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第8章 第二次琵琶湖決戦

-139- 穏やかな水面のように

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『あら? あそこにいらっしゃるのはマキナのお母様ではありませんか?』

 紅花のアンサー・レッドが指差す先には確かにお母さんがいて、こちらに何度も投げキッスを飛ばしていた!
 しかも周りと比べて目立ってると思ったら、育美さんに肩車してもらってるんだ!
 3年ぶりにお母さんが動いているところを見れた感動よりも、何をやっているんだというツッコミを優先したくなるなんて、相変わらずあの人は自由人だな……。
 でもまあ、おかげで本当にお母さんが戻って来たと実感出来るんだけどね。
 後はあの投げキッスの最中に周りの人にも聞こえる声で恥ずかしいセリフを言ってないことを祈るだけだ……!

『それにしても、この状態で着陸しても大丈夫か? ボロボロの機体があの人らの上を通過することになるけど、脆くなってる装甲が落ちたりしたら……』

 葵さんの懸念けねんはもっともだった。
 気持ちは十分受け取ったのでみんなには屋内に戻ってもらい、人がいなくなった後で私たちは機体を着陸させ、それぞれのハッチに機体を入れて整備ドックへと戻した。
 これにて本当に作戦終了!
 お疲れさまでした!

 コックピットカプセルから出てうーんと体を伸ばす。
 ああ、やり切った後の達成感と解放感……最高ね!

「蒔苗ああああああっ! 良かった……! 無事でいてくれて……!」

 お母さんがいきなり私の胸に飛び込んできた!
 震えながらすすり泣くお母さんの体は思っていたよりも小さくて、眠っている間に体が弱ったんじゃないかと心配になる。
 でも、お医者さんからは眠っていても体が弱らず老化もしないコールドスリープのような症状だって言われていた気が……。

「この3年で背が伸びたんだね……。この身長差で街中を歩いたら私の方が娘に見えるかも……」

「そうかも……って、それは流石にないでしょ!」

 童顔で3年間歳をとってないと言っても娘のいる30代だもん!
 いくら私が老けて見えると言われがちでも、流石にそんなことは……。

「とにかく元気でいてくれて本当に良かった……! さっきの戦いもお母さん心配で心配で……!」

「でも、お母さんかなり強気だったじゃない? その言葉に勇気づけられて私は勝つことが出来たんだよ?」

「そんなの強がりよ! 娘が命を賭けて戦ってるのに心配じゃない親なんて親じゃないわ! もちろん育美のシステムは信用してたし蒔苗の力も信じてたけど、『母は強し』って言葉があるでしょ? だから、母である私が勝てなかった竜に娘の蒔苗が勝てるのかなって……。こういう昔の人の言葉ってすごく納得させられることがあるし……」

 単純に娘を信じて強がってたけど実は心配だったという話ではなく、謎の理論を持ち出してくるのがお母さんらしい。
 でも、『母は強し』って別に昔の人のことわざとかではなかった気が……。

「んふふ! まあ今回ばかりは娘は強しだったみたいね! こうして無事帰って来てるんだから! もー、お母さん嬉しくって誇らしくって蒔苗のDMDが輝いて見えたもん!」

 それは本当にオーラで輝いてるんだけど、まだオーラという存在自体知らないのね。
 お母さんとお話したいことはたくさんあるけど、こうして胸に抱いて体温を感じていると安心してどんどん眠く……。

「あ、あらら? 蒔苗どうしたの? ちょっと……目を覚まして蒔苗!」

「大丈夫、寝てるだけですよ七菜さん」

「……本当だ。いきなり寝るからびっくりしちゃったじゃない」

「疲れてるんですよ。でも、蒔苗ちゃんは元気な方です。ほら、他のみんなは……」

「うふふ、カプセルの中でそのまま寝ちゃったのね。みんなかわいい顔して……全員私の子どもにしちゃおうかしら?」

「紫苑さんの娘さんもいますから、それは……」

「冗談よ。相変わらず生真面目ねぇ育美。そこが大好き」

「七菜さんも本当にお変わりないですね」

「そりゃ3年寝てただけだもん。変わる理由がないし、元気だって有り余ってるわ。ただ寝てる間に父さんが死んだことはすごくショックだった。あの人は死んでも死なないし、なんなら私より長生きするんじゃないかって思ってから」

