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第二章 禁断の勇者と魔王の夜宴

Page.23 勇者の提案

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「勇者というのは、人々から恐れられている存在なんです」

 テーブルについたメルはそう切り出した。

「勇者が恐れられているだと? それは『かしこまる』という意味の『畏れ』ではないのか?」

 メルに対してテーブルを挟んで反対側にパステル。
 その隣には俺とメイリ、メルの隣にはサクラコがついている。
 お互い席に座っての会話だが、気は抜いていない。
 相手はメイリでもその力量が計り知れないという勇者だ。

「どちらかというと怖がられています。まず勇者というのは『勇気のページ』を持つ特別な存在です。それに加えて通常の人間よりも身体能力がすべて高い。上位種族と言っても過言ではありません。魔王と普通の魔族より差が大きいのです。魔族の中にはページがないだけで魔王よりも強い者もいますが、人間の場合は勇者を越えるのが難しいとされいます」

 勇気のページ……?
 それは魔王の証である『冥約のページ』と似たようなものなのか?
 みんな質問せずに話を聞いているし、実は常識なのかな?
 また後で聞くとしよう。

「そのうえ、勇者には冒険者ギルドや各国から特権が与えられています。場合によっては傍若無人な振る舞いも許されるでしょう。なんてったって、勇者を上回る力でルールに従わせることが出来る人間なんていないのですから。小国の軍隊などは片手で片付くでしょう」

「暴力も権力も兼ね備えた上位種族か。勇者もそう言われると恐ろしい存在に思えるな」

「そう、私のように真面目に仕事してる勇者まで恐れられます。でも、人々を責める気にはなれません。実際、近づきたくないでしょう? そんな恐ろしい存在には……」

「だが、お前は完全に人間を見捨てたわけではないのだろう?」

「はい! だからこそ魔王様の協力が必要なのです! 私が私なりの勇者でいるためには!」

 メルが話した魔王との同盟を求める理由……。
 それは魔王と勇者、双方に対抗するためだ。

 魔王は強い。
 メル一人だと懐に飛び込んで話をした後に襲われても逃げることは可能だ。
 しかし、倒すとなると確実ではない。
 弱い魔王は倒せるが、成長しきった巨大勢力には勝てない。
 誰か協力者が必要だが、それは普通の冒険者では力不足。
 死体が増えるだけだ。

 同じく勇者も強い。
 今はメルのような比較的まじめな勇者たちがにらみを利かせているおかげで、派手に暴れる勇者はいないが、水面下では非常識な振る舞いをしている者もいるという。
 そんな彼らも日々成長し、力をつけている。
 いつ均衡が破られてもおかしくはない。
 残念ながら勇者は一人一人違う思想を持っている。
 いざとなれば、メルとある程度思想が似ている勇者たちもどう動くのかわからないのだ。

「それが魔王と同盟を結ぶ理由か」

「はい、勇者は孤独です。人間社会に頼れる味方はいません。使い勝手のいい部下を持つ者はいるでしょうけどね。だから私は社会の外に味方を求めているんです。でも、ここまでは成果なしです。大体の魔王様は話を聞いてくれますが、みなプライドが高いのか対等なお友達という関係を受け入れてはくれません」

「しかし、魔王の下につくことを受け入れては本末転倒だしな」

「私は……人間に失望して魔王側に寝返りたいわけではないんです。ただ、いざという時頼れる味方が欲しいんです。それは私を恐れずに慕ってくれるまだ小さい子どもたちや、理解してくれるごく一部の人々ではダメなんです。確固たる戦う力を持った仲間でなければ……」

 落ち着いて話をすれば彼女の言いたいことは簡単に理解できた。
 彼女も俺と同じなんだ。

「大切な人を殺されたとして、その犯人を捕まえれば誰かが法に則って罰を与えてくれるでしょう? でも、大切な人は戻ってこない。誰が悪いの? もちろん犯人です。間違いありません。でも、その次は……自分を守れなかった大切な人と……大切な人を守れなかった私です」

「そんなことはない。犯人がいなければ守る必要もないのだから責められるいわれはない」

「ええ、でも、剣で胸を一突きにされて殺されるとして、エンデくんのように特別な呪文を手に入れていれば死なないですし、サクラコちゃんのように特殊な種族に生まれていれば同じように死にません。メイリちゃんのように優れた魔法技術があれば剣が胸に届く前に弾き飛ばせます」

 それはそうだけど……って、彼女は俺たちの能力をいつ把握したんだ?
 強化された感知能力か、はたまた勇者の特別な力……か?

