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第二章 禁断の勇者と魔王の夜宴

Page.34 勝者と敗者

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 な、なにをやっているんだパステルは!?
 自爆を誘った後に逃げると思ってたけど、まさか逆に突っ込むなんて!
 いくら『雨蛙合羽ガマガッパ』といえど、あの大火球を受け止められるとは思えない。
 戦いの中で粘液が乾いてきてるし、魔法の受け流しも期待できないぞ!
 残っている生地そのものにどれだけの強度があるのか……。

「パステル!!」

 止めようと声をかけるも反応がない。
 やはり、自分だけの力を手に入れて気が大きくなっていたのか?
 その兆候は確かにあった。
 ならば俺はパステルの武闘大会出場を止めるべきだったのか……?
 ……いまさらそんなこと考えても遅い!
 かくなる上は俺がバトルフィールドに入ってパステルを連れ戻せばいい!

 しかし、俺の行動を読んでいたかのようにパステルが振り向いた。
 口は開かず、身振り手振りもない。
 ただ、その目がすべてを物語っていた。
 これは作戦なのだと……。

「……仕方ない!」

 俺はその場にグッと踏みとどまった。
 今回は最後までパステルを信じよう。
 でも、これからもすべてを信じ続けるのは考えものだ。
 彼女はなんだかんだ思い切りも良いし、無理をするタイプなのは間違いない。
 時にはムッとされても押さえつけることも必要かもしれない。

 信じて裏切られるのは、何も相手だけが悪いわけじゃない……。
 ただ盲信するだけで『なぜ信じるのか?』と考えることをやめれば、苦しむことになるのは自分自身だ。

 だけど、今回は信じるだけの根拠がある。
 なぜなら、エンジェのことを一番よく知っているのはパステルだからだ。
 パステルがこの魔法を見てどうにかなると考えたなら……信じてあげたい!
 自分の力で勝たせてあげたいんだ!

「頑張れパステル!」

 すでにパステルはエンジェに向き直っていた。
 依然として彼女の元へ、すなわち太陽の下へ向かっている。

「なっ!? どうしてこちらに向かってきますの!?」

 暴走していたエンジェもこれには驚きを隠せず正気に戻る。
 同時に暴走していた魔法も落ち着き、太陽はかなり小さくなった。
 しかし、依然として落下は止められないし、この規模でも直撃を受ければ致命傷になりかねない!

 そんな俺の心配をよそにパステルはさらに予想外の行動に出る。
 立ち尽くすエンジェを地面に押し倒すと、そのまま上に覆いかぶさったのだ。
 まるで落ちてくる太陽からエンジェをかばうように。

「意味がわかりませんわ! 死にたいのですか!?」

 パステルは何も答えず、ただエンジェの体に抱き着き離れようとしない。

「く……なんとかわたくしの魔法……言うことを聞いて……」

 エンジェは両手を天に掲げ、落ちてくる太陽にかざす。
 すると、さらに太陽がしぼんでいく……。
 ただ、あまりにもそれは遅かった。
 太陽がしぼみきって消滅する前に……それは爆発した。
 爆音と爆風、そして熱が俺を襲う。

「ぐぅ……!」

 かなり小さなサイズになっていたというのにこの威力……。
 あのまま落ちていたら本当に宴の会場全体が吹っ飛んでもおかしくないぞ……。

「パステル! 大丈夫!?」

 フィールドの煙が徐々に晴れる。
 そこには、爆発前と同じように折り重なった二人の少女がいた。
 エンジェの方はほぼ無傷。
 パステルは『雨蛙合羽ガマガッパ』が完全に消え、背中に火傷が見られるものの症状は軽い方だ。
 命を奪うような傷は見当たらない。
 その証拠にパステルはむくりと体を起こし、立ち上がった。

「…………」

 無言で寝ころんだままのエンジェを見つめ、何か言いたそうな顔はしているが何も言わない。
 エンジェも何を言っていいのかわからない顔をしながら立ち上がろうとすると、パステルは彼女をドンッと突き飛ばした。
 当然バランスを崩したエンジェはよたよたと後退した後、段差に足を取られて尻餅をついた。

「んぐぐぐぐぐ……!! さっきから意味不明の行動ばかり! 頭でもおかしくなったのではなくて!?」

「…………」

 パステルは無言を貫く。
 エンジェは怖くなってきたのか今度はおどおどし始めた。
 そんな奇妙な時間が十秒続いた後、ついにパステルは口を開いた。

「十秒だ」

「え?」

「場外で十秒経ったぞ。レフェリー!」

 試合を一番近くで見ているはずの審判レフェリーは真っ先に逃げ出していた。
 パステルは肩を落とす。

「では、実況!」

 次に指さしたのは特等席で試合を実況していたゾイル・アースランドだ。
 彼は当主として逃げも隠れもしなかったが、パステルが奇妙な行動をしはじめた頃から実況を忘れて見入ってしまっていた。

『あ! なるほど! そーいうことですか! では遠慮なく……本試合の勝者はパステル・ポーキュパインッ!!!』

 おそらく事態を飲み込めていない観客たちもノリで歓声を上げる。
 そうか……パステルはずっとこの勝ち方を狙っていたんだ!