「そうですね……」

「でも、戦いの中で散ったのなら納得も出来る。しかも、その相手が私が戦った竜よりもさらに強い奴だったとなればね。まあ、父さん自身は納得してないかもしれないけど! 負けず嫌いだったからなぁあの人は」

「へぇ、そんなイメージあんまりありませんけどね」

「実の娘と他人の娘じゃ対応が違うのよ。私たち兄弟は遊びでも手を抜いてもらえなくて泣いてたなぁ……。まっ、本当のところ末っ子の私は甘やかされてたんだけどね!」

「七菜さんは甘えるの上手そうですもんね」

「おっ、言ったな~? じゃあ、育美も私を甘やかしてくれる? 背中からぎゅーって抱きしめてよ。久しぶりに育美に会った私のためにさ」

「そうですね……。じゃあ、こうしましょう」

 薄れゆく意識の中で、育美さんの温もりを背中に感じた。

「ちょっと! それじゃあ蒔苗を2人で抱きしめる形じゃない!」

「いいじゃないですか今は。頑張った蒔苗ちゃんを抱きしめるのが先です」

「まあ、それもそうね。かわいいかわいい私の蒔苗……」

 お母さんが優しく頭をなでる。
 そこで私は完全な眠りに落ちた……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 目が覚めると私は病院のベッドにいた。
 あれだけのオーラを使ったし、竜種との戦闘時間も長かったし、検査を行うのは自然な流れね。
 でも、最後は気絶するように眠ったんじゃなくて、ゆっくり落ちていく感じだったから異常はないと思うけど……。

「お母さん……一緒のベッドで寝てる……」

 ずっと私を見守ろうとしたけど途中で眠くなったんだろうな。
 広い個室のベッドだから窮屈ではないけど、相変わらず驚かせてくれる!

「おはよう蒔苗ちゃん」

「あっ、育美さん! おはようございます!」

 病室に入って来た育美さんは私の隣で寝ているお母さんをチラッと見ただけで特に驚くこともなくベッドの横の椅子に座った。
 流石お母さんのことをよく知っているだけある……!

「改めてお疲れ様、蒔苗ちゃん。本当に、本当に……よくやってくれたわ」

「ありがとうございます! いやぁ、流石にコアとアイオロスと竜種が一体化した奴が現れた時はビビっちゃいましたけど、お母さんのおかげで踏ん張れました。というか、お母さんがいきなり現れたことの方にビビっちゃって逆に落ち着いた感じですね」

「私も七菜さんが目覚めているとは思わなかったわ……。作戦のちょっと前に1人でお見舞いに行った時はいつもとかわらなかったし、目覚めたのならすぐに連絡してくれると思ってたからねぇ」

「うちの母がすいません……」

「ふふっ、蒔苗ちゃんが謝らなくてもいいのよ。あの人は転んでもただでは起きない人だってことは私も知ってるからね。目覚めていることを隠して滋賀にまでやって来てサプライズを仕掛けようとする人でも驚くことは……あるわね。まさか、ここまでとは……」

 育美さんとならお母さんの話がいくらでも出来そうだ。
 でも、DMD操者としては別の話題も聞いておかないといけない。

「ところで、ダンジョンの方はどうですか? 確実にコアを破壊した手ごたえはありましたけど……」

「うん、ちゃんと破壊されてるわ。コアから発せられる波動が途絶えてるし、ダンジョンの縮小も確認されてるし、残存モンスターもほぼほぼ掃討されたみたいよ」

「そうですか……! 良かった……! でも、縮小の確認や残存モンスターの掃討が進んでいるということは、かなり長い時間私が寝てたってことですね」

「まあでも大体2日くらいよ。寝てる間に出来る検査はやってもらって、体に異常がないことはわかってるから、退院しようと思えば今すぐにでも出来るわ」

「他のみんなはどうですか? 体を悪くしてなければいいんですけど……」

「心配しないで。みんな健康そのものよ。検査を終えた後すぐにDMDを操って掃討作戦に参加してたくらいだもの」

「もうみんな戦ってるんですね! じゃあ、私も行かないと……!」

「蒔苗ちゃんが出ないといけないほどヤバイモンスターはもういないから大丈夫よ。それにアイオロス・マキナはダメージが大きくて、まだ動かせる状態じゃないわ」

「あ……そうでした。派手に壊しちゃいましたからね……」

「メカニックとしては動く状態で戻って来てくれただけで嬉しいわ。相手が相手だったもの。普通だったら大破してたっておかしくない……。これも蒔苗ちゃんのおかげね」

「いやぁ、それほどでも……!」

「時間さえ貰えれば元に近い形に直せると思う。希少な素材で出来た機体だから、完全な状態にはならないかもしれないけど……それに関しても少し考えがあるわ。でも、今はそんなこと気にせずにゆっくり休んで。あっ、もうじき蒔苗ちゃんが目覚めたことを知ったみんなが病室に駆けつけてくると思うからよろしくね」

「はい、わかりました!」

「よし! じゃあ、私と七菜さんは退散するとしようかな」

 育美さんは慣れた手つきで眠ったままのお母さんを抱きかかえる。
 いわゆるお姫様抱っこという奴だ!

