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第5章
第161話 ベータポリス
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「……シウルちゃん、寝ちゃった?」
「ん? あっ、はい」
しばらくしてシウルさんから寝息が聞こえ始めた頃、俺たちの前の座席と後ろの座席に座っていた女性研究員たちが小声で話しかけて来た。
「そのままシウルちゃんは寝かせてあげて。本業と研究の両立でとっても疲れてると思うから」
「私たちはあくまでもユートくんに1つ聞きたいことがあるだけね」
女性研究員たちはコソコソと話を続ける。
話題は……あのアルタートゥムの遺跡群での出来事だ。
「シウルちゃんが今のギルドに入るきっかけがアルタートゥムの事件だってことは聞いてるわ」
「自分の性格が災いしてギルドメンバーに見捨てられたところを、ずっと虐めてたユートくんに助けてもらって、そこから自分も変わる決意が出来たって……シウルちゃん言ってたよ」
もはや懐かしいなぁ……あの事件。
鬱蒼と茂る木々に呑み込まれつつある古代遺跡の冒険。
遺跡群の管理を任されていたのは、当時はまだ上級ギルドだった『黒の雷霆』。
彼らギルドの管理不行き届きで高魔元素が地形に溜まり、それを吸収した魔鋼兵が暴れ出したんだったな。
俺にとっても、シウルさんにとっても、元々所属していた『黒の雷霆』との決別のきっかけとなった出来事だ。非常に思い出深い……。
しかし、『黒の雷霆』がやらかしたという事実は世間に伝わっていても、そこに古代の兵器である魔鋼兵が絡んでいるという事実は伏せられている。
うっかり彼女たちに話してしまわないよう、気をつけなければ……。
「シウルちゃんはめちゃくちゃユートくんに感謝してたよ」
「何か研究の成果を上げるたびに『今こうして研究出来るのはユートのおかげ』って言ってるくらいだからね」
「私たちもそれを聞くたびにユートくんって立派な人なんだなぁ……って尊敬の念を強めていったわ」
……寝ているとはいえ本人を横にしながら聞かされると、とっても照れ臭くなってくる!
今のギルドに移り、自分を変える決意をしたのはシウルさん自身だ。
だけど、その決意の理由に俺がいるというのはありがたいし誇らしい。
「おっとっと、話が逸れちゃったわね。私たちが聞きたいのはほんの些細な……でも、よく聞かされるからこそ結構気になっていたこと……」
「アルタートゥムの事件って、魔鋼兵絡みの事件よね?」
小声だけど大胆な質問を投げかけられた……!
俺の表情はこわばり、会話に無言の間が生じる。
それは質問に対する肯定と捉えるのには十分過ぎる反応だった。
「うふっ、ユートくんって嘘ついたり取り繕うのが苦手なタイプね。そういう素直さ、とっても素敵だと思うな」
「安心して、別にそれを言いふらしたりしないから。ただ、うちの研究所と同じ棟に入ってる古代技術研究所が、あの事件と同じくして騒がしくなったからさ。そっち関係の案件じゃないかなぁ~と思ってたんだ」
「シウルちゃんは本当のことをごまかすのが上手かったから聞き出せなかったけど、これで答え合わせが出来てスッキリ! まあ、古代技術そのものには私たち興味ないんだけど」
口々にそう言って、女性研究員たちは自分たちの席に正しく座り直した。
王都王立大学――ヘンゼル王国の最高学府だけあって、何か事件があれば駆り出される人員や組織がたくさん集まっているということだな……。
それにしたって、流石にあっさり心の内を見抜かれすぎだ……俺。
素直なのはいいことと言われても、機密を扱う仕事をすることもあるんだから、もう少しポーカーフェイスを身につけないとな。
いろんな人と話すとそれだけ知識も増えるし、課題も見つかるものだ。
シンポジウムでは自分の発表ばかりでなく、人の発表を聞く姿勢も大切にしよっと。
何か冒険者としてのこれからに役立つ知見を得られるかもしれない。
◇ ◇ ◇
「ご乗車の皆様、お疲れ様です。まもなくベータポリスに到着致します」
馬車の御者がそう呼びかけて来た。
