表紙へ
上 下
17 / 109
2巻

2-1

しおりを挟む


 プロローグ

 俺――ユート・ドライグがヘンゼル王国の田舎いなかから王都に出て来たのは今から2年前、14歳の時だ。
 都会へのあこがれを抑え切れずに、両親と妹の暮らす家を飛び出した俺に仕事を与えてくれたのは、王都を拠点に活動している冒険者ギルド『くろ雷霆らいてい』だった。
 当時の俺は魔法が使えず――それは今も同じなんだけれど――武術もまったくの素人しろうと。王都で生きていくために、ギルドの様々な雑用をがむしゃらにこなしていった。
 ある日、ギルドの責任者、ギルドマスターであるヘイズが、まぼろし魔獣まじゅうの卵を入手しろという無茶な依頼を、お得意様の貴族・ズール男爵だんしゃくから受けた。
 そして貴重な卵がそう簡単に見つかるはずもなく、間違って別の魔獣の卵を届けてしまう。
 当然ながらズール男爵は激怒した。ヘイズは許しをうために、すべての責任を俺に押し付け、なんと追放した。
 ギルドから放り出された俺へ手切れ金代わりに渡されたのは、誰からも必要とされていないその卵であった。
 そんな卵から生まれて来たのは、紅色べにいろのウロコと小さなつばさ、ひょろ長いしっぽと4本の脚、つぶらな瞳と短いつのを持った伝説の魔獣――ドラゴンだ。
 従魔契約じゅうまけいやくを交わし、ロックと名付けたそのドラゴンと共に、俺は『キルトのギルド』に入った。その名の通り、キルト・キルシュトルテという女性がギルドマスターを務めているギルドだ。
 キルトさんはヘイズとは正反対の人格者にして、凄腕すごうでの冒険者。そして、竜のきばからけずり出された剣「竜牙剣りゅうがけん」を気前良く与えてくれた。
 新たな環境と力を手に入れ、俺とロックはキルトさんのもとで色んな依頼をこなしていき、ある時、アルタートゥム遺跡群いせきぐんに立ち入った。
 そこは『黒の雷霆』が管理している場所だったのだが、彼らの杜撰ずさんな仕事のせいで機械仕掛けの古代兵器「魔鋼兵まこうへい」が目覚めてしまった!
 偶然再会した『黒の雷霆』の女性冒険者、シウル・トゥルーデルと協力しつつ、俺とロックは遺跡中の魔鋼兵を倒して回ることになる。
 ドラゴンに対抗すべく作られたと伝わるだけあって、魔鋼兵には苦戦をいられたけれど、最終的にはキルトさんの力も借りて何とか事態を解決することが出来た。
 その後『黒の雷霆』へのペナルティが執行しっこうされ、彼らは上級ギルド認定を取り消された。
 そして、『キルトのギルド』に新たなメンバーがやって来た。
 アルタートゥムの遺跡群で行動を共にし、俺の戦いを支えてくれたシウルさんが決意を新たにギルドの門を叩いたのだ。
 彼女は亡き父が行っていた魔獣の生態調査および魔獣図鑑ずかん執筆しっぴつを引き継ぐという、なかあきらめかけていた夢を再び抱き、それをかなえるために『黒の雷霆』も辞めて来た。
 そして俺にも変化があった。
 上級ギルドのやみあばき、手にしたC級冒険者の称号。大仕事が終わったタイミングで受け取った、ロックが生まれた時の卵のからを使った新しい防具。
 武器は竜の牙、防具は竜の卵の殻、連れているのは竜の子ども。
 ゆえにごく一部の人々は俺のことをこう呼ぶようになった――竜騎士りゅうきしユート・ドライグと。


 第1章 ロックの大追跡

 ユートのC級昇格とシウルのギルド加入を祝うバーベキューパーティーの翌日――
 パーティーの主役だったユート・ドライグは自室で寝込んでいた。
 本人は強がっていたが、やはりアルタートゥムでの戦いの疲れは1日では取れなかったのだ。
 高級ポーションを2本服用し、竜牙剣にすべての魔力を注ぎ込んだとなれば、本来3日は寝込んでいなければならない。万全な状態で戦うとなれば、1週間は様子を見たいほどだ。
 さらに昨日は張り切って肉を食べ過ぎてしまったため、ユートの胃は激しくもたれていた。
 あぶらののった肉を食べ慣れていない人間が、たまにガッツリ食べるとこうなってしまう。
 どちらかと言えば、戦いの疲労より胃もたれの方が重症じゅうしょうかもしれない……。

