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第一章 白紙の魔本と魔王の少女
Page.3 冥約のページ
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「ふう……。ひさびさに感情が高ぶってしまった。私が泣くところなんてなかなか見れないぞエンデ。運が良かったな」
「うん、泣いていても魔王様はかわいかったよ」
「うーむ、私は褒め言葉として受け取っておくが、他の女に同じことを言ったら張り倒されると思うぞ」
「そ、そうだね」
「あと、魔王様はやめろバカにされてる気分だ。さっきのようにパステルと呼び捨てでいい。私もエンデと呼ぶ」
「わかったよパステル」
俺たちは洞窟を出て森の中を歩いていた。
ハイドラの力を受け取ってから、毒の霧と無害な霧の判別がつくようになった。
なんなら、霧を操って動かすこともできる。
これで危険な魔境もむしろ身を守りやすい地形に早変わりだ。
「それにしても、パステルの魔本も白紙だったなんてね。魔王って聞いた時はとんでもない人だと思ったけど、それを聞いてすごく親近感が湧いたよ」
「魔王というのはあくまで『冥約のページ』を持つ者の総称でしかない。私のような力なき無能でも、そのページがあれば魔王と呼ばれるのだ」
「冥約のページ?」
「……さすがエンデだ。知らんのだな」
魔王関係の知識はまったく頭に入れていなかった。
だって、俺なんかが魔王に出会ったらその時点で死ぬと思っていたからだ。
考えても無駄なことを考えるくらいなら、なんとか逃げきれそうなレベルのモンスターの知識を詰め込みたい。
バジリスクなんかがそうだ。
目さえ見なければ体は固まらないし、バジリスクもわざわざ逃げる人間を追ってまで食べたりしない。
人間はエサとしては小さすぎるし、そのくせすばしっこいから追うエネルギーと食べて得られるエネルギーが釣り合わない。
固まりさえしなければ逃げ切れる確率大なんだ。
と、知識のない言い訳をしたところでパステルの話を素直に聞こう。
「教えてください」
「うむ。というか、実際にページを見た方が早いだろう」
パステルが胸に手をかざすと、そこからオレンジ色の光を放ちながら本が現れた。
昔の俺の魔本は装丁も真っ白だったけど、パステルの魔本はオレンジ色で装丁もガッチリしている。
すごく強そうな魔本に見えるけど、これで白紙なんだなぁ。
「冥約のページというのは……ここだ。少しページの質感もデザインも違うだろう?」
パステルの指差すページは、魔本の最後のページだった。
確かに一枚だけ色も違うし、端っこの方に禍々しい模様も入っている。
「これは魔界に住む者の誰にでもあるわけではなくてな。選ばれし者だけが生まれ持っていると言われている。誇り高き魔王の証だ。このページがあると魔界でも扱いが変わる」
「魔界か……。そっちのことも俺よく知らないんだよね……」
「いや、魔界のことは知らなくて当然だ。現在人間界にいる魔王も、魔界のことはベラベラ話さんだろうからな。魔界の社会の仕組みは私が人間界に来た理由にも繋がる。少し長くなるが、聞いてくれるか?」
「もちろん! なんか別世界の話ってワクワクするし!」
パステルは俺の反応に少し笑ってから話し始めた。
魔界という人間界の隣の世界の存在を。
人間界と魔界はそもそもは一つの世界だったと言われている。
なぜ次元の壁を隔てて二つに分かれてしまったのか。
諸説あるが、魔界の学者の間で有力なのは『超古代大戦説』だ。
大昔に人間と魔族が激しく争い、長く続いた戦いは兵器を大きく進化させた。
その結果、次元すらも破壊する兵器が生まれ文明は崩壊した。
人間界でもまれに今の技術ではとても作れないような物体『古代遺物』が発見されることがある。
大体は動かないけれど、たまにまだ使えるものが見つかって、それを武器として愛用している冒険者もいる。
魔界では古代の技術が一部受け継がれている。
というのも、魔界は人間界と違って地上のほとんどが魔境のような厳しい環境らしい。
