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第三章 首無の人形と首狩の鬼人

Page.44 砂塵舞う西方

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 屋敷のある魔境『毒霧の迷路』から西へ。
 砂漠の都市ザンバラまでの移動には町から町をつなぐ馬車を何度か利用した。

 見た目でパステルが魔王とバレることはない。
 俺たちはお嬢様のお忍び旅行という設定で人々の目を切り抜けた。
 まあ、それでも珍しい集団なので注目はされたけど……。

 一番疑いの目を向けられたのは、ザンバラに入る時だ。
 この町は入る際に厳しい検査がある。
 他の町にもあるにはあるが結構適当だ。
 憲兵が目視で怪しい奴がいないか確認するくらいで、よほど大きい物を持ち込まない限り荷物検査も行われない。
 おそらくルール上は検査すべきなんだろうけど、現場は人数と時間が足りていないんだろうな。

 でも、ザンバラは違う。
 俺たち全員の荷物と魔本までチェックされた。
 機械人形は見せた瞬間ギョッとされたけど、よく見れば人間ではないことはすぐわかる。
 検査の際は動かなかったし、表面は古ぼけていたので売りに来た骨董品で押し通した。

 魔本の方はちょっと焦った。
 俺は竜の魔本、パステルは冥約のページがバレるとマズイ。
 これを何とかしてくれたのはサクラコだった。

 戦いを経て目覚めた新たな呪文【変身紙面メタモルページ】は、サクラコ自身だけでなく他者の魔本のページも偽装できる。
 これで俺とパステルの魔本は何の変哲もない魔本に早変わりだ。

「俺もついにただのスケベ野郎から魔王軍の幹部になってきたってことかな~。褒めてくれてもいいんだぜ?」

「前々から私はお前のことを天才だと思っておったぞ」

「ああ~最高! もっと言ってくれ!」

 そんなこんなで俺たちはザンバラの中に入り込むことに成功した。
 町を行きかう人々もここに魔王がいるとは夢にも思うまい。

「熱いうえに人が多いな。さすが観光地と言ったところか。まずは宿を探して荷物を置き、散策は夜に行うとしようぞ」

「賛成~」

 パステルの提案でまずは宿探し。
 しかし、なかなか空いている宿は見つからず、最終的にお高めの宿に落ち着いた。
 メルから資金提供を受けていなかったら止まれないホテルだ。
 雰囲気も良いし、中はどういう仕組みかひんやりしている。
 レストランもあるのでここでゆっくりまったり過ごすのも悪くないのでは……?

「ねえねえパステル。長旅で疲れてない?」

「疲れていないかと聞かれれば間違いなく疲れている。しかし、夜には町に繰り出すぞ」

「今日はゆっくり休んでもいいんじゃない?」

「いや、聞き込みは数が勝負だ。ここで休んでいるわけにはいかん。我々は今現在、首の手掛かりを失っているのだから」

「ああ、まさか機械人形が動かなくなるとはね……」

 動き続けられるとそもそも町に持ち込めないけど、動かないとなるとそれも問題だ。
 胸から伸びていた光も消えて、このザンバラの町からどの方角に首があるのかわからない。
 道しるべを失った俺たちは、わずかな可能性に賭けて町で聞き込みを行う予定だった。

 でも、どう聞いたらいいものかなぁ。
 『どこかに人間サイズの人形の首が落ちていませんでしたか?』なんて聞いて、望む答えが返ってくるとは思えないけど……。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



「よ~し! 行くぜ野郎ども!」

 夜――。
 踊り子の衣装に着替えたサクラコはもうすっかり観光に切り替えているようだった。

「私ももう少し大人っぽい服が良かったのだが……。反対されては仕方ない。目立ちすぎてさらわれても困るからな」

 パステルは小さい子が着る露出の少ない衣装にした。させた。
 小さい子も踊るのが文化と聞いて危ない光景を想像していたけど、なるほどなるほど対策はしてあるってわけだ。
 露出が少ないと言っても、普段は体をすっぽり覆うローブを着ていて体のラインが見えないパステルが着ると十分にセクシーだ。
 可愛すぎて連れていかれないように体に紐をつないでおこうとしたら怒られた……。

「まあ、目立つというと……私よりメイリの方が問題だな。大丈夫か? それは憲兵に連れていかれんか?」

「これ以上大きいサイズはないと言われました」

 メイリはちょっとダメかもしれない。
 女性としては大きい背丈に、これまた大きな胸のせいで布が足りていない。
 半透明のベールで補っているけど、むしろ余計に扇情的になっている。
 おそらくすべての男が振り向く女性というのはこういう事なんだろうなぁ。

