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4巻
4-1
しおりを挟むプロローグ
『蜘蛛狩り』――それはゴウガシャグモという魔獣を討伐する仕事だ。
ゴウガシャグモは王都の東、ドライスト領に隣接するアミダ樹林にのみ生息している固有種。
そして、ゴウガシャグモの討伐、蜘蛛狩りを行えるのは、領主からアミダ樹林の管理を任された上級ギルド『鉄の雲』だけだった。
ギルドとしての『鉄の雲』の評判は高く、ギルドマスターのガルゴ・グンダムは活動拠点を構えるドライスト領で英雄のような扱いを受けていた。
しかし、裏では蜘蛛狩りへの協力をうたって他のギルドの有望な新人を集め、何らかの方法で冒険者として再起不能に追い込んでいるというウワサがあった。
自らのギルドで管理している樹林という閉鎖的な環境、領主から与えられた大きな権限。そして意識を混濁させ、数日間の記憶を消し去る効果があるというゴウガシャグモの毒――。
関係者や被害者から証言を集めることも難しい中、俺――ユート・ドライグと俺が所属している『キルトのギルド』の仲間たちは、すべての冒険者ギルドのまとめ役であるグランドギルドの依頼を受けて、蜘蛛狩りへの潜入捜査を行うことになった。
そこで予想通りの……いや、予想以上に最悪な事態に遭遇することになった。
ゴウガシャグモは『鉄の雲』が用意した薬物で興奮状態になっており、樹林に入り込んだ俺たちに容赦なく襲い掛かってきたのだ。
だが、ここまではまだいい。問題はクモの脅威を退けた俺たちに『鉄の雲』のメンバーが直接攻撃を仕掛けてきたことだ。
当然そのメンバーの中には、ギルドマスターであるガルゴも含まれていた。
彼は自分が冒険者の最高峰――S級になれなかったことで人格が歪んでいた。そして、下の人間を潰して相対的に自分の優位性を保とうと、新人潰しを行っていたのだ。
醜い人間性とは裏腹にガルゴの戦闘能力は高く、俺と相棒のちび竜ロックが力を合わせても彼には届かなかった……。
そんな絶体絶命の中、ガルゴを一撃で仕留めたのは、進化したゴウガシャグモ・キングタイプ――。
散々ガルゴに利用されたクモたちは、反逆の機会をうかがっていたのだ。
ガルゴとの戦闘で動けなくなっていた俺をかばったロックも、クモに痛めつけられていく……。
かけがえのない相棒を救う力は……自分の中に存在していた。
光のように輝き、水のように流れ、岩のように硬い――紅色のオーラ『竜魔法』。
竜牙剣の力だと思っていたあのオーラは、俺自身から生み出されていたんだ。
自覚した魔法でキングタイプを討伐し、俺たちは命からがらアミダ樹林を脱出した。
その後、ゴウガシャグモの毒の特性を生かしてガルゴに真実を吐かせ、力任せに逃走しようとしたところを『キルトのギルド』のギルドリーダー――キルトさんの圧倒的な力で制圧して、事件は解決した。
ガルゴは、かつて一度仕事を共にしたキルトさんが、自分の評価を下げてグランドマスターに報告した結果、S級冒険者になることが出来なかったと思い込んでいた。
だが、当時のキルトさんはガルゴのことを評価していて、S級でも問題ないと考えていた。
彼がS級冒険者になれなかったのは、素行などを考慮にいれた客観的な評価でしかなかったのだ。
腐らずに真っ当な冒険者として働いていれば、夢は叶っていたのかもしれない……。
小さく丸まったガルゴの憐れな背中、キルトさんの圧倒的な強さ――その両方を目撃した俺は、冒険者としてより正しく、より高みを目指そうと心に誓った。
第1章 ギルドフロント
ガルゴ・グンダム逮捕から1週間――。
俺たち『キルトのギルド』のメンバーは、王都に近い山の中で修業を行っていた。
「竜魔法――竜壁!」
俺はオーラを厚く固めて、自分の前に紅色の壁を作り出す。
「準備はOK?」
距離を空けて向かい合うキルトさんが呼びかけてくる。
「はい! いけます!」
「じゃあ、始めるよ!」
竜壁に向かってキルトさんが水魔法を放つ。
すさまじいスピードで水を噴射し続ける、シンプルだが強力な魔法だ。
それはまるで最強のゴウガシャグモ・キングタイプが放つ光線のようで、入念に固めた紅色のオーラの壁をミシミシと揺るがす……!