古代技術を使って上手く住める環境に変えなければ、人間より強靭な魔族といえど生きていけない。
しかし、生きるのに必要な技術もすべてを理解し、操れるわけではない。
壊れたら直せないかもしれない……。
だから、魔界では基本的に戦闘は禁止である。
魔族は人間より強い。
ちょっとしたケンカが周りに与える影響は計り知れない。
大体の人間が酒飲んで暴れたって、酔った状態ではまともな魔法は使えないけど、魔族ならばむしろ魔法が暴走するので危険になる。
それを止めようとすればさらなる力が必要になるし、結果的に大きな争いになってしまう。
でも、魔族は基本的に気性が荒くて争いを好む。
ルールを作って無理やり抑え込むだけではいつか爆発する。
どうしようもない本能だからだ。
そこで生み出されたのが『魔王』。
冥約のページを持つ者を人間界に送り込んで、そこで覇権を争わせる。
魔界には派閥があり、自分の派閥の魔王が活躍してくれれば自分が暴れられなくても少しは満足できるというものだ。
「みんなで人間界に乗り込んで住もうとはならないのが、魔族の面白く罪深いところだ」
パステルが不敵な笑みを浮かべる。
結局安定した暮らしよりも戦いを求めるのが魔界の住民たちなのだ。
人間界はその遊び場にされている。
「だがな、魔族のすべてが争いを好むわけではなかったりするのだ。ごく少数だが平穏を望む者もいる。だが、そういう者も魔界のギスギスした派閥争いに巻き込まれていく。直接的な暴力を使わずとも、争うことは出来るからな。魔界に残っている者たちはそれも楽しんでいるのだ」
だから、パステルは人間界に来た。
魔界の狭く息苦しい空気を嫌って、一人で別の世界に足を踏み入れた。
「私も身寄りがない。一応の保護者はいるが私のような無能には興味がない奴だった。何回も魔界の名家に引き取られそうになったことがあるが、基本は体目当てだ。悪運は強いので何とか毎回大事に至る前に逃げ出してはいたがな」
魔族は成長が早く、大人になってからの寿命が長い。
または、そもそも完全体で生まれてくる者もいる。
パステルのように幼さが残っている女の子は人気らしい。
「客観的事実として私は美しい。かわいすぎて困るとはこのことだ。少しでも幼さを消すためにこんな口調にして、クールに振舞ってみたものの割と逆効果だった。むしろ人気が上がってしまった。だが、一度無理につけたクセはなかなか抜けなくてな。今もこんな状態だ」
見た目と振る舞いのギャップがむしろ男の欲望を刺激する。
俺も綺麗ごとを言わなければ、見た目通りの女の子よりも、少し引っかかるミステリアスな部分があるパステルに惹かれる。
彼女なりの防衛策が裏目に出てしまった。
そんな環境でパステルがこの年まで生きてこられたのは、魔王の教育機関『魔王学園』に入ることが出来たからだ。
全寮制なので学園と寮を行き来していれば安全……のはずだったんだけど……。
「魔王として見られるとやはり魔法が使えないことがバカにされてな。特に同性である女からのいじめはすごかったぞ。まあ、見た目だけ良くて男には優しくされてる中身は空っぽの女など確かに気に入らんだろう。気持ちはわかる」
そして、学園を卒業したパステルは人間界に行く決意をした。
人間界だって平和なだけじゃない。
後ろ盾もなく仲間もいないパステルは一人で生きていかないといけない。
それでも魔界にはもう居場所はなかった。
「送り込まれたこの土地で、ハイドラに出会えて本当に感謝している。彼がいなければ私はすぐに死んでいた。そして、エンデにも感謝している。出会った時は冷たくあしらってすまなかった」
「いいよいいよ、俺も驚かせるようなことしちゃったし。これからは二人で頑張っていこう。俺も人間界というか、人間社会に居場所がないからさ。町に帰っても俺を殺そうとしたパーティがいるし、何なら俺が魔境に挑むと知って、死ぬか生きて帰ってくるかで賭けをしてた冒険者もいたなぁ……。もはや生きてることを望まれてないよ」
「う、うむ……相当だなぁエンデも。また話を聞かせてほしいが、そろそろ動き出さねば日が暮れ。お互い似た者同士だから、傷の舐めあいが気持ち良すぎて時間を忘れてしまう」
