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2巻
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「それは憲兵の伝令のおかげだよ。他の街に駐在している憲兵は、程度の低い罪人なら一旦勾留して後で他とまとめて王都へ送致するか、現場で罰を与えて解放する。でも、名の知れた重罪人はその扱いについてまず本部にお伺いを立てるのさ」
「なるほど、そのお伺いの憲兵が俺たちより先に王都に着いたんですね」
「そういうこと。ついでに私たちのギルドのメンバー、つまりユートくんが罪人の確保に関わってることも教えてくれたんだ。おかげでこうして帰りを待つことが出来たってわけ。ほら、上着持って来たよ。部屋着のまま飛び出したって聞いてたから心配してたんだ」
「あ、ありがとうございます。助かります」
キルトさんに上着を着せてもらう。これで王都の寒さはしのげるようになった。
「今日も大変だったねユートくん。足……震えてるよ」
「あはは……結構走ったもので。でも、今回は災難に巻き込まれたわけじゃなく、ロックが『キルトのギルド』の一員としてやるべきことをやった結果です。この足の震えはおまけみたいなもので、本当に頑張ったのはロックなんです」
今までは他のギルドの失態に巻き込まれる形だったけど、今回は人攫いの犯行現場を目撃したロックによる捜査と戦闘と確保だ。
悪事を働いたのは向こうだけど、それを追いかけると決めたのはロック。
そして、確保までやり切ったのもロックなんだ。
俺は最後に少しだけ手伝いをしたに過ぎない。
まあ、不調の体にはなかなかこたえる手伝いだったのは否定しないけどな……!
「うん、よく頑張ったねロックちゃん」
「ク~!」
俺の肩に乗っているロックを撫でるキルトさん。本当に今日はお手柄だった。
「それにリンダちゃんも無事で良かった」
その場にしゃがんでリンダの頭を撫でるキルトさん。
でも、リンダは何だかバツの悪そうな顔をしている。
「あの……ごめんなさい。私がお母さんやお姉ちゃんの言うことを聞かなかったから……」
「1人で自由に遊びたい気持ちはよくわかるよ。でも、残念ながら王都には悪い人もたくさんいるからね……。毎日悪い人を捕まえようと頑張ってる人たちはいるけど、なかなか全部捕まえるのは難しいんだ」
「うん……」
「リンダちゃんがいなくなったら、お母さんもお父さんもすっごく悲しい。私たちも悲しい。だから、これからはみんなの言うことを聞いて、信頼出来る大人と一緒にお出かけするんだ。大人といるだけで、悪い人たちはなかなかリンダちゃんに手を出せない。すると、いつの間にか悪い人たちはリンダちゃんを狙わなくなるからね」
「わかった……!」
「よし、いい返事だ! 今からみんなでリンダちゃんをお家に送り届ける。悪い人たちが何人出て来ても私がぶっ倒してあげるからね!」
「やったー!」
今はぜひとも悪い人たちに出て来てほしいものだな。
きっと一瞬で病院か監獄へ直行だから……!
「ごめんねユート……。私のせいで……」
リンダの家に向かっている途中、シウルさんが申し訳なさそうに話しかけて来た。
「何のことです?」
「リンダちゃんのことよ。家まで送ろうと思ったところまでは良かったけど、その後あの子に押し切られて1人で帰しちゃった……。これは私の失態よ……! でも、相手はB級指名手配犯だったみたいだし、私なんかじゃ一緒に攫われるだけだったのかな……」
自分の判断ミスと実力不足……。その両方でシウルさんは悩んでいるみたいだ。
「確かに無理やりにでも一緒について行くのが正解だったとは思います。そうしたらきっと人攫いも警戒して手を出さなかったと思いますからね」
「でも、私なんかを警戒するかしら……?」
「しますよ。きっと向こうはシウルさんのことをよく知りませんし、パッと見た感じ、シウルさんってすっごく強そうなんですよ? その……悪の組織の女幹部みたいで……!」
軽くロールした紫色の髪は、高貴な雰囲気と妖しい雰囲気を併せ持つ。
それにシウルさんって身長が俺と変わらないくらいあるし、肉付きも良いから割と腕っぷしが強そうに見える。冒険小説なんかに出て来る悪の組織の女幹部って、大抵こんな感じなんだよな。
『黒の雷霆』時代に初めてシウルさんを見た時は、他のギルドから有力者を引き抜いて来たのかと勘違いしたほどだったんだ。
「悪の……組織の……女幹部⁉」
「ご、ごめんなさい……! いい意味でってことです!」
「ふぅん、確かに少し前までその通りの人間だったもんねぇ。これからは謙虚に生きようと思ってたけど、案外昔みたいな尊大な態度も、使いようによっては人を救えるかもしれないってことね」
シウルさんは胸を張り、人を見下すような視線でツカツカと歩く。
そうだ、人が自然と道を開けていくようなこの歩き方……!
これなら悪党も彼女と関わりたくないと思うだろう!
そんなこんなでリンダの家に到着した俺たち。
ご両親は泣いて娘の帰りを喜び、俺たちに何度も頭を下げた。
「ありがとうございます! ありがとうございます! なんとお礼を申し上げたら良いか……!」
この涙を見れば、ロックの行動にどれほど大きな意味があったのか再確認出来る。
同時にリンダを取り戻せなかった時を想像すると……恐ろしくなる。
店の奥の金庫から全財産を持って来ようとするご両親を止め、俺たちはギルドとしての不手際を詫びた。
いきなりの来客だったとはいえ、やはり誰かが送り届けるべきだったのは間違いない。
丁重にお礼をお断りし、俺たちはギルドへ帰還しようと歩き出す。
「みんな、ありがとう! トカゲさん、ありがとう!」
「ク~!」
手を振るリンダに前足を振って応えるロック。
ロックだけはお礼を貰う資格があったかもな。
「今度はお父さんとお母さんと一緒にお肉持って行くからね! それも、売れ残りや捨てる部分じゃないやつ!」
「クゥ~!」
どうやらロックにはとびきりのご褒美がありそうだ。
本当によく頑張ったな、ロック!
