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3rd STAGE はぐれエルフと魔蟲軍団
ブーメランの帰る場所は
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あれから半年が過ぎた。
AUOは……未だサービスを再開していない。
強制ログアウト騒動に対する運営の説明は『外部からの攻撃の影響で出た不具合』とのことだった。
事情を知っている私からすればその通りと言うしかない。この上なく正直な発表だ。
しかし、プレイヤーからすれば不安でしかない発表だ。
個人情報などは漏れていないと運営が言ってもその不信感は拭えなかった。
ゲンソウが興味を持っていたのはあくまでもフェアルードの世界。だからプレイヤーの情報などどうでもよかっただろう……なんて知っているのは私と真相を話した一部の仲間だけ。
ゲンソウのことはニュースなどでも触れられていない。もちろんネットもだ。
こればかりは運営の対応次第。まだ尻尾を捕まえられていないのか、捕まえたけど報道は控えたのか、それともイザナミに潰されちゃったから今もアンダーワールドを彷徨っているのか……。
ただ、あれから他のゲームでもハッキングのような騒動は起こっていない。
仲間のベラやユーリ、エリカにグリードスパンキーのメンバーたち、それにアランやオリヴァーといったライバルたちとは今も連絡をそれなりにとっている。
強制ログアウト後はそれこそ時間も気にせずずっと連絡を取り合っていたけど、半年も音沙汰がないと流石にね……。
でも、みんなあの世界のことを忘れたわけじゃない。だからこそ、信じて今は他のことに集中している。
その証拠に知り合いのゲーマーとしての進化は著しい。よく『この大会に出るから来てくれ』とか『ネットで中継するから見て見て』とかの連絡をもらうし、極力顔を出すようにはしている。
ただ……その度に皆を心配させてしまう。
なんたって私は今なにもしていないからだ。
燃え尽きたのか……ということすらわからない。ただ今までAUOをやっていた時間に何もせずにボーッとしてるのだ。
要するに毎日ほとんど何もしていない。ご飯は食べるしお風呂には入るし寝るしたまに出かけもするけどそれ以外はやる気が出なくなった。
いや、正直いま列挙したことすらやる気があるわけじゃない。お出かけも目が虚ろだ。だからかつての仲間の晴れ舞台で心配させてしまう。本当に申し訳ない……。
それなのにみんなは私を出来る限り外に連れ出そうといっぱい連絡をくれる。本当にごめんなさい……。
ベラなんかは自宅まで来てくれた。
本名こそ聞きそびれたけど、小柄だけど活発で人懐っこい少女だった。
喋り方や声がベラと全く一緒だったので思わず笑ってしまったけど、笑う私を見て彼女は幾分か安心したらしい。
でもそれ以来笑った記憶がない。
このまま何もしないを続けていると、この家から強制退去させられるかもしれない。
今の社会は働かなくとも最低限の生活は保証される。しかし、自由はある程度制限される、主に使えるお金と住む場所が。
今住んでいる場所はそこそこ良い土地。私がプロゲーマーとして誰かを楽しませていたから住めた場所だ。何もしない者は住んではいけない。
むしろもう強制退去ならまだマシだ。今の状態だと病院へ直行かもしれない。
病院じゃゲームも制限される。ゲームばかりやってこうなった私ならなおさらだ。
そうなったら約束を果たせなくなる……頑張らなきゃ……という思考だけだ頭の中を半年動き回っている。
「頑張らな……きゃ……」
自分のものとは思えない低い声が出た。
窓からは夕日が差し込んでいる。さっきまで朝だったような……いや、そもそも起きたのが昼だったはずだ。
早く動かないと一日がすぐ終わってしまう。
「うぅ……あ」
立って歩くのも呻き声が漏れる。
怠けているから体も弱っていく。
「何から始めようかしら……」
とりあえず情報端末を起動し誰かから連絡が来てないかを確認してお茶を濁す。
うん、今日もみんなからたくさん心配の声が届いている。完全に見捨てられる前に頑張らなきゃ……。
「ご飯を食べなきゃ元気が出ない」
食べても元気が出ないから今の状態なんだけど流石に食事をしなくなると死ぬ。
これだけは気力を振り絞って毎日している。
冷蔵庫を開ける。何もないことは知っているはずなのに絶対一度はやる。
それから端末で出前の注文を入れる。行きつけだったラーメン屋のラーメンでいいか……。昨日は何食べたっけ……?