「うひょ~! サキュバスの本領発揮って感じだなぁ! 上から下から胸が零れ落ちそうだ! 俺が支えてやろうか?」

「いえ、自分の物は自分で持てます」

 メイリは腕を組み、胸を少し寄せて上げる。
 あまりメイリを女性としては見ないようにしてきたけど、そんな姿を見せられては本能が揺さぶられて……。

「やはりエンデも乳好きか。男はみんなそうなのだな」

「いやっ、そんなことないよ! 確かに今は見惚れてたけど、大きいから良いってわけじゃないって!」

「ふぅ~ん、そうか。なら私でも興奮するか?」

 パステルはメイリと同じポーズをする。
 残念ながらまだ寄せて上げるだけの胸がない。

「えっと……」

 興奮しないと言えばパステルをガッカリさせるだろう。
 するといえば人間として大事な物を失うだろう。
 答えは一つだ。

「もちろん興奮するよ。当り前じゃないか」

「ほ~、こんな子どものような凹凸のない貧相な体でもか?」

「だからいいんじゃないか! それに凹凸がないって言ってもまったくないわけじゃなくて、こう微かなふくらみとか……」

「えっ……」

「え」

 パステルが真顔になる。
 ヤバい……言いすぎたぞこれ。
 どちらかというとグラマーで年上の女性の方が好きって素直に言っておくべきだったか?
 でも、スレンダーな女性が嫌いなわけでは……。

「そうかそうか、やはり私の魅力をちゃんと理解しているようだな! 疑ってすまなかったぞ!」

 上機嫌で俺の腕に絡みついてくるパステル。
 本気で魅力的って言ってほしかったみたいだ。
 人として大事な物を失った気がするけど、俺は魔王の配下だ。
 もはや人として生きる道なんてないのさ……。

「さ、のろけ話も終わったし町に繰り出そうぜ~。たらたらしてたら夜が明けちまう!」

「あ、うん」

 ホテルから外へ。
 町はそこらじゅうで明かりがともり、人の数は変わっていないように見えた。
 みんな考えることは同じか。
 夜は涼しいし、確かに騒ぐなら今だろう。

「観光しつつ骨董品の店を探すとしようぞ」

 踊り狂う男女に首の話題を振っても白い目で見られるだけだ。
 ザンバラの町にはなぜか骨董品店が多い。
 しらみつぶしに話を聞いていくか……。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「まあ、空振りですわな」

「う~ん、苦戦するとは思ってたけどいきなりまったくの手掛かりなしになるとは……」

 骨董品店の店員たちはみな熱心に話を聞いてくれたし、在庫の中から注文に合う物がないか必死に探してくれた。
 中には古代兵器のパーツ自体はあった。
 しかし、GKA-100の頭パーツではない。

 一応、何かに使えるかもしれないので古代兵器のパーツは購入した。
 ありがたいことに格安で売ってくれた。
 まあ、骨董品を安く提供するということは、人気がまるでないことの裏返しなんだろうけど……。

「ザンバラ周辺の地層から古代の遺物がよく出土することはわかった。良い方に考えるならば、やはり首もこの辺に眠っている確率が高いのだろう。だがしかし、何の手掛かりもなしに砂漠の中から首一つ見つけるのは難しい。針を見つけるよりは簡単だろうが……いや、誤差だな。首も針も」

 パステルはすっかり歩き疲れてぐったりしている。
 ザンバラに到着してからロクに休んでいないからなぁ。
 どこか落ち着ける店に入って冷たい物でも飲ませてあげたい。

「お嬢さんたち、もしや落ち着けるお店をお探しですかぁ?」

 声をかけてきたのは……あからさまに怪しそうな男だった。
 へこへこしながら手でゴマをすりつつも、その目は笑っていない。
 悪人にしても三流だ。
 よほど警戒心の薄い人しか引っかからないだろう。
 まあ、観光地ではそういう人も多いんだろうけど……。

「もしそうでしたら、わたくし共のお店にいらっしゃいませんか? サービスさせていただきますよ?」

「……ええ、そうですね。案内してください」

 普段なら関わろうとはしないけど、今日の俺たちは披露と虚無感、そして町の熱気にあてられてちょっとイライラしていた。
 ついて行った『お店』とやらで待っていたのは、案の定な歓迎だった。