第2章 最北を目指して
リンダ誘拐事件を解決した後、俺は無理が祟って丸1日寝込んだ。
何だか仕事をするたびに寝込んでいる気がするが、今回はそもそも寝込んでいる最中にさらに無理をしたのだから仕方がない。
もう少し健康的な生活リズムを作りたいが、事件というのは俺の意思と関係なくやって来る。
まあ、ある意味これが冒険者らしい生活だ。
B級指名手配犯アラドー・ベアおよびその一味を確保した報酬は、憲兵団から支払われた。
同時にグランドギルドからも活躍に見合った評価が与えられた。
流石に冒険者ランクがC級からB級に上がることはなかったが、捕まった一味の誰かがまだ捕まっていない別動隊のことを吐いたらしく、そっちの確保もとんとん拍子で進んだらしい。
おかげで俺はまた大金を手にしてしまったわけだが、これはほとんどロックのおかげだ。
でも、冒険者の規則では、従魔の評価は契約を結んでいる冒険者の評価となる。
なのでロックには俺から美味しいお肉とパンをたくさん贈らせてもらった。
功績を考えればこれでもまだ足りない気はするけれど、とりあえずはこれが俺の感謝の気持ちだ。
さて、『キルトのギルド』は連日の活躍の甲斐あって大盛況……とはいかなかった。
同業者である冒険者たちの中ではウワサになっているようだが、普通の依頼を持って来る王都の人々の間で評判が広まるにはまだ時間がかかりそうだ。
メインの仕事は変わらずグランドギルドから送られて来る依頼。
キルトさんじゃないとこなせないような高難度の依頼に加え、ここ数日は俺に対応してほしいという依頼も来ている。
どうやら、グランドギルドの中では俺の名が轟いているらしい……。
他のギルドが面倒がってスルーした仕事や、早急な対応を要する危険な魔獣の討伐など、ここ数日は忙しく働かせてもらっている。
「もはや半分グランドギルドの人間だな……俺」
「これだけ仕事をこなせるんだもん。グランドギルドだってユートのことを信用しちゃうわ」
「ははは、ありがたいことではあるんですけどね」
シウルさんは基本的に依頼を受けていない。
今は受付に座って勉強しつつ、自身が持つ紫色の雷魔法の鍛錬に励んでいる。
雷魔法で発生する雷は基本的に金や黄色で表現され、練度が上がるごとに輝きを増すことはあっても、紫のような別系統の色に変わることはない。
つまり、シウルさんの雷魔法は特別なんだ。俺も最近知ったんだけどね。
魔法に関する古い文献には「紫電」と呼ばれる存在がちらほら記されているが、結局それが何なのかはハッキリしていない。
少なくとも通常の雷魔法よりは威力が高いらしいが……練度の低いシウルさんが使ってもその違いがよくわからない。
なので、今はとにかくキルトさんから魔法の基礎を教わっているんだ。
いつか強力な魔法を習得して、一緒に仕事が出来る日が来るといいな。
人手が多ければ仕事が楽になるからね!
「それにしても、この調子だとすぐにB級に上がっちゃうんじゃない?」
「流石にCからBはそう簡単にいかないんじゃないですかね。それにB級への昇格には試験を受ける必要があるって聞いたことがあります」
「あ~、確かに私も聞いたことがあるわ。でも、その試験をやってるのはグランドギルドだし、気に入られてるユートはなおさらB級に上がっちゃいそうな気がするなぁ~」
「そんなコネで昇格みたいなこと……あるんですか?」
「まだE級の私が知るわけないじゃない。でも、結局は人間がやってることだからね~。試験やらなんやらでも、そこに心を絡ませないのは無理な話なのよ。うふふふ……!」
シウルさんが言うとなんか説得力がある。
でも、やっぱり能力は正当に評価されるのが一番だ。
冒険者ランクは今までの積み重ねであり、誇るべきもの。そこに後ろめたさは必要ない。
「すみません」
扉を開けて入って来たのはグランドギルドの人だ。
いわゆる連絡係で、各ギルドに必要な情報を伝えて回っている。
毎日このギルドにグランドギルドからの依頼を持って来るのもこの係の人なんだ。
「ギルドマスターのキルト先輩に封書を届けに参りました」
「あ、私宛て? 何だろう……?」
キルトさんは不思議そうな顔をしながら封書を受け取った。
いつもの依頼書が入った封筒より薄いし、どうも緊急の仕事というわけではなさそうだ。
「いつもありがとうね」
「いえいえ、こちらこそ。グランドギルドは未だにキルト先輩をあてにしてますよ」
「ふふっ、嬉しいやら悲しいやらって感じかな」
グランドギルドはキルトさんにとって古巣だ。責任者であるグランドマスターから復帰を望まれているという話もあったが、キルトさんは断り続けていた。
連絡係の人を見送った後、キルトさんは封書を開いた。
中に入っていたのは、折りたたまれた1枚の紙だった。
「あー、そういうことか。今年はユートくんとシウルちゃんがいるもんね。もうあの山も雪解けの季節かぁ……」
キルトさんは心底納得した顔をしている。
だが、俺にはそれが何なのかわからない。
「その紙に何が書かれてたんですか?」
「簡単に言うと……登山へのお誘いかな」
「と、登山へのお誘い……?」
それはレクリエーション企画か何かなのか?