注文を終えるとベッドに腰掛ける。疲れた気がする……。
「寝ちゃダメだ……」
ラーメンは伸びるのですぐ配達される。
なのにそんな短時間でも寝てしまうことが多々あった。後悔しながら冷えきった伸びたラーメンを食べることもしばしば。捨てたりはしない。
今日は熱々のラーメンを久しぶりに食べるんだ。
私はふらふらとあてもなく歩き出す。
そしてたどり着いたのはフルダイブVR装置『処女神のゆりかご』のある部屋だった。
今でも無意識にここに来てしまうことがよくある。でも、怖くて中には入れない。
この装置があの世界に繋がっていないことを再確認してしまうと、今までの冒険が嘘なんじゃないかと、消えてしまうんじゃないかと根拠もない不安に襲われるから。
でも、今日はいつもと違うことをしなきゃ。同じことの繰り返しでは変わらない、変われない。
服を脱ぎ去り、装置に身を委ねる。
……AUOはやはり起動しない。
メニュー画面をただ虚しく見つめる。
すると、そこに見慣れないアイコンを発見した。
「あっ……! いや、はぁ……」
何かに期待した私はその期待がすぐに裏切られたことにため息を漏らす。
見慣れないアイコンはこの装置に元からインストールされているアプリのもので、使わないから見慣れていないだけだった。
それはリラックス効果のある音楽を流せるアプリ。
VR装置は発売当初脳への負担が問題視されていた時期があって、それへの対策として脳を休ませる音が出る機能が追加された。
そしてそれは半ば慣習として最新機器にも搭載されている。
『処女神のゆりかご』の場合はオンラインで最新の音楽を購入できたり、リラックス効果のある音楽は無料で定期的に配布されていたりもする。
意外とオマケ機能にも力を入れているのだ。
「せっかくだし……ね」
アプリを起動。画面はシンプルで音楽を流す、新しいものを購入する、後は各種設定くらいのものだ。頭がぼけぼけの私でも操作できる。
「意外とたくさんタダで入ってるわね……」
勝手にDLされていた無料配布の音楽をリストの上から順に連続で流すことにした。
すぐに音が全身を包む。意外とVR装置で聞く音楽も悪くない。幾分か気が楽になった気もする……。
リラックスしかけたその時、突如ザリザリと音にノイズが混じり身をこわばらせる。
な、なによ……心臓が止まるかと思ったわ。今の私なら本当に驚いただけで止まりかねないわよ……。
リストを確認してみると今再生されたのはつい二日ほど前にDLされたものだった。
タイトルも文字化けというか何かおかしい。これやばいやつじゃないの?
発売元に連絡するのめんどくさいんだけど……。
「あ……あ……」
こ、声だ!
この時代に呪いのなになに的な何か!?
流石に時代錯誤よね!?
