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3巻
3-2
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「ユート、私はこのギルドに入ろうと思う」
「……へ?」
女の子って、いつも突然で大胆で……俺を困らせるんだ。
「とりあえず、順序立てて説明してくれないかな? どうしてこんな戦った後みたいになってるのか……」
「それはもう戦ったからに決まっている」
「えっ、誰と?」
「そこにいるキルト殿とだ」
さも当然のことのように言い放つフゥ。
逆にますます混乱した俺は、キルトさんに答えを求める。
「本当なんですかキルトさん?」
「うん、戦ってほしいって言われたからね。もちろん、手加減はしたよ? 武器は使ってないし、魔法だって最低限しか使ってない」
「でも、なぜまたそんなことに? 喧嘩でもしたんですか?」
「まっさか! 流石にまだ自分の半分も生きてない女の子と喧嘩して暴力を振るったりしないよ! ただ、自分の力を試したいって言われたから……練習試合みたいなものだね!」
自分の力を試したい……か。
フゥにキルトさんを紹介した時、俺や魔鋼兵よりずっと強いことを教えた。フゥはそれを聞いて、その力がどれほどのものか試してみたくなったってことか。
そして、結果は……見ての通りってわけだ。
「まったく強さの底が知れなかった……。私だけ武器を使ったにもかかわらずな」
フゥは悔しそうな顔をしている。
山で磨いた身体能力、自分で作った武器の数々、どちらも自信があったのだろう。
でも、キルトさんの戦いを見たことがある俺からすれば、負けたところで落ち込む必要がない相手だということはわかっている。
「キルトさんには及ばなくても、フゥは十分強いよ。それこそ俺が今まで出会った冒険者の中で、フゥより強い人を探すのが大変なくらいにはね」
弱冠12歳で並の冒険者よりずっと動けることをフゥは誇るべきなんだ。
俺が12歳の時なんて、何をしていたのか思い出せないもんなぁ~。
「……で、そこからなぜギルドに入るという話に?」
俺は一番の疑問を口に出す。
その答えはフゥ本人から語られた。
「外の世界でやりたいことを見つけたからだ。それを実現するために、このギルドの力を借りたい。ユートが信じるギルドなら、私も信じることが出来る」
「フゥがやりたいこと……俺にも聞かせほしい」
「もちろん、最初から聞いてもらうつもりだ」
この場にいる全員の視線がフゥに集まる。
それに気づいたフゥは、少し表情を固くしながら話し始めた。
「ジューネ族はこれから開放的になっていくだろう。出て行く者を強く引き留めることはないし、戻って来る者を拒むこともない。観光のために外の世界へ出ることだって許されるようになる。だが、それだけでは本当の意味で開放されたとは言えない。村しか知らない者にとって、外の世界は興味よりも恐怖の対象だからだ。許されたとて、味方がいない土地へ踏み出そうなどとは考えない。そういう役割でもない限りな」
外へ出てもいいと言われたって、何が待ち受けているかわからない場所に行こうなんて考えない……か。
好奇心旺盛なフゥですら、族長の娘として国王に直談判するという目的がなければ、外の世界を目指すことはなかったわけだからな……。
「私自身はユートと出会って、外の世界への興味が恐怖を上回った。だから今、ここにいる。私には味方がいるから、ここにいることが出来る。ならば、今度は私がみんなの味方になる。私が……外の世界への扉を開く!」
フゥが外の世界にいることで、他のジューネ族の人々も一歩踏み出しやすくなる。
外の世界で困ったことがあったら、フゥに頼ればいいと思える。
そうなれば、きっと王国との交流が盛んになって、相手を知らないことからくる恐れはなくなる。
もちろん、交流が増えればトラブルも増えるだろう。
王国の転覆を図ったヴィルケのように、ジューネ族内に王国を恨む者がまた生まれるかもしれない。
それでも、交易隊みたいな一部の人間だけに外の世界との交流を任せるのではなく、ジューネ族全体で関わり合えば、恨みや怒りの感情を共有し、解決方法を探れる。
自分の中だけに怨嗟を抱え込むから、その感情はどんどん増幅されていくんだ。
そして、激しい感情のままに極端な手段を選択してしまう……。
フゥは二度とヴィルケのような存在を生み出さないために、自分がまず外の世界に立ち向かうと決めたんだ。
「やっぱり立派だな、フゥは」
俺は素直な気持ちを口に出す。
その日その時の仕事を真剣にやってても、俺にはその先の大きな目標がない。
手に入れた現在の環境に、満足しているところがある。
でも……そんな俺でも誰かの夢を応援することは出来る。
「君がやりたいこと、俺にも手伝わせてほしい。そんな大したことは出来ないかもしれないけど」
