嫌われ賢者の一番弟子 ~師匠から教わった武術と魔術、世間では非常識らしいですよ!?~

草乃葉オウル

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三者面談編

041 一番弟子、親子喧嘩を見守る

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 鮮烈な炎のような色をした短い赤髪、男顔負けの長身、鍛え上げられた身体、そしてオーカそっくりな強気な目……。
 彼女は誰がどう見てもオーカの母親だった。

「まったく口の悪さは治ってないみたいだねぇ……。誰に似たんだか」

「お前だよ!」

「それはそうか!」

 やいのやいのとじゃれる赤い親子。
 母は口こそ悪いものの、久しぶりに娘と会えて喜んでいることは確かだ。
 一方オーカは嫌がっているというか、照れから素直になれていない。

「背も結構伸びたんじゃない? 元からデカかったけど。おっぱいは膨らんでるねこれ! 一回り大きくなったんじゃない!? 手から溢れそうだよ!」

「娘の体をなんだと思ってやがる!」

「そりゃ大事に思ってるよ! だからこうやって成長を確認してるのさ! 痩せこけてないか心配だったけど問題なさそうだね! それに昔より良い顔をするようになった! 走ってる時のあんたは……」

「もう! 恥ずかしいからやめろよ!」

 オーカは力強く母を振りほどく。
 よろけた母はデシルの方へと転びそうになる。

「あっ、大丈夫ですか?」

 スッとその背中を支えるデシル。
 筋肉のつき方、魔力の流れを手から感じ取りデシルは驚く。
 想像以上の仕上がり具合なのだ。

「おっと、ごめんね! オーカのお友達だよね? 私はクリムゾン・レッドフィールド! オーカのお母さんだよ!」

「私はデシル・サンフラワーです」

「ヴァイス・ディライト……同じくお友達です……」

「デシルちゃんにヴァイスちゃんね! オーカと友達になってくれてありがとう! 大丈夫? うちの娘乱暴してない?」

「し、してませんよ!」

「少なくとも私たちには……」

 ルチルには乱暴なので少し言葉に詰まったが、まあ悪いことはしていないのは確かだ。

「ババア! 友達ってのは……なってくれたことに礼を言う関係じゃないんだよ!」

「わかってるよ! ただあんたはいろんなところ困らせてるから母さんもこれが口に出ちゃうんだよ!」

「あたしに道場を継がせないなんて言うのが悪い! あたしの方が兄ちゃん達より強いのに!」

「お兄ちゃん達が年の離れた末っ子の妹に本気を出すわけないでしょうが! どれだけかわいがられてると思ってんの!?」

「じゃああたしの方が弱いってのか!?」

「それは……うーん、どうかねぇ……。お兄ちゃん達も妹に本気で負けるのが怖くて本気出してなさそうな雰囲気がないでもない。負けたらショックだろうなぁ……」

「どっちにしろ根性なしじゃん! あたしの方が師範に向いてるよ!」

「くっ……強けりゃ良いってもんじゃないのよ経営者は!」

「ババアに出来るんだからあたしにも出来るわ!」

「経営はパパに任せっきりだから、あんたに出来るわけがないのよ!」

 取っ組み合いのケンカが起こりそうな雰囲気だ。
 デシルは勇気を出してその間に割って入る。

「まあまあ、親子久しぶりの再会なんですから、もっと仲良くしましょうよ!」

「デシルちゃんのお願いでも出来ない!」

「こら! 友達を困らせるんじゃないよ! こうなったら久しぶりにやってやらぁ!」

「あ、あのぉ……お母様も十分私を困らせて……」

 デシルの声はもう聞こえない。
 二人は決闘のようにバッと一定距離をとった。
 そして、母クリムゾンが手から炎のムチのような物を生成。
 それを地面に打ち付けて焦げ跡で試合のフィールドを作り上げる。

「ルールは昔と同じだ! この線から外に出るか、地面に倒れて十秒立ち上がれないか、『参りました』と言うかすれば負け! わかったな!?」

「望むところだ!」

 ケンカに慣れている……とデシルは思ったが、自分も昔は師匠とよく模擬戦をしていたのを思い出して少しほっこりする。
 もちろん、口喧嘩まではしていないが……。

「デシルちゃん! 審判頼むよ! あと周りに危害が及ばないように結界も!」

「はい! オーカさん!」

「お友達の結界じゃあたしの魔法を防げないと思うよ! 逃げた方が無難だねぇ!」

「ふっ……目が悪くなったかババア! デシルの実力が一目見てわからないとは! あたしにはわかったけどね!」

「えっ」

 喫茶店で出会った時には実力をまるで見抜けていなかったんじゃ……とデシルは言いたかったが言えなかった。

「なに? ちょっと待て……おおっ!? 確かにこれは……ずいぶん鍛えてるなぁデシルちゃん。結界はお願いするよ!」

「は、はい……」

 一瞬クリムゾンの目が冷静なものに戻ったのでケンカをやめることを期待したが駄目だった。
 もしかして、クリムゾンは普通に冷静だが、娘と久しぶりにケンカをしたいだけなのかもしれないとデシルは思った。

(これも親子愛なんですかね……。いろんな形があります)

 そんなことを考えていると審判であるデシルの合図を待たずにケンカが始まった。
 そもそもこの試合形式に審判はいらないような……と思いつつ、結界を張って戦いを見守る。

