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闇の姫君編

034 闇の姫君、迫りくる血族

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 今日も引き続き授業はお休みの日。
 デシルたち三人組は学園に出入りする門の前にやって来ていた。
 これから三人で仲良く王都にお出かけ……というわけではない。
 先日の親善試合であまりの恐怖から精神に異常をきたした騎士団長アズールが早くも回復したとの知らせを受けてお見舞いに行くのだ。

 それと同時に来年以降の親善試合についてもいろいろ話し合うため、学園長とルチルも一緒に同行する。
 これで再度王城に向かうメンバーは四人となった。
 そう、ヴァイスはお留守番なのだ。
 無論、本人はこの扱いに不服のようで……。

「私も行きたい……。出番はなかったけどメンバーだもん……」

「それはそうですけど、正直楽しい話にはならないと思いますよ? それに一緒にきたら無関係のヴァイスさんまで頭を下げることになるかもしれません! やめといた方がいいですって!」

 デシルがお留守番をすすめるもヴァイスは首を縦に振らない。
 それを見かねて話に割って入ったのはオーカだ。

「ヴァイス……最近調子悪そうにしてるのわかってるんだからな。授業中もうとうとしてる時間が増えてる。今日は休みなんだから昼間っから寝といた方が良い。それでもダメなら医者をすすめるよ」

「くぅ……」

 そこを突かれるとヴァイスは弱い。
 彼女は確かに親善試合前と比べると元気がなくなっているのだ。
 その理由を彼女自身はよく知っている。
 だからこそ、この場でついて行きたいが為に上辺だけの言い訳はできなかった。

「わかった……お留守番してる……。早く帰って来てね……」

「はい! 寄り道せずに帰ってきます!」

「お土産もなしだな! 今度三人で一緒にお買い物に行けばいいし!」

 そう言ってデシルたちは王城へ出発した。
 残されたヴァイスはとぼとぼと歩き出し、図書館へ入った。
 寝てろとは言われたがなんとなくそういう気になれなかった。

(そういえば……初めてデシルとオーカと会話らしい会話をしたのはこの図書館の前だったわね……。あの時は驚かせるようなことしちゃったけど……嫌われなくて良かった……)

 もうすでに懐かしい記憶を思い出しながら、あの日に座った席で本を読み始めるヴァイス。
 しかし、本の内容は入ってこず頭の中にはあの二人の事ばかり浮かぶ。

(あのへんの柱に隠れてこっちを見張ってたなぁ……そういえば。バレバレだったけど……)

 そんなこんなで時間は過ぎ、ヴァイスは次第に眠気を感じ始めた。
 最近、眠気を感じる時間が多くなっている。

(デシルたちは王城に着いた頃かな……。流石に言われたとおりに寝ようか……)

 図書館を出て寮へ向かう。
 その時、彼女は懐かしい魔力を感じ取った。
 同時に学園を覆う結界の一部が闇に侵食され、複数の影が学園内に侵入する。
 それを見た生徒たちは悲鳴を上げて慌てふためく。

「ちっ……こういうところは行動力あるんだから……」

 ヴァイスはこの侵入者のことを知っている。
 そして目的は自分だということも。
 逃げ惑う生徒たちの流れ逆らい、その闇のもとに向かう。

 すでに警備の者との戦闘は始まっているようだ。
 オーキッドの警備は優秀だ。
 小国の軍隊くらいの戦力を有していると言っていい。
 それに加えて優秀な教師たちもいる。
 まともな頭を持った人間なら学園の関係者に恨みはあっても学園そのものは襲わない。
 そう、人間なら……。

「やめなさいあなたたち!」

 今までにないほど毅然きぜんとした声をあげるヴァイス。
 その声を聞いて侵入者たち……ヴァンパイアたちは動きを止めた。
 そして素早く膝をついてヴァイスにこうべを垂れる。

 周囲には警備や居合わせた教師たちが転がっている。
 しかし、みなほぼ無傷で気絶しているだけ。
 侵入してきたヴァンパイアは人間を極力襲わないことが掟になっている一族なのだ。
 今回のように自分たちの都合で人間の領域に押し入った場合は怪我せぬよう手加減する。
 逆に言えば、手加減が成り立つほど人間と実力差があるということ。