「ふっ、何を言うか。これからも頼りにしているぞ、ユート」
自分の腰に手を当てて胸を張るフゥ。
その顔は自信に満ちあふれていた。
「父様もわかってくれるな?」
娘にそう尋ねられた族長は静かにうなずく。
「こうまで言った娘の夢を、父親の私が否定するわけにはいかない。もちろん、私もよく知らない外の世界に娘を住まわせるのは不安だが……ユート殿がいるから許すことが出来る。何卒、我が娘をよろしくお願いする……!」
族長は俺に頭を下げる。
他人の子どもを預かれるような人間じゃないかもしれないが、ここで言うべきことは1つだ。
「ええ、任せてください!」
これはフゥの夢を支えるという覚悟だ。
出来る、出来ない……じゃなくやってみせるという決意の宣言なんだ。
だが、ここで大事なことを1つ忘れていることに気づく。
ギルドマスターのキルトさんから、フゥの加入を認める言葉を聞いていない……。
「あの、キルトさん……」
「大丈夫、大丈夫! そんな不安そうな顔をしなくても、私はフゥちゃんの加入を認めるつもりだよ」
「よかった……!」
「強い使命感はもちろんのこと、彼女には洗練された体術と魔法がある。きっと良い冒険者になれるさ」
その後、キルトさんは族長といくつか言葉を交わした。
最後には「責任を持って娘さんを預かります」と力強く宣言し、族長を安心させていた。
そして、族長はついでに、訓練所の隅っこにいたシウルさんにも挨拶をした。シウルさんがいたことに、俺は気がついていなかった……。
「シウル殿、娘をよろしくお願いする!」
「え、ええ! 私もギルドの新入りみたいなもので、戦闘能力は娘さんに及ばないかもしれませんが……年上の女性として支えることは出来ると思います! 精一杯頑張りますわっ!」
シウルさんの目が若干泳いでいるのは、目の当たりにしたフゥの戦闘能力にビックリしたからだろう。
年下の女の子が自分よりも圧倒的に強いなんて、動揺するのも無理はない。いたたまれなくなって気配を殺していたのかもな。でも、シウルさんには俺と違って魔法の才能があるし、成長速度は人それぞれ。彼女もいずれ驚くほど強くなるかもしれない。
なにはともあれ、この日『キルトのギルド』に5人目のメンバーが加入した。
その名はフゥ・ジューネ。王国の最北で暮らすジューネ族を導く族長の娘。鍛えられた小さな体に確かな夢と氷の魔法、魔法道具を自作出来るほどの頭脳を詰め込んだ才女だ。
「俺たちも油断してたら置いていかれそうだな、ロック」
「クー!」
気合を入れているのか、はたまた遊び相手が増えて嬉しいのか、ロックはしっぽをぶんぶん振っている。
これからギルドが賑やかになりそうだ。
その日の夕食はギルドの中で食べることになった。
ジューネ族はこれから外の世界との繋がりを増やしていく……とはいえ、いきなり目立つ場所での食事は落ち着かないだろう。
すべてが上手くいったとはいえ、族長は国王との謁見を終えた後だし、フゥは初めて来た王都だ。
まずは周りの視線がない落ち着いた場所で、外の世界の食べ物を味わうのも悪くない。
まあ、その食べ物を作るのは俺なんだが……。
「それなりに料理に慣れているという自負はありますが、しょせん素人ですから期待し過ぎないでくださいね」
そう断りを入れつつ、作っていく料理は……ずばり揚げ物だ。
植物の種から採ったばかりの新鮮な油が手に入ったから、それを大胆に使っていく。
まずは小さいじゃがいもをよーく洗って水気を切り、そのまま油の中に投入して素揚げにする。
じっくり揚げてから皿に盛り付け、塩を振ったら完成だ。
シンプルだけど、何だかんだこいつが一番やみつきになる!
「おぉ……小さないもを油にくぐらせただけで、こんなに美味しそうに見えるとは……」
フゥはキッチンの中に入って来て、俺の調理工程を見守っている。
まあ、人に見せられるほど手際の良い調理ではないんだが。
「フゥは村でどんな料理を食べてたの? 揚げ物をかなり珍しそうに見てるけど」
「ジューネ族と言えば、やはり煮込み料理だな。古代の技術を活用することで家の中の寒さはだいぶ軽減出来ているが、それでも寒い時は寒い。ぐつぐつ煮込んだシチューなどが視覚的にも温度的にもありがたいものだ」
「それは俺にもよーくわかるなぁ~」
「山のふもとは気温が低く、食材が新鮮に保存しやすい環境ではあるが、そんなことはお構いなしに火を通して煮込む……! 野菜を含め、あまり生食は好まない。それがジューネの流儀だ。今思えば、毎日似たような物を食べていた気がするが……どうにも食材の旨味がすべて溶け込んだスープやシチューは美味い……! 寒いと特に!」
「うんうん、その感覚は外の世界の人間も一緒さ」
食に関する感覚が近いなら、お互いの文化への理解は早い。
ジューネの流儀に基づいた、体が芯から温まる煮込み料理を提供する店が王都に出来る日もそう遠くない……とか考えてみる。
その店の問題は、暖かい時期をどう乗り切るかだな……!
