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第三章 首無の人形と首狩の鬼人

Page.51 我らはパステル魔王軍

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「まずは選別だな。全強化付与フルエンハンス!」

「何人残るかな。紫毒針バイオニードル!」

 パステルは雨蛙合羽ガマガッパを着込み、俺はそれを背負っている。
 すべてが強化された紫毒針バイオニードルはより速く、より見えにくく、より毒素が強い。
 一本で魔族も瀕死だ。

 迫りくるダストンの軍勢はそうとも知らず、飛んでくる無数の針に突っ込みバタバタと砂の上に倒れていく。
 流石におかしいと思った者たちは盾を構えたり、すでに倒れた仲間を肉壁にしてしのぐ。

 やつらもなかなか対応力があるな。
 軍勢の半分どころか三割程度しか倒せてない。
 だが、今まで戦ってきた奴らは強化されてない段階とはいえ、針を視認して反射的に防いでいた。
 それに比べれば鈍い。
 恐れずに攻め立てるんだ。

麻痺毒霧パラミスト!」

 攻撃しつつ煙幕となる毒の霧をばらまく。
 パステルはカッパで顔もすっぽり覆っているので問題ない。

毒竜牙爪ヒドラクロウ!」

 霧の中で次々と敵を切り裂いていく。
 相手にとっては視界が悪いだろうけど、俺には問題ない。
 竜の力を得て戦い続けたことで目覚めた新たな特異体質【竜眼】があるからだ。
 単純に視力が良くなるだけではなく、魔力の存在をイメージとして『見る』ことが出来る。
 おかげで霧の中でもどこに敵がいるのかまるわかりだ。

 メイリやサクラコ、仲間たちの魔力のイメージは頭に叩き込んであるから味方を襲うこともない。

「ウオオオオオオオオオーーーッ!!」

 雄たけびを上げて爪を振り回す。
 ガギンッ!
 爪が何か硬い物に当たってはじかれた。

「エンデ、落ち着け。力任せに切りかかっても時間がかかるだけだ。ここはあの魔法でいこう」

「よし! 硫酸流散弾アシッドスプレッド!」

 俺の中で新たな魔法は目覚め続けている。
 これは物体を溶かす酸を周囲に撃ちだす魔法だ。
 味方がいる時は使いにくいけど、敵に囲まれてるならこんなに使いやすい魔法はない。

「があああああああああっ!? か、体が溶ける!?」

 魔族は頑丈だな。
 体は言うほど溶けていない。
 だが防具をへたらせるには十分だ。

「切り裂け竜爪! 守り抜け竜鱗! 毒竜鱗鎧ヒドラスケイル!」

 すらすらと知らない魔法が口から出てきた。
 全身を覆う鎧のような竜の鱗。
 これはまるでアーノルドが使っていた【鋼鉄の鱗メタルスケイル】だ。

 どうやら俺はよほど単純な男らしい。
 経験から成長するとよく言うけど、まさか宿敵の魔法に似たものを覚えるなんてな。
 でも、パステルを守るための力になるならそれもまた良い。
 俺を苦しめた奴の使う魔法ならば、十分に役立ってくれるはずだ。

「そろそろ半分くらい戦力を削れたかな!」

「近接戦闘だと効率が悪くなる。まだ半分とはいかんな」

「じゃあ、またお世話になることになりそうだね」

「そもそも戦闘要員だ。存分に甘えればよい」

 敵の軍勢の外側から悲鳴が上がる。
 移動が速いし、判断も早いな。
 俺たちがわざわざ正面から突っ込んで敵の注意を惹いた理由をすぐに理解してくれたようだ。

「残り六割弱はメイリに持っていかれるかもしれんな。これだけ戦場が広く、巻き込む味方も保護する対象もいなければ、本気が見れるかもしれん」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「まさかパステル様が先手をうつとは驚きました。あのお方も成長しておられる」

 走り出したフェナメトを追って地下通路を抜けたメイリとサクラコは、ダストンの軍勢のちょうど真後ろにいた。
 古代遺物によって大きくなったダストンの声は地下にまで響いており、ザックリと状況は飲み込めている。

「四人でこの人数と戦うのが成長か!? 調子に乗ってるんじゃないのか!?」

 少し前までお祭り気分だったサクラコは急転する展開について行けない。

「彼らの狙いはパステル様です。逃げればザンバラの町に危害が及ぶ。それに一か所に集まっている敵も散ってしまうでしょう。一網打尽にするには戦闘を開始して敵を釘付けにするのが一番です」

「それはそうかもしれないけどさ。一網打尽にするだけの戦力はあるのかよ?」

「私がいますよ。それよりサクラコはフェナメトを抑えておいてください。どうやら、あの軍勢の中に首を持った者がいるようですから」

 先ほどからフェナメトは敵軍にまっすぐに突っ込もうとあがいている。
 目当ての物はあの中にあるようだ。

「本気を出すのは何千年ぶりでしょうか……。衰えていなければ良いのですが……」

 誰にも聞こえないようにつぶやくメイリ。
 彼女の三属性、三段階の魔法は本来の姿ではない。
 自分の強大な魔力を的確に制御するために自分で作った魔法だ。
 メイリが何者なのか、なぜパステルに忠誠を誓うのか……。
 それを知る者はゴルドしかいない。

「古代魔法、メギドの火」

 放たれた炎は美しかった。
 引き込まれそうな輝きを放ちながら砂漠を滑り、魔界の軍勢をぐるりと取り囲んだ。

「滅火!」

 炎の輪が収縮する。
 外側にいた者からその身を焼かれていく。

「すごいじゃないかメイリ! こんな切り札を持ってたなんてやっぱお前は頼もしい奴だよ! でも、この規模の大魔法じゃ普段から使うのは難しそうだなぁ」

「はぁ……ぐぅ……」

 砂の上に膝をつくメイリ。
 額には今まで見せたことのない玉のような汗が噴き出している。

「おいおい、大丈夫か!? いつもクールで仏頂面なのに……」

「まずい……。やってしまった……。炎の収縮が早い……。これではエンデ様とパステル様も……」

「え? 嘘だろ?」

「信じるしかありません……。二人を……」

 いつもなら過保護なほどパステルを守ろうとするメイリが立ち上がりもしない。
 いや、立ち上がれない。

「あの魔法はなんなんだ? メイリっていったい……」

「いずれ話す機会もあるでしょう……。今はとにかくパステル様を……」

「くぅ……でも、俺はスライムだし、あんなとんでもない炎を浴びたら一瞬で蒸発して……ああっ! こらフェナメト!」

 サクラコの拘束を振りほどいてフェナメトが走る。
 そして、メギドの火をあっさりと通り抜けてしまった。

「流石は古代兵器……。古代魔法対策もバッチリというわけですね……」

「いいのか? 行かせちまって?」

「ええ、彼女はちゃんとわかってくれています……。きっとパステル様の力になってくれる……。でも、私は……」

「大丈夫だって! パステルの側にはエンデがいるんだ。あいつに任せとけば大丈夫だ!」

「申し訳ありません……。今は私の側にいてください……サクラコ」

「もちろんだ! メイリみたいな美女を放っておくわけないだろ?」

 サクラコも動揺している。
 それでも感情を表に出さず、力強くメイリの手を握る。

(俺はもしかしたら……とんでもない奴らの仲間になったのかもしれない。でも、今はここが俺の居場所なんだ。魔界から来たよくわからんジジイに潰されてたまるか!)

 消えない炎を見つめ、サクラコはただ仲間たちの無事を祈る。
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