「あはは……そういう言い回しが変な人を惹きつけるんじゃないかなぁ~とか思ったりして」
「む、そうだな。今後気をつけよう」
そう言ってパステルは魔本の他のページを開いた。
彼女の言っていた通りどこも白紙だ。
そこで俺はある疑問が頭に浮かんだ。
「冥約のページって、どんな効果があるの?」
魔王の証として使われるほどのページが、まさか他とページデザインが違うだけってことはないだろう。
きっと、何か特別な力があるはずだ。
「……言っておくか。このページは名を刻むページだ。魔王が信用できる配下の名をな」
「刻むとどうなるの?」
「名を刻んだ側は魔王と命を共有することになる。つまり、魔王が死ぬと配下も死ぬ。配下が死んでも魔王は死なない代わりに、配下には魔王の力の一部が与えられ強くなれる」
「へぇ、確かに魔王の証に恥じないページなんだね。それでどうやったら名前を刻めるの?」
「血を魔本に垂らせばいい。一滴でかまわないらしいぞ」
俺は指先を爪で軽く切る。
傷口から血が少しあふれる。
竜の力を受け継いでから、体も強くなった。
爪の切れ味も抜群だから、気をつけて生活しないとなぁ。
「エンデ、わかっているのか? 私に力などないから名を刻んでも何の力も得られない。死のリスクが高まるだけだぞ。一時の感情で取り返しのつかないことを……」
「わかってる。でも、信用ってのは言葉じゃなくて行動で得ないといけない。これが俺なりの覚悟さ。それにハイドラが命で俺の魔本に文字を刻んでくれたように、俺もパステルの白紙の魔本に命で文字を刻みたい。まあ、俺の名前が刻まれても魔法は使えるようにはならないけど」
「……わかった。ここで断っては魔王ではない。冥約を交わそうぞ」
パステルのまっさらな魔本、その最後の一ページに俺の血が落とされた。
その赤い点は複雑に形を変え、見たこともない文字になってページに定着した。
知らない文字だけど、なぜかそれが俺の名前だと読むことが出来た。
「冥約は交わされた。エンデ、今日からお前は魔王の配下だ」
「これで俺はパステルを殺せない。もとからそんなことはしないけど、行動で証明できた」
「実はそうでもないのだな、これが」
「ええっ!?」
「冥約を交わした者が魔王を殺すと、その者は死なんのだ。だからやたら冥約を交わして力を与えると、裏切りのリスクが高くなる。しかも魔王を殺した者が望むなら、冥約のページを奪い取り新たな魔王になれる。冥約は魔王にとって完全に有利な行動ではないのだ」
「どうしてそれを言わなかったの?」
「私なりの覚悟だ。エンデが信用してくれたから、私もそれに応える行動をしたまで。お前はまだわかっていないかもしれないが、私の配下になるのは相当危険なことなのだ。この世界には私を殺して得をする者がたくさんいる」
魔王は他の魔王を殺すことで冥約のページを奪える。
魔本のページが増えれば強くなれる。
パステルの冥約のページが一枚なのは弱いからだ。
だが、そんな弱いパステルでも倒せば一枚は手に入るし、魔王でない者は魔王になれる。
人間もまた魔王というだけで狙ってくる。
中には魔族に負けない圧倒的な能力を持った勇者もいる。
パステルを守るということは、決して楽なことでない。
「もう逃がさないぞエンデ。私はお前に頼って生きていく。私の純潔を奪った男だからな」
「望むところさ」
体の中の魔力がうずく。
もう俺も魔族なのかもしれない。
彼女を守るということに喜びを感じている。
この託された力でどこまで戦えるのか知りたがっている。
「でも、そういうちょっとやらしい言い回しはやめた方がいいと思う。純潔って言ってもあくまでも魔本の純潔だから、知らない人に聞かれると……」
「そうだった。まったくいらぬクセをつけてしまったものだ」
咳払いをして気を取り直し、今度こそパステルは魔本の通常ページを開く。
そして、どこからか取り出した黒くて長細い紙を挟み込む。
「それは……しおり?」
「うむ、これを魔本に挟み込むと『しおり』に封じられた魔法を使うことが出来る。使い捨てなうえ、魔界でも貴重で高価な品だ。数にも限りがある。だが、今が使い時だ」