「ごめんなさい……。今日は休みます……」
「はい、お大事に~」

 無理してでも働こうとしがちなユートも流石さすがにダウン。
 彼の自室に様子を見に来たシウルは、とりあえず水だけ置いて部屋を後にした。

美味おいしいお肉でお腹を壊すこともあるんだなぁ」

 これまで数々の男に取り入り、高いものをきるほど食べて来たシウル。
 そんな彼女でも昨日のバーベキューは生涯しょうがいで一番と言えるほど美味しい食事だった。
 誰かにびてエサのように与えられる食事ではなく、心を許せる相手との楽しい時間……。
 今日の彼女はユートと反比例するように絶好調だった。

「さて、お勉強しなきゃね」

 1階に降りたシウルは受付に座り、何枚かの紙をカウンターに並べた。
 これはキルトから出された宿題である。内容は一般常識や計算能力、魔獣や植物に関する知識などが問われるものだ。
 シウルは人に取り入ることで良い立場を得ていた一方で、冒険者としての技量や知識は初心者並である。そのため、今は基礎きそを固めている最中だった。
 宿題を出したキルト自身は朝早くから仕事に出ており、帰って来るのは夕方になる。
 なので今日はシウルが受付に座り、宿題をこなすかたわらでこのギルドを切り盛りする。
 ……とはいえ、このギルドに客は滅多めったに来ない。
 いつしかキルトも言っていたが、よほど思い悩んでない限り、このオンボロなギルドの前で立ち止まる人はいないのだ。
 ゆえに『キルトのギルド』の主な収入源は、すべての冒険者ギルドのまとめ役であるグランドギルドからキルトへ直接依頼された仕事の報酬ほうしゅうということになる。
 一度書類の整理を手伝ったシウルは、上級ギルドであった『黒の雷霆』でも見なかったような高難度の依頼書がわんさか出て来るのを目撃している。

(本当に強いんだなぁ、キルトさんは。でも、恥ずかしがり屋なところもあって、私がジーッと見つめてると思わず視線をらしちゃうところとか、かわいいのよねぇ~!)

 だが、そんなキルトが今日はいない。ユートも寝込んでいる。
 今このギルドを守っているのはシウルとロックなのだ。

「クー……クー……」

 今日も朝から自主的に修業をしていたロックは、お昼を前にして居眠りをしている。
 場所はちょうど入口近くにあるテーブルなので、暴漢ぼうかんが押し入って来てもロックが退治してくれるだろう。
 広いギルドの1階にポツンと1人でいるのが不安だったシウルは、ロックをとても頼りにしていた。

(でも、まだまだ私にはなついてくれないのよねぇ~。何か嫌われるようなことしたかなぁ?)

 そんなことを考えているから、宿題は全然進まない。
 シウルは髪の毛をわしゃわしゃとかき回して邪念じゃねんを頭から追い出す。

(集中するのよ私! ユートは優しいから許してくれた。キルトさんは優しいから受け入れてくれた。でも、世の中はそうじゃない。私の居場所はここ以外にないし、私はここにいたい! だから、ちゃんと仕事が出来る人間にならないと!)

 シウルが『黒の雷霆』に所属していたのは短期間だが、その間、同じギルドのメンバーや現場で出会った他のギルドのメンバーに横柄おうへいな態度を取って来た。
『キルトのギルド』を追い出されれば、次に行く当てなどないことを彼女は自覚していた。

(もう昔の私には戻らないわ……!)

 シウルは宿題に打ち込んだ……5分ほど。
 その後、息継ぎをするように顔を上げた。

「……ぷはっ! こんなに集中出来るなんて私も成長したなぁ! ちょっとだけ休憩きゅうけいよ!」

 人は急には変われない。だが、少しずつでも彼女は変わろうとしていた。

「そろそろお昼か~。何食べようかな~」
「おじゃまします! トカゲさんのご飯を持って来たよ!」

 玄関の扉を勢い良く開けて、肉屋の娘リンダ・フライシュが入って来た。
 その手には何かの骨や肉片がどっさり入ったバケツががっていた。

「あら、いらっしゃいリンダちゃん」
「こんにちは! シウルお姉ちゃん!」

 リンダはギガントロールに襲われた馬車に母親と共に乗り合わせ、危ないところをユートとロックに助けてもらったことがある。
 その礼として肉屋をいとなんでいる彼女の両親がギルドに新鮮な肉を提供したことで、昨日のバーベキューパーティーが実現した。
 バケツにどっさり入った肉や骨は売り物にならない部位で、人間にとっては価値がないが、バキバキとくだけるドラゴンのロックにはご馳走ちそうだ。
 それを自分の手でロックに届けたいがために、彼女はギルドへやって来た。
 しかし、今日はいつも一緒にいる母親の姿がなかった。

