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第5章

第181話 誘拐犯の謎〈2〉

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「他国の軍人がなぜこんなところに! 当然のように不法入国ですよね!?」

 ポーラの問いに、アバネロはうんうんとうなずいてみせる。

「もちろん国境検問所を通ったわけでも、ヘンゼル国王から許可を得て入国したわけでもありません。というか、帝国は内乱が激化して新たなヘンゼル国王に挨拶すら出来ていませんからね」

 とほほ……とでも言いたげな表情を見せるアバネロ。
 そんな顔を見せられても、シウルたちは油断出来ない。

「この国を攻め落とすための下準備でもしてるのかしら?」

「ふふっ、まさか! こんなこと帝国内では粛清が怖くて言えませんが、今の国内情勢で他国に感心を向けるのは無理ですよ。それどころか、攻められたら我々の敗戦は必至です。だから、私個人としては戦々恐々としてたんですよ。新たなヘンゼル国王の方針によっては、戦争状態におちいるんじゃないかってね」

 新たな国王がリィナ以外の王族であったら、その未来もあり得ただろう。
 ヘンゼル王国とて、それなりに長い歴史を持つ国である。
 当然隣国の内情を探るためのスパイは送り込んでいる。

 だが、新国王のリィナだって王族や貴族との派閥争いや、信頼に足る戦力の確保に忙しい。
 とてもではないが、隣国を攻めている場合ではないのだ。

「私の部隊はただ、上官に言われるがまま『とある商品』の受け取りに来ているだけなのです。それ以上でも、それ以下でもない。その任務を果たすために、部隊の人員を誘拐などという仕事にも貸し出しているのです……」

「ふぅん……で、そのとある商品ってのが私たちってこと?」

「違います」

 アバネロはキッパリと否定した。
 シウルたちは驚いた顔を見せる。
 誘拐犯と結託していたのだから、誘拐して来た人間こそが商品だと思うのは当然だ。

「……不満が溜まっていたので、いろいろと話してしまいましたが、当初の予定通りあなたたちを研究所まで移送します」

「そうはならないわよっ!」

 目にも留まらぬ速さでシウルは紫電の塊をアバネロに放った。
 雰囲気や立ち振る舞いからして、倒した他の誘拐犯より強いことは伝わっていた。
 紫電の出力を上げ、常人ならば下手すりゃ死ぬレベルの威力を込めている。

「フ……ハァッ!」

 一呼吸のうちに抜かれた軍刀が紫電を切り裂き、アバネロの背後へと受け流した。
 まったく無駄のない動き、軍刀の刃を覆うオーラが淡く輝く――

「これが紫電魔法……。なるほど、伝説の魔法と呼ばれるだけのことはあります。だがしかし、この荒々しさは我が軍が誇る流魔剣術ルーマアーツのいいエサです」

「ちっ……!」

 次なる攻撃を放とうとするシウル。
 アバネロは袖の下から何かを取り出し、それをシウルに向かって投げつけた。

「ちょっ! やっ、何なのよこれっ!?」

 体を締め付けるように張り付く紫色の骨がシウルの自由を奪う。
 骨は1つや2つではなく、大小様々な骨がいくつも存在している。
 それが上手い具合にそれぞれ間隔を空けてシウルの体に張り付き、手足の自由も奪っている。

「これって……紫竜骨しりゅうこつ!?」

 ポーラがそう言って紫色の骨に触れると、バチッと紫色の稲妻がほとばしった。

「ポーラ、大丈夫!? 私まだ魔法は使ってないんだけど……!」

「うん、私は大丈夫だよ……。でも、この紫竜骨しりゅうこつが本物なら……」

「正真正銘の本物です。だから、いくら紫電の力で振り払おうとしても無駄ですよ。それはあなたと同じ紫電の力を宿した古代竜の骨なのですから!」

 アバネロの言葉を信用せず、シウルはまとわりつく骨に紫電を放つ。
 しかし、それはアバネロの言葉の正しさを証明する結果となってしまう。

「くっ……! 消し飛ばしてやるつもりでやってるのに!」

 いくら紫電も放っても、紫竜骨はケタケタと笑うように震えるだけで、シウルの体から一向に離れようとしない。
 その様子を見て、シウルから距離を取っていたアバネロはホッと胸を撫で下ろす。

「まったく、何という魔力の出力してるんだか……。これで学者でもあるというのだから、神というのは公平という言葉を知らないようですね」

「臭いセリフを吐いてないで、この骨を外しなさいよっ!」

「それは無理です。あなた方を研究所に連れて行かないと、我々が求めている商品の生産がとどこおってしまうのです。これも帝国のため、陸軍のため……。そうでもないと、わざわざ他国まで来て少女を拉致監禁なんてしませんよ」

 軍からの命令を遂行する――それだけがアバネロの行動原理だ。
 シウルたちの誘拐はあくまでも言われたからやっていること。
 誘拐するに至った本当の目的は、彼が言う『生産者』だけが知っている……。

「私は……私はどうなってもいいです! だから、シウルちゃんだけでも解放してください!」

 これ以上の抵抗は無意味と悟ったポーラが、アバネロに悲痛な交渉を持ちかける。
 だが、アバネロは静かに首を横に振った。

「生産者は2名の若い研究者をご所望です。残念ながらどちらも帰すわけにはいきません。でも、安心してください。抵抗しなければ酷い目には遭わされないと思いますから」

 あわれみとも取れる微笑みを見せたアバネロ。
 彼は指笛をピィーッと吹き、数羽の巨大怪鳥を呼び寄せた。
 猛禽類に似た魔獣たちだが、その翼は4枚だったり6枚だったりと普通ではない。

(荷車を引っ張っていた馬の魔獣と似たような雰囲気……。まるで後から翼を取ってつけられたような……)

 嫌な予感がシウルの胸中きょうちゅうを満たす。
 しかし、今の彼女に抵抗する手段は残されていない。

 違和感を放つ巨大怪鳥の足に掴まれ、シウルたちは高く高く舞い上がった。
 シウルが気絶させた黒い服の男たちも、荷車も、馬の魔獣たちでさえも、次々に飛来する怪鳥たちが運び去っていく。

 そして、その場に誰かがいた痕跡はほとんどなくなった。
 すべては怪鳥たちが帰る場所――超巨大植物のツタによって空中へと押し上げられた3つの大地、空の孤島とも呼ばれるヘンゼル王国の大秘境『アイヴィーヘヴン』に消えていった。
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