パステルがぱたんと魔本を閉じる。
すると魔本から青い光が放たれ、そこに人の顔が浮かぶ。
『魔界次元通信局です』
「私の後見人……ゴルドに繋いでくれ」
「うん、泣いていても魔王様はかわいかったよ」
「うーむ、私は褒め言葉として受け取っておくが、他の女に同じことを言ったら張り倒されると思うぞ」
「そ、そうだね」
「あと、魔王様はやめろバカにされてる気分だ。さっきのようにパステルと呼び捨てでいい。私もエンデと呼ぶ」
「わかったよパステル」
俺たちは洞窟を出て森の中を歩いていた。
ハイドラの力を受け取ってから、毒の霧と無害な霧の判別がつくようになった。
なんなら、霧を操って動かすこともできる。
これで危険な魔境もむしろ身を守りやすい地形に早変わりだ。
「それにしても、パステルの魔本も白紙だったなんてね。魔王って聞いた時はとんでもない人だと思ったけど、それを聞いてすごく親近感が湧いたよ」
「魔王というのはあくまで『冥約のページ』を持つ者の総称でしかない。私のような力なき無能でも、そのページがあれば魔王と呼ばれるのだ」
「冥約のページ?」
「……さすがエンデだ。知らんのだな」
魔王関係の知識はまったく頭に入れていなかった。
だって、俺なんかが魔王に出会ったらその時点で死ぬと思っていたからだ。
考えても無駄なことを考えるくらいなら、なんとか逃げきれそうなレベルのモンスターの知識を詰め込みたい。
バジリスクなんかがそうだ。
目さえ見なければ体は固まらないし、バジリスクもわざわざ逃げる人間を追ってまで食べたりしない。
人間はエサとしては小さすぎるし、そのくせすばしっこいから追うエネルギーと食べて得られるエネルギーが釣り合わない。
固まりさえしなければ逃げ切れる確率大なんだ。
と、知識のない言い訳をしたところでパステルの話を素直に聞こう。
「教えてください」
「うむ。というか、実際にページを見た方が早いだろう」
パステルが胸に手をかざすと、そこからオレンジ色の光を放ちながら本が現れた。
昔の俺の魔本は装丁も真っ白だったけど、パステルの魔本はオレンジ色で装丁もガッチリしている。
すごく強そうな魔本に見えるけど、これで白紙なんだなぁ。
「冥約のページというのは……ここだ。少しページの質感もデザインも違うだろう?」
パステルの指差すページは、魔本の最後のページだった。
確かに一枚だけ色も違うし、端っこの方に禍々しい模様も入っている。
「これは魔界に住む者の誰にでもあるわけではなくてな。選ばれし者だけが生まれ持っていると言われている。誇り高き魔王の証だ。このページがあると魔界でも扱いが変わる」
「魔界か……。そっちのことも俺よく知らないんだよね……」
「いや、魔界のことは知らなくて当然だ。現在人間界にいる魔王も、魔界のことはベラベラ話さんだろうからな。魔界の社会の仕組みは私が人間界に来た理由にも繋がる。少し長くなるが、聞いてくれるか?」
「もちろん! なんか別世界の話ってワクワクするし!」
パステルは俺の反応に少し笑ってから話し始めた。
魔界という人間界の隣の世界の存在を。
人間界と魔界はそもそもは一つの世界だったと言われている。
なぜ次元の壁を隔てて二つに分かれてしまったのか。
諸説あるが、魔界の学者の間で有力なのは『超古代大戦説』だ。
大昔に人間と魔族が激しく争い、長く続いた戦いは兵器を大きく進化させた。
その結果、次元すらも破壊する兵器が生まれ文明は崩壊した。
人間界でもまれに今の技術ではとても作れないような物体『古代遺物』が発見されることがある。
大体は動かないけれど、たまにまだ使えるものが見つかって、それを武器として愛用している冒険者もいる。
魔界では古代の技術が一部受け継がれている。
というのも、魔界は人間界と違って地上のほとんどが魔境のような厳しい環境らしい。
古代技術を使って上手く住める環境に変えなければ、人間より強靭な魔族といえど生きていけない。
しかし、生きるのに必要な技術もすべてを理解し、操れるわけではない。
壊れたら直せないかもしれない……。