そんな妄想を膨らませつつ、じゃがいも以外の野菜もサッと揚げていく。
肉類は小さく切り分けてから串に刺し、衣をつけて揚げていく。衣に使うパン粉は細かい物が好みだ。粗いやつは噛んだ時の音が良くて見た目も豪快だけど、油断すると口の中にダメージを負う。
今回は初めて料理を振る舞う相手なので、無難に細かいパン粉を使っている。
「よし、ある程度は揚がったな。最初に揚げた物が冷めないうちに乾杯だけしておこう」
どんどん揚がった物から食べてもらう……これが揚げ物の理想だ。
冷めることが他の料理に比べて致命的だからな。
出来上がった分の揚げ物をホールまで運び、テーブルの上に載せ、俺は席に着いた。
「今日の乾杯の音頭はユートくんにとってもらおうかな」
キルトさんが急に無茶ぶりをしてくる。
でも、流れを考えれば当然ではあるか。
族長やフゥがここにいる理由は、俺にあるんだからな。
「え、えっと……では、新たなメンバー、フゥの加入と、王国とジューネ族の友好を願って……」
「待った待った!」
待ったをかけたのはシウルさんだ。
片手に持ったジョッキには、何らかの酒がなみなみと注がれている……。
「もう1つ、ユートとロックの優勝も祝っとかないと! 勲章まで貰ってるんだから、すごいことだよ!」
「ああ、確かにそれもありましたね」
「色々あったから仕方ないとはいえ、本当についでみたいな扱いね……」
「いやぁ、レース自体も想定外のことだらけだったのに、勲章授与の時すら予想外の塊でしたから、どうしても結果そのものの印象が薄く……。でも、シウルさんの言う通りです。これも祝うべき偉業……と自分で言うとあれですが、とにかく俺とロックと、非公式ながらフゥの『クライム・オブ・ヒーメル』優勝も祝って……乾杯っ!」
俺の掛け声に合わせて、みんなの乾杯の声が響く。
ロックも器用に前足でグラスを挟み込むように掴み、みんなと乾杯している。
族長とフゥも乾杯には普通に反応していたので、ジューネ族にもこういう文化はあるようだ。
住む場所が違うだけで、そんなに遠くない存在。
テーブルを囲んで食事をするだけで、お互いに理解し合えることは多い。
……と、乾杯の後にテーブルから離れ、キッチンで1人残りの具材を揚げながら俺は思った。
「ユート、そろそろ席に着いて一緒に食べないか?」
「クー!」
しばらくして、肩にロックを乗せたフゥがキッチンにやって来る。
彼女の白い髪とロックの紅色のウロコのコントラストは鮮やかで、何だかお似合いのコンビに見える。
「ああ、今揚げてるので終わりだから、すぐにそっちに行くよ」
白身魚の揚げ物を皿に盛り、魔動コンロの停止を確認した後、俺はみんなが待つホールに向かった。
このホールに置かれたテーブルや椅子は、本来任務に向かう冒険者たちのミーティングや、仕事内容について依頼者と詳しいやり取りを行うために使われるものだ。
しかし、俺たちが所属している『キルトのギルド』は、所属冒険者が少なく、依頼を持ち込んで来る人が皆無だ。そのため、これらの家具は食事や雑談、ロックがお昼寝をする場所として使われている。
今日は来客をもてなすために使っているから、まあ……まだ本来の用途に近いかな。
「お待たせしました。この白身魚の揚げ物で最後です」
テーブルの上の空いているスペースに皿を置く。
先に運んだ大量の揚げ物はその数をかなり減らしていた。そのうえで俺の食べる分は十分に残っている。
調子に乗って作り過ぎたかなと思っていたから、これは嬉しい誤算だ。
まあ、たとえ自分の食べる分が無くなっていたって、それだけの勢いで食べてもらえたなら、作った側としては十分に嬉しい。
なんて考えていると、俺の腹が反論するように「グゥゥゥ……!」と鳴った。
「グゥゥゥ……!」
ロックがその音を真似する。
はい、流石にカッコつけ過ぎました……。
俺もお腹は空いているし、自分の分がちゃんと残っていて嬉しい!
「改めて……いただきます!」
最初に今揚げたての白身魚の揚げ物をザクッザクッといただく。
「う~ん、美味い!」
新鮮な油と細かいパン粉を使っているから、食感が軽い!
火の通り方も完璧だし、我ながら腕を上げたなと思う。
テーブルにはシウルさんが王都の中心街で買って来た各種ソースが揃っている。どれもシャレた瓶に入っていてお値段が気になるが……今は気にしない。
良い調味料が高級品というのは常識だが、食べる時はその味だけを純粋に楽しもう。
それに食事の最中に楽しむのは、食べ物だけじゃない。
少々行儀は悪いけど、みんなとの会話も楽しいものだ。
俺が椅子に着いて最初に挙がった話題は……俺の幼馴染にして新女王――ラコリィナ・バーム・ヘンゼルのことだった。
「それにしても……もぐもぐ……新女王がユートの幼馴染だったとはな」
フゥが揚げ物を呑み込み、また次を食べるまでのわずかな時間を使って話しかけて来る。
王都に来る前はこんな食べ方をしていなかったから、それだけ俺の料理が美味かったのか、はたまた新女王のことが気になるのか……。
かく言う俺も食べるのに夢中になっていたが、一旦手を止める。
新女王ラコリィナと来年以降の『クライム・オブ・ヒーメル』については、フゥが『キルトのギルド』に加入することが決まった後でみんなに話した。