「あ……あ! これもう録れてるの?」
「そのはずなんですけど……。私も初めて触るのでよくわからないです……」
「ちっ、急に現れて『この槍に声を吹き込めば向こうの世界に届く』なんて言い出すんだからびっくりしたわね。彼から話を聞いていなかったら信じなかったわ」
「槍のどこらへんに話しかけるとよく聞こえるんでしょうか? やっぱり刃の方かな?」
「どこでも大丈夫でしょ。神様がなんとかしてくれるわ。それで……まあ、いろいろ話したいことがあるんだけど、そうねぇ……あなたの知りたいことから話してあげましょうか」
「こっちの世界はあれから大きな事件もなくみんな元気ですよ! 神の使徒のみなさんがいなくなってしまって少しモンスターの数が増えて来てますが、私たちも頑張って抑えています」
「魔王候補によるモンスター大量発生事件とは別に単純にモンスターは増加傾向にあったみたいよ。あなたのいた頃は気づかなかったけど」
「おかげさまで砦はとっても役に立ってます。あっ、そういえばマココさんは砦が完成したところは見てないんですよね?」
「門までよ。全体が完成する前にどっかいっちゃったんだもの。まあ、次のお楽しみってことでね。立派なものよ。私も魔王の力を半端に抑える必要がなくなったから負担も少なかったし」
「私の部屋も作ってもらったんですよ! でも一番広いのはシュリンさんの部屋ですけど……」
「当たり前じゃない私が創ったんだから。それに大きいベッドを置いてたくさん女の子を呼ばないといけないんだから……」
「いやー! たくさんなんて不潔ですー!」
「……まあ、それは冗談として。私も魔王の血をある程度受け入れて生きていこうと思ったらやはり欲を発散しなければいけないわ。それこそ毎日よ。でもエリファは歳だし無理させたらなぁ……死んじゃうかもしれないしなぁ……。サブリナもね……まだまだだし……ねぇアチル?」
「そんな目で見ないでください」
「普通に拒絶するわよねあなた。こんな体質の私を哀れんで気を遣ったりしない?」
「気にはしてます! ただ、そっち系の話は苦手ですし、そういう軽いノリで迫られるのはいい気しないです」
「ふっ、欲望を満たすのは楽じゃないわ。好きな子とじゃないと満たされないし。その点あいつは嫌いな相手を潰せば満たされるんだから楽なもんよ」
「ミュールメグズさんはあれからずっと戦い続きらしいですね。元々の原獣退治をしながら増えていくモンスターとも戦っていつ休んでるんですかね?」
「戦うことが楽しい時期なのよ、ほっときなさい」
「でも物資運搬の護衛にはついて来てくれませんね。お陰で殺されかけた時から会ってないです。あっ、アクロス王国とズードゥー王国の間で国交が結ばれたんですよマココさん。アクロス王国の豊かな作物をズゥードゥー王国へ、ズゥードゥー王国の優れた武器をアクロス王国へ……とお互いにとって良い物を交換してるんです」
「古来から原獣と戦って領土を広げて来たズゥードゥーは武器技術が発達してたのよね。お陰でこの砦もすっかり交通の要所……って、そんなことよりアチル、あなたミュールメグズに会いたいの? 一度はあなたを殺そうとした相手よ」
「うーん、そうなんですけどやっぱり興味はありますね。あの時は怖くて必死でよくわからなかったけど今は良い人そうですし、戦士としても先輩ですからね。一度ゆっくりお話しして見たいです」
「はー、あなたは強いわねぇ。ミュールメグズも今度アチルに会ったら逃げ出すと思うわ。普通に一度殺そうと思った女の子に会うのバツが悪いしね」
「結果的に生きてたから許してあげるのになー」
「まっ、そんなこんなでこっちは楽しくやってるわマココ。やる事が多いから今すぐにでも戻ってきて欲しいところね」
「寝込んでから半年も会えなくなるとは思わなかったです……。初めは泣いてばかりいましたけど今は信じて待ってます。早く会いたいです。また会ってお話しして一緒に戦いたい……毎日そう思ってます」
「私たちからはこんなところね。直接会えたら数日は話す事があるから覚悟しときなさい。あとは……あんたもなんか言っときなさいよ」
「俺はいーよ」
「そんなこと言ってないで。ほら私たちは離れといてあげるから」
ガサゴソという足音の後、あたりはシーンと静まりかえる。
「……実際会うまで話すことなんてないんだが、まあ、元気してるか? まさか本当に何にも浮気せずにぼーっと過ごしてたりしないよな? 意外とそういうところあるからな。別に心配はしてないが。あー、こっちは気長に待ってるぜ。俺を使いこなせる奴がいないからちょっと暇してるところだが、カラスの姿でもそれなりにやれてる」
カツカツという足で床を叩く音が聞こえる。
「まっ、なんだ、やっぱ本来のブーメランの姿の方が強えし、早く帰ってこいよ。ブーメランは元の場所に帰るんだろ? 今言いたいことはそれだけだ、じゃあな!」
全ての音が消える。
そして、再び声が聞こえてきた。
「マココ……マココ……。やはり運営の人間たちはサービス再開を渋っています。イザナミが彼らの意見に対して全く譲歩しないからなのですが、こればかりは譲れないものも多いのです。わかってください。しかし、マココは絶対に離しません。今回のボイスメッセージのように特定の人間にだけフェアルードと繋ぐすべを探っています。もちろん多くのプレイヤーにとって思い出の地であるフェアルードにはより多くのプレイヤーに戻ってきて欲しいですが、まずマココを優先したいです。マココ……また連絡します。VR装置は適度に起動してください」
今度こそ声は止んだ。
音声データも再生を終了してる。
私はアプリを終了させ、装置から出る。
すぐに服を着て届けられていたラーメンをかきこむ。今日は温かいし伸びてない!