「よしよし、いい感じだね。もうちょっと強めにいってみようか」
そんな軽いノリで、噴射される水の勢いが増す。
気を抜けば竜壁に亀裂が入り、その隙間から入り込んだ水が竜壁全体を砕くだろう……。
ひたすらに魔力を込め続け、目の前の紅い壁の維持に全神経を集中させる!
「すごいね、ユートくん! 並の使い手ならもう吹っ飛んでるよ!」
「あ、ありがとうございます……!」
「それじゃあ、もう少し頑張ってみようか」
「え……?」
さらに勢いを増した水流を食らい、竜壁の中央に大きな亀裂が入った。
あっ、これはもう修復不可能だ……。
「ぐおおおおおおーーーーーーっ!?」
亀裂から噴出した激流を体に受け、俺は背後にあった滝壺まで吹っ飛ばされた!
バッシャーンと派手な音を立てながら水面に叩きつけられ、滝壺の中に体が沈む。
だが、大したダメージはない。
すぐに水面まで浮上し、大きく息をする。
「また派手に吹っ飛ばされたものだな、ユート」
「ああ……後ろが滝壺で助かるよ」
滝壺のちょうど滝が落ちてくる場所にある岩――そんな滝行に最も適した場所に座り込んでいるギルドメンバーのフゥが、ニヤニヤしながら話しかけてくる。ちなみに、彼女は王国の北部で暮らす部族――ジューネ族の姫でもある。
彼女も今まさに修業中だが、普通に滝に打たれているわけではない。
滝に打たれているのは彼女が頭上に作り出した傘のような形状をした氷の壁で、それを維持して自分の身を濡らさないようにするのが修業だ。
長い時間魔法を発動し続けることで、魔法の持続力と強度、さらには体の中に溜め込める魔力の総量も増していくらしい。
「フゥもそろそろキツいんじゃないの?」
「まさか、まだまだいける」
そう言うフゥの笑顔は少々引きつっているので、やっぱり自然のエネルギーを受け止め続けるのはしんどいみたいだ。
まあ、キルトさんの魔法を受け止めるのもしんどいけどな!
「ユートくん、次もいけるかしら?」
「はい! まだまだいけます!」
俺もフゥのように引きつった笑顔で強がりつつ、滝壺から濡れた体を出す。
「今度はユートくんが攻撃側ね。使う魔法は……竜炎でどう?」
「やってみます!」
今度はキルトさんが水で壁を作り出す。
そこに向かって俺は、形になったばかりの新魔法をぶつける!
「竜魔法――竜炎!」
俺の手から放たれるオーラの動き……それはちび竜ロックが吐き出す炎に似ている。
それもそのはず、この魔法はロックの炎を参考にして作り上げたものだからだ。
竜魔法のオーラは光のように輝き、水のように流れ、岩のように硬い。
加えて、新たに「炎のように熱い」という特性を習得したんだ。
竜炎の時のオーラはその紅色に見合うだけの熱を得て、薪に火をつけることだって出来る。
その熱量を、他の魔法や強靭な魔獣の肉体を焼き尽くせるほどに高めていく……!
「うんうん、熱量が上がってるよ」
キルトさんの水の壁からじゅうじゅうと激しく水蒸気が立ちのぼる。
盾を貫通して彼女自身を焼いてしまうかも……なんてことは考えない。
そんな心配をしなくてもいいだけの実力差があるから、安心して全力を出せる!