その時のみんなの驚いた顔といったら……。あのキルトさんですら「意味がわからない」って顔をしていたもんなぁ~。
フゥも「私のことよりそっちの話を優先すべきだったな」って真顔で言ってたし。
まあでも、誰より驚いたのは……。
「いやぁ、一番驚いたのは俺だよ。びくびくしながら会いに行ったら、見慣れた女の子がそこにいたんだからさ」
今も正直、夢か幻だったんじゃないかと思わなくもない。
それほどまでに、あの状況は現実味がなかった。
「でも、間違いなく現実なんだろうな……」
自分に言い聞かせるように、そうつぶやく。
ある日、突然お姫様になった女の子と言えば、おとぎ話のようで聞こえはいい。
だが、実際は醜い暗殺合戦によって他の後継者が死に絶えた王家を継いだに過ぎない。
果たして、それがリィナにとって幸せかどうか……。
「辞退することは出来なかったのか? 血の繋がりがあるとはいえ、つい最近まで王家に連なる者と認識されていなかったのだ。内々に処理をすれば、国民に真実を伝えぬまま別の王を立てることも出来たはずでは?」
もっともな疑問を述べるフゥ。
彼女もいずれ1つの部族をまとめることになるかもしれないだけあって、十分な知識を持っているようだ。
忙しく食べる合間に話しているけど、その姿勢は真面目……のはずだ。
なので、俺も相応に真面目な回答を述べる。
「王家の仕組みはよくわからないけど、おそらく拒否しようと思えば出来たと思う。でも、リィナはそれをしなかった。昔から直感が鋭くて、今回も自分が女王であることを、自分なりに認めたんだと思う。そうした方が良い……ってね」
その結論に至ったプロセスは、おそらく本人にもわかっていまい。
彼女の直感は過程を飛ばして答えだけを導く。
周りの人が首をかしげる中で、彼女はその答えを強く信じる。
それがリィナという少女だ。
「ふむ……。まあ、王家に仕える者たちからすれば、いきなり王の孫の世代に飛ぶよりは、無難で良い着地点なのかもしれんがな。とはいえ、年齢的には孫と変わらんか……」
「そうだね。リィナは前国王が歳を取ってから出来た子らしいし、暗殺で亡くなった他の王子たちの子どもは、何ならリィナより年上かもしれない」
「それはもう……あからさまに火種だな。孫たちから見れば、王位を継いだ同年代のぽっと出の女は、自分たちと同じように歳を取る。病気や事故で早死にしてくれない限り、その女が亡くなる頃には自分たちも相当に年寄りになっている。しかも、女が子を生せば継承順位はそちらが上だ」
フゥ……思った以上に詳しいな。これだけスラスラと言葉が出て来るとは。
部族の長の娘は、言ってしまえば狭い範囲での王族のようなものだ。親から子へ権力が受け継がれる。
俺みたいな平民にとっては遠くに感じる話も、フゥにとっては身近な話なのかも……なんてことを考えつつ、彼女の話の続きを聞く。
「もし、そのリィナという新たな女王を守ろうと思うなら、今は亡き王子たちの妻や子に注意すべきだ。それも第一王子に近しい者たちは特にな。リィナが出て来なければ、第一王子の子息が玉座に座っていた可能性が高い。目の前で王位を奪われた……そう思われても、おかしくはないのだ」
「確かに……」
第一王子の妻や子どもたちが現在どうしているのか、俺は何も知らない。もっとサザンカさんに深掘りして聞いておくべきだったか……。
いや、そもそもサザンカさんが本当に信用出来る人物なのかすら、俺にはわからないんだ。あのリィナが信頼を置いているなら、きっと大丈夫なんだろうけど……。
でも、あの状況で冷静になれってのも酷な話だぞ!
「ふふっ、ふふふふ……っ」
突然、キルトさんが笑い出した。
疑問に思う全員の視線が彼女の方に集まると、キルトさんはハッとして口を開いた。
「いや、フゥちゃんってしっかりしてるなぁ~って。これはうちのギルドにまた期待の新戦力が入ったなぁ~って思って、嬉しくて笑っちゃった!」
ああ、そういう笑いか……。
俺の詰めの甘さを笑われたんじゃなくて、本当に良かった!
キルトさんの言葉を聞いて、照れ臭そうに笑うフゥ、自慢げな族長、そして真剣な表情のシウルさん。
「私も何か一芸を身につけたいわね……」
シウルさんはそうつぶやいた。
その意識は非常に良いことだけど、焦りを感じる必要はないと思う。
キルトさんが言った「期待の新戦力」の中には、シウルさんだって含まれているのだから。
その後、揚げ物パーティーは和やかな空気のまま終わった。
作った料理も全部食べてもらえて嬉しい限りだ。
後片付けは客人である族長を除いた全員――つまり『キルトのギルド』のメンバー全員で行う。
フゥは今日入ったばかりだし、別に休んでいても良かったんだけど、本人から「私はもう客人ではない。このギルドの一員だ」なんて言われちゃったら仕方ないよね。
テーブルの掃除に皿洗い、調理に使った道具の後片付けや油の処理を分担してやっていく。
その中で俺は自分の使った揚げ油の処理を担当する。
まあ、処理といっても捨てるのではなく、揚げカスなどを取り除き、他の容器に移し替え、密閉して保管するんだ。
かなりの量の食材を揚げたが、元々がかなり新鮮な油……1回の使用で捨てるのはあまりにももったいない。
1週間以内にあと1回くらいならまた揚げ物が出来そうだし、何かを炒める時の油として使ってもそこまで気にはならないはずだ。
