけに、彼の世界はどんどん広がっていく……。 一方、Sランク冒険者パーティーはクエストの未達成でどんどんランクを落としていく。 彼らは知らなかったのだ、ヨシュアが彼らの傷だけでなく、状態異常や武器の破損など、なんでも『回復』していたことを……。

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました

毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作 『魔力掲示板』 特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。 平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。 今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。