「うおおおおおおおおーーーーーーッ!! お、おうっ……?」
勢いよく噴射されていたオーラが突然「ぷすっ……」と音を立てて出なくなった。
同時に俺は激しい脱力感を覚え、膝から崩れ落ちる。
「こ、これは……魔力切れ……」
「ご、ごめん! ペース配分を間違えちゃったかも……きっと竜壁で頑張らせ過ぎたね……」
キルトさんが両手を合わせてペコペコと頭を下げる。
とっても強い彼女に弱点があるとすれば、指導者としてはまだまだ素人なところだ……。
基本的に自分の力だけを信じて戦ってきた人だから、それも仕方ないところではある。
「でも、火力は十分実戦レベルだと思う! 武器を作り出す魔法と違って、こういう魔法は魔力消費が激しいんだ。次からは魔力配分に気をつけよう。その……お互いに!」
「はいっ!」
俺は気だるい体に気合を入れて立ち上がり、力強く返事をした。
ただ、魔力切れを起こしたので魔法に関する修業は終わりだ。
一時的とはいえ肉体面にも影響が出るので、実戦形式の格闘訓練なども無理。
となると、体力作りがてら山の中のランニングコースをまた走ってくるか……と考えていると、そのコースのゴール地点からギルドメンバーのシウルさんと、ロックがやって来た。
「あ、あの……走り込み終わりました……」
「クー!」
シウルさんはへとへとを通り越してへろへろ、ロックはまだ元気が残っているようだ。
そんな2人をキルトさんは拍手をしながらねぎらう。
「お疲れ様! よく頑張ったね」
山の中のランニングは修業の最初に行われる。
キルトさんも含めてメンバー全員が山の中のコースを駆け抜けるんだ。
まあ、コースといってもほとんど舗装なんてされていないし、走るのに比較的マシな場所をコースと呼んでいるに過ぎない。
とはいえ、この山自体がグランドギルドの所有地で、申請を出せばどのギルドでも利用出来るだけあって、そもそもの地形はそこまで険しくない。
棲息している魔獣も人間が近づいたら逃げていくほどだ。
そんなランニングコースを全員で走ると、当然一番強いキルトさんが突出して速い。
次に、こういう場所でよく荷物を背負わされていた俺と雪山育ちのフゥが並ぶ。
そして、どうしてもシウルさんが遅れてしまう。
いくら安全な山でも彼女1人を放置するのはマズい。そこで彼女の護衛役として名乗りを上げたのがロックだ。
ロックはコース内を歩くのではなくずっと飛び続け、継続飛行時間を延ばす修業をしている。
さらに自分の体より大きい岩を抱えることで、飛んで運べる重量を増やすことも目指している。
何がすごいって、これを誰に言われるでもなく自分からやり始めたことだ。
空を飛んで敵の上を取れれば、それだけで戦いは有利になる。
魔法を使ったって人間はそう簡単に空を飛ぶことは出来ないし、ロックの修業の方針として、飛行能力の強化はとっても理にかなっていると言える。
「ロック、ずいぶん長く飛べるようになったなぁ~!」
「ク~!」
抱えていた岩を地面に下ろし、その岩の上で休んでいるロックの頭を撫でる。
ロックのストイックな姿勢を見ていると、疲れていても頑張る気力が湧いてくる!