「……1人で来たの?」
「はい! お母さんはダメって言ってたけど、もう私だって1人でお使いくらい出来るもん!」
「そ、そうなの?」

『キルトのギルド』が拠点を構える下町は治安が悪いと聞いていたシウルは、一瞬不安に思った。
 ただ、王都の中心街での暮らしが長かった彼女には、下町は危険という知識はあっても実感はまだなかった。
 昨日出かけた時もキルトかユートがついて来たので、誰かに襲われた経験もない。
 トラブルすら見かけなかったので、下町でも明るい時間は安全なのかも……とシウルは考えた。

「バケツのご馳走、今日もありがとうね。ロックもきっと喜ぶわ」
「ク~!」

 お腹を空かせていたロックが目を覚ましてリンダのもとに駆け寄る。
 リンダがバケツを床に下ろすと、ロックは早速その中身を食べ始めた。
 ユートがダウンした日は狩りに行けないので、リンダが持って来た食べ物は何よりのご馳走だ。

「トカゲさん、いい子いい子~」

 まだロックがドラゴンだと知られたくなかった頃にユートがついたうそを信じ続けているリンダは、ロックのことをトカゲだと思っている。
 だが、本当の種族が何だろうと関係なく、リンダはロックのことが大好きだ。
 ご飯の時間が終わった後は頭をでたり、自分の頭に乗せたり、翼をパタパタさせて風を起こしてもらったりしてロックと一緒に遊ぶ。
 そして、本来なら、最後は母親に手を引かれて名残なごりしそうに帰っていくはずだった。
 今日、母親はいないが、代わりに早めに帰って来るように言い聞かされている。
 リンダは一通り遊んで満足した後、やはり名残惜しそうにギルドを去ろうとする。

「待って! 送って行かなくて大丈夫かな?」

 幼い子を1人で帰すことに不安を覚えたシウル。
 それに対してリンダは少しムッとして言った。

「大丈夫だもん! 1人で帰るまでがお使いだから、最後まで1人で頑張るもん!」
「そ、そう……? じゃあ……気をつけてね。ロックのご飯ありがとう」
「トカゲさん、また来るね!」
「クー!」

 すたすたとギルドを後にするリンダを、シウルはただ見送るしかなかった。

「最近の子はしっかりしてるなぁ……。私も頑張らないと!」

 やる気がみなぎったシウルは再び宿題に取りかかる。
 ロックは腹ごなしとばかりに翼をパタパタさせて飛行の練習をしつつ、正面のストリートが見える窓のヘリに前足をかけた。
 この窓は換気のために常に開いており、そこからは道を行く人々がよく見える。
 もちろん、今ギルドを出て行ったばかりのリンダが歩く姿も見えた。
 ロックはその背中を目で追っていく。
 しかし、次の瞬間、リンダは脇道から出て来た屈強な男に捕まり、路地裏ろじうらへと引きずり込まれてしまった。

「クゥ⁉」

 あまりにも一瞬の出来事……。明らかに悪事に慣れた者の動きだった。
 目撃者はおらず、いたとしても一目で悪人とわかる男から見ず知らずの子どもを助けようと考える者はそういない。特にこの下町ともなれば……。

「ク、クゥ……」

 シウルは宿題に集中している。
 悲鳴すら上げさせない一瞬の誘拐ゆうかいに気づいているはずもない。
 たとえ気づいていても、彼女の能力で追跡は不可能……。それどころか、見た目の良さがわざわいして一緒にさらわれる可能性の方が高い。
 とはいえ、2階にいるユートを頼るにしても彼は絶不調。
 しかも事件を伝えに行く間にもリンダは遠くへ離れていく……。
 今は匂いで位置が掴めているが、そのうち消えるか、他の匂いに打ち消されるかもしれない。
 悩む時間が長くなるほど救出の確率は低くなっていく。
 ロックは覚悟を決めた。自分がリンダを助けるんだ……と。

「クゥッ……!」

 攫われたリンダを追って、ロックは窓から外へ飛び出した。
 勢いそのままにリンダが引きずり込まれた路地裏に飛び込む。
 しかし、そこには誰もいなかった。

「クゥ……!」

 だが、匂いは確かに残っている。
 肉屋の娘のリンダからは肉の匂いがするのだ。
 人間にはぎ分けられないかすかな匂いだが、犬をはるかに上回る嗅覚きゅうかくを持つドラゴンのロックにはわかる。
 リンダは確かにここを通ったのだ。