だから、魔界では基本的に戦闘は禁止である。
魔族は人間より強い。
ちょっとしたケンカが周りに与える影響は計り知れない。
大体の人間が酒飲んで暴れたって、酔った状態ではまともな魔法は使えないけど、魔族ならばむしろ魔法が暴走するので危険になる。
それを止めようとすればさらなる力が必要になるし、結果的に大きな争いになってしまう。
でも、魔族は基本的に気性が荒くて争いを好む。
ルールを作って無理やり抑え込むだけではいつか爆発する。
どうしようもない本能だからだ。
そこで生み出されたのが『魔王』。
冥約のページを持つ者を人間界に送り込んで、そこで覇権を争わせる。
魔界には派閥があり、自分の派閥の魔王が活躍してくれれば自分が暴れられなくても少しは満足できるというものだ。
「みんなで人間界に乗り込んで住もうとはならないのが、魔族の面白く罪深いところだ」
パステルが不敵な笑みを浮かべる。
結局安定した暮らしよりも戦いを求めるのが魔界の住民たちなのだ。
人間界はその遊び場にされている。
「だがな、魔族のすべてが争いを好むわけではなかったりするのだ。ごく少数だが平穏を望む者もいる。だが、そういう者も魔界のギスギスした派閥争いに巻き込まれていく。直接的な暴力を使わずとも、争うことは出来るからな。魔界に残っている者たちはそれも楽しんでいるのだ」
だから、パステルは人間界に来た。
魔界の狭く息苦しい空気を嫌って、一人で別の世界に足を踏み入れた。
「私も身寄りがない。一応の保護者はいるが私のような無能には興味がない奴だった。何回も魔界の名家に引き取られそうになったことがあるが、基本は体目当てだ。悪運は強いので何とか毎回大事に至る前に逃げ出してはいたがな」
魔族は成長が早く、大人になってからの寿命が長い。
または、そもそも完全体で生まれてくる者もいる。
パステルのように幼さが残っている女の子は人気らしい。
「客観的事実として私は美しい。かわいすぎて困るとはこのことだ。少しでも幼さを消すためにこんな口調にして、クールに振舞ってみたものの割と逆効果だった。むしろ人気が上がってしまった。だが、一度無理につけたクセはなかなか抜けなくてな。今もこんな状態だ」
見た目と振る舞いのギャップがむしろ男の欲望を刺激する。
俺も綺麗ごとを言わなければ、見た目通りの女の子よりも、少し引っかかるミステリアスな部分があるパステルに惹かれる。
彼女なりの防衛策が裏目に出てしまった。
そんな環境でパステルがこの年まで生きてこられたのは、魔王の教育機関『魔王学園』に入ることが出来たからだ。
全寮制なので学園と寮を行き来していれば安全……のはずだったんだけど……。
「魔王として見られるとやはり魔法が使えないことがバカにされてな。特に同性である女からのいじめはすごかったぞ。まあ、見た目だけ良くて男には優しくされてる中身は空っぽの女など確かに気に入らんだろう。気持ちはわかる」
そして、学園を卒業したパステルは人間界に行く決意をした。
人間界だって平和なだけじゃない。
後ろ盾もなく仲間もいないパステルは一人で生きていかないといけない。
それでも魔界にはもう居場所はなかった。
「送り込まれたこの土地で、ハイドラに出会えて本当に感謝している。彼がいなければ私はすぐに死んでいた。そして、エンデにも感謝している。出会った時は冷たくあしらってすまなかった」
「いいよいいよ、俺も驚かせるようなことしちゃったし。これからは二人で頑張っていこう。俺も人間界というか、人間社会に居場所がないからさ。町に帰っても俺を殺そうとしたパーティがいるし、何なら俺が魔境に挑むと知って、死ぬか生きて帰ってくるかで賭けをしてた冒険者もいたなぁ……。もはや生きてることを望まれてないよ」
「う、うむ……相当だなぁエンデも。また話を聞かせてほしいが、そろそろ動き出さねば日が暮れ。お互い似た者同士だから、傷の舐めあいが気持ち良すぎて時間を忘れてしまう」
「あはは……そういう言い回しが変な人を惹きつけるんじゃないかなぁ~とか思ったりして」
「む、そうだな。今後気をつけよう」
そう言ってパステルは魔本の他のページを開いた。