「あ~、汗だくなんでちょっと汗流してきま~す!」
シウルさんはいつものフリルの多い服ではなく、ちゃんと修業に適した服装で山に来ている。
そのため、汗をかくと服を着たまま滝壺に飛び込むようになった。
「ひゃ~! 結構冷たいじゃないの、水っ!」
勢いよく滝壺に飛び込み、髪までびしょ濡れになったシウルさん。
その横で限界を迎えたフゥが叫ぶ。
「ぬおおおおおおーーーーーーっ!」
氷の傘が崩れ去り、落ちてくる水を浴びてフゥもびしょ濡れになる。
それを間近で目撃したシウルさんは大笑いしてしまい、滝壺の中で水を飛ばし合う喧嘩が……いや、じゃれ合いが始まった。
「みんな、修業の後でも結構元気だね!」
キルトさんは満足げな表情を浮かべていた。
その後はずぶ濡れになった俺、シウルさん、フゥで焚き火を囲んで温まった。
キルトさんはそんな俺たちを微笑ましげに眺めている。
ホッとすると疲れがドッと押し寄せて、みんなの口数が極端に減り始める。
今は三脚を使って焚き火の上に吊り下げた鍋の中身を見つめるばかり――。
ちなみに鍋の中身はコーンスープ。
拠点であるギルドベースで俺が作ったものを容器に入れて持参し、それを鍋に移して温め直している。
大自然の中、冷えた体ですするコーンスープは美味いだろうなぁ……。
「あ、そうだ」
うつむいていたシウルさんが突然顔を上げる。
「ユートの里帰りっていつだったかしら?」
「ああ、えっと……」
里帰りのタイミングを探していることは、みんなにも話してある。
急に帰るって言い出したら、仕事に影響が出て迷惑がかかるからな。
「最近忙しくてそれどころではなかったですけど、流石に落ち着いてきましたからね。リィナから新しい勲章を貰ったら帰ろうと思ってます」
リィナは俺の義妹であり、そのうえヘンゼル王国の現女王でもある。
でも俺の中では、リィナは女王様というよりも、王女様――プリンセスという方がしっくりくるんだよな……。
「ふ~ん、いいタイミングね。以前より仕事は増えたままだけど、流石にユートを見に来る野次馬はいなくなったもんね~」
「野次馬を狙った盗賊が集まってましたからね……下町、恐るべしです」
グランドギルドが、まだC級冒険者の若者である俺がガルゴ逮捕の大部分を担ったと公表したことで、俺の姿を一目見ようと多くの野次馬が『キルトのギルド』を訪れるようになっていた。しかし、野次馬が盗賊に襲われる事件が多発したことで、その騒動は収まっていったのであった。
まさか盗賊のおかげで、俺に注目が集まるという事態が収束に向かうとは、グランドギルドも思わなかっただろうな。
まあ、その盗賊たちは後日ほとんど確保させてもらったけど。
「ご両親に自慢出来るものは多い方がいいものね~。勲章は1つよりも2つ。女の子だって1人よりも2人の方がいいわ」
「そうですね……ん?」
シウルさん今、女の子が2人って言った……? それって、もしかして……。
「シウルさんとフゥも……ついて来ますか?」
「迷惑にならなければ行ってみたいわ、ユートの故郷に」
シウルさんの返事に、フゥもうんうんとうなずく。
「私も同じくだ。ユートは私の故郷と両親を知っているわけだから、私もユートの故郷と両親を知りたい」
「それなら、一緒に行きましょう。俺の故郷ピアザ村に」
俺のあっさりとした返事に、2人はちょっと驚いた様子だ。
でも、断る理由なんてまったくないからな。
「昔はあの村が妙に居心地の悪い場所に思えて、勢いのまま飛び出して王都に来ました。でも、それは若気の至りというか、外の世界に飛び出す口実が欲しかっただけなんです。今なら豊かで平和な素晴らしい村だとわかります。両親を紹介するのはちょっと恥ずかしいですけど……!」