でも、わざわざグランドギルドが登山のお誘いって……。
「ちょうどみんな集まってるし話しておこうかな。秘境ヒーメル山で行われる、若き冒険者たちによる勲章を懸けた山岳レースの話を……!」
秘境、勲章、山岳レース……?
なんか一瞬でほのぼのしたイメージが吹っ飛んだけど、こっちの方がワクワクさせてくれそうだ。
「その名も『クライム・オブ・ヒーメル』! 舞台となるのは王国の北部にそびえるヒーメル山。別名『太陽の山』なんだけど、冬季はとても雪深くて登れるような山じゃないんだ。でも、このくらいの季節になると綺麗に雪が溶けて、その山肌のほとんどが見えてくる」
「雪崩の心配はないってことですか?」
「うん、ない! 山頂付近の雪ですら綺麗に溶けるんだ。まるで生物が脱皮するかのようにね。なぜそうなるかと言うと、春の訪れと共にヒーメル山の山頂に高魔元素の塊が出現するからなのさ」
「高魔元素の……塊?」
「ヒーメル山は複数の高魔元素の流れがぶつかる場所で、特に山頂付近の元素密度は濃い状態になっている。その元素密度があるラインを超えると、岩石のような塊が生成されるんだ。この塊が放つエネルギーで山頂付近の雪が溶け、溶かした分だけ塊の過剰なエネルギーは削がれて安定した物質になる。この安定状態の塊を『天陽石』と呼ぶんだ」
「天陽石……何だか宝石みたいな名前ですね」
「実際、天陽石は宝石のように美しいんだ。光を受けて柔らかなオレンジの輝きを放つことから『小さな太陽』とも呼ばれているよ。でも、手に入るのはヒーメル山で年に1つ。それも人の手で持てる程度の大きさだから、ちょっと貴重過ぎてね……。現状この石は王国と、ヒーメル山のふもとに住むジューネ族が共同管理しているんだ」
「秘境なのに人が住んでるんですか?」
「ええ、それもかなり古くからね。かつては王国と真っ向から対立して血が流れたこともあったみたいだけど、今では友好的な関係を築いているよ。その証としてジューネ族は天陽石を毎年国王に献上し、国王は金銭や北では手に入りにくい物資を彼らに提供している。ただ、実際のところ天陽石を山頂まで取りに行って、国王に献上しているのはジューネ族じゃないんだ」
「まさか、山岳レースの目的って……!」
「その通り! 選ばれし冒険者たちがよーいドンで一斉に山を登り、最初に天陽石を手に入れたパーティがジューネ族の代理として国王に石を献上することが出来る。そして、そのパーティには褒美として国王から『天陽勲章』が与えられるってわけね」
勲章――それは王国のため、国民のために尽くした者にのみ与えられる栄誉の証。
当然だが手に入れるのは容易ではない。
大いなる発明をした者、多くの国民の命を救った者、何年も何年も王国に尽くした者……。
勲章を与えられるべき行いは多岐にわたるが、その対象となる人は決して多くない。
でも、天陽勲章は『クライム・オブ・ヒーメル』に勝つだけで与えられる勲章のようだ。
たとえそのレースが過酷なものだとしても、勲章を与えられる条件が明確というだけで、すでに破格の条件と言っても過言ではない。
「天陽勲章は他の勲章に比べて記念品という性質が強い。ジューネ族と王国の友好をアピールするためのね。でも、勲章は勲章だし、毎年1パーティ、最大でも4人しか該当者が出ないのは事実。誇るべき価値があるものなのは間違いないさ」
「ええ、確かに……!」
「しかも、このレースに参加出来るのは冒険者ランクがC級以下、かつ冒険者歴が5年以内の人に限られているんだ。昔は冒険者なら誰でも自由に参加出来たらしいけど、そうすると毎年誰かしらのベテランが圧勝しちゃってね……。友好関係をアピールするための行事とはいえ一応はレースだから、競技として成り立つように制限を作ったみたい」
確かに俺とキルトさんが競争するってなったら始まる前に諦めるもんなぁ……。
C級以下で5年以内ということは俺も入っているし、おそらくシウルさんも入っている。
ゆえにさっきキルトさんは「今年はユートくんとシウルちゃんがいるもんね」と言ったわけだ。
ベテランのキルトさんしか所属していないギルドなら、この招待状が届くはずないからな。
「私としてはユートくんにぜひ参加してほしい。勲章は冒険者としての能力の裏付け。持っているだけで仕事は増えるし、報酬も自然と上乗せされる。これからの冒険者人生を支えるものになるんだ。それに同世代の冒険者と切磋琢磨することで新しい発見もある。仮に優勝出来なくてもユートくんには次があるし、ヒーメル山の雄大な自然に挑むことで得られるものは多いと思うよ」
「俺も結構興味が出て来ました。でも、これに参加すると何日も仕事を休むことに……」
「去年の優勝者は単独登山で、ふもとの樹海から頂上まで1週間ほどかかったって話だね」
「1週間……ですか」
「正確には7日目の昼に山頂へアタックをかけて成功したって感じかな。雪がなくても険しい地形だし、中には固まり過ぎて溶けてない凍土もある。雪崩はなくても落石の危険はあるし、時には断崖絶壁をクライミングする必要もある。ちなみにユートくんって登山経験はある?」
「ええ、ありますよ。キャンプの設営に登山ルートの確保、料理に見張りに荷物持ち……。素手で命綱なしのクライミングや、遭難して半月ほどかけて1人で下山した経験もあります」