「へへへ~っ! 平和ボケした女子どもが夜の町を歩いてちゃいけねぇなぁ!?」
「本当はこうなることを期待してたんだろ! この痴女め!」
「肌の白いガキはここでは大人気なんだぜ……?」
「男はひょろ過ぎるな。殺すか」

 どうやら人さらいの一団ようだ。
 『お店』は外観自体はそこまで変じゃなかったけど、立地が路地裏の薄暗いところだった。
 男は「隠れ家的名店なんです」と言っていた。
 まあ、隠れ家アジトであることは本当だな。

 俺たち以外にも連れてこられた人々はいるようで、隅っこで震えている。
 他の町から来たっぽい人もいるけど、地元の人もいそうだ。
 ザンバラの治安は良くないらしい。
 情熱的な踊りと陽気な日差しの裏には、濃い影が広がっていそうだ。

「ずいぶん余裕そうじゃねーか!? この状況が飲み込めないほど頭ん中お花畑なのかぁ~!?」

「ちっ……わかっていてついて来て言うのも何だが、下品な奴らだ」

 パステルが男の方へ一歩踏み出す。

「な、なんだこの生意気なガキャァ!!」

「私一人で十分だ。みな手を出すな。たまには訓練で学んだことを実戦でつかわんとな。こいつらはちょうどいい相手だ」

「ええ、むしろ相手に不足ありです。存分に戦ってくださいませパステル様」

「さっきからわけのわかんねぇ……」

 男の言葉はアゴを殴りぬかれたことで途切れた。
 【雨蛙合羽ガマガッパ】と【全強化付与フルエンハンス】を持つパステルの身体能力は、もはや人間の男にも負けない。
 逆にいえば、これだけ盛ってやっと人間の大人レベルのパワーだ。
 機動力は人間離れしているがあいかわらず非力。
 手を出すなと言われても、見てるこっちはハラハラしてしまう。

 が、そのハラハラする時間はすぐに終わった。
 カエルの舌のムチで打つ、投げ飛ばす。
 小さい体を生かして懐に潜り込んで殴る蹴る。
 最後の一人を背負い投げてパステルの戦いは終わった。

「お見事ですパステル様。訓練の成果が出ています」

「ふっ、毎日メイリと手合わせしていればこうなる。ただ、カッパと強化魔法の同時使用は長持ちせんな。相変わらずスタミナが課題だ……」

 パステルも成長しているんだ……。
 なんかちょっと泣きそう……。

「あ、あの……」

「あっ、ああっ、いま助けますね!」

 俺たち以外にも捕まっている人たちがいたのを忘れていた。
 すぐに全員の拘束を解いて解放し、店を出て憲兵に報告。
 男たちは全員まとめて牢屋行きとなった。
 罪を犯したのは今日だけではないだろうし、罰は重くなりそうだ。

「今回ばかりは巻き込まれに行ってしまったな。やはり疲れていると冷静な判断を失う。今日はもうさっさとホテルに帰って寝るとしようぞ」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私お礼させてほしいです!」

 解放された人たちの中でも、地元の人らしき褐色の肌の少女が頭を下げてきた。

「いや、人助けでやったわけではない。結果的にそうなっただけだ。気を遣わなくてよいぞ」

「それでも、私助けてもらいました! お礼します!」

「やめときなお嬢ちゃん。俺たちも真っ当な集団ってわけじゃねぇ。ましてや正義の味方とは正反対だ。今だって首を探し求めて町をさ迷っているとこなんだぜ?」

「これサクラコ。怖がらすようなことを言うでないわ」

「首……? 首を探すとは首狩り鬼人のことですか?」

「ん? なんだそれは」

「ここから西の砂漠、ザーラサン砂漠。そこに住む、首を集めてさまよう怪人です。この町では有名、子どもたちみんな恐れてます」

「首を……集める? 西に住む……怪人?」

 俺たちはハッと目を合わせる。
 手掛かりになりそうな単語がいくつも入っている。

「お話、お話しします! お役たてます! だからお礼させてください!」

「うむ、頼む。どこか落ち着ける店を探そう。こんどこそは信用できるところをな」

 大通りの大衆料理店を探して俺たちは歩き出した。
 古代兵器と怪人……なんとも言えない組み合わせだ。
 子どもたち恐れられているのだから、集めているのは人間の首なのだろう。
 機械の首を持っている可能性は低いが……今は藁にもすがりたい状況だ。
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