油の処理が終わり、揚げる時に使った鍋を洗ってもらおうと流し台の方を見ると……。
「加減……加減……加減……」
皿洗い担当のキルトさんが「加減」という言葉をつぶやきながら、ゆっくりと皿を洗っていた。
水魔法を得意とするキルトさんなら、皿洗いもサクッと終わらせてくれそうと思っての抜擢だったが、彼女の魔法は攻撃特化で、下手をすると水で皿を割ってしまうらしい。
そのため、普通に水を流しながら、一枚一枚丁寧に皿を洗っている。
ただ、皿を持つ手も集中し過ぎると力が入って、指の力で皿を割ってしまうとか……。
強い力を持つってのも大変だ……。
「頑張れ……! 頑張れ……!」
キルトさんの隣で応援しているのはシウルさん。彼女は洗い終わった皿の水気を拭き取り、あるべき場所へ収納するのが役目だ。こちらは流石に問題なくやれている模様。
フゥはテーブルとその周りの掃除だ。ホールには族長がいるから、きっと親子水入らずの会話をしながら頑張っているだろう。
となると、後は……。
「……へ?」
女の子って、いつも突然で大胆で……俺を困らせるんだ。
「とりあえず、順序立てて説明してくれないかな? どうしてこんな戦った後みたいになってるのか……」
「それはもう戦ったからに決まっている」
「えっ、誰と?」
「そこにいるキルト殿とだ」
さも当然のことのように言い放つフゥ。
逆にますます混乱した俺は、キルトさんに答えを求める。
「本当なんですかキルトさん?」
「うん、戦ってほしいって言われたからね。もちろん、手加減はしたよ? 武器は使ってないし、魔法だって最低限しか使ってない」
「でも、なぜまたそんなことに? 喧嘩でもしたんですか?」
「まっさか! 流石にまだ自分の半分も生きてない女の子と喧嘩して暴力を振るったりしないよ! ただ、自分の力を試したいって言われたから……練習試合みたいなものだね!」
自分の力を試したい……か。
フゥにキルトさんを紹介した時、俺や魔鋼兵よりずっと強いことを教えた。フゥはそれを聞いて、その力がどれほどのものか試してみたくなったってことか。
そして、結果は……見ての通りってわけだ。
「まったく強さの底が知れなかった……。私だけ武器を使ったにもかかわらずな」
フゥは悔しそうな顔をしている。
山で磨いた身体能力、自分で作った武器の数々、どちらも自信があったのだろう。
でも、キルトさんの戦いを見たことがある俺からすれば、負けたところで落ち込む必要がない相手だということはわかっている。
「キルトさんには及ばなくても、フゥは十分強いよ。それこそ俺が今まで出会った冒険者の中で、フゥより強い人を探すのが大変なくらいにはね」
弱冠12歳で並の冒険者よりずっと動けることをフゥは誇るべきなんだ。
俺が12歳の時なんて、何をしていたのか思い出せないもんなぁ~。
「……で、そこからなぜギルドに入るという話に?」
俺は一番の疑問を口に出す。
その答えはフゥ本人から語られた。
「外の世界でやりたいことを見つけたからだ。それを実現するために、このギルドの力を借りたい。ユートが信じるギルドなら、私も信じることが出来る」
「フゥがやりたいこと……俺にも聞かせほしい」
「もちろん、最初から聞いてもらうつもりだ」
この場にいる全員の視線がフゥに集まる。
それに気づいたフゥは、少し表情を固くしながら話し始めた。
「ジューネ族はこれから開放的になっていくだろう。出て行く者を強く引き留めることはないし、戻って来る者を拒むこともない。観光のために外の世界へ出ることだって許されるようになる。だが、それだけでは本当の意味で開放されたとは言えない。村しか知らない者にとって、外の世界は興味よりも恐怖の対象だからだ。許されたとて、味方がいない土地へ踏み出そうなどとは考えない。そういう役割でもない限りな」
外へ出てもいいと言われたって、何が待ち受けているかわからない場所に行こうなんて考えない……か。
好奇心旺盛なフゥですら、族長の娘として国王に直談判するという目的がなければ、外の世界を目指すことはなかったわけだからな……。
「私自身はユートと出会って、外の世界への興味が恐怖を上回った。だから今、ここにいる。私には味方がいるから、ここにいることが出来る。ならば、今度は私がみんなの味方になる。私が……外の世界への扉を開く!」
フゥが外の世界にいることで、他のジューネ族の人々も一歩踏み出しやすくなる。
外の世界で困ったことがあったら、フゥに頼ればいいと思える。
そうなれば、きっと王国との交流が盛んになって、相手を知らないことからくる恐れはなくなる。
もちろん、交流が増えればトラブルも増えるだろう。
王国の転覆を図ったヴィルケのように、ジューネ族内に王国を恨む者がまた生まれるかもしれない。
それでも、交易隊みたいな一部の人間だけに外の世界との交流を任せるのではなく、ジューネ族全体で関わり合えば、恨みや怒りの感情を共有し、解決方法を探れる。
自分の中だけに怨嗟を抱え込むから、その感情はどんどん増幅されていくんだ。
そして、激しい感情のままに極端な手段を選択してしまう……。
フゥは二度とヴィルケのような存在を生み出さないために、自分がまず外の世界に立ち向かうと決めたんだ。
「やっぱり立派だな、フゥは」
俺は素直な気持ちを口に出す。