「そ、そうなんだ……。ユートくんは本当にいつも頑張ってるね……!」
キルトさんは若干引きつった笑みを浮かべている。
そういえば、ロックの卵を取りに行った時も命懸けのクライミングだったな。
そんなに昔のことじゃないのに、なぜかやけに懐かしい気分になる。
毎日の密度が濃いから、ちょっと前のこともすごい昔に感じるんだ。
「ヒーメル山は秘境と呼ばれているけど、何年もレースが行われてるから登山ルートはハッキリしてるし、レース中はジューネ族が総出で参加者たちを見守ってくれるから、ここ数年は死人も出ていない。過酷な登山経験があるユートくんなら楽勝……とまでは言わないけど、他の参加者より有利に進めるはずだ」
「でも、いいんですか? 下山も考えたら2週間以上ギルドに帰れませんが……」
「その分、私が頑張るさ。ユートくんはずっと誰かのために頑張ってきたんだし、たまには自分のスキルアップのために時間を使ってもいいと思わない? ねえ、シウルちゃんはどう思う?」
「その通りだと思います! いつもいつも……私を含めて誰かの世話ばっかりしてるんだから、たまには自分のために自分の力を使うべきよ、ユート」
「キルトさん……シウルさん……!」
少し前まで俺は同世代の冒険者を見るたびに劣等感を覚えていた。
ギルドに所属して2年も経てばD級に昇格し、それなりの仕事を任されるようになる。
それは『黒の雷霆』でもそうだし、現場でたまに出会う他のギルドでもそうだ。
でも俺だけはずっとE級で、難しい仕事に参加しているけれど扱いは悪くて、いつも悔しかったんだ。
でも、今は違う。今の俺なら純粋な気持ちで同世代の冒険者と肩を並べ、何かに挑戦することが出来る!
「最後に1つだけ質問いいですか?」
「ええ、どうぞ」
「そのレースって従魔も参加出来ますか?」
「もちろんっ!」
心は決まった。今年、太陽の山の頂に立つのは俺たちだ!
◇ ◇ ◇
ヒーメル山の山岳レース――正式名称は『クライム・オブ・ヒーメル』。
スタートは1週間後。スタート地点である王国北部までの移動を考えると、準備に使える時間は5日になる。
正直、封書が送られてから開催までの時間が短くないかとは思う。
しかし、このレースはなかなか有名なようで、優勝を目指すような人は季節が変わった時点で準備に入るらしい。あと、南部とか、山から遠い土地の冒険者にはもっと早く連絡が行くみたいだ。
とりあえず、俺も遅れを取り戻すため早速準備に入る。まずはパーティメンバーを決めよう。
「ロックは来てくれるね?」
1人で盛り上がってはいたが、ロックの意思確認も必要だ。
「ク~!」
首を縦に振るロック。きっと言葉の意味を理解しているだろうし、これで同意は得られた!
高魔元素の流れが強い場所なら、魔獣のロックにとっては過ごしやすい環境のはずだ。
アルタートゥムの時と同じく頼りにさせてもらおう。
「シウルさんはどうしますか?」
「私ねぇ……。今回は遠慮しておこうかな。今の私じゃ足手まといにしかならないし」
「そんな……! 魔法の修業も体づくりも毎日頑張ってますし、足手まといになんか……!」
「なっちゃうのよねぇ~これが。本気で鍛え始めたからこそ、ユートとの差がよくわかるわ。今はとても肩を並べて戦えない。でも、それでも、ユートなら私を連れて優勝出来ちゃう気がするの。だからこそ、私は行けない。誰かに甘えて勲章を手に入れても仕方ないから」
「……わかりました。シウルさんがそう言うなら、それが正しいと思います」
「ありがとう。本音を言えば一緒に登山したい気持ちもあるのよ? 私は冒険者になったばかりだしまだまだチャンスはあるけど、今年ユートが優勝しちゃったらもう一緒には登れないからね」
そう言いつつ、シウルさんの瞳には強い覚悟の色が宿っている。
彼女に今必要なのは誇れる勲章ではなく、誇れる自分なんだろう。
「キルトさんは……無理ですよね」
「ふふっ、まあ無理ね。C級は通り過ぎてるし、間違いなく5年以上は冒険者をやってるもの。ギルドのメンバーで楽しく登山するのはまた今度ということで」
「となると、俺とロックで参加することになりますね」
「従魔も人数に含まれるから2人パーティという扱いになるね。まあ、かつて従魔を連れてこのレースを優勝した人はいないんだけど……ユートくんとロックちゃんなら大丈夫!」
え……キルトさん、今さらっと不吉なこと言ったよな……?
「従魔を連れて優勝した人……いないんですか?」
「私の記憶が正しければ……ね。でも、これはそういうジンクスがあるって話じゃなくて、単純に並の魔獣ではヒーメル山の環境に耐えられないってことなの。だから、従魔の参加は認められてても、そもそも連れて来る人が少ないのよね」
「なるほど、そういうことでしたか」
それは不吉でもなんでもないな。
高い山の上なんて雪が溶けても寒いだろうし、平地とは環境がまったく違う。
人間より強靭な体を持つ魔獣だけど、その強さは生息する環境に適応した体に支えられている。
その分、環境の変化には人間よりも弱いと聞いたことがある。
まあ、魔獣は人間の衣服や装備のように、分厚い皮膚や毛皮を着たり脱いだり出来るわけじゃないもんな。
だがしかし、ロックは最強の魔獣ドラゴンだ。まず間違いなく人間より環境の変化に強いはず!