彼女の言っていた通りどこも白紙だ。
そこで俺はある疑問が頭に浮かんだ。
「冥約のページって、どんな効果があるの?」
魔王の証として使われるほどのページが、まさか他とページデザインが違うだけってことはないだろう。
きっと、何か特別な力があるはずだ。
「……言っておくか。このページは名を刻むページだ。魔王が信用できる配下の名をな」
「刻むとどうなるの?」
「名を刻んだ側は魔王と命を共有することになる。つまり、魔王が死ぬと配下も死ぬ。配下が死んでも魔王は死なない代わりに、配下には魔王の力の一部が与えられ強くなれる」
「へぇ、確かに魔王の証に恥じないページなんだね。それでどうやったら名前を刻めるの?」
「血を魔本に垂らせばいい。一滴でかまわないらしいぞ」
俺は指先を爪で軽く切る。
傷口から血が少しあふれる。
竜の力を受け継いでから、体も強くなった。
爪の切れ味も抜群だから、気をつけて生活しないとなぁ。
「エンデ、わかっているのか? 私に力などないから名を刻んでも何の力も得られない。死のリスクが高まるだけだぞ。一時の感情で取り返しのつかないことを……」
「わかってる。でも、信用ってのは言葉じゃなくて行動で得ないといけない。これが俺なりの覚悟さ。それにハイドラが命で俺の魔本に文字を刻んでくれたように、俺もパステルの白紙の魔本に命で文字を刻みたい。まあ、俺の名前が刻まれても魔法は使えるようにはならないけど」
「……わかった。ここで断っては魔王ではない。冥約を交わそうぞ」
パステルのまっさらな魔本、その最後の一ページに俺の血が落とされた。
その赤い点は複雑に形を変え、見たこともない文字になってページに定着した。
知らない文字だけど、なぜかそれが俺の名前だと読むことが出来た。
「冥約は交わされた。エンデ、今日からお前は魔王の配下だ」
「これで俺はパステルを殺せない。もとからそんなことはしないけど、行動で証明できた」
「実はそうでもないのだな、これが」
「ええっ!?」
「冥約を交わした者が魔王を殺すと、その者は死なんのだ。だからやたら冥約を交わして力を与えると、裏切りのリスクが高くなる。しかも魔王を殺した者が望むなら、冥約のページを奪い取り新たな魔王になれる。冥約は魔王にとって完全に有利な行動ではないのだ」
「どうしてそれを言わなかったの?」
「私なりの覚悟だ。エンデが信用してくれたから、私もそれに応える行動をしたまで。お前はまだわかっていないかもしれないが、私の配下になるのは相当危険なことなのだ。この世界には私を殺して得をする者がたくさんいる」
魔王は他の魔王を殺すことで冥約のページを奪える。
魔本のページが増えれば強くなれる。
パステルの冥約のページが一枚なのは弱いからだ。
だが、そんな弱いパステルでも倒せば一枚は手に入るし、魔王でない者は魔王になれる。
人間もまた魔王というだけで狙ってくる。
中には魔族に負けない圧倒的な能力を持った勇者もいる。
パステルを守るということは、決して楽なことでない。
「もう逃がさないぞエンデ。私はお前に頼って生きていく。私の純潔を奪った男だからな」
「望むところさ」
体の中の魔力がうずく。
もう俺も魔族なのかもしれない。
彼女を守るということに喜びを感じている。
この託された力でどこまで戦えるのか知りたがっている。
「でも、そういうちょっとやらしい言い回しはやめた方がいいと思う。純潔って言ってもあくまでも魔本の純潔だから、知らない人に聞かれると……」
「そうだった。まったくいらぬクセをつけてしまったものだ」
咳払いをして気を取り直し、今度こそパステルは魔本の通常ページを開く。
そして、どこからか取り出した黒くて長細い紙を挟み込む。
「それは……しおり?」
「うむ、これを魔本に挟み込むと『しおり』に封じられた魔法を使うことが出来る。使い捨てなうえ、魔界でも貴重で高価な品だ。数にも限りがある。だが、今が使い時だ」
パステルがぱたんと魔本を閉じる。
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