その日その時の仕事を真剣にやってても、俺にはその先の大きな目標がない。
手に入れた現在の環境に、満足しているところがある。
でも……そんな俺でも誰かの夢を応援することは出来る。
「君がやりたいこと、俺にも手伝わせてほしい。そんな大したことは出来ないかもしれないけど」
「ふっ、何を言うか。これからも頼りにしているぞ、ユート」
自分の腰に手を当てて胸を張るフゥ。
その顔は自信に満ちあふれていた。
「父様もわかってくれるな?」
娘にそう尋ねられた族長は静かにうなずく。
「こうまで言った娘の夢を、父親の私が否定するわけにはいかない。もちろん、私もよく知らない外の世界に娘を住まわせるのは不安だが……ユート殿がいるから許すことが出来る。何卒、我が娘をよろしくお願いする……!」
族長は俺に頭を下げる。
他人の子どもを預かれるような人間じゃないかもしれないが、ここで言うべきことは1つだ。
「ええ、任せてください!」
これはフゥの夢を支えるという覚悟だ。
出来る、出来ない……じゃなくやってみせるという決意の宣言なんだ。
だが、ここで大事なことを1つ忘れていることに気づく。
ギルドマスターのキルトさんから、フゥの加入を認める言葉を聞いていない……。
「あの、キルトさん……」
「大丈夫、大丈夫! そんな不安そうな顔をしなくても、私はフゥちゃんの加入を認めるつもりだよ」
「よかった……!」
「強い使命感はもちろんのこと、彼女には洗練された体術と魔法がある。きっと良い冒険者になれるさ」
その後、キルトさんは族長といくつか言葉を交わした。
最後には「責任を持って娘さんを預かります」と力強く宣言し、族長を安心させていた。
そして、族長はついでに、訓練所の隅っこにいたシウルさんにも挨拶をした。シウルさんがいたことに、俺は気がついていなかった……。
「シウル殿、娘をよろしくお願いする!」
「え、ええ! 私もギルドの新入りみたいなもので、戦闘能力は娘さんに及ばないかもしれませんが……年上の女性として支えることは出来ると思います! 精一杯頑張りますわっ!」
シウルさんの目が若干泳いでいるのは、目の当たりにしたフゥの戦闘能力にビックリしたからだろう。
年下の女の子が自分よりも圧倒的に強いなんて、動揺するのも無理はない。いたたまれなくなって気配を殺していたのかもな。でも、シウルさんには俺と違って魔法の才能があるし、成長速度は人それぞれ。彼女もいずれ驚くほど強くなるかもしれない。
なにはともあれ、この日『キルトのギルド』に5人目のメンバーが加入した。
その名はフゥ・ジューネ。王国の最北で暮らすジューネ族を導く族長の娘。鍛えられた小さな体に確かな夢と氷の魔法、魔法道具を自作出来るほどの頭脳を詰め込んだ才女だ。
「俺たちも油断してたら置いていかれそうだな、ロック」
「クー!」
気合を入れているのか、はたまた遊び相手が増えて嬉しいのか、ロックはしっぽをぶんぶん振っている。
これからギルドが賑やかになりそうだ。
その日の夕食はギルドの中で食べることになった。
ジューネ族はこれから外の世界との繋がりを増やしていく……とはいえ、いきなり目立つ場所での食事は落ち着かないだろう。
すべてが上手くいったとはいえ、族長は国王との謁見を終えた後だし、フゥは初めて来た王都だ。
まずは周りの視線がない落ち着いた場所で、外の世界の食べ物を味わうのも悪くない。
まあ、その食べ物を作るのは俺なんだが……。
「それなりに料理に慣れているという自負はありますが、しょせん素人ですから期待し過ぎないでくださいね」
そう断りを入れつつ、作っていく料理は……ずばり揚げ物だ。
植物の種から採ったばかりの新鮮な油が手に入ったから、それを大胆に使っていく。
まずは小さいじゃがいもをよーく洗って水気を切り、そのまま油の中に投入して素揚げにする。
じっくり揚げてから皿に盛り付け、塩を振ったら完成だ。
シンプルだけど、何だかんだこいつが一番やみつきになる!
「おぉ……小さないもを油にくぐらせただけで、こんなに美味しそうに見えるとは……」
フゥはキッチンの中に入って来て、俺の調理工程を見守っている。
まあ、人に見せられるほど手際の良い調理ではないんだが。
「フゥは村でどんな料理を食べてたの? 揚げ物をかなり珍しそうに見てるけど」
「ジューネ族と言えば、やはり煮込み料理だな。古代の技術を活用することで家の中の寒さはだいぶ軽減出来ているが、それでも寒い時は寒い。ぐつぐつ煮込んだシチューなどが視覚的にも温度的にもありがたいものだ」
「それは俺にもよーくわかるなぁ~」
「山のふもとは気温が低く、食材が新鮮に保存しやすい環境ではあるが、そんなことはお構いなしに火を通して煮込む……! 野菜を含め、あまり生食は好まない。それがジューネの流儀だ。今思えば、毎日似たような物を食べていた気がするが……どうにも食材の旨味がすべて溶け込んだスープやシチューは美味い……! 寒いと特に!」
「うんうん、その感覚は外の世界の人間も一緒さ」
食に関する感覚が近いなら、お互いの文化への理解は早い。
ジューネの流儀に基づいた、体が芯から温まる煮込み料理を提供する店が王都に出来る日もそう遠くない……とか考えてみる。
その店の問題は、暖かい時期をどう乗り切るかだな……!