「なるほど、そのお伺いの憲兵が俺たちより先に王都に着いたんですね」
「そういうこと。ついでに私たちのギルドのメンバー、つまりユートくんが罪人の確保に関わってることも教えてくれたんだ。おかげでこうして帰りを待つことが出来たってわけ。ほら、上着持って来たよ。部屋着のまま飛び出したって聞いてたから心配してたんだ」
「あ、ありがとうございます。助かります」
キルトさんに上着を着せてもらう。これで王都の寒さはしのげるようになった。
「今日も大変だったねユートくん。足……震えてるよ」
「あはは……結構走ったもので。でも、今回は災難に巻き込まれたわけじゃなく、ロックが『キルトのギルド』の一員としてやるべきことをやった結果です。この足の震えはおまけみたいなもので、本当に頑張ったのはロックなんです」
今までは他のギルドの失態に巻き込まれる形だったけど、今回は人攫いの犯行現場を目撃したロックによる捜査と戦闘と確保だ。
悪事を働いたのは向こうだけど、それを追いかけると決めたのはロック。
そして、確保までやり切ったのもロックなんだ。
俺は最後に少しだけ手伝いをしたに過ぎない。
まあ、不調の体にはなかなかこたえる手伝いだったのは否定しないけどな……!
「うん、よく頑張ったねロックちゃん」
「ク~!」
俺の肩に乗っているロックを撫でるキルトさん。本当に今日はお手柄だった。
「それにリンダちゃんも無事で良かった」
その場にしゃがんでリンダの頭を撫でるキルトさん。
でも、リンダは何だかバツの悪そうな顔をしている。
「あの……ごめんなさい。私がお母さんやお姉ちゃんの言うことを聞かなかったから……」
「1人で自由に遊びたい気持ちはよくわかるよ。でも、残念ながら王都には悪い人もたくさんいるからね……。毎日悪い人を捕まえようと頑張ってる人たちはいるけど、なかなか全部捕まえるのは難しいんだ」
「うん……」
「リンダちゃんがいなくなったら、お母さんもお父さんもすっごく悲しい。私たちも悲しい。だから、これからはみんなの言うことを聞いて、信頼出来る大人と一緒にお出かけするんだ。大人といるだけで、悪い人たちはなかなかリンダちゃんに手を出せない。すると、いつの間にか悪い人たちはリンダちゃんを狙わなくなるからね」
「わかった……!」
「よし、いい返事だ! 今からみんなでリンダちゃんをお家に送り届ける。悪い人たちが何人出て来ても私がぶっ倒してあげるからね!」
「やったー!」
今はぜひとも悪い人たちに出て来てほしいものだな。
きっと一瞬で病院か監獄へ直行だから……!
「ごめんねユート……。私のせいで……」
リンダの家に向かっている途中、シウルさんが申し訳なさそうに話しかけて来た。
「何のことです?」
「リンダちゃんのことよ。家まで送ろうと思ったところまでは良かったけど、その後あの子に押し切られて1人で帰しちゃった……。これは私の失態よ……! でも、相手はB級指名手配犯だったみたいだし、私なんかじゃ一緒に攫われるだけだったのかな……」
自分の判断ミスと実力不足……。その両方でシウルさんは悩んでいるみたいだ。
「確かに無理やりにでも一緒について行くのが正解だったとは思います。そうしたらきっと人攫いも警戒して手を出さなかったと思いますからね」
「でも、私なんかを警戒するかしら……?」
「しますよ。きっと向こうはシウルさんのことをよく知りませんし、パッと見た感じ、シウルさんってすっごく強そうなんですよ? その……悪の組織の女幹部みたいで……!」
軽くロールした紫色の髪は、高貴な雰囲気と妖しい雰囲気を併せ持つ。
それにシウルさんって身長が俺と変わらないくらいあるし、肉付きも良いから割と腕っぷしが強そうに見える。冒険小説なんかに出て来る悪の組織の女幹部って、大抵こんな感じなんだよな。
『黒の雷霆』時代に初めてシウルさんを見た時は、他のギルドから有力者を引き抜いて来たのかと勘違いしたほどだったんだ。
「悪の……組織の……女幹部⁉」
「ご、ごめんなさい……! いい意味でってことです!」
「ふぅん、確かに少し前までその通りの人間だったもんねぇ。これからは謙虚に生きようと思ってたけど、案外昔みたいな尊大な態度も、使いようによっては人を救えるかもしれないってことね」
シウルさんは胸を張り、人を見下すような視線でツカツカと歩く。
そうだ、人が自然と道を開けていくようなこの歩き方……!
これなら悪党も彼女と関わりたくないと思うだろう!
そんなこんなでリンダの家に到着した俺たち。
ご両親は泣いて娘の帰りを喜び、俺たちに何度も頭を下げた。
「ありがとうございます! ありがとうございます! なんとお礼を申し上げたら良いか……!」
この涙を見れば、ロックの行動にどれほど大きな意味があったのか再確認出来る。
同時にリンダを取り戻せなかった時を想像すると……恐ろしくなる。
店の奥の金庫から全財産を持って来ようとするご両親を止め、俺たちはギルドとしての不手際を詫びた。
いきなりの来客だったとはいえ、やはり誰かが送り届けるべきだったのは間違いない。
丁重にお礼をお断りし、俺たちはギルドへ帰還しようと歩き出す。
「みんな、ありがとう! トカゲさん、ありがとう!」
「ク~!」
手を振るリンダに前足を振って応えるロック。
ロックだけはお礼を貰う資格があったかもな。
「今度はお父さんとお母さんと一緒にお肉持って行くからね! それも、売れ残りや捨てる部分じゃないやつ!」
「クゥ~!」
どうやらロックにはとびきりのご褒美がありそうだ。
本当によく頑張ったな、ロック!