「何やってんだ私」
何もせずにぼーっとしていた。半年くらい。
二つの世界を楽しみたいとかイザナミに言っておいてこのザマだ。
一気に食べ終えたラーメンの容器を片付け、情報端末のメールを凝視する。
確か……今日何かに呼ばれていたような気がする。もうかつての仲間と会うことすらもやめてしまおうかと思っていたけど、そんなのダメよ。
探していたメールを発見。日時と場所を確認。今すぐ家を出れば間に合う。
最低限の荷物を持って玄関から飛び出る。
「はぁはぁ……ひさびさに急いだから息が上がるわ……。こんなんじゃこっちでも、向こうに帰ってもみんなに笑われちゃうわ」
雲が多いけど青くて高い空を見上げて一息つく。
もうフェアルードには戻れないんじゃないか、向こうのみんなには会えないんじゃないか、そもそもあの時間は本当だったのか、マココ・ストレンジなんていなかったんじゃ……。
いろいろ後ろ向きな考えが帰ってきてからの長い時間浮かんでは消えていったけど、今ならわかる。
全部間違いよ! そんなの!
ただ私は疲れていたのよ。そりゃそうよ。ゲームをやっていたはずなのにいつの間にか世界を一つ救うような戦いをしちゃったんだから!
むしろ世界を救って半年無気力なだけで済んだのか、『私スゴイ』って褒めてあげないとね。
あっ、でもクロッカスはこの半年ちゃんと活動してたっぽいなぁ……。いや、それも定かじゃない。だって実際会ってその目で見たわけじゃないから。
本当は私と同じような行動をしてたけどメッセージ録音の時だけカッコつけたのかもしれない。結構プライド高いクロッカスならありそー。
もしかしたら今も無気力かも。早く帰ってあげないとね。
貝木真心がリアルへ……元の場所に帰ってきたように、マココ・ストレンジは必ずフェアルードに帰る。
そう、ブーメランはいつだって……。
> > > > > >
Ancient Unfair Online ~万能武器ブーメラン使いの冒険記~
-END-
AUOは……未だサービスを再開していない。
強制ログアウト騒動に対する運営の説明は『外部からの攻撃の影響で出た不具合』とのことだった。
事情を知っている私からすればその通りと言うしかない。この上なく正直な発表だ。
しかし、プレイヤーからすれば不安でしかない発表だ。
個人情報などは漏れていないと運営が言ってもその不信感は拭えなかった。
ゲンソウが興味を持っていたのはあくまでもフェアルードの世界。だからプレイヤーの情報などどうでもよかっただろう……なんて知っているのは私と真相を話した一部の仲間だけ。
ゲンソウのことはニュースなどでも触れられていない。もちろんネットもだ。
こればかりは運営の対応次第。まだ尻尾を捕まえられていないのか、捕まえたけど報道は控えたのか、それともイザナミに潰されちゃったから今もアンダーワールドを彷徨っているのか……。
ただ、あれから他のゲームでもハッキングのような騒動は起こっていない。
仲間のベラやユーリ、エリカにグリードスパンキーのメンバーたち、それにアランやオリヴァーといったライバルたちとは今も連絡をそれなりにとっている。