そんな妄想を膨らませつつ、じゃがいも以外の野菜もサッと揚げていく。
肉類は小さく切り分けてから串に刺し、衣をつけて揚げていく。衣に使うパン粉は細かい物が好みだ。粗いやつは噛んだ時の音が良くて見た目も豪快だけど、油断すると口の中にダメージを負う。
今回は初めて料理を振る舞う相手なので、無難に細かいパン粉を使っている。
「よし、ある程度は揚がったな。最初に揚げた物が冷めないうちに乾杯だけしておこう」
どんどん揚がった物から食べてもらう……これが揚げ物の理想だ。
冷めることが他の料理に比べて致命的だからな。
出来上がった分の揚げ物をホールまで運び、テーブルの上に載せ、俺は席に着いた。
「今日の乾杯の音頭はユートくんにとってもらおうかな」
キルトさんが急に無茶ぶりをしてくる。
でも、流れを考えれば当然ではあるか。
族長やフゥがここにいる理由は、俺にあるんだからな。
「え、えっと……では、新たなメンバー、フゥの加入と、王国とジューネ族の友好を願って……」
「待った待った!」
待ったをかけたのはシウルさんだ。
片手に持ったジョッキには、何らかの酒がなみなみと注がれている……。
「もう1つ、ユートとロックの優勝も祝っとかないと! 勲章まで貰ってるんだから、すごいことだよ!」
「ああ、確かにそれもありましたね」
「色々あったから仕方ないとはいえ、本当についでみたいな扱いね……」
「いやぁ、レース自体も想定外のことだらけだったのに、勲章授与の時すら予想外の塊でしたから、どうしても結果そのものの印象が薄く……。でも、シウルさんの言う通りです。これも祝うべき偉業……と自分で言うとあれですが、とにかく俺とロックと、非公式ながらフゥの『クライム・オブ・ヒーメル』優勝も祝って……乾杯っ!」
俺の掛け声に合わせて、みんなの乾杯の声が響く。
ロックも器用に前足でグラスを挟み込むように掴み、みんなと乾杯している。
族長とフゥも乾杯には普通に反応していたので、ジューネ族にもこういう文化はあるようだ。
住む場所が違うだけで、そんなに遠くない存在。
テーブルを囲んで食事をするだけで、お互いに理解し合えることは多い。
……と、乾杯の後にテーブルから離れ、キッチンで1人残りの具材を揚げながら俺は思った。
「ユート、そろそろ席に着いて一緒に食べないか?」
「クー!」
しばらくして、肩にロックを乗せたフゥがキッチンにやって来る。
彼女の白い髪とロックの紅色のウロコのコントラストは鮮やかで、何だかお似合いのコンビに見える。
「ああ、今揚げてるので終わりだから、すぐにそっちに行くよ」
白身魚の揚げ物を皿に盛り、魔動コンロの停止を確認した後、俺はみんなが待つホールに向かった。
このホールに置かれたテーブルや椅子は、本来任務に向かう冒険者たちのミーティングや、仕事内容について依頼者と詳しいやり取りを行うために使われるものだ。
しかし、俺たちが所属している『キルトのギルド』は、所属冒険者が少なく、依頼を持ち込んで来る人が皆無だ。そのため、これらの家具は食事や雑談、ロックがお昼寝をする場所として使われている。
今日は来客をもてなすために使っているから、まあ……まだ本来の用途に近いかな。
「お待たせしました。この白身魚の揚げ物で最後です」
テーブルの上の空いているスペースに皿を置く。
先に運んだ大量の揚げ物はその数をかなり減らしていた。そのうえで俺の食べる分は十分に残っている。
調子に乗って作り過ぎたかなと思っていたから、これは嬉しい誤算だ。
まあ、たとえ自分の食べる分が無くなっていたって、それだけの勢いで食べてもらえたなら、作った側としては十分に嬉しい。
なんて考えていると、俺の腹が反論するように「グゥゥゥ……!」と鳴った。
「グゥゥゥ……!」
ロックがその音を真似する。
はい、流石にカッコつけ過ぎました……。
俺もお腹は空いているし、自分の分がちゃんと残っていて嬉しい!
「改めて……いただきます!」
最初に今揚げたての白身魚の揚げ物をザクッザクッといただく。
「う~ん、美味い!」
新鮮な油と細かいパン粉を使っているから、食感が軽い!
火の通り方も完璧だし、我ながら腕を上げたなと思う。
テーブルにはシウルさんが王都の中心街で買って来た各種ソースが揃っている。どれもシャレた瓶に入っていてお値段が気になるが……今は気にしない。
良い調味料が高級品というのは常識だが、食べる時はその味だけを純粋に楽しもう。
それに食事の最中に楽しむのは、食べ物だけじゃない。
少々行儀は悪いけど、みんなとの会話も楽しいものだ。
俺が椅子に着いて最初に挙がった話題は……俺の幼馴染にして新女王――ラコリィナ・バーム・ヘンゼルのことだった。
「それにしても……もぐもぐ……新女王がユートの幼馴染だったとはな」
フゥが揚げ物を呑み込み、また次を食べるまでのわずかな時間を使って話しかけて来る。
王都に来る前はこんな食べ方をしていなかったから、それだけ俺の料理が美味かったのか、はたまた新女王のことが気になるのか……。
かく言う俺も食べるのに夢中になっていたが、一旦手を止める。
新女王ラコリィナと来年以降の『クライム・オブ・ヒーメル』については、フゥが『キルトのギルド』に加入することが決まった後でみんなに話した。
その時のみんなの驚いた顔といったら……。あのキルトさんですら「意味がわからない」って顔をしていたもんなぁ~。
フゥも「私のことよりそっちの話を優先すべきだったな」って真顔で言ってたし。
まあでも、誰より驚いたのは……。
「いやぁ、一番驚いたのは俺だよ。びくびくしながら会いに行ったら、見慣れた女の子がそこにいたんだからさ」
今も正直、夢か幻だったんじゃないかと思わなくもない。
それほどまでに、あの状況は現実味がなかった。
「でも、間違いなく現実なんだろうな……」
自分に言い聞かせるように、そうつぶやく。