第2章 最北を目指して
リンダ誘拐事件を解決した後、俺は無理が祟って丸1日寝込んだ。
何だか仕事をするたびに寝込んでいる気がするが、今回はそもそも寝込んでいる最中にさらに無理をしたのだから仕方がない。
もう少し健康的な生活リズムを作りたいが、事件というのは俺の意思と関係なくやって来る。
まあ、ある意味これが冒険者らしい生活だ。
B級指名手配犯アラドー・ベアおよびその一味を確保した報酬は、憲兵団から支払われた。
同時にグランドギルドからも活躍に見合った評価が与えられた。
流石に冒険者ランクがC級からB級に上がることはなかったが、捕まった一味の誰かがまだ捕まっていない別動隊のことを吐いたらしく、そっちの確保もとんとん拍子で進んだらしい。
おかげで俺はまた大金を手にしてしまったわけだが、これはほとんどロックのおかげだ。
でも、冒険者の規則では、従魔の評価は契約を結んでいる冒険者の評価となる。
なのでロックには俺から美味しいお肉とパンをたくさん贈らせてもらった。
功績を考えればこれでもまだ足りない気はするけれど、とりあえずはこれが俺の感謝の気持ちだ。
さて、『キルトのギルド』は連日の活躍の甲斐あって大盛況……とはいかなかった。
同業者である冒険者たちの中ではウワサになっているようだが、普通の依頼を持って来る王都の人々の間で評判が広まるにはまだ時間がかかりそうだ。
メインの仕事は変わらずグランドギルドから送られて来る依頼。
キルトさんじゃないとこなせないような高難度の依頼に加え、ここ数日は俺に対応してほしいという依頼も来ている。
どうやら、グランドギルドの中では俺の名が轟いているらしい……。
他のギルドが面倒がってスルーした仕事や、早急な対応を要する危険な魔獣の討伐など、ここ数日は忙しく働かせてもらっている。
「もはや半分グランドギルドの人間だな……俺」
「これだけ仕事をこなせるんだもん。グランドギルドだってユートのことを信用しちゃうわ」
「ははは、ありがたいことではあるんですけどね」
シウルさんは基本的に依頼を受けていない。
今は受付に座って勉強しつつ、自身が持つ紫色の雷魔法の鍛錬に励んでいる。
雷魔法で発生する雷は基本的に金や黄色で表現され、練度が上がるごとに輝きを増すことはあっても、紫のような別系統の色に変わることはない。
つまり、シウルさんの雷魔法は特別なんだ。俺も最近知ったんだけどね。
魔法に関する古い文献には「紫電」と呼ばれる存在がちらほら記されているが、結局それが何なのかはハッキリしていない。
少なくとも通常の雷魔法よりは威力が高いらしいが……練度の低いシウルさんが使ってもその違いがよくわからない。
なので、今はとにかくキルトさんから魔法の基礎を教わっているんだ。
いつか強力な魔法を習得して、一緒に仕事が出来る日が来るといいな。
人手が多ければ仕事が楽になるからね!
「それにしても、この調子だとすぐにB級に上がっちゃうんじゃない?」
「流石にCからBはそう簡単にいかないんじゃないですかね。それにB級への昇格には試験を受ける必要があるって聞いたことがあります」
「あ~、確かに私も聞いたことがあるわ。でも、その試験をやってるのはグランドギルドだし、気に入られてるユートはなおさらB級に上がっちゃいそうな気がするなぁ~」
「そんなコネで昇格みたいなこと……あるんですか?」
「まだE級の私が知るわけないじゃない。でも、結局は人間がやってることだからね~。試験やらなんやらでも、そこに心を絡ませないのは無理な話なのよ。うふふふ……!」
シウルさんが言うとなんか説得力がある。
でも、やっぱり能力は正当に評価されるのが一番だ。
冒険者ランクは今までの積み重ねであり、誇るべきもの。そこに後ろめたさは必要ない。
「すみません」
扉を開けて入って来たのはグランドギルドの人だ。
いわゆる連絡係で、各ギルドに必要な情報を伝えて回っている。
毎日このギルドにグランドギルドからの依頼を持って来るのもこの係の人なんだ。
「ギルドマスターのキルト先輩に封書を届けに参りました」
「あ、私宛て? 何だろう……?」
キルトさんは不思議そうな顔をしながら封書を受け取った。
いつもの依頼書が入った封筒より薄いし、どうも緊急の仕事というわけではなさそうだ。
「いつもありがとうね」
「いえいえ、こちらこそ。グランドギルドは未だにキルト先輩をあてにしてますよ」
「ふふっ、嬉しいやら悲しいやらって感じかな」
グランドギルドはキルトさんにとって古巣だ。責任者であるグランドマスターから復帰を望まれているという話もあったが、キルトさんは断り続けていた。
連絡係の人を見送った後、キルトさんは封書を開いた。
中に入っていたのは、折りたたまれた1枚の紙だった。
「あー、そういうことか。今年はユートくんとシウルちゃんがいるもんね。もうあの山も雪解けの季節かぁ……」
キルトさんは心底納得した顔をしている。
だが、俺にはそれが何なのかわからない。
「その紙に何が書かれてたんですか?」
「簡単に言うと……登山へのお誘いかな」
「と、登山へのお誘い……?」
それはレクリエーション企画か何かなのか?