赤土隆起撃レッドスティンガー!」

 隙を突いたとはいえ王国騎士を一撃で倒した魔法がクリムゾンに放たれた。
 過去のオーカと違う早さのある攻撃。
 昔をよく知っている母にだからこそ、これは効くのでは……。

「悪くない!」

 クリムゾンは迫りくる尖った赤い岩を拳で砕いた。
 魔法なしというわけではない。
 ごく薄い強化魔法が拳にかかっている。
 しかし、これはあくまでも手の保護が目的。
 多少血が流れることを覚悟すれば、赤土隆起撃レッドスティンガーを素手で砕けるパワーが母にはあった。
 これには娘も驚かざるを得ない。

「硬度だって昔とは比べ物にならないはずなのに……!」

「わかるよ。でも、母さんも修行サボってないからなぁ。今度はこっちからいくよ!」

 クリムゾンは自分の頭ほどの火球を五個同時に放つ。それも無詠唱だ。
 決して派手な魔法ではないが、質が非常に高い。
 炎も雷ほどではないにしろ拡散しやすい性質を持つが、母の火球は揺らめかない。
 それに温度も高く、スピードも速い。
 並みの魔法使いならば純粋に対処に困る攻撃だ。

(人を無力化するのにそんなにド派手な魔法はいらない。お母様は荒っぽく見えてかなり基本を大事にした魔法を使うのですね……! さっきの薄い強化もそう。最低限の魔力で敵の攻撃を砕くという理想的な動きです。でも、相手の力量がわかってなかったらダメージをもらうだけ。お母様はオーカさんの成長を把握して魔法を調整した……! やっぱりなんだかんだオーカさんが大好きなんですね!)

 クリムゾンの立ち回りに感心するデシル。
 しかし、対応を求められたオーカは必死だ。

「うっ……うおりゃッ!!」

 正面から迫る火球に対してオーカは分厚い石の壁を作り上げて対応する。
 前までは無詠唱ではできなかった魔法だが、この緊迫感のある状況と日々の鍛錬がそれを可能にした。
 火球の三発はこれで防ぐことが出来た。

「思った以上だ! でも横から二発来るよ!」

 宣言通り軌道をコントロールされた二発の火球が壁の両サイドから迫る。
 もう石の壁は間に合わない。

赤土隆起撃レッドスティンガー!」

 オーカは地面に向けて腕から岩を突き出した。
 その結果、彼女の体の方が空中に押し出され、なんとか火球の回避に成功した。
 しかし、とっさの行動だったので着地が上手くいかず、落下時に背中を地面に打ち付けてしまった。

「ぐえっ!」

「大丈夫? いやぁ、感心したよ。一発は当たると思ってたからねぇ」

「なに余裕ぶってんだよ……。まだ戦いは続いてるんだ……」

「もうお母さん満足しちゃった! オーカの勝ちでいいよ。こっちも子ども扱いしすぎちゃったし、ごめんね」

 母は娘の成長が見れて満足である。
 しかし、満足のあまり自分の娘がこういう対応をされるとむしろ怒りを燃やす性格だと忘れてしまっていた。

「まだだ! こんな勝ちなんていらない! 来ないならこっちからいくよ! 赤胴の鎧レッドメタルメイル!!」

「オーカさんそれは!?」

 デシルは驚く。
 まだ構想段階で詠唱すら考えていなかった魔法をオーカが見せたからだ。
 赤石巨人レッドゴーレムのほぼ上位互換『赤胴の鎧レッドメタルメイル』。
 石や岩から金属へ……強度は大幅に上昇するが、重量は大幅に軽くなる。
 問題であった動きの遅さを防御力を失わずに改善することが出来るのだ。

 重さを失ったのでパンチの威力は落ちるが、それは強化魔法を鍛えて補おう……。
 むき出しの目の部分は結界魔法を分厚くしてガラスのような感覚で守ろう……。
 などなど魔法の方向性をみんなで固めている段階だったというのに、目の前には完成された赤胴の鎧レッドメタルメイルがある。

(これは褒めていい……ことじゃない! あの時の私の光の波紋みたいに、怒りで感情が暴走した結果出てきたまだ使えないはずの魔法なんだ! 止めないとどうなるかわからない!)

 王国騎士との親善試合の際にデシルは暴走をオーカとヴァイスに止めてもらった。
 今度は自分の番だと意気込むも、いい方法が思い浮かばない。
 魔法分解が最も適しているが、暴走している相手に雷を当てて魔法を分解するのには勇気がいる。
 分解の効果を持った雷魔法は高度な分、威力も相応に高い。
 一歩間違えれば体へのダメージが大きい。

(こういう時に光の波紋が使えたら……! 今だけでも……!!)

 その時、光の波紋がデシルの足元を駆け抜けた。
 オーカにクリムゾンにヴァイス……デシルの動きも止まった。
 そして、オーカの前に降り立つ人影。
 その人が指一本で赤胴の鎧レッドメタルメイルをツンと突くと、鎧は光となってオーカの体に吸収された。
 分解だけではなく、その分解した魔力を元の体に戻すという高度すぎる魔法だ。

「……」

 しばらく彼女は黙っていた。たっぷり一分ほど。
 それだけ長く考えてから彼女は再び口を開いた。

「こういうことすると……危ない」

「は、はい……」

 光の波紋が解除され、オーカは返事をする。
 オーカには彼女の正体がもうわかっていた。
 そして、もちろんデシルにも。

「師匠!!」

「……きたよ、デシル」

 デシルの師匠、嫌われ賢者シーファ・ハイドレンジア……学園に現る!
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