「クゥ、クゥ、クゥ」

 匂いをたどって薄暗い路地裏を進む。
 しかし途中で匂いは途切れ、ロックは手がかりを失ってしまった……かに思われた。

「クゥ!」

 王都の路地はほとんどが石造りで、あまり使われない路地裏も例外ではない。
 ただ、路地裏は手入れが行き届いておらず、敷石しきいしにヒビが入ったり汚れたりしている。
 そんな中で、匂いが途切れた場所に敷かれている石は妙に小綺麗こぎれいで妙に大きい……。
 ロックはするどつめをその石の隙間すきまに差し込み、力いっぱいめくり上げた。

「クォ……!」

 路地裏の敷石の下には、成人男性が楽に通れるくらいの大穴が開いていた!
 しかも、その穴は奥へ奥へと続いているようだ。

「クゥ!」

 ロックは恐れることなく穴の中に飛び込んだ。
 穴の中に何がいようと、ドラゴンより恐ろしいわけがない。

「クゥ、クゥ……クー!」

 この穴の奥から匂いを感じる。
 穴の中は真っ暗だが、竜の瞳は完全な闇をも見通す。
 間違いなく人工的にられたであろう穴は追っ手をくためか、ご丁寧ていねいに分かれ道まで作ってあった。
 だが、ロックには通用しない。迷うことなく最短ルートで穴の中を駆け抜けていく。
 やがて、またもや匂いが途切れる場所にたどり着いた。
 穴はまだ先に続いているが、もう匂いは感じない。

「クゥ……クー!」

 ロックは脚と翼の力で真上に飛び上がった。
 勢い良く頭を天井にぶつけると、天井だと思われていたものが吹っ飛び、青空が見えた。

「ク~!」

 穴から抜け出したロックはここが王都の外だと気づいた。
 離れたところに王都を囲う白い城壁が見える。
 この穴は、悪党が城門を通ることなく外へ出るために作られたものだった。踏み固められてたいらになった穴の中の地面は、この抜け道が幾度となく使用されたことを物語っている。
 さらにリンダを攫った者はロックに近いスピードで穴を抜けている。
 それだけこの穴を使い慣れた熟練じゅくれんの人攫いということだ。

「クゥ……!」

 ロックはそんな論理的な思考をしているわけではない。
 だが、竜の本能が敵をめてかかってはいけないと告げていた。

「クゥ、クゥ……グゥゥゥ⁉」

 再び匂いでリンダを追おうとしたロックは顔をしかめる。嗅いだこともないような刺激臭しげきしゅうが鼻を襲ったのだ。
 これはまさに匂いによる追跡をはばむためのトラップ。
 犯罪者を逮捕しさばきにかける憲兵団けんぺいだんや、依頼で犯罪者を追うことがある冒険者の中には、鼻のく魔獣を従えている者がいる。
 今回リンダを攫った者はそういう追っ手を想定し対策する能力があった。
 しかし、そんな者ですら想定していないことがある。
 それは追跡者がドラゴンということだ。

「クゥ~」

 初めての刺激臭にビックリしたロックの鼻だったが……すぐに慣れた。
 もうこのキツいにおいの中からでもリンダの匂いを判別出来る。

「クゥ、クゥ、クゥ!」

 ロックは再び駆け出す。現在地は草があまり生えていない荒野こうやだ。
 比較的見通しの良いこの場所で、すでに人攫いの姿が見えないということは、何らかの乗り物に乗った可能性が高い。それもかなり足が速い……。
 しかし、ロックの足だってすこぶる速い。
 ユートと共に過ごした、短くとも濃厚な戦いの日々がロックを大きく成長させている。

「クウゥゥゥーーーーーーッ‼」

 矢のような速さで走るロック。
 たとえどんな足の速い生き物に乗っていようと、今のロックから逃れることは出来ない。
 やがて、その瞳は前を走る馬車を捉えた。屋根のない、荷馬車にも似た馬車だ。
 リンダの匂いは間違いなくあの馬車から流れて来ている。そして同時に、あの馬車からは複数の人間の匂いを感じる。
 人攫いは単独犯ではなかったのだ。
 だが、ロックにそんなことは関係ない。
 リンダを助ける……その一心でロックは馬車に迫って行った。