強制ログアウト後はそれこそ時間も気にせずずっと連絡を取り合っていたけど、半年も音沙汰がないと流石にね……。
でも、みんなあの世界のことを忘れたわけじゃない。だからこそ、信じて今は他のことに集中している。
その証拠に知り合いのゲーマーとしての進化は著しい。よく『この大会に出るから来てくれ』とか『ネットで中継するから見て見て』とかの連絡をもらうし、極力顔を出すようにはしている。
ただ……その度に皆を心配させてしまう。
なんたって私は今なにもしていないからだ。
燃え尽きたのか……ということすらわからない。ただ今までAUOをやっていた時間に何もせずにボーッとしてるのだ。
要するに毎日ほとんど何もしていない。ご飯は食べるしお風呂には入るし寝るしたまに出かけもするけどそれ以外はやる気が出なくなった。
いや、正直いま列挙したことすらやる気があるわけじゃない。お出かけも目が虚ろだ。だからかつての仲間の晴れ舞台で心配させてしまう。本当に申し訳ない……。
それなのにみんなは私を出来る限り外に連れ出そうといっぱい連絡をくれる。本当にごめんなさい……。
ベラなんかは自宅まで来てくれた。
本名こそ聞きそびれたけど、小柄だけど活発で人懐っこい少女だった。
喋り方や声がベラと全く一緒だったので思わず笑ってしまったけど、笑う私を見て彼女は幾分か安心したらしい。
でもそれ以来笑った記憶がない。
このまま何もしないを続けていると、この家から強制退去させられるかもしれない。
今の社会は働かなくとも最低限の生活は保証される。しかし、自由はある程度制限される、主に使えるお金と住む場所が。
今住んでいる場所はそこそこ良い土地。私がプロゲーマーとして誰かを楽しませていたから住めた場所だ。何もしない者は住んではいけない。
むしろもう強制退去ならまだマシだ。今の状態だと病院へ直行かもしれない。
病院じゃゲームも制限される。ゲームばかりやってこうなった私ならなおさらだ。
そうなったら約束を果たせなくなる……頑張らなきゃ……という思考だけだ頭の中を半年動き回っている。
「頑張らな……きゃ……」
自分のものとは思えない低い声が出た。
窓からは夕日が差し込んでいる。さっきまで朝だったような……いや、そもそも起きたのが昼だったはずだ。
早く動かないと一日がすぐ終わってしまう。
「うぅ……あ」
立って歩くのも呻き声が漏れる。
怠けているから体も弱っていく。
「何から始めようかしら……」
とりあえず情報端末を起動し誰かから連絡が来てないかを確認してお茶を濁す。
うん、今日もみんなからたくさん心配の声が届いている。完全に見捨てられる前に頑張らなきゃ……。
「ご飯を食べなきゃ元気が出ない」
食べても元気が出ないから今の状態なんだけど流石に食事をしなくなると死ぬ。
これだけは気力を振り絞って毎日している。
冷蔵庫を開ける。何もないことは知っているはずなのに絶対一度はやる。
それから端末で出前の注文を入れる。行きつけだったラーメン屋のラーメンでいいか……。昨日は何食べたっけ……?