「私も力ですべてねじ伏せるのが正しいとは思いません。話し合いで解決するのならばそれに越したことはないでしょう。でも、人には必ず譲れないものがある。それがぶつかった時、譲ることになるのは力のない人です。そして、大抵譲るだけでは済まず、何か大切なものを失う」

「…………」

「でも、私には望む前から力が与えられていました。圧倒的な力が……。この力を使って私は私自身だけではなく、多くの人を守ってきました。そして、これからもそうでありたい。そのためにはもっと力が必要です。むやみやたらに振るうのではなく、大切なものを奪う火の粉を払うために」

 要するにメルは自分の大切なものを守るための力が欲しいだけだ。
 それは誰もが持っている欲望……夢と言ってもいいかもしれない。
 結局この世界では正しい行動をして、正しい主張をしていれば救われるというわけではない。
 もちろん救われるべきではあるけど、俺もそうじゃなかった。
 みんなに助けてもらって、迫りくる敵を排除していなければ俺はもうこの世に存在しない。

 もし、俺が殺された後に何かでアーノルドが捕まって、俺を殺した罪が明るみに出たとしても俺はその世界にいない。
 俺個人にとってはどうでもいいことになる。
 でも、本来ならそれは人間という種族と社会のために受け入れることであって……。
 一人の人間が殺されたからといって復讐や私刑を認めていたら世の中がおかしくなって……。
 いや、殺されそうになって自分の身を守るのは正しい行為かも……。
 大人しく殺されろってのもおかしいし……うん?

 よし、頭良い人ぶるのはよそう。
 とにかく俺もメルもみんなも自分や大切な人をぶっ殺そうって奴を逆にぶっ殺すだけの力を持っておきたいんだ。

 そうすれば日々怯えて暮らす必要もなくなる。
 より幸せに生きることができる。
 幸せになれるなら、それを人間が求めるのは当然のことだ。

 だからといって、メルと同盟を結べるかというと難しいところだ。
 彼女と俺の守りたいものの優先順位は違う。
 いざメルがピンチになっても、助けに入ったせいでパステルが危険に晒されるなら関わることは出来ない。

 うん、自分なりの考えがまとまった。
 これをさっきから腕を組んで無言になってしまったパステルに伝えよう。
 きっとメルの言っていることがわかっていないはず……。

「メル……魔本を見せてくれるか? お前との同盟を組むかどうかの判断材料にしたい」

 パステルが口を開いた。
 そうか、魔本を見れば呪文を把握できる。
 効果までは詳細に記されていないが、系統は判明する。
 いざ裏切られた時にこちらが戦いやすくなるんだ。
 流石、俺たちの魔王様だ。目の付け所が違う。

「……良いですけど、中身を見るのは魔王様だけにして欲しいです」

「よいぞ」

 メルは自らの魔本を具現化させる。
 表紙、背表紙、ページまでもが漆黒の魔本を。
 思わず俺もメイリも身構える。
 あれが触れて良いものには見えない。

「エンデ、メイリ、少し離れておれ」

「でも……」

「大丈夫だ。私を信じてくれ」

 そんな真剣なまなざしで言われては従うしかない。
 ゆっくりと俺とメイリは後ずさる。
 魔本はふわふわと宙を浮かび、メルからパステルの手へと渡った。
 そして、パステルは臆することなくそれを開いた。

 ……特に異変はない。
 ここからでは中身が見えないから、パステルの記憶力をあてにするしかないけど、とにかく攻撃ではないようで良かった。
 時間をかけて一ページ一ページめくられていく。
 やがてすべてのページに目を通すと、パステルは魔本をぱたんと閉じた。

「ん……わかった。私はメルと同盟を結ぶ。書類を用意してくれ。流石に文章にして同盟の詳細は残しておきたいからな」

 その場にいる全員があっけにとられた。
 そもそも同盟を持ち掛けていたメルでさえも。

「何をしておるメル。たくさんの魔王に同盟を持ち掛けているのならば、書類くらい用意しておらんのか?」

「あ! えっと、あはは! 実は詳しい内容まではまだ考えてなかったんです! だから、お友達から始めましょう!」

「次ここに来るまでに用意しておいてくれ。あまりにもこちらに不利な内容だとまた考える必要がある。だがまあ、それ以外では気は変わらないと思うぞ」

「はい! 絶対準備しておきます! あっ! 前金はあるので渡しておきます!」

 メルはどさっとお金の入った袋をテーブルに置く。
 彼女が心底嬉しそうなのはいいんだけど、パステルは一体どうして同盟にそこまで乗り気になったんだ?
 いったい魔本に何が書かれていたんだ?