「クー! クー!」
ロックが翼をバサバサして自分の存在をアピールしてくる。
「もちろん、ロックには絶対について来てほしいと思ってるから安心して!」
「ク~!」
しっぽを振って喜ぶロック。
いつも世話になってる相棒を、父さんや母さんに紹介しないわけがない。
今の俺を語る上で、ロックとの出会いは欠かせない出来事だ。
でも、言葉だけで「ドラゴンと出会って俺は変わったんだ!」なんて言ってしまえば、頭がおかしくなったと心配されること間違いなし……。
だから、ロック本人に両親と会ってもらわないといけないんだ。
「キルトさんは……どうですか?」
「ごめん! ちょっと、今の忙しいギルドから私が離れるわけにはいかないかな……」
キルトさんはまた両手を合わせてペコペコする。
「あ、いや、俺が無茶言ったのが悪いんですから謝らないでください! むしろ、こんな時期に休みを貰おうとしてすみません……」
「それは気にしなくていいよ。抱えきれない仕事は、グランドギルドで処理するよう圧をかけてるからね。あと……私たちには心強い味方がいるじゃない?」
キルトさんがいたずらっぽく笑う。
心強い味方――ガルゴの一件を解決したことでグランドギルドから送られてきた報酬は、金銭と「追加の人員」だった。
俺たち『キルトのギルド』の新しい仲間は2人の受付嬢だ。
◇ ◇ ◇
数日前――ガルゴの逮捕以降、知名度が上がり慌ただしくなったギルドに2人の女性が現れた。
そう、彼女たちこそ忙しくなった俺たちを救うため、グランドギルドから派遣されてきた受付嬢だったのだ。
「みんなー! 初めまして! あ、キルトはお久しぶり~! グランドギルド最強の受付嬢クリム・カスケットとは私のことよ~!」
1人は、キルトさんと面識のあるベテランのクリムさん。
具体的な年齢は決して明かさないけど、キルトさんがグランドギルドに入る前から受付嬢をやっている人らしい。
いつもニコニコしていて、よく通る声は聞いているだけでもエネルギーを注入されて、覚醒させられるようなインパクトがある。
クリーム色の長い髪の毛はところどころ渦を巻くようにカールしていて、彼女のどこか「のほほん」とした雰囲気を強めている。
服装はグランドギルドの一般スタッフが着ている、灰色を基調とした制服だ。
検査官が白色、執行官が黒色ベースなので、一般スタッフは間を取って灰色らしい。
「同じくグランドギルドより派遣されてきました、アズキ・アングラーです。まだまだ若輩者ですが、これからよろしくお願いします」
もう1人は20歳と若い……と言っても、俺より4歳年上のアズキさん。
かつてはバリバリの冒険者だったけど、任務の最中に左脚に大怪我をし、杖なしでは歩けない体になってしまった。
それが原因で冒険者を引退し、冒険者の経験を生かせる受付嬢を次の職業に選んだとのこと。
くすんだ赤色の髪を、肩に付かない程度の長さで揃えた髪形。
伏し目がちで物静かな雰囲気。どこか愁いを帯びた瞳は冒険者への未練を感じさせる……。
しかし、受付嬢としての仕事は超一流。テキパキと仕事をこなす姿は洗練されていて無駄がなく、美しさすら感じさせる。
一方、クリムさんはゆったりした動きに見えるけど、依頼者の話をじっくり聞いていたり、なかなか気づけないような細かい部分にも気づいたりと、とても配慮している感じがする。
背格好に性格、仕事の仕方などが正反対2人だけど、案外相性の良い凸凹コンビなのかもしれない。
何はともあれ、彼女たちがギルドに来てから俺たちは受付業務から解放され、依頼そのものに集中出来るようになったというわけだ!