ある日、突然お姫様になった女の子と言えば、おとぎ話のようで聞こえはいい。
だが、実際は醜い暗殺合戦によって他の後継者が死に絶えた王家を継いだに過ぎない。
果たして、それがリィナにとって幸せかどうか……。
「辞退することは出来なかったのか? 血の繋がりがあるとはいえ、つい最近まで王家に連なる者と認識されていなかったのだ。内々に処理をすれば、国民に真実を伝えぬまま別の王を立てることも出来たはずでは?」
もっともな疑問を述べるフゥ。
彼女もいずれ1つの部族をまとめることになるかもしれないだけあって、十分な知識を持っているようだ。
忙しく食べる合間に話しているけど、その姿勢は真面目……のはずだ。
なので、俺も相応に真面目な回答を述べる。
「王家の仕組みはよくわからないけど、おそらく拒否しようと思えば出来たと思う。でも、リィナはそれをしなかった。昔から直感が鋭くて、今回も自分が女王であることを、自分なりに認めたんだと思う。そうした方が良い……ってね」
その結論に至ったプロセスは、おそらく本人にもわかっていまい。
彼女の直感は過程を飛ばして答えだけを導く。
周りの人が首をかしげる中で、彼女はその答えを強く信じる。
それがリィナという少女だ。
「ふむ……。まあ、王家に仕える者たちからすれば、いきなり王の孫の世代に飛ぶよりは、無難で良い着地点なのかもしれんがな。とはいえ、年齢的には孫と変わらんか……」
「そうだね。リィナは前国王が歳を取ってから出来た子らしいし、暗殺で亡くなった他の王子たちの子どもは、何ならリィナより年上かもしれない」
「それはもう……あからさまに火種だな。孫たちから見れば、王位を継いだ同年代のぽっと出の女は、自分たちと同じように歳を取る。病気や事故で早死にしてくれない限り、その女が亡くなる頃には自分たちも相当に年寄りになっている。しかも、女が子を生せば継承順位はそちらが上だ」
フゥ……思った以上に詳しいな。これだけスラスラと言葉が出て来るとは。
部族の長の娘は、言ってしまえば狭い範囲での王族のようなものだ。親から子へ権力が受け継がれる。
俺みたいな平民にとっては遠くに感じる話も、フゥにとっては身近な話なのかも……なんてことを考えつつ、彼女の話の続きを聞く。
「もし、そのリィナという新たな女王を守ろうと思うなら、今は亡き王子たちの妻や子に注意すべきだ。それも第一王子に近しい者たちは特にな。リィナが出て来なければ、第一王子の子息が玉座に座っていた可能性が高い。目の前で王位を奪われた……そう思われても、おかしくはないのだ」
「確かに……」
第一王子の妻や子どもたちが現在どうしているのか、俺は何も知らない。もっとサザンカさんに深掘りして聞いておくべきだったか……。
いや、そもそもサザンカさんが本当に信用出来る人物なのかすら、俺にはわからないんだ。あのリィナが信頼を置いているなら、きっと大丈夫なんだろうけど……。
でも、あの状況で冷静になれってのも酷な話だぞ!
「ふふっ、ふふふふ……っ」
突然、キルトさんが笑い出した。
疑問に思う全員の視線が彼女の方に集まると、キルトさんはハッとして口を開いた。
「いや、フゥちゃんってしっかりしてるなぁ~って。これはうちのギルドにまた期待の新戦力が入ったなぁ~って思って、嬉しくて笑っちゃった!」
ああ、そういう笑いか……。
俺の詰めの甘さを笑われたんじゃなくて、本当に良かった!
キルトさんの言葉を聞いて、照れ臭そうに笑うフゥ、自慢げな族長、そして真剣な表情のシウルさん。
「私も何か一芸を身につけたいわね……」
シウルさんはそうつぶやいた。
その意識は非常に良いことだけど、焦りを感じる必要はないと思う。
キルトさんが言った「期待の新戦力」の中には、シウルさんだって含まれているのだから。
その後、揚げ物パーティーは和やかな空気のまま終わった。
作った料理も全部食べてもらえて嬉しい限りだ。
後片付けは客人である族長を除いた全員――つまり『キルトのギルド』のメンバー全員で行う。
フゥは今日入ったばかりだし、別に休んでいても良かったんだけど、本人から「私はもう客人ではない。このギルドの一員だ」なんて言われちゃったら仕方ないよね。
テーブルの掃除に皿洗い、調理に使った道具の後片付けや油の処理を分担してやっていく。
その中で俺は自分の使った揚げ油の処理を担当する。
まあ、処理といっても捨てるのではなく、揚げカスなどを取り除き、他の容器に移し替え、密閉して保管するんだ。
かなりの量の食材を揚げたが、元々がかなり新鮮な油……1回の使用で捨てるのはあまりにももったいない。
1週間以内にあと1回くらいならまた揚げ物が出来そうだし、何かを炒める時の油として使ってもそこまで気にはならないはずだ。
油の処理が終わり、揚げる時に使った鍋を洗ってもらおうと流し台の方を見ると……。
「加減……加減……加減……」
皿洗い担当のキルトさんが「加減」という言葉をつぶやきながら、ゆっくりと皿を洗っていた。
水魔法を得意とするキルトさんなら、皿洗いもサクッと終わらせてくれそうと思っての抜擢だったが、彼女の魔法は攻撃特化で、下手をすると水で皿を割ってしまうらしい。
そのため、普通に水を流しながら、一枚一枚丁寧に皿を洗っている。
ただ、皿を持つ手も集中し過ぎると力が入って、指の力で皿を割ってしまうとか……。
強い力を持つってのも大変だ……。
「頑張れ……! 頑張れ……!」
キルトさんの隣で応援しているのはシウルさん。彼女は洗い終わった皿の水気を拭き取り、あるべき場所へ収納するのが役目だ。こちらは流石に問題なくやれている模様。
フゥはテーブルとその周りの掃除だ。ホールには族長がいるから、きっと親子水入らずの会話をしながら頑張っているだろう。
となると、後は……。
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