 ◇ ◇ ◇

「簡単な仕事でしたねぇ兄貴!」

 ロープでぐるぐるに巻かれ、さるぐつわを噛まされたリンダをポンと叩いて男が言う。リンダは青ざめて目に涙を浮かべていて、そのそばには4人の男がいた。不思議なことに、御者がいないのに馬車は真っすぐ走っている。

「兄貴が来るまでもなかったんじゃないですかい?」

 兄貴と呼ばれたのは、伸びた黒髪と無精ぶしょうヒゲが目立つ男。
 彼は「へへっ」と笑いながら答える。

「いや、こういう簡単な仕事だからこそ、たまには見ておかないとな。簡単なメシの方が料理人の腕前が出るように、簡単な誘拐の方が人攫いの腕前が出る」
「流石はB級指名手配犯……! 部下の育成にも余念よねんがありやせんね!」
「あたぼうよ。でなきゃこの『褐色かっしょくわし』の頭目とうもくは務まらない」

 王国の……それも王都を中心に暗躍あんやくする犯罪集団『褐色の鷲』。
 この集団に所属するすべての人間が指名手配犯であり、リーダーである兄貴ことアラドー・ベアはB級指名手配犯に位置づけられている。
 冒険者におけるB級はギルドの幹部クラス……。
 同様に、犯罪者におけるB級もそれ相応の悪の才能がなければ認定されない。
 戦闘能力も当然高く、彼らを正面から捕まえられるチャンスが来たとしても、上位の憲兵や騎士、冒険者がその場にいなければ逆に全滅させられてしまう。
 そうして彼らは主に人攫いという犯罪を積み重ね、悪の地位をきずいている。
 泣く子も攫う『褐色の鷲』の悪名は王国中にとどろいているのだ。
 だが、そんな彼らもまったく想像していなかった。
 まさかこれから、ドラゴンに追いかけられることになろうとは……。

「ところで兄貴! 今回の俺の仕事っぷりは何点くらいっすかね? 俺としては満点の出来栄できばえだと思ってるんすけど!」

 実行犯の男がニコニコ顔でたずねる。
 今回の犯行はすべて彼による計画で、誘拐対象にリンダを選んだのも彼である。
 アラドーは抜き打ちテストのような形で犯行に後から参加し、その計画性と仕事っぷりを近くで観察していたのだ。

「ふむ、じゃあ真面目まじめな話をするか」

 アラドーは自分のヒゲを撫でながら語る。

「最近繁盛はんじょうしてる肉屋の娘ってのは、軽めの仕事としてはいい狙いだ。身分の高い子どもや金持ちの子どもはそれだけしぼり取れる身代金みのしろきんも多くなるが……ガードが固い。捜査そうさにも力が入る。安易に手を出しても自滅するだけだ」
「もちろん、わかってやす! だから、この程良い娘を選んだんすよ! そこそこ裕福ゆうふくだが身分は高くない。住んでる場所も中心街からは少し遠い。そして何より1人でウロウロしたがる年頃! 誘拐のチャンスはあり過ぎるほどあったっす!」
「だが、誘拐のタイミングは少し減点だな。冒険者ギルドから帰る途中に攫ってしまうと、少なくともそのギルドは責任を感じてしつこく行方ゆくえを嗅ぎ回るだろう。そうしないと評判が下がってしまうからな。やるんならギルドに行く前にやるべきだった」
「そ、それはその……本来はそういう予定だったんすよ。この娘はほぼ毎日同じ時間帯に店から出て来るんで、そこを狙おうって……。ただ、兄貴が来るっていうことで少し時間がズレて……」
「……それはすまなかった」

 馬車の中の空気が微妙な感じになる。
 リンダはユートたちと出会う前から外で遊びたいさかりで、何かと理由をつけては忙しい母の制止を振り切り外へ飛び出していた。
 彼らはそれを知ったうえで前々から誘拐計画を立てていたのだ。

「ま、まあ、下町のさびれたギルドが本気になったってたかが知れてるさ。この減点は取り消しておくとして、あのギルドについて調査はしてあるのか?」
「えっと……実は何でこの娘があのギルドに用があったのかわかってなくって……」
「まったく調査してないのか?」
「いえ、あのギルド自体は知ってます! いつ見ても人気ひとけがなくって、正直なんじゃないかって思うほどなんすけど、掃除そうじはされてるようで建物の前や窓はそこそこ綺麗なんすよ。仲間の話じゃボサッとした雰囲気ふんいきの女が管理してるみたいっすけど、それ以外の情報が……」
「俺もそれくらいなら知ってるが、確かにそれ以上は知らんな……」


しおりを挟む
表紙へ
感想 134

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。