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第5章

第165話 ファーストミーティング

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「こちらがユートさんとロック様のお部屋になります」

 ジェナスさんに案内されて宿舎の部屋を覗いてみると、そこはギルドベースの自室と同じサイズ感の部屋だった。
 建物自体が石造りなので、壁と床は石そのままの灰色だ。

 だけど、冷たさを感じさせないよう床には絨毯が敷かれ、天井に取り付けられた魔力で稼働する光源――魔力灯まりょくとうは暖色系の光を放つ。
 それと比較的暖かい今の時期には不要だけど、魔力によって熱を発する暖炉だんろもある。

 他にはテーブルにイス、クローゼットにベッドなど一般的な家具が揃っている。
 こちらは流石に石造りではなく木製だ。

 特にテーブルは大きくがっしりとした造りで、上にノートや資料をたくさん広げられそうだ。
 重い辞書をたくさん乗せても大丈夫だろう。

「ありがとうございます、ジェナスさん。ここは部屋が多くって、案内してもらわなければ迷っていたかもしれません」

「いえいえ! これくらいお安い御用です! 気になることがあれば、何なりとお申し付けください!」

 まるでこの宿舎のコンシェルジュのような振る舞いのジェナスさん。
 とっても頼りになるが、彼は明後日に研究発表を控えたガンバーラボの副所長だ。
 あまり余計なことに意識を向けさせたくはないな。

「では、私は一度部屋に戻ってミーティングに必要な物を取って来ます! 後ほどまたお呼びしますので、少しの間ですが長旅の疲れを癒してください!」

 そう言ってジェナスさんは去っていった。
 彼がまた戻ってくるまでに、こちらも荷物を整理しておかないとな。

「とはいえ、俺がガンバーラボのミーティングに出るために必要なものって……ないよな」

 一緒に行動しているが彼らと俺の発表内容は違うし、登壇する時間も違う。
 ミーティングに出たところで出来ることも、やるべきこともないのだが、それはそれとして同じギルドの仲間であるシウルさんがどんな発表をするのか、その詳細は気になっている。

 ゴウガシャグモの生態について……一体どこまで研究が進んだのか。
 上級ギルド『くろがねの雲』のギルドマスター、ガルゴ・グンダムが行う『蜘蛛狩り』に参加し、その闇に隠された真実を暴いてからしばらく経つが、ゴウガシャグモについては未だに謎が多いからな。

 それにクモの毒による後遺症に苦しむ人が、まだまだたくさんいる。
 研究が進むことで、その人たちを救える薬が作れるのなら……俺は今一度ゴウガシャグモと戦うことだっていとわない。
 あの樹林じゅりんにまた生まれているであろうマザータイプや、さらに進化したタイプが相手でもな。

「クゥ~! クゥ~!」

 ロックがベッドで飛び跳ねて遊んでいる。
 どうやらベッドに関しても妥協だきょうのない頑丈な構造になっているようだ。
 ふかふかであることも間違いない。

 これで発表に対する緊張さえなければ、ぐっすり眠れるいい部屋なんだろうなぁ。
 きっと今までこの部屋に泊って来た研究者たちも、眠れない夜を過ごしていたことだろう。

「俺もロックを見習ってどんど構えとかないとな!」

「クゥ!」

 飛び跳ねるロックを横目に、ベッドに腰を下ろす。
 うん、やはりとても柔らかくクッション性がある。
 座っているだけでも、うとうとしてしまいそうだ……。

「ユートさん、ロック様、そろそろミーティングルームに移動しましょう!」

「あ、はーい!」

 扉の向こうからジェナスさんの声が聞こえて来た。
 思っていたより時間が過ぎるのが早かったか、ジェナスさんたち研究者の準備が早かったか。
 どちらにせよ、ミーティングには顔を出そう。

 ロックにとっては少し退屈な時間かもしれないけど……まあそんなに時間はかからないだろうし、付き合ってもらうとしようかな。
 部屋には鍵をかけられるとはいえ、魔獣学者たちが集まる建物にドラゴンであるロックだけを残しておくと、トラブルの原因になりそうな気がするし。

「行こうか、ロック」

「クゥ!」

 ロックを肩に乗せ、お金や冒険者のギルドライセンスなどの貴重品だけを持ち、俺たちは部屋を後にした。

 ◆ ◆ ◆

 ……認識が甘かったんだ。
 それは寝泊まりする宿舎から、ワイズマンズ・ホールに移動した時から感じ始めていた。

 数々のミーティングルームがあるホールの空気は、明らかに張り詰めていた。
 明後日に本番を控えた研究者たちの緊張が……建物の中を満たしていたんだ。

 そして、それはガンバーラボとて例外ではない。
 ミーティングルームに入り、大きなテーブルを囲んで打ち合わせが始まった時には、みんな真剣な表情をしていた。

 大学のキャンパスや馬車の中で見せた、おどけた表情の面影おもかげはない。
 自分たちの努力の成果をより完璧なものとして人に伝えるため、妥協なき決断の連続が行われている。

