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第8章 第二次琵琶湖決戦

-124- 運命の先へ

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 竜種出現。
 そのしらせを受けた時、私は思ったよりも驚かなかった。
 ずっとその存在を意識しながら戦ってきたからね。
 でも私の周りは結構バタバタしていて、いかにこの脅威に対抗するかという会議が行われていた。

 敵性脳波感知器が反応を示したのは滋賀県の琵琶湖、そのど真ん中に大穴を開けているレベル100ダンジョン『琵琶湖大迷宮』だ。
 感知器は今も反応を示しており、数々のチェックを行ったうえで不具合ではないと証明された。

 『琵琶湖大迷宮』はかつてお爺ちゃんが竜種と戦い命を落とした場所……。
 歴史上最も多くのDMDが投入された作戦『琵琶湖決戦』が行われた場所だ。
 だからこそ、ダンジョンの入口からレベル50までのデータはそれなりに揃っている。
 内部の構造や出現するモンスターもまったく不明というわけではない。

 ただ、そのデータは数か月前の作戦当時からあまり更新されていない。
 広大なダンジョンと強力なモンスターたちが生半可な戦力での調査を許してくれないからだ。
 さらにわかっているのはレベル100のうちの50、つまり全体の半分だけだ。
 もう半分は当然何の情報もなく、手探りで進まざるを得ない。

 さらに竜種の卵はダンジョンの最奥、レベル100の地点に存在するとされている。
 これは感知した脳波を調べることで判明した事実だ。
 レベル100地点ということはコアと同じ場所にあるということ。
 前回の戦いではレベル60付近に竜種がいたとされ、お爺ちゃんのアイオロスがブレイブ・バトル・システムを使用することで50手前の地点におびき寄せることに成功している。

 しかし、レベル100ともなると浅い場所から脳波を放ってもおびき寄せられるとは限らない。
 それに理想としては卵から孵化する前にダンジョンコアを破壊し、『黄金郷真球宮』の時のように不完全な状態で生まれてきた竜種を撃破したい。
 この場合おびき寄せる作戦は使えない。
 私が最奥まで突撃してコアを破壊後、後退しつつ竜種に攻撃を加えて味方機と合流……というのが基本的な流れになるだろう。

 問題は私が最奥までたどり着けるかということだけど、まあたどり着くだけなら難しくないと思う。
 レベル50まではたくさんの味方機の援護を受けられるだろうし、それ以降もヴァイオレット社製の新型装置があれば60、70まで潜っていける操者がいるはずだ。
 それに最低でもレベル80まで紅花と藍花と一緒に戦えるし、問題があるとすれば80以降になる。

 そこにたどり着くまでにアイオロス・マキナが損傷したりすれば、作戦の成功率はグッと下がると思う。
 逆に80まで無傷で送り届けてもらえれば、残りの道のりを駆け抜けてコアを破壊する自信がある。

 レベル100まで潜れるのは私とアイオロス・マキナのみ。
 だからこそ、私たちをいかに万全の状態で最奥に送り届けるかというのが作戦の焦点になった。

「モエギの倉庫に眠ってる試作決戦兵器でも引っ張り出してみようかな。忙しくなるから無理してるように見えるかもしれないけど、緊急事態だから許してねっ!」

 育美さんは竜種の出現にも動揺せず、むしろ少し楽しそうに見えた。
 過去のことを割り切れたんだなと安心する一方で、一体どんな兵器を持ってくるんだ……という恐ろしさもある。
 アイオロス・マキナにこれ以上の力を持たせようって言うんだから、本当にすごい人は私じゃなくて彼女なんじゃないかといつも思わされる。

 そうそう、忙しそうと言えばヴァイオレット社の人たちよね。
 戦いの舞台となる『琵琶湖大迷宮』に脳波を飛ばすことが出来るマシンベースは、今回脳波を感知した滋賀第二マシンベースの他に滋賀第四マシンベースがある。
 脳波は最大半径20キロまで飛ばすことが出来るから、立地によっては1つのダンジョンに複数のマシンベースからアクセスすることが出来るんだ。

 ただ、この滋賀第二と第四にはまだヴァイオレット社製の新型装置類が導入されていなかったのよね……。
 もちろん深層ダンジョンを範囲に収めるマシンベースだから優先して導入される予定ではあったんだけど、そもそもヴァイオレット社は海外の会社だし優先順位は自国が先になる。
 それに新型装置に使うパーツも本社がある海外で作ってるから、どうしても輸送に手間がかかる。
 精密機械の塊だし雑に運ぶわけにもいかないしね……。

 でも、竜種の誕生が発覚してからはすべての予定を無視して滋賀第二と第四への新型装置の導入が進められている。
 工事完了予定日は1週間後……。
 部隊の編成やDMDの輸送、作戦会議などの攻略の準備も、どんなに急いでもこれと同じくらいの時間を要すると言われている。
 以上のことから『琵琶湖大迷宮』の抹消作戦……通称『第二次琵琶湖決戦』は余裕を持って10日後に決行されることになった。