でも、わざわざグランドギルドが登山のお誘いって……。
「ちょうどみんな集まってるし話しておこうかな。秘境ヒーメル山で行われる、若き冒険者たちによる勲章を懸けた山岳レースの話を……!」
秘境、勲章、山岳レース……?
なんか一瞬でほのぼのしたイメージが吹っ飛んだけど、こっちの方がワクワクさせてくれそうだ。
「その名も『クライム・オブ・ヒーメル』! 舞台となるのは王国の北部にそびえるヒーメル山。別名『太陽の山』なんだけど、冬季はとても雪深くて登れるような山じゃないんだ。でも、このくらいの季節になると綺麗に雪が溶けて、その山肌のほとんどが見えてくる」
「雪崩の心配はないってことですか?」
「うん、ない! 山頂付近の雪ですら綺麗に溶けるんだ。まるで生物が脱皮するかのようにね。なぜそうなるかと言うと、春の訪れと共にヒーメル山の山頂に高魔元素の塊が出現するからなのさ」
「高魔元素の……塊?」
「ヒーメル山は複数の高魔元素の流れがぶつかる場所で、特に山頂付近の元素密度は濃い状態になっている。その元素密度があるラインを超えると、岩石のような塊が生成されるんだ。この塊が放つエネルギーで山頂付近の雪が溶け、溶かした分だけ塊の過剰なエネルギーは削がれて安定した物質になる。この安定状態の塊を『天陽石』と呼ぶんだ」
「天陽石……何だか宝石みたいな名前ですね」
「実際、天陽石は宝石のように美しいんだ。光を受けて柔らかなオレンジの輝きを放つことから『小さな太陽』とも呼ばれているよ。でも、手に入るのはヒーメル山で年に1つ。それも人の手で持てる程度の大きさだから、ちょっと貴重過ぎてね……。現状この石は王国と、ヒーメル山のふもとに住むジューネ族が共同管理しているんだ」
「秘境なのに人が住んでるんですか?」
「ええ、それもかなり古くからね。かつては王国と真っ向から対立して血が流れたこともあったみたいだけど、今では友好的な関係を築いているよ。その証としてジューネ族は天陽石を毎年国王に献上し、国王は金銭や北では手に入りにくい物資を彼らに提供している。ただ、実際のところ天陽石を山頂まで取りに行って、国王に献上しているのはジューネ族じゃないんだ」
「まさか、山岳レースの目的って……!」
「その通り! 選ばれし冒険者たちがよーいドンで一斉に山を登り、最初に天陽石を手に入れたパーティがジューネ族の代理として国王に石を献上することが出来る。そして、そのパーティには褒美として国王から『天陽勲章』が与えられるってわけね」
勲章――それは王国のため、国民のために尽くした者にのみ与えられる栄誉の証。
当然だが手に入れるのは容易ではない。
大いなる発明をした者、多くの国民の命を救った者、何年も何年も王国に尽くした者……。
勲章を与えられるべき行いは多岐にわたるが、その対象となる人は決して多くない。
でも、天陽勲章は『クライム・オブ・ヒーメル』に勝つだけで与えられる勲章のようだ。
たとえそのレースが過酷なものだとしても、勲章を与えられる条件が明確というだけで、すでに破格の条件と言っても過言ではない。
「天陽勲章は他の勲章に比べて記念品という性質が強い。ジューネ族と王国の友好をアピールするためのね。でも、勲章は勲章だし、毎年1パーティ、最大でも4人しか該当者が出ないのは事実。誇るべき価値があるものなのは間違いないさ」
「ええ、確かに……!」
「しかも、このレースに参加出来るのは冒険者ランクがC級以下、かつ冒険者歴が5年以内の人に限られているんだ。昔は冒険者なら誰でも自由に参加出来たらしいけど、そうすると毎年誰かしらのベテランが圧勝しちゃってね……。友好関係をアピールするための行事とはいえ一応はレースだから、競技として成り立つように制限を作ったみたい」
確かに俺とキルトさんが競争するってなったら始まる前に諦めるもんなぁ……。
C級以下で5年以内ということは俺も入っているし、おそらくシウルさんも入っている。
ゆえにさっきキルトさんは「今年はユートくんとシウルちゃんがいるもんね」と言ったわけだ。
ベテランのキルトさんしか所属していないギルドなら、この招待状が届くはずないからな。
「私としてはユートくんにぜひ参加してほしい。勲章は冒険者としての能力の裏付け。持っているだけで仕事は増えるし、報酬も自然と上乗せされる。これからの冒険者人生を支えるものになるんだ。それに同世代の冒険者と切磋琢磨することで新しい発見もある。仮に優勝出来なくてもユートくんには次があるし、ヒーメル山の雄大な自然に挑むことで得られるものは多いと思うよ」
「俺も結構興味が出て来ました。でも、これに参加すると何日も仕事を休むことに……」
「去年の優勝者は単独登山で、ふもとの樹海から頂上まで1週間ほどかかったって話だね」
「1週間……ですか」
「正確には7日目の昼に山頂へアタックをかけて成功したって感じかな。雪がなくても険しい地形だし、中には固まり過ぎて溶けてない凍土もある。雪崩はなくても落石の危険はあるし、時には断崖絶壁をクライミングする必要もある。ちなみにユートくんって登山経験はある?」
「ええ、ありますよ。キャンプの設営に登山ルートの確保、料理に見張りに荷物持ち……。素手で命綱なしのクライミングや、遭難して半月ほどかけて1人で下山した経験もあります」
「そ、そうなんだ……。ユートくんは本当にいつも頑張ってるね……!」