「ど、どういうことですの!? なぜパステルの勝ちになってしまいますの!?」

「エンジェ、お前は自分でバトルフィールドを破壊しながら暴れていたから気づいていないかもしれないが、そこは場外なのだ」

「ええっ!?」

「場外に十秒いると負け。ルール通りだな」

 平地より盛り上がっていたバトルフィールドはエンジェの魔法で削られ、いつの間にか平地と大差ない高さになっていた。
 最後にエンジェが足を取られて尻餅をついた段差は、バトルフィールドと平地のわずかに残った差だったんだ。
 本来の高さから落ちればすぐに場外だと理解できるけど、これでは見逃してしまう。

「エンジェ、私はお前の強さを知ってる。お前が魔力切れを起こしているところを見たことはないし、自爆でケガをしたところも見たことがない。体は頑丈で柔軟、力も強い。格闘術の授業でも勝てたことはない。そんな相手に修羅のしおりを手に入れた程度で勝てると思うほど、私はうぬぼれていない」

「いまさら何を……実際勝ったのはパステルですわ!!」

「それは私がお前に唯一勝っている部分で勝負を仕掛けたからだ」

「ぱ、パステルがわたくしに勝っている部分ですって!? しおりの有無以外にそんなもの……」

「心……いや、精神と表現した方が正確かもしれん。お前は私よりも精神面でもろい。そこだけが唯一の弱点だった」

精神面メンタル……が……」

「エンジェにとって観客のヤジは口汚く慣れないものだっただろう。そのうえ、お前の中には私に勝って当然という意識がある。だから先手を取って攻撃を当てれば、さらに揺さぶれると思った。大してダメージのない攻撃を続けたのもエンジェの精神を落ち着かせないためだ」

「…………」

「私は正攻法ではとても勝てない。だから、エンジェにはとにかく場外に出ても十秒間気づかれないくらい混乱しててもらわねばならなかった。そのための無言、そのための自爆覚悟の突撃だったのだ」

「で、でも、私が偶然魔法の威力を押さえることに成功していなかったら、あなたは消し飛んでいたかもしれませんのよ!? そこまでしてこの戦いにこだわる必要はないはずですわ!」

「そう言われると……そうなのだがな。賞品も気になるが、命を懸けてまで欲しいとは思わんし……。まあ、正直エンジェのあの太陽のような魔法を見た時は諦めて逃げ出そうかとも思ったのだぞ? あまりにも威力が高そうで怖かったからな」

「それが正常な反応ですわ! 私はあれに耐えられても、あなたは本当に虚弱体質なのですから!」

「……ふと昔のことを思い出したのだ。そういえばエンジェは暴走して物は壊すが、人を殺したことはないな……と。いざ本当に危ないとなると、お前はちゃんと制御を成功させていた。だから、何とかなると思った。まあ、あの太陽をそのままの規模で爆発させると周りにも危害が及ぶだろうし、責任を追及されない分エンジェも良かったではないか!」

「パステル……あなたは変わってしまったのね……」

 エンジェは恨めしそうに、そして少し寂しそうに言った。

「そう気を落とすなエンジェ。私が今回勝てたのは特殊な環境と特殊なルールを利用したうえに一回限りの奇策を使ったからだ。何度も言っているが、お前は……」

「そんな言葉いりませんわ! あなたは勝者、わたくしは敗者! それだけの話ですわ! 勝者からの慰めなどこれ以上の辱めは……ひぐっ……」

 エンジェは涙を見せないように早足で去っていった。
 後を追おうとするパステルを俺は背後から抱き留める。
 今のパステルは勝利の高揚感で痛みに鈍感になっている。
 自分のにも、相手のにも。

「パステル、ここはいったん下がるよ。次の試合もあるし、派手に壊れたフィールドの修理もあるだろうから早くね」

「う、うむ……」

 パステルを称える惜しみない拍手を背に受けて、俺たちは戦いの場を後にする。
 なにはともあれ、パステルは勝利したんだ!
 エンジェに、そして過去の自分に……。
 そこは目いっぱい褒めてあげないと!
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