 竜種との戦いは早ければ早いほど良い。
 場合によっては日程が前倒しになることもあるかもしれない。
 しかし、急いだ結果準備をおこたり敗北するようなことがあれば二度目のチャンスはない。
 迅速かつ正確に一度の戦いで勝利を掴む。
 それが私たち人類に求められているものだ。

 最重要戦力である私は1週間と言わずもっと早めに滋賀県に向かうことになる。
 それまでの数日間やるべきことは……特になかった。
 アイオロス・マキナの調整は完璧だし、私自身にも不安要素はない。
 周りの人からも変に動かず体調を整えてほしいと思われていることだろう。

 ここにきて暇な時間を手に入れた私は病院に行くことにした。
 といっても、自分の体調を整えるために行くわけじゃない。
 眠り続けているお母さんのお見舞いに行くんだ。

 モエギのスタッフさんに病院まで送ってもらい、通い慣れた病室に向かう。
 病室のお母さんはいつも変わらなくって、3年が経過しても歳をとっているようには見えない。
 痩せていくわけでもないし、太っていくわけでもない。
 まるで時が止まったかのように眠り続けている。
 最初の頃はお見舞いに来るたびに何度も話しかけていたけど、何度話しかけても返事がないからそのうち話しかけなくなり、お見舞いに来る回数も減ってしまっていた。

 今も私はお母さんにあまり話しかけたりはしない。
 でも、話しかけない理由は大きく変わっている。
 というのも、昔と違って今は話しかけたら返事をしてきそうな雰囲気があるんだ。
 飛び起きていつもの調子で茶化してきそうな……そんな気がしてならない。

 だから私はちょっと恥ずかしくって何を話していいのか迷っている間に、手とか頬とかを少し触って帰っている。
 しんとした病室の空気の中、改まってお母さんと2人きりで話をするというのは、娘としては気恥ずかしいものがある。

 でも! 今回はちゃんと話すぞ!
 第二次琵琶湖決戦の前に話が出来るのは今だけだ。
 私は負ける気がしないけど、何も言わなかったらお母さんが不安になるかもしれない。
 計測されている竜種の脳波は現時点で私とヴァイオレット姉妹が戦った『SLIMEスライム』や、お爺ちゃんが戦った前回の琵琶湖の竜『KRAKENクラーケン』を上回っている。
 当然、お母さんが戦った『GOLEMゴーレム』よりも強いはず……。

 きっと過酷な戦いになるだろう。
 だから今回だけはお母さんに私がやろうとしていることを報告しておこう。
 お母さんの手を持ち、私の頬に当てる。
 あったかい……生きている人の手だ。

「あ……そうだ!」

 どう話を切り出すか考えていた時、お母さんに絶対に報告しとかないといけないことを思い出した!

「お母さん……お父さんの命を奪った奴の正体がわかったよ。でっぷり太ったヒルみたいなモンスターなんだけど、透明化能力とすばしっこさがあって、しかも毒を持ってる。この毒が死蓮花のアザを浮かび上がらせ、人を死に至らしめる原因だったんだ。『黄金郷真球宮』を攻略してる時に偶然そいつを倒して、手に入れた臓器をモエギの迷宮素材研究所で調べてもらったから間違いないと思うよ。研究結果は医療機関と共有してるから、もしこれから死蓮花のアザを持つ人が現れても治療出来るようになるんだってさ。良かったよね」

 お父さんの死の真相は呪いでも何でもなく、深層ダンジョンのモンスターが持つ凶悪な毒のせいだった。
 姿を隠して気づかれぬように毒を注入しては深層へと逃げ帰るだけの姑息なモンスターだけど、生身で相手をするのは難しすぎた。

 でも、今はもはや恐れる必要はない。
 解毒薬の存在もそうだけど、何よりはDMDだ。
 生身でダンジョンに潜る必要はなく、透明化も暴くことが出来るカメラが少しずつ流通し始めている。
 その透明化を暴くカメラの開発には私も一役買っているんだけど、それを今話してもお母さんは褒めてくれない。

「お母さん、私もお母さんみたいに竜と戦ってくるよ。私は絶対に負けないから、お母さんも早く目を覚ましてうんと私を褒めてよね。約束だよ」

 母親の威厳みたいなものはあまり見せない人だったけど、ことあるごとに私のことを褒めてくれる人だった。
 私が今欲しいものはお母さんの優しい言葉なのかもしれない。
 それを聞くためにもこの戦い……負けるわけにはいかない。

「じゃあ、また来るよお母さん。決着をつけた後にね」

 病室のドアを静かに閉め、その場を後にする。
 看護師さんたちによろしく言ってから帰ろう。
 数日後には私は滋賀にいるだろうからね。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ドアが静かに閉められ静寂が戻った病室。
 室内には眠り続ける萌葱七菜の呼吸の音だけが響く。
 そんな中、微かに動き何かを掴もうとする彼女の指の動きを知るものはいない。

「蒔……苗……」

 彼女が3年ぶりに発した声を聞く者もいない。
 今は、まだ……。
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