キルトさんは若干引きつった笑みを浮かべている。
そういえば、ロックの卵を取りに行った時も命懸けのクライミングだったな。
そんなに昔のことじゃないのに、なぜかやけに懐かしい気分になる。
毎日の密度が濃いから、ちょっと前のこともすごい昔に感じるんだ。
「ヒーメル山は秘境と呼ばれているけど、何年もレースが行われてるから登山ルートはハッキリしてるし、レース中はジューネ族が総出で参加者たちを見守ってくれるから、ここ数年は死人も出ていない。過酷な登山経験があるユートくんなら楽勝……とまでは言わないけど、他の参加者より有利に進めるはずだ」
「でも、いいんですか? 下山も考えたら2週間以上ギルドに帰れませんが……」
「その分、私が頑張るさ。ユートくんはずっと誰かのために頑張ってきたんだし、たまには自分のスキルアップのために時間を使ってもいいと思わない? ねえ、シウルちゃんはどう思う?」
「その通りだと思います! いつもいつも……私を含めて誰かの世話ばっかりしてるんだから、たまには自分のために自分の力を使うべきよ、ユート」
「キルトさん……シウルさん……!」
少し前まで俺は同世代の冒険者を見るたびに劣等感を覚えていた。
ギルドに所属して2年も経てばD級に昇格し、それなりの仕事を任されるようになる。
それは『黒の雷霆』でもそうだし、現場でたまに出会う他のギルドでもそうだ。
でも俺だけはずっとE級で、難しい仕事に参加しているけれど扱いは悪くて、いつも悔しかったんだ。
でも、今は違う。今の俺なら純粋な気持ちで同世代の冒険者と肩を並べ、何かに挑戦することが出来る!
「最後に1つだけ質問いいですか?」
「ええ、どうぞ」
「そのレースって従魔も参加出来ますか?」
「もちろんっ!」
心は決まった。今年、太陽の山の頂に立つのは俺たちだ!
◇ ◇ ◇
ヒーメル山の山岳レース――正式名称は『クライム・オブ・ヒーメル』。
スタートは1週間後。スタート地点である王国北部までの移動を考えると、準備に使える時間は5日になる。
正直、封書が送られてから開催までの時間が短くないかとは思う。
しかし、このレースはなかなか有名なようで、優勝を目指すような人は季節が変わった時点で準備に入るらしい。あと、南部とか、山から遠い土地の冒険者にはもっと早く連絡が行くみたいだ。
とりあえず、俺も遅れを取り戻すため早速準備に入る。まずはパーティメンバーを決めよう。
「ロックは来てくれるね?」
1人で盛り上がってはいたが、ロックの意思確認も必要だ。
「ク~!」
首を縦に振るロック。きっと言葉の意味を理解しているだろうし、これで同意は得られた!
高魔元素の流れが強い場所なら、魔獣のロックにとっては過ごしやすい環境のはずだ。
アルタートゥムの時と同じく頼りにさせてもらおう。
「シウルさんはどうしますか?」
「私ねぇ……。今回は遠慮しておこうかな。今の私じゃ足手まといにしかならないし」
「そんな……! 魔法の修業も体づくりも毎日頑張ってますし、足手まといになんか……!」
「なっちゃうのよねぇ~これが。本気で鍛え始めたからこそ、ユートとの差がよくわかるわ。今はとても肩を並べて戦えない。でも、それでも、ユートなら私を連れて優勝出来ちゃう気がするの。だからこそ、私は行けない。誰かに甘えて勲章を手に入れても仕方ないから」
「……わかりました。シウルさんがそう言うなら、それが正しいと思います」
「ありがとう。本音を言えば一緒に登山したい気持ちもあるのよ? 私は冒険者になったばかりだしまだまだチャンスはあるけど、今年ユートが優勝しちゃったらもう一緒には登れないからね」
そう言いつつ、シウルさんの瞳には強い覚悟の色が宿っている。
彼女に今必要なのは誇れる勲章ではなく、誇れる自分なんだろう。
「キルトさんは……無理ですよね」
「ふふっ、まあ無理ね。C級は通り過ぎてるし、間違いなく5年以上は冒険者をやってるもの。ギルドのメンバーで楽しく登山するのはまた今度ということで」
「となると、俺とロックで参加することになりますね」
「従魔も人数に含まれるから2人パーティという扱いになるね。まあ、かつて従魔を連れてこのレースを優勝した人はいないんだけど……ユートくんとロックちゃんなら大丈夫!」
え……キルトさん、今さらっと不吉なこと言ったよな……?
「従魔を連れて優勝した人……いないんですか?」
「私の記憶が正しければ……ね。でも、これはそういうジンクスがあるって話じゃなくて、単純に並の魔獣ではヒーメル山の環境に耐えられないってことなの。だから、従魔の参加は認められてても、そもそも連れて来る人が少ないのよね」
「なるほど、そういうことでしたか」
それは不吉でもなんでもないな。
高い山の上なんて雪が溶けても寒いだろうし、平地とは環境がまったく違う。
人間より強靭な体を持つ魔獣だけど、その強さは生息する環境に適応した体に支えられている。
その分、環境の変化には人間よりも弱いと聞いたことがある。
まあ、魔獣は人間の衣服や装備のように、分厚い皮膚や毛皮を着たり脱いだり出来るわけじゃないもんな。
だがしかし、ロックは最強の魔獣ドラゴンだ。まず間違いなく人間より環境の変化に強いはず!
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