注文を終えるとベッドに腰掛ける。疲れた気がする……。
「寝ちゃダメだ……」
ラーメンは伸びるのですぐ配達される。
なのにそんな短時間でも寝てしまうことが多々あった。後悔しながら冷えきった伸びたラーメンを食べることもしばしば。捨てたりはしない。
今日は熱々のラーメンを久しぶりに食べるんだ。
私はふらふらとあてもなく歩き出す。
そしてたどり着いたのはフルダイブVR装置『処女神のゆりかご』のある部屋だった。
今でも無意識にここに来てしまうことがよくある。でも、怖くて中には入れない。
この装置があの世界に繋がっていないことを再確認してしまうと、今までの冒険が嘘なんじゃないかと、消えてしまうんじゃないかと根拠もない不安に襲われるから。
でも、今日はいつもと違うことをしなきゃ。同じことの繰り返しでは変わらない、変われない。
服を脱ぎ去り、装置に身を委ねる。
……AUOはやはり起動しない。
メニュー画面をただ虚しく見つめる。
すると、そこに見慣れないアイコンを発見した。
「あっ……! いや、はぁ……」
何かに期待した私はその期待がすぐに裏切られたことにため息を漏らす。
見慣れないアイコンはこの装置に元からインストールされているアプリのもので、使わないから見慣れていないだけだった。
それはリラックス効果のある音楽を流せるアプリ。
VR装置は発売当初脳への負担が問題視されていた時期があって、それへの対策として脳を休ませる音が出る機能が追加された。
そしてそれは半ば慣習として最新機器にも搭載されている。
『処女神のゆりかご』の場合はオンラインで最新の音楽を購入できたり、リラックス効果のある音楽は無料で定期的に配布されていたりもする。
意外とオマケ機能にも力を入れているのだ。
「せっかくだし……ね」
アプリを起動。画面はシンプルで音楽を流す、新しいものを購入する、後は各種設定くらいのものだ。頭がぼけぼけの私でも操作できる。
「意外とたくさんタダで入ってるわね……」
勝手にDLされていた無料配布の音楽をリストの上から順に連続で流すことにした。
すぐに音が全身を包む。意外とVR装置で聞く音楽も悪くない。幾分か気が楽になった気もする……。
リラックスしかけたその時、突如ザリザリと音にノイズが混じり身をこわばらせる。
な、なによ……心臓が止まるかと思ったわ。今の私なら本当に驚いただけで止まりかねないわよ……。
リストを確認してみると今再生されたのはつい二日ほど前にDLされたものだった。
タイトルも文字化けというか何かおかしい。これやばいやつじゃないの?
発売元に連絡するのめんどくさいんだけど……。
「あ……あ……」
こ、声だ!
この時代に呪いのなになに的な何か!?
流石に時代錯誤よね!?
「あ……あ! これもう録れてるの?」
「そのはずなんですけど……。私も初めて触るのでよくわからないです……」
「ちっ、急に現れて『この槍に声を吹き込めば向こうの世界に届く』なんて言い出すんだからびっくりしたわね。彼から話を聞いていなかったら信じなかったわ」
「槍のどこらへんに話しかけるとよく聞こえるんでしょうか? やっぱり刃の方かな?」
「どこでも大丈夫でしょ。神様がなんとかしてくれるわ。それで……まあ、いろいろ話したいことがあるんだけど、そうねぇ……あなたの知りたいことから話してあげましょうか」
「こっちの世界はあれから大きな事件もなくみんな元気ですよ! 神の使徒のみなさんがいなくなってしまって少しモンスターの数が増えて来てますが、私たちも頑張って抑えています」
「魔王候補によるモンスター大量発生事件とは別に単純にモンスターは増加傾向にあったみたいよ。あなたのいた頃は気づかなかったけど」
「おかげさまで砦はとっても役に立ってます。あっ、そういえばマココさんは砦が完成したところは見てないんですよね?」
「門までよ。全体が完成する前にどっかいっちゃったんだもの。まあ、次のお楽しみってことでね。立派なものよ。私も魔王の力を半端に抑える必要がなくなったから負担も少なかったし」
「私の部屋も作ってもらったんですよ! でも一番広いのはシュリンさんの部屋ですけど……」
「当たり前じゃない私が創ったんだから。それに大きいベッドを置いてたくさん女の子を呼ばないといけないんだから……」