「まだ同盟を結んだわけでもないのに金は受け取れん」

「いいんです! いいんです! 勇者は忙しいのでお金ばかりたまるんです! ためるだけなら大切な人にあげる方がいいです!」

「まあ、そう言うならありがたく受け取っておくが……。そうだ、私の魔本も見るか? それでメルと一つおあいこだろう」

「わー! 見ます!」

 パステルは自分の魔本をメルに渡す。

「まあ、中身は白紙だがな」

「うわー! 本当に白紙ですね~! こんな人初めて見ました!」

「魔王のクセに情けないだろう?」

「そんなことないですよ! むしろ、今まで会った中で一番恐ろしい魔王様です!」

「そんな見え透いたお世辞はいらんぞ」

「いえいえ本当です! だって白紙ということは何をしてくるかわからないってことじゃないですか! 戦ってる最中に本人も知らない力に目覚めたら、他人からはそれを予想して戦うことは出来ません! わからないって一番恐ろしいことです! 最も死のリスクが高まる時です!」

「そ、そういう考え方も……あるか?」

 パステルはまんざらでもなさそうだ。
 やっぱり普段から自虐の多いパステルでも素直に褒められると喜ぶんだなぁ……。
 覚えておこう。

「それでは、私は町に帰ります! 次の予定が入っているので、一度マカルフからは離れないといけないんですが、近いうちにまた来ます! もしお出かけされるのならば、門に書置きでも貼っておいてください! 私も何かあったら門に張っておきます! きゃあ! 文通みたい!」

 メルはそう言って帰っていった。
 とんでもない人だったけど、それより気になるのはパステルの真意だ。

「パステル」

「うむ、エンデ言いたいことは……」

「あーっ! 忘れ物しちゃいました!」

「ヒーッ!」

 メルがバタンと玄関を開けて戻ってきた!
 思わず変な悲鳴を上げてしまったぞ……。

「これをパステルちゃんに渡しておきます! きっとあなたも強くなりたいと思っていることだと思いまして! 本当はギルド本部に提出しないといけないんですが、横流しします! ではでは!」

 紙束をパステルに渡して、今度こそメルは帰っていった。
 悪い人には見えないけど、変な人なのはもう間違いないな。

「それでパステル……」

「私がメルを信用した理由を聞きたいのだろう? いずれ話す。メルがまた屋敷に来た時にでもな。それまで私を信じて待っていてほしい」

「……うん」

「すまんな、あやふやな事しか言えなくて。私はメルを信用するに値する証を見つけたわけではないのだ。それでも、メルを信じてみたくなった」

「そう思うだけのものがあったんだね」

「うむ。臆病になると人を信じることすら怖くなる。だが、臆病な者が立ち上がるには、誰かを信じて助け合わなくてはならない。差し伸べられたエンデの手を取った時のように……。経験で言えば、一人でいる時の私に声をかけてくる男にロクな者はいなかった。手を取れば死より恐ろしいことが待っていてもおかしくない。だから私は人の手を振り払い続けてきた。だが、エンデの手まで振り払っていたら今の私はいない」

「メルのことも信じて手を取るんだね」

「それもあるが……メルはむしろ誰かに手を差し伸べてほしいと思っているように見えた。メルは勇者だ。それも話を聞く限り生まれつきか、かなり若い段階で本人の意思と関係なくそうなった。ずっと誰かに手を差し伸べる側だったのだろう。だからと言って、メルが我々の味方とは限らない。もし違った時は……」

「俺がパステルを守ればいい。これまでと変わらない」

「メルの理論を証明する形になるが、その通りだ。偉そうなことを言っても、私はまだ守られる立場だ。まだ……な」

 パステルはメルからもらった紙束をぺらぺらとめくって読む。

「それなんなの?」

「これは心躍る冒険への招待状のようなものだ。私を一歩強くするためのな」

 テーブルの上にパステルが紙束を置く。
 その一枚目には『修羅神の迷宮』と大きな文字で書かれていた。

「私一人ではこの迷宮を攻略できない。全員ついてきてくれるか?」

 修羅神の迷宮……聞いたことがあるようで思い出せない……。
 だが、答えは決まっている。

「もちろんさ!」
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