窓から身を乗り出して進行方向を見ると、少し向こうに都市を囲う灰色の防壁、何者も寄せ付けない頑丈さと冷たさを感じさせる白亜の門があった。
どちらの建造物も規模が大きい。
流石に王都の城壁ほどとはいかないが、流石は王領第2の都市……守りは堅牢だ。
招かれた客である俺たちは、その堅牢な守りを素通り出来る権利を有しているわけだ。
「ん……んお……っ! なになに、そろそろ到着……?」
目を覚ましたシウルさんが眠たそうな目つきのまま窓の外を覗こうとする。
窓際に座っているのは俺なので、自然と彼女の体が目の前にやって来る。
「おっと、寝ぼけたまま身を乗り出すと危ないですよ。頭だけちょっとにしときましょう」
シウルさんの体を手で支え、そう呼びかける。
外の少し冷たい風が顔に当たり、シウルさんの目はパッチリと覚めたようだ。
「おー! 来た来た、ベータポリス! 防壁と門の雰囲気は100点をあげられそうね!」
採点後、シウルさんは乗り出していた体を引っ込める。
「支えてくれてありがとう、ユート。寝てる間も今もね」
「いえいえ、お安い御用ですよ」
「ユートは起きてる間、他の子たちとお話でもしてたの?」
「あ……はい! 小声でかるーい雑談などを……!」
「それは気を使わせちゃったわね。でも、おかげさまでぐっすり眠れたわ! これからの私に期待しててよねっ!」
シウルさんはパチンと完璧なウィンクを決める。
どうやら、寝ている間のヒソヒソ話は聞かれていなかったようだ。
聞かれていたとしても内容的にシウルさんは動じないだろうな。
動揺するのはいつだって俺の方……なんて考えているうちに、馬車はベータポリスの門をくぐっていた。
ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン――――!!
それと同時に馬車の横を、奇妙な音を発する乗り物が駆け抜けていった。
どこかで聞いたような、でも聞き慣れてはいない音……。
そうだ、この音は魔鋼兵のボディの中から聞こえる音に似ている……!
フゥ曰く、それは『駆動音』と言うらしい。
機械が動く時に出る音、例えるなら機械の心音――
それがなぜ今この瞬間に聞こえたんだろう?
そして、あの乗り物の主は一体……?
突然の疑問がいっぱいの中、俺はベータポリスに降り立った。
「ん? あっ、はい」
しばらくしてシウルさんから寝息が聞こえ始めた頃、俺たちの前の座席と後ろの座席に座っていた女性研究員たちが小声で話しかけて来た。
「そのままシウルちゃんは寝かせてあげて。本業と研究の両立でとっても疲れてると思うから」
「私たちはあくまでもユートくんに1つ聞きたいことがあるだけね」
女性研究員たちはコソコソと話を続ける。
話題は……あのアルタートゥムの遺跡群での出来事だ。
「シウルちゃんが今のギルドに入るきっかけがアルタートゥムの事件だってことは聞いてるわ」
「自分の性格が災いしてギルドメンバーに見捨てられたところを、ずっと虐めてたユートくんに助けてもらって、そこから自分も変わる決意が出来たって……シウルちゃん言ってたよ」
もはや懐かしいなぁ……あの事件。
鬱蒼と茂る木々に呑み込まれつつある古代遺跡の冒険。
遺跡群の管理を任されていたのは、当時はまだ上級ギルドだった『黒の雷霆』。
彼らギルドの管理不行き届きで高魔元素が地形に溜まり、それを吸収した魔鋼兵が暴れ出したんだったな。
俺にとっても、シウルさんにとっても、元々所属していた『黒の雷霆』との決別のきっかけとなった出来事だ。非常に思い出深い……。
しかし、『黒の雷霆』がやらかしたという事実は世間に伝わっていても、そこに古代の兵器である魔鋼兵が絡んでいるという事実は伏せられている。
うっかり彼女たちに話してしまわないよう、気をつけなければ……。
「シウルちゃんはめちゃくちゃユートくんに感謝してたよ」
「何か研究の成果を上げるたびに『今こうして研究出来るのはユートのおかげ』って言ってるくらいだからね」
「私たちもそれを聞くたびにユートくんって立派な人なんだなぁ……って尊敬の念を強めていったわ」
……寝ているとはいえ本人を横にしながら聞かされると、とっても照れ臭くなってくる!