「いやー! たくさんなんて不潔ですー!」
「……まあ、それは冗談として。私も魔王の血をある程度受け入れて生きていこうと思ったらやはり欲を発散しなければいけないわ。それこそ毎日よ。でもエリファは歳だし無理させたらなぁ……死んじゃうかもしれないしなぁ……。サブリナもね……まだまだだし……ねぇアチル?」
「そんな目で見ないでください」
「普通に拒絶するわよねあなた。こんな体質の私を哀れんで気を遣ったりしない?」
「気にはしてます! ただ、そっち系の話は苦手ですし、そういう軽いノリで迫られるのはいい気しないです」
「ふっ、欲望を満たすのは楽じゃないわ。好きな子とじゃないと満たされないし。その点あいつは嫌いな相手を潰せば満たされるんだから楽なもんよ」
「ミュールメグズさんはあれからずっと戦い続きらしいですね。元々の原獣退治をしながら増えていくモンスターとも戦っていつ休んでるんですかね?」
「戦うことが楽しい時期なのよ、ほっときなさい」
「でも物資運搬の護衛にはついて来てくれませんね。お陰で殺されかけた時から会ってないです。あっ、アクロス王国とズードゥー王国の間で国交が結ばれたんですよマココさん。アクロス王国の豊かな作物をズゥードゥー王国へ、ズゥードゥー王国の優れた武器をアクロス王国へ……とお互いにとって良い物を交換してるんです」
「古来から原獣と戦って領土を広げて来たズゥードゥーは武器技術が発達してたのよね。お陰でこの砦もすっかり交通の要所……って、そんなことよりアチル、あなたミュールメグズに会いたいの? 一度はあなたを殺そうとした相手よ」
「うーん、そうなんですけどやっぱり興味はありますね。あの時は怖くて必死でよくわからなかったけど今は良い人そうですし、戦士としても先輩ですからね。一度ゆっくりお話しして見たいです」
「はー、あなたは強いわねぇ。ミュールメグズも今度アチルに会ったら逃げ出すと思うわ。普通に一度殺そうと思った女の子に会うのバツが悪いしね」
「結果的に生きてたから許してあげるのになー」
「まっ、そんなこんなでこっちは楽しくやってるわマココ。やる事が多いから今すぐにでも戻ってきて欲しいところね」
「寝込んでから半年も会えなくなるとは思わなかったです……。初めは泣いてばかりいましたけど今は信じて待ってます。早く会いたいです。また会ってお話しして一緒に戦いたい……毎日そう思ってます」
「私たちからはこんなところね。直接会えたら数日は話す事があるから覚悟しときなさい。あとは……あんたもなんか言っときなさいよ」
「俺はいーよ」
「そんなこと言ってないで。ほら私たちは離れといてあげるから」
ガサゴソという足音の後、あたりはシーンと静まりかえる。
「……実際会うまで話すことなんてないんだが、まあ、元気してるか? まさか本当に何にも浮気せずにぼーっと過ごしてたりしないよな? 意外とそういうところあるからな。別に心配はしてないが。あー、こっちは気長に待ってるぜ。俺を使いこなせる奴がいないからちょっと暇してるところだが、カラスの姿でもそれなりにやれてる」
カツカツという足で床を叩く音が聞こえる。
「まっ、なんだ、やっぱ本来のブーメランの姿の方が強えし、早く帰ってこいよ。ブーメランは元の場所に帰るんだろ? 今言いたいことはそれだけだ、じゃあな!」
全ての音が消える。
そして、再び声が聞こえてきた。
「マココ……マココ……。やはり運営の人間たちはサービス再開を渋っています。イザナミが彼らの意見に対して全く譲歩しないからなのですが、こればかりは譲れないものも多いのです。わかってください。しかし、マココは絶対に離しません。今回のボイスメッセージのように特定の人間にだけフェアルードと繋ぐすべを探っています。もちろん多くのプレイヤーにとって思い出の地であるフェアルードにはより多くのプレイヤーに戻ってきて欲しいですが、まずマココを優先したいです。マココ……また連絡します。VR装置は適度に起動してください」
今度こそ声は止んだ。
音声データも再生を終了してる。
私はアプリを終了させ、装置から出る。
すぐに服を着て届けられていたラーメンをかきこむ。今日は温かいし伸びてない!