「いいなぁ……。私も抱っこしてほしいなぁ……」

「お安い御用よ! でも、また今度ね」

 むにゃむにゃと寝言を言うお母さんを抱いて育美さんは去っていった。
 あの様子だとお母さんがまた眠ったままになることはなさそうね。
 これで当面の問題はすべて解決したわけだ。

「なんか清々しい気持ちね……」

 失ったものは戻らないけど、取り戻せるものは取り戻した。
 私の心は琵琶湖の水面みなものように穏やかだ。

「……ちょっと、走っちゃいけませんわよ!」

 病室の外から声が聞こえてくる。
 このお嬢様口調は紅花か蘭か……うん、紅花の方だ。
 育美さんの言った通りみんなが病室にやって来たみたいね。

「マキナ……! ああっ……!」

 一番最初に入って来たのは藍花で、まるで重病患者の元へ駆けつけたような切羽詰まった顔をしてベッドまで駆け寄ってきた。

「ただ眠っているだけだと聞いたでしょうに!」

 次に入ってきた紅花も言葉とは裏腹に心配そうな顔をしていたけど、私の顔を見た途端その表情が緩んだ。

「蒔苗さんが目覚めたと聞いて飛んできましたわ!」

 蘭はトレードマークのカツラもドレスも着けていないあたり本当に飛んで来たことがわかる。
 9月を前にしても暑さが残る今の時期にピッタリの薄着と短髪もまた彼女に似合っている。

「まっ、私はそんなに心配してなかったけどな」

 葵さんは逆にこっちが心配になるくらい疲れた顔をしていた。
 戦いで気持ちがたかぶった結果、私とは逆に眠れなくなったのかも……。
 でも、その笑顔はいつだってまぶしい。

「蒔苗様、おはようございます」

 スーツを着込んでモエギ・マシニクルの社員に戻った百華さんは晴れやかな顔をしていた。
 恩人であるお爺ちゃんの敵討ち、そして生前なしえなかった『琵琶湖大迷宮』の抹消はなされた。
 それから数日たって気持ちも落ち着いたんだろう。
 今までで一番自然体の彼女を見せてもらった気がした。

「みんな、おはよう! 一緒に戦ってくれてありがとう!」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 第二次琵琶湖決戦――。
 前回の琵琶湖決戦も異例の戦力が集められた一大作戦だったが、今回はそれを大きく上回る戦力が投入された人類史上最大のダンジョン攻略作戦であった。

 その目標は出現した竜種の討伐とダンジョンの抹消。
 検出された竜種の脳波は今までになく強く、ダンジョンも最も深いレベル100であるにもかかわらず、この作戦は成功した。それも犠牲者なしで……。
 激しい戦闘により多少の体調不良者は出たが、萌葱蒔苗が目覚めるまでに全員退院し、みな操者として復帰している。

 『琵琶湖大迷宮』の完全消滅には3週間の時間を要した。
 レベル70ダンジョン『黄金郷真球宮』が2週間だったので、おおよそ予想通りの時間であった。

 その間、萌葱蒔苗を滋賀第二マシンベースに残す予定ではあったが、完全消滅まで待っていると夏休みが終わり新学期が始まってしまうことが問題になった。
 そのためギリギリまで小さくなっていくダンジョンを滋賀で監視した後は東京へ帰り、普通に学校に通いつつ緊急時には滋賀へ駆けつけることになった。
 緊急時の移動には新たに首都第七マシンベースに配備されたDフェザーユニット搭載型超高速輸送機を使い、DMDと共に飛んでいくことになる。

 しかし、そんな緊急事態は起こらなかった。
 『琵琶湖大迷宮』は静かに完全消滅し、琵琶湖の水面は30年前と変わらない穏やかな姿を取り戻した。

 こうして、第二次琵琶湖決戦のすべてが終了した。
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