Dマシンドール 迷宮王の遺産を受け継ぐ少女

草乃葉オウル

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第7章 竜を狩る一族

-115- 迷宮王の死、そして……

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 そのしらせは私の元にもいち早く届けられた。
 モエギとは裏でつながっているとはいえ、表面上は無関係な人間でしかない私は今回の作戦に深く関わっているわけではなかった。
 だから変化する戦いの状況をリアルタイムで見守れたわけでもない。
 大樹郎さんがどのようにして戦ったのかも……わからない。

 ただ、彼が戦いの末に命を落としたことだけは事実だった。
 私を……人類を導いてくれた迷宮王の死……。
 その死因はハッキリしていない。
 あらゆる視点から調査が行われたけど、わかったことはまず脳の機能が停止し、それから他の臓器がどんどん機能不全に陥っていき死に至ったということだけだった。

 私の作ったシステムが死の原因じゃないかと一瞬疑われたけど、同じシステムを搭載したDMDの操者たちが全員無事だったということで疑いは晴れた。
 アイオロスにだけ搭載されていた脳波攻撃機能はあくまでも竜種をおびき寄せるエサであり、役目を果たした後は機能を停止するようにしてあった。

 私自身、今でも自分のシステムの調整は完璧だと思っているし、ユニットに使われているパーツに不備があったとも思っていない。
 ならばなぜ大樹郎さんは命を落としたのか……。

 世間的には老化により衰えた体が激しい戦いのストレスに耐えられなかったという説が支持されている。
 彼の人生を振り返れば、常人では想像も出来ない重圧を何十年も背負い続けてきたことがわかる。
 大きな病気を抱えてはいなかったけど、ここ数年は少しずつ体が弱ってきていることを彼の近くにいる人間ほど感じていた。
 そんな状態でも彼は戦い、人類の脅威を倒してこの世を去った。

 その脅威の正体が脳波攻撃を行う竜だという情報は伏せられていたけど、この説は大衆好みの美談だったのが功を奏し、脅威の部分にはあまり大っぴらに触れられることなくやり過ごすことが出来た。
 それに事情を知っている人からしても、この説が最も有力というのは変わらない。
 彼の死に関する情報はあまりにも少ない……。

 なぜなら、彼の愛機アイオロスが未だに回収されていないからだ。
 竜との戦闘の映像こそ破壊された味方機のカメラが偶然記録していたけど、肝心のアイオロスは見つけることが出来なかった。
 映像では激しく損傷していたにしても、まだ十分原型をとどめていた。
 それが回収部隊が投入された時にはわずかな残骸を残して消えていた。

 こうなると機体が記録していたあらゆるデータの解析が出来ない。
 結果としてハッキリとした死因の特定も不可能になってしまった。

 でも、私には何となく想像がつく。
 システムの開発を私に一任していた大樹郎さんが、安全装置に関することで一度だけ私に意見してきた。

 七菜さんのことでかなり臆病になっていた私は、 少しでも不測の事態や強い負荷が感知されたらブレイブ・リンクが強制切断されるように設定していた。
 それに対して大樹郎さんは『俺の安全装置だけは緩めに設定してくれねぇか』と言ってきた。
 要するによほどのことがない限り作動しないようにしてほしい……ということだ。

 もちろん、私は断った。
 年齢や体調を考えれば逆にもっとキツく設定してもいいくらいだ。
 すると大樹郎さんは意外にもおとなしく引き下がった。
 少し……怪しいと思った。

 きっと大樹郎さんは誰よりも長く戦うために自分で設定を変更したんだ。
 その結果、彼は誰よりも長く竜の前に立ちはだかった。
 味方機が破壊されても、味方の操者が強い負荷に耐え切れず離脱しても、彼だけは戦うことをやめず、最後には1人で竜を撃破してしまった。

 大樹郎さんが早々に戦線を離れていたら竜を撃破出来なかったのは否定出来ない事実。
 だから、彼の死はまったく無駄ではない。
 むしろ、人類のための尊い犠牲だ。
 でも、それじゃあ七菜さんの時と一緒じゃないか……。

 私は強い虚無感にとらわれた。
 今回は万全の準備をした。後悔なんてない。たとえ時を戻したってあれ以上出来ることはない。
 大樹郎さんの無茶を止める?
 そうしたら竜を倒せずもっと犠牲者が出ていたかもしれない。

 竜と戦うたびに人類は犠牲を覚悟しなければならないのか。
 人命を危険に晒すことなくダンジョンの脅威に立ち向かうための力、ダンジョンマシンドール。
 その本質は、込められた願いは、もう叶うことはないのか。

 どうしようもない、仕方ない……。
 これから何をすればいいのかもわからない……。
 もう、私を導いてくれる人はいないんだ。

 すべてを投げだしそうになっていた私を正気に戻してくれたのは……1通のメールだった。
 送り主は萌葱大樹郎。
 死者からのメッセージ……ではなく、あらかじめ日時を指定して送信予約をしていたみたい。

 メールにはただ一言『蒔苗をよろしく頼む』とだけ書かれていた。
 大樹郎さんは最後の戦いに赴く前に、蒔苗ちゃんに真実を明かす決意を固めていたんだ。
 それが自分の葬儀の場になるとまで予想していたかどうかはわからないけど、あの時、あの瞬間、蒔苗ちゃんは真実を知った。
 そして翌日、私の元にやって来た。

 あまり心の準備が出来ていなかったし、最初は白々しく何も知らないフリをするのに苦労していた。
 それに加えて私が本当に彼女を導いていけるのかという不安もあった。
 蒔苗ちゃんも七菜さんや大樹郎さんのように悲劇的な結末を迎えてしまうんじゃないかって……。

 でも、蒔苗ちゃんのことを知れば知るほど、そんな不安は消えていった。
 あなたには不思議な魅力がある。
 たぐいまれなる操縦センスもそうだし、何か人を安心させるような雰囲気がある。
 そして誰よりも先を歩き、みんなを導いてくれるような力強さがある。
 健人さんや七菜さん、大樹郎さんの選択は間違っていなかったのだと思わせてくれる。
 だから私も救われるような気持ちだった。

 それにただただ蒔苗ちゃんと過ごす時間が楽しかった。
 使命感とか仕事とかを抜きにしても、私にとって蒔苗ちゃんは特別な存在になっていった。
 そして……この関係を壊すことが怖くなった。
 今はどんな脅威よりも、あなたに嫌われることが怖い。
 だから、すべてを話すことが出来なかった。

「………………」

 私の話を聞いた後の蒔苗ちゃんの顔は……ムスッとしていた。
 あまり見たことがない不満げな表情だ。
 やっぱり、私は蒔苗ちゃんにとって……。

「……で! 今の長い話のどこに私が育美さんを嫌う要素があったんですか!?」

 蒔苗ちゃんはそう叫んだ後、グイッと私に詰め寄った。
 その迫力に私は思わず後ずさりしてしまう。

「今度は私が言わせてもらいますからね!」

 私はただただ首を縦に振るしかなかった。
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