「何やってんだ私」
何もせずにぼーっとしていた。半年くらい。
二つの世界を楽しみたいとかイザナミに言っておいてこのザマだ。
一気に食べ終えたラーメンの容器を片付け、情報端末のメールを凝視する。
確か……今日何かに呼ばれていたような気がする。もうかつての仲間と会うことすらもやめてしまおうかと思っていたけど、そんなのダメよ。
探していたメールを発見。日時と場所を確認。今すぐ家を出れば間に合う。
最低限の荷物を持って玄関から飛び出る。
「はぁはぁ……ひさびさに急いだから息が上がるわ……。こんなんじゃこっちでも、向こうに帰ってもみんなに笑われちゃうわ」
雲が多いけど青くて高い空を見上げて一息つく。
もうフェアルードには戻れないんじゃないか、向こうのみんなには会えないんじゃないか、そもそもあの時間は本当だったのか、マココ・ストレンジなんていなかったんじゃ……。
いろいろ後ろ向きな考えが帰ってきてからの長い時間浮かんでは消えていったけど、今ならわかる。
全部間違いよ! そんなの!
ただ私は疲れていたのよ。そりゃそうよ。ゲームをやっていたはずなのにいつの間にか世界を一つ救うような戦いをしちゃったんだから!
むしろ世界を救って半年無気力なだけで済んだのか、『私スゴイ』って褒めてあげないとね。
あっ、でもクロッカスはこの半年ちゃんと活動してたっぽいなぁ……。いや、それも定かじゃない。だって実際会ってその目で見たわけじゃないから。
本当は私と同じような行動をしてたけどメッセージ録音の時だけカッコつけたのかもしれない。結構プライド高いクロッカスならありそー。
もしかしたら今も無気力かも。早く帰ってあげないとね。
貝木真心がリアルへ……元の場所に帰ってきたように、マココ・ストレンジは必ずフェアルードに帰る。
そう、ブーメランはいつだって……。
> > > > > >
Ancient Unfair Online ~万能武器ブーメラン使いの冒険記~
-END-
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☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
【完結】数十分後に婚約破棄&冤罪を食らうっぽいので、野次馬と手を組んでみた
月白ヤトヒコ
ファンタジー
「レシウス伯爵令嬢ディアンヌ! 今ここで、貴様との婚約を破棄するっ!?」
高らかに宣言する声が、辺りに響き渡った。
この婚約破棄は数十分前に知ったこと。
きっと、『衆人環視の前で婚約破棄する俺、かっこいい!』とでも思っているんでしょうね。キモっ!
「婚約破棄、了承致しました。つきましては、理由をお伺いしても?」
だからわたくしは、すぐそこで知り合った野次馬と手を組むことにした。
「ふっ、知れたこと! 貴様は、わたしの愛するこの可憐な」
「よっ、まさかの自分からの不貞の告白!」
「憎いねこの色男!」
ドヤ顔して、なんぞ花畑なことを言い掛けた言葉が、飛んで来た核心的な野次に遮られる。
「婚約者を蔑ろにして育てた不誠実な真実の愛!」
「女泣かせたぁこのことだね!」
「そして、婚約者がいる男に擦り寄るか弱い女!」
「か弱いだぁ? 図太ぇ神経した厚顔女の間違いじゃぁねぇのかい!」
さあ、存分に野次ってもらうから覚悟して頂きますわ。
設定はふわっと。
『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』と、ちょっと繋りあり。『腐ったお姉様~』を読んでなくても大丈夫です。
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完結お疲れ様です(・∪・)
どう、、、なっちまうんだ、、、(´・ω・`)
最終決戦。この電脳世界【ゲーム】をかけた戦いが今、始まる。
、、、的な(*(*(*゚∀゚*)*)*)感じ〜!!