今のギルドに移り、自分を変える決意をしたのはシウルさん自身だ。
だけど、その決意の理由に俺がいるというのはありがたいし誇らしい。
「おっとっと、話が逸れちゃったわね。私たちが聞きたいのはほんの些細な……でも、よく聞かされるからこそ結構気になっていたこと……」
「アルタートゥムの事件って、魔鋼兵絡みの事件よね?」
小声だけど大胆な質問を投げかけられた……!
俺の表情はこわばり、会話に無言の間が生じる。
それは質問に対する肯定と捉えるのには十分過ぎる反応だった。
「うふっ、ユートくんって嘘ついたり取り繕うのが苦手なタイプね。そういう素直さ、とっても素敵だと思うな」
「安心して、別にそれを言いふらしたりしないから。ただ、うちの研究所と同じ棟に入ってる古代技術研究所が、あの事件と同じくして騒がしくなったからさ。そっち関係の案件じゃないかなぁ~と思ってたんだ」
「シウルちゃんは本当のことをごまかすのが上手かったから聞き出せなかったけど、これで答え合わせが出来てスッキリ! まあ、古代技術そのものには私たち興味ないんだけど」
口々にそう言って、女性研究員たちは自分たちの席に正しく座り直した。
王都王立大学――ヘンゼル王国の最高学府だけあって、何か事件があれば駆り出される人員や組織がたくさん集まっているということだな……。
それにしたって、流石にあっさり心の内を見抜かれすぎだ……俺。
素直なのはいいことと言われても、機密を扱う仕事をすることもあるんだから、もう少しポーカーフェイスを身につけないとな。
いろんな人と話すとそれだけ知識も増えるし、課題も見つかるものだ。
シンポジウムでは自分の発表ばかりでなく、人の発表を聞く姿勢も大切にしよっと。
何か冒険者としてのこれからに役立つ知見を得られるかもしれない。
◇ ◇ ◇
「ご乗車の皆様、お疲れ様です。まもなくベータポリスに到着致します」
馬車の御者がそう呼びかけて来た。
窓から身を乗り出して進行方向を見ると、少し向こうに都市を囲う灰色の防壁、何者も寄せ付けない頑丈さと冷たさを感じさせる白亜の門があった。
どちらの建造物も規模が大きい。
流石に王都の城壁ほどとはいかないが、流石は王領第2の都市……守りは堅牢だ。
招かれた客である俺たちは、その堅牢な守りを素通り出来る権利を有しているわけだ。
「ん……んお……っ! なになに、そろそろ到着……?」
目を覚ましたシウルさんが眠たそうな目つきのまま窓の外を覗こうとする。
窓際に座っているのは俺なので、自然と彼女の体が目の前にやって来る。
「おっと、寝ぼけたまま身を乗り出すと危ないですよ。頭だけちょっとにしときましょう」
シウルさんの体を手で支え、そう呼びかける。
外の少し冷たい風が顔に当たり、シウルさんの目はパッチリと覚めたようだ。
「おー! 来た来た、ベータポリス! 防壁と門の雰囲気は100点をあげられそうね!」
採点後、シウルさんは乗り出していた体を引っ込める。
「支えてくれてありがとう、ユート。寝てる間も今もね」
「いえいえ、お安い御用ですよ」
「ユートは起きてる間、他の子たちとお話でもしてたの?」
「あ……はい! 小声でかるーい雑談などを……!」
「それは気を使わせちゃったわね。でも、おかげさまでぐっすり眠れたわ! これからの私に期待しててよねっ!」
シウルさんはパチンと完璧なウィンクを決める。
どうやら、寝ている間のヒソヒソ話は聞かれていなかったようだ。
聞かれていたとしても内容的にシウルさんは動じないだろうな。
動揺するのはいつだって俺の方……なんて考えているうちに、馬車はベータポリスの門をくぐっていた。
ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン――――!!
それと同時に馬車の横を、奇妙な音を発する乗り物が駆け抜けていった。
どこかで聞いたような、でも聞き慣れてはいない音……。
そうだ、この音は魔鋼兵のボディの中から聞こえる音に似ている……!
フゥ曰く、それは『駆動音』と言うらしい。
機械が動く時に出る音、例えるなら機械の心音――
それがなぜ今この瞬間に聞こえたんだろう?
そして、あの乗り物の主は一体……?
突然の疑問がいっぱいの中、俺はベータポリスに降り立った。
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