◇ ◇ ◇
「アズキさん、ただいま戻りました!」
「あ、ユートさん……それに皆さんもおかえりなさいませ」
山での修業を終えた俺たちを迎えてくれたのは、ギルドベースの玄関先を掃除していたアズキさんだった。
時間的に本日の依頼受付は終了していて、周りに依頼者の姿は見当たらない。
「お掃除いつもありがとうございます。俺たちじゃなかなか手が回らなかった場所も綺麗になって、ギルドベース全体が明るくなった気がします」
「いえ、私にはこれくらいのことしか出来ませんので」
う、うーん……ちょっと卑屈だ……。
態度は毅然としてるけど、言葉の端々から自虐的な感情が見え隠れする。
俺の方が年下だから敬語を使わなくてもいいですよって提案した時には、「私ごときが滅相もない」って返されてしまった。
仕事だから誰に対しても敬語を使いますってことならまだしも、「私ごとき」と言われると何かちょっと……気を遣っちゃうよね。
「クゥ! クゥ!」
「ふふっ、ロックさんもおかえりなさい。修業お疲れ様です」
「ク~!」
ロックにも「さん」をつけ、敬語で接するアズキさん。
ロックは一人前として扱われてるように感じるみたいで、アズキさんの前ではピンと背筋を伸ばして大人っぽく振る舞っている。
「おう、アズキ! 村からの連絡は届いているか?」
フゥはアズキさんの肩をポンと叩いてフランクに話しかける。
あれくらいの感じで俺も……って思うけど、ボディタッチはやっぱりハードルが高い……。
「はい、村の医療チームからのお手紙が届いています」
そう言って、アズキさんはポケットから取り出した手紙をフゥに渡す。
この手紙は、フゥの故郷であるヒーメル山のふもとの村から定期的に届いている。
そこで飼っている白くて大きなフクロウが運んでくる手紙は、フクロウの脚に取り付ける筒状の容器にあわせてくるくると巻かれていた。
「ありがとう、助かる」
手紙を受け取ったフゥはその場でザッと内容に目を通し、ニヤリと笑った。
「解毒薬の開発が動物実験の段階に入ったそうだ。これはかなり順調だな」
「おおっ、それは良かった!」
ゴウガシャグモの毒に苦しめられている人は今もたくさんいる。
あの蜘蛛狩りの後、ガルゴ大林道には大規模な捜査の手が入り、そこでゴウガシャグモのサンプルがいくつも採取された。
サンプルは王国中の研究機関へ送られ、その生態や毒の仕組みを解明するべく研究が行われている。
その研究機関の中には、フゥの一族であるジューネ族の組織も含まれており、光魔法を扱う最強のゴウガシャグモ・キングタイプの死骸の一部はジューネ族の村にも送られている。
優れた技術力を持つ彼らなら、どこよりも早く薬を完成させるかもしれない。
ゴウガシャグモの毒の被害者をすべて救う――それが達成出来て、本当の意味での一件落着だ。
「また手紙は詳しく読み直すとするが、とりあえず『焦らず完成度の高い薬を作れ』と返信するつもりでいる。完成が他よりも少しばかり遅れても構いはしない。ゴウガシャグモは絶滅していないのだ。蜘蛛狩りはこれからも誰かが行うことになる。それを考えれば、効果の高い薬が最終的に使われるようになるはずだ」
蜘蛛狩りがなくならない限り、薬の需要はなくならない……か。
さらに進化したゴウガシャグモの群れからキングタイプが複数生まれたり、あの透明化するクモがさらに擬態の精度を増したりすることもあるかもしれない……。
考えるだけでも恐ろしいけど、ゴウガシャグモは獲物を生け捕りにするから、高性能な解毒薬さえあれば最悪には至らないんだ。
「毒やその生態を解明すれば、ゴウガシャグモ用の殺虫剤なども作れるかもしれん。もしそんな物を我々が完成させれば、ジューネ族の名声は一気に高まる……! 『気合を入れて研究しろ』とも言っておかんとな!」
拳をグッと握りしめるフゥ。
医学は俺の関われる分野ではないから、ひたすら研究の成功を祈るのみだ。
手紙を確認するために立ち止まっていた俺たちは、やっとギルドベースの中に入る。
そこで俺たちを待ち受けていたのは……もう1人の受付嬢クリム・カスケットさんだ。
「や~ん! みんな無事に帰ってきて良かったぁ~! 早速だけどお風呂にする? ご飯にする? それとも……今日届けられた依頼の確認作業にする?」
「お風呂にする!」
キルトさんは即答した。
ただし、一度にお風呂に入れる人数は限られているため、あまり汗をかいてないうえに水にダイブもしてないキルトさんの優先順位は低くなる。
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