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第2章 萌葱の血

-24- お嬢様ふたり

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 声の主は蘭だった。
 自分でもそう言っているし間違いないんだろうけど、声の雰囲気はダンジョン探査に出る前とまったく違うように思えた。

「うん、いるよ~。今開けるね」

 育美さんがそう言うと、部屋のスライドドアが静かな音を立て開く。
 やっぱり、そこにいたのは蘭だ。
 金髪の縦ロールや青い瞳は以前と変わらない。
 ただ、その表情は真剣そのもので、食堂で騒いでいた彼女と同一人物とは思えない。

「失礼しますわ」

 蘭は部屋の中に入り、私たちが座っているテーブルの横に来る。
 そして、青い瞳でジーッと私を見つめる。

「蒔苗さん、ふたりっきりでお話させていただけないでしょうか?」

「え、ふたりっきり……」

 なんか怖い……!
 助けを求めるように育美さんを見ると、彼女は笑顔でこう言った。

「じゃあ、私はアイオロス・ゼロのチェックに行ってくるわね。手に入れたアイテムの方ばっかり見てたから、なにも進んでないわ。早くしないと定時に帰れなくなっちゃう!」

 定時に帰る気なんてさらさらないであろう育美さんは、テーブルの上の物を速攻で片付け、部屋から出ていく。

「後は若いおふたりでごゆっくり……」

 最後にそう言い残して、育美さんは部屋のドアを閉じた。
 当然、中には私と蘭だけが残されている。
 蘭は私の向かいの椅子に座り、変わらず青い瞳でジーッと見つめてくる。
 私は目を合わせることが出来ず、自分の髪の毛を触る。

「まずはなにより、ありがとうございました。わたくしのグラドランナちゃんを含めたすべてのDMDを回収していただいて」

「あ、はい、どういたしまして……。ご期待に添えてよかったです」

「今回の事態は、すべてわたくしの自惚うぬぼれが招いたこと……。蒔苗さんにも、うちの社員にも、マシンベースのスタッフの方にも、迷惑をかけましたわ」

「わ、私は迷惑なんて思ってませんよ! それに敵は新種でしたし、戦闘能力も高かったです。私は事前に敵が潜んでいることを警戒していたから勝てただけで、いきなり襲われたら勝てる自信はありません」

「いえ、蒔苗さんならいきなり襲われようと勝つことで出来る……。あなたの戦う姿を見て、わたくしはそう確信致しましたわ」

「今回の戦闘の映像……見たんですね」

「ええ、わたくしは依頼者ですから、真っ先に仕事の様子を確認する権利があったのです」

 そう言うと蘭はおもむろに自分の頭に手を乗せ、金色の髪の毛を引っ張る。
 すると、するりと髪の毛は取れ、その下にあった短い黒髪が露わになった。

「素直に、脱帽ですわ」

 ……? え、それ、カツラだったの!?
 いきなり現れたボーイッシュな蘭の姿に混乱は加速する。
 でも、蘭本人はさも当然のように話を続ける。

「わたくしは蒔苗さんがこの依頼をこなせるとは思っていませんでした。だから、無事帰ってきたと知った時、数々の挑発がすべて自分に返ってくると思い、焦りました。なんとか粗を探してやろうとすぐに戦闘の記録を確認し……思い知りましたわ。わたくしの人としての小ささを、DMD操者としての未熟さを……」

 きっとすごく大事な話をしている。
 いつまでも彼女の頭を見ている場合ではない。
 目を閉じて、腕を組み、とりあえず今起こったことを頭から追い出す。

「たった1人で戦うその姿に、わたくしが求める『正しきお嬢様』の姿を見たような気がしました。黄堂重工の社長令嬢と言っても、元はダンジョン由来の技術を取り入れることすら苦戦していた知名度のない会社の娘……。特に目立つこともなく、普通に暮らしていましたわ。ですが、DMDを売り出してからというもの、わたくしに対する周りの見る目や態度は変わり、わたくし自身も見た目や態度が変わっていったのですわ」

 今までの彼女の姿には、そんな理由があったのか……。
 私も萌葱家の人間だとバレたら、周りの人たちは変わってしまうのかな。

「そう、わたくしは……間違ったお嬢様になっていた。なんでも言うことを聞いてくれる人たちに囲まれ、わがまま放題しているのが普通だと思っていた。でも、それは違ったのですわ。本当のお嬢様……高貴な者とは、人を導くことが出来る。誰よりも先を歩き、誰かの願いを叶えることが出来る。蒔苗さん、あなたはそういう人なのですわ」

「……そう言ってくれて、すごく嬉しいです。でも、私はそんなすごい人じゃないんです。私もいきなりお嬢様になって戸惑ってるところだし、こうしてDMDを使い始めるまでは、なにをするでもなくダラダラと生きてるだけの日々でした。でも、蘭さんが言ってることもきっと間違いじゃないです。私が高貴な者に見えた理由は、アイオロス・ゼロにあると思うんです。あの機体はお爺ちゃんが使っていたDMDの兄弟機だし、お爺ちゃんはまさに誰よりも先を歩き、誰かの願いを叶えることが出来る人だったと思いますから、少し私もそれっぽく見えたのかな……って」

「確かに……それはあるかもしれませんわね。でも、あの迷宮王の愛機と近しい機体を使い、その姿に迷宮王の面影を感じさせることが出来るのも、やはりすごいことなのですわ。普通ならその才能の差ばかりが浮き彫りなるはずですから。そう、モエギの技術を取り入れた最新鋭機を使いながら、大して戦うことも出来ないわたくしのように」

「えっ!? どこでそれを……! あ、いや、モエギの技術って、なんのことかな~?」

「嘘をつくのはわたくしの方が上手そうですわね。ダンジョンの探査中、DMDは常にデータを記録しているものですから、DMD同士で会話なんてしていたら記録を見た人にすべて筒抜けになってしまいますのよ」

「うっ……!」

 やってしまった……!
 私が秘密を知った時点で、秘密が秘密ではなくなることは確定していたんだ!
 それなのに隠し通せるつもりだったなんて、私もまだまだね……。

「ごめんなさい。秘密をバラしちゃって……」

「なぜ蒔苗さんが謝りますの? そもそもバラしたのはわが社の社員ですし、それに関してもわたくしは責めるつもりはありません。いや、わたくしに誰かを責める権利などありはしないのですわ」

 そう言う蘭の顔は、これまでにないほど穏やかな笑顔だった。
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