 当然、部外者である俺とロックに出番はない。
 それどころか、時間が経つごとに場違いであるという感覚が強くなる。
 肩身が狭くって、知りたかったゴウガシャグモの話もあまり頭に入ってこない。

 そもそも俺が無理やりミーティングに割り込んだわけではなく、ジェナスさんや他の研究員に呼ばれたから来たわけで、俺が申し訳なく思う必要は微塵みじんもないはずだ。
 それがわかっていても申し訳ない気持ちになってしまう真剣さが……彼らにはあったんだ。

 流石はヘンゼル王国の最高学府、王都王立大学の研究機関――
 彼らを差し置いて、俺の登壇はシンポジウム初日のトリを飾ることになるんだ。

 身も心も引き締まる思いとはこのことだ……!
 今すぐにでも用意した発表の原稿を再チェックしたい衝動にられる!

「……あの、皆々様ちょっといいですか?」

 張り詰めた空気を解きほぐしたのは、バニラの挙手きょしゅだった。

「僕たちの研究発表の内容はまとまりつつあります。なので、ユート様とロック様には自分たちの発表内容を確認する時間を作っていただくのがいいと思いまする!」

 す、救いの手だ……!
 自分で言えばいいのに言えなかったことをバニラが言ってくれた……!

「それは……あっ! すいませんっ!」

 ポーラさんが立ち上がって頭を下げる。
 それを見て俺も反射的に立ち上がる。

「そんな、謝ってもらう必要は……!」

「いえ! もう私たちにとってユートさんは仲間で、一緒にいるのが当然で、ユートさんの事情にまで気が回りませんでした……。発表内容が違うのですから、そちらにかける時間が必要なのは当たり前ですよね!」

「でも、それはこちらから言うべきことだったと思いますし、俺も皆さんの研究内容を知りたいなって思って、自分の意志でついて来たところもありますから。それと仲間だと思っていただけるのは、とっても嬉しいです」

 ペコペコお互いに頭を下げる俺とポーラさん。
 そこへバニラが割って入る。

「ということで、僕とユート様とロック様はここでミーティングを抜けて、自分たちの発表内容についての確認を行いますので。また後ほど合流いたしましょうぞ!」

「……え、『僕』? バニラも来るのかい?」

「もちろん! 確認作業には第三者の客観的な視点も必要ですぞ。それに我々の研究機関から預かった情報の共有は終わっておりますからな」

 確かに書き終わった原稿をまだロック以外には見せていない。
 自分の書いた文章を人に見せるのは恥ずかしいが、誰かに見てもらった方が良いものになるのは間違いない。

 毎日接する同じギルドのメンバーに見せるのはハードルが高かったけど、出会ったばかりのバニラになら気楽に見せられるかもしれない。
 それに彼女には専門知識があるから、的確なアドバイスも受けられる。

「では、俺とロックとバニラで原稿のチェックをしようと思います」

「了解しました。こっちは一旦ブレイクタイムにします。あんまりずっと集中してると、意識が遠のいて来ますからね」

 ポーラさんがそう告げると研究員たちは立ち上がったり、体を伸ばしたり、机に突っ伏したり、思い思いの行動をとる。
 ああ、俺だけじゃなくて彼らも極限状態だったんだな……。

「バニラ、ユートのこと頼んだわよ。緊張しいだから背中を押してあげて」

 シウルさんが口角こうかくをニィッと上げて言う。

「任せてくだされ! さあ、行きましょうぞ!」

 バニラが俺の手を引っ張ってミーティングルームから連れ出す。

「どこで打ち合わせをしようか? 他のミーティングルームを勝手に使ったらダメだろうし……」

「ユート様、打ち合わせというのは何も会議室だけで行われるものじゃないんですよ?」

「じゃあ、どこで……」

「ベータポリスにある超老舗有名喫茶店に行きます! 原稿について喫茶店で打ち合わせを行う……これ普通のことですから」

「その超老舗有名喫茶店に行きたいだけでは……」

「ありませぬ! それは邪推じゃすいです、ユート様!」

「ご、ごめん……」

「まあ、しかし、どうせ行くなら楽しいところがよいではありませんか……!」

 うん、そりゃそうだ!
 ということで、俺とロックはバニラに連れられてベータポリスの街中へ繰り出した。



 ◆ ◆ ◆ お知らせ ◆ ◆ ◆

 本作『手切れ金代わりに渡されたトカゲの卵、実はドラゴンだった件』の書籍版第3巻が2月中旬に刊行予定です!
 読者様の応援のおかげで第3巻までたどり着けました!

 大規模改稿と書き下ろしでスケール感を増した『蜘蛛狩り』の戦いが描かれます!
 これからも順次情報の発信を行っていきますので、本作をさらにさらに広げて続けていくためにも、なにとぞ応援よろしくお願いします!
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