手切れ金代わりに渡されたトカゲの卵、実はドラゴンだった件 追放された雑用係は竜騎士となる

草乃葉オウル

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第5章

第177話 大捜索〈1〉

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 気持ちのいい朝だった。
 なすべきことをなして眠りについた次の日は、いつだって目覚めがいい。

 魔獣学会シンポジウム――俺とロックの発表も、ガンバーラボの発表も大成功!
 後は心置きなくベータポリスを観光したり、ワイズマンズ・ホールで他の研究発表を聞いたりしていれば、それでいいはず……だったのに。

「ユ、ユートさん……! ポーラ所長とシウルさんがいなくなったって……!」

 その知らせで朝の気持ちの良さはすべてかき消された。

 ガンバーラボの女性メンバーはいつも早起きのポーラさんが全然部屋から出て来ないことを不審に思い、何度かノックをしてみても返事はなく、胸騒ぎを覚えて宿舎管理人のマスターキーで扉を開けたところ、ポーラさんはおろか同室のシウルさんまでいなくなっていた……とのことだ。

 すでにベータポリス駐在の憲兵団には通報済みで、俺とロックが女性の宿舎の手前まで来た時には、憲兵団の団員たちが周囲を捜索していた。
 捜索に関わっている人数は結構多くて、かなり力を入れて探してくれていることがわかる。

「ポーラ所長はああ見えて大富豪のお嬢様ですから……。ご両親が魔獣由来の素材の取引で財を成したとか何とか……。まあ、王都王立大学にはお金持ちは多いですよ。お金の力で入学して来た人もいます。でも、ポーラ所長は入学試験をトップの成績で突破した本物です。今までもこれからも……ガンバーラボに必要な人なんです……!」

 そう話してくれた副所長ジェナスさんは、出会って初めて怒りをあらわにした。
 研究職というのはあまり儲からないが、そんな職を続けられる人は実家が太い……つまり裕福な家庭であることが多い。

 特にポーラさんの実家のマルグリット家は有名なようだし、身代金を要求する目的で誘拐された可能性は大いにある。
 シウルさんは天涯てんがい孤独の身だけど、見た目はいいところのお嬢様にしか見えないし、同室だからついでにさらわれたか……。

 何にせよ、ジッとしてはいられない。
 身代金目的の誘拐ならば2人が生きている可能性は高いし、2人をどこかに運び出したのなら運んだルート上に匂いが残る。
 どんなかすかな匂いでもロックの嗅覚なら追うことが出来る!

 となると、まずは捜索の指揮をしている憲兵団の現場責任者を探さないと。
 すでにポーラさんたちがいた部屋は団員で封鎖されているだろうからな。

「すいません、ここの捜査責任者はどなたでしょうか?」

 目につく範囲で一番ベテランっぽい団員に声をかけた。
 白髪交じりの灰色の髪、鋭い眼光、顔に散らばる無数の傷、そして無精ヒゲ……いかにもたくさんの事件に関わって来ましたって雰囲気だ。

「あぁん? 責任者なら俺だが? それこそ、このベータポリスの憲兵団を任されるメガロウ支部長ってのは俺のことだ」

 現場の責任者だったら話が早いと思っていたが、まさか支部長とは……!
 さらに話が早くなるってもんだ。

「捜索の途中にすいません。俺はユート・ドライグと申す者です。失踪したシウル・トゥルーデルとは同じギルドのメンバーで……」

「ほう、それはお気の毒に。巻き込まれちまったみたいなもんだもんな。だが、一緒に失踪したポーラ・マルグリットが金持ちだったのは不幸中の幸いだ。初動捜査でこれだけの団員を動かすのは、謝礼金への期待なしには不可能だったからな」

「何か本人発見につながる証拠とか痕跡は見つかりましたか?」

「……話してやりたいが、これは一応機密になるからなぁ」

「クー! クゥクゥクーーー!」

 ロックがバサバサと跳び回り、自分の存在をアピールする。
 メガロウ支部長はギョッとして数歩後ずさりする。

「こ、こいつは何だ……!? お前の従魔か!?」

「はい、ドラゴンのロックです」

「ドラゴン……!? そうか、ユート・ドライグってのは竜騎士のアレか!」

「世間ではそう呼ばれています。それでですが、ロックは今自分の鼻を使ってシウルさんを探させてくれと言ってるんです。ドラゴンの嗅覚は人間を遥かにしのぎ、魔獣でも勝てるものはそういない……。実際、嗅覚を生かして誘拐犯を捕まえた実績もあります」

「クゥ!」

 ロックはどやぁ……と胸を張る。
 少し前に起きたリンダ誘拐事件では、ロックは本当にお手柄だった。

「なるほど……そうかい……。普段から猫の手も借りたいくらい忙しい憲兵団だ。ドラゴンの力が借りられるなら、借りてみようじゃないか。今から竜騎士とドラゴンに特別捜査権を与える!」

 ちょっと頑固者っぽそうだなと思ってたけど、人を見た目だけで判断してはいけないな。
 とても賢明で柔軟な判断をしてくれた!

「ありがとうございます! メガロウ支部長!」

「クー!」

 ロックは前脚をグッと上げて敬礼に似たポーズをする。
 気分はすっかり捜査員だ。

「では、現在わかっている情報を失踪者が宿泊していた部屋に向かいながら説明する」

「お願いします」

 特別に女性の宿舎に立ち入らせてもらい、シウルさんたちが止まっていた部屋を目指す。
 そこから匂いを順番に追っていけば、本人たちがいる場所にたどり着く。

「……誠に情けない話だが、現在憲兵団は犯人につながる証拠を何も持ち合わせていない。それどころか、団員の中には2人が自分の意思で消えたと考えている者までいる始末だ」

「そんな……! あの2人に限ってそんなことは……!」

「俺ぁその2人がどんな奴かはしらねぇが、長年の経験が告げてるぜ。これは自発的な失踪でも、身代金目的の誘拐でも、ましてや殺人でもない……ってな。だが、犯人は確実に存在する。そして、2人を連れ去った目的もあるはずだ……!」

 思った以上にこの事件は複雑そうに思えた。
 ロックの力を借りれば、すぐに見つかると考えていた。

 絶対に2人は無事に見つかるんだという確信……。
 いや、願望で今まで心の平静を保ってきたが、油断すると悪いことばかり頭に浮かんで、踏み出す一歩一歩が重くなる……。

「クゥ! ク~!」

 ロックが俺の背中をぽんぽんと叩き、丸まっていた背筋を伸ばしてくれる。

「クー! クー! クゥクゥクァッ!」

「そうだな、ロック。今はとにかく2人の足取りを追うことに集中すべきだ。せっかくロックがすでに情報を掴んでくれてるんだからな」

「ク~!」

 宿舎に入った時点でロックはシウルさんとポーラさんの匂い、そして睡眠薬の匂いを感じ取った。
 もちろん、どれも人間の鼻では感じ取れない微弱な匂いだ。

 そして、そのロックの鼻は血の匂いをほとんど感じ取っていない。
 日常生活の怪我や食材の血の匂い程度……大きな傷から出血したような匂いはないとハッキリ言っている。

 つまり、シウルさんたちは何らかの薬物で深く眠らされている間に、宿舎から運び出されたと考えるのが妥当。
 そして、死に至るような攻撃はまだ受けていない。

 どうやら、願望を捨てるにはまだ早いようだな……!
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