「姫様……よくぞご無事で」

「あなたたちが来なければここはもっと安全なところよ! 帰りなさい!」

「それが……そうもいかない事情があるのです」

「どうせ母上が呼び戻せと言ったのでしょう?」

「いえ、ヴィエラ様は直接我々に命令を下してはいません。ただ……最近ずっとうわ言のように姫様の名前をつぶやいておられて、寝ている時もずっとなもので心配になりまして……」

「だから何よ! 私はずっとこの学園で学びたいと言っていた! 母上はそれに反対した! そして学園側が受け入れれば行って良いと啖呵たんかを切った! どうせ人間が受け入れてくれるわけないと思ったんでしょうね。でも、私は学園長先生に受け入れてもらえたのよ。この時点で私の勝ちっ! はぁ……はぁ……帰れ!」

「わかっております……。ヴィエラ様もそれがわかっているようなので、ハッキリと明言はされないのですが、うわ言のように……」

「なんて女々しい女……!」

「ヴィエラ様なりの愛情なのです。ヴァイス様をそれだけ気にしておられます。しかし、親としてのプライドが自分の口から約束を破るのを許さないのです。正直、我ら血を分けていただいた者からすると、真祖様の家庭の問題に口を出すのは難しく……」

「そうね……。怒鳴ってごめんなさい……。私が子どもだったわ……。直接母上と話します。確かに強引な家出だったと思う……。でも、今ならこの学園のすばらしさ……人間とともに生きていくことの大切さをハッキリと母上に伝えられる……。それだけの経験をこの短期間で得たわ……」

「それは大変喜ばしいことでございます。では、さっそくお屋敷に帰りましょう。我らは姫様と違い日光が毒なのです。それにこの学園の人間は優秀です。身を光から守る闇魔法を展開しつつ戦うのは厳しところもあります」

「ええ……行きましょう……。でもちょっと息が……」

 叫びすぎてヴァイスは肩で息をしている。
 それを見たヴァンパイアはあることに気づいた。

「まさか……家を出てから一滴も血を飲まれていない!? いや、家出前も飲んでおられませんでしたよね!?」

「私なりの覚悟よ……」

「それはいけません! 姫様の体は日光を克服していますが、血を飲まずに生きられるようには出来ていません! 通りで覇気のないお顔を……」

「もとから……私は……はかない顔立ちなのよ……。早く連れて行きなさい……。私はまだ飛べないの……」

「……わかりました。では参りましょう。ヴィエラ様のもとに」

「そうはいかないぜ……!」

 彼らの前に立ちはだかったのは先ほど気絶させたはずの教師だった。
 足はふらついている。
 攻撃は十分すぎるほど効いているが、根性で立ちはだかっているのだ。

「事情は聞いててわかった! だが、教師として許可もなしに生徒を連れていかれるのを見過ごせない! ちゃんと許可とって出直してこ……ぐふっ!!」

 闇のほんの小さな塊が教師の腹にめり込んだ。
 外傷はないが、ふらふらの教師一人をひざまずかせるには十分なダメージだった。

「すまない……ヴァンパイアの、それも真祖の一族となると家庭の不和が滅びにつながるのだ。どうしても姫様は帰らなければならない」

「だから……許可を……」

 追撃を入れよとするヴァンパイアを制止し、ヴァイスは教師に話しかける。

「休み明けには戻ってきますから心配しないでください……。家庭の事情でちょっと実家に帰るだけです……。あの……一年生Oクラスのデシルとオーカ、担任のルチル先生や学園長が帰ってきたらこうお伝えください……」

 すぅ……っとヴァイスは息を吸い込む。
 そして叫んだ。

「ヴァイスは母上とケンカしてきます!! 以上!」

 残響を残してヴァイスは闇に包まれ、空の彼方へと消えていった。



 ● ● ●



「それにしても見上げた人間でした。突然現れた我々を人間と同じく扱い、許可を取れと言ってくれました。確かに姫様の求めるものはあの学園にあるのかもしれません」

 空中を移動しながらヴァンパイアのひとりがヴァイスに話しかける。

「その通りよ……。だからこそ、私はあの学園に絶対戻る……。待っていてくれる友達もいるんだから……!」

「これは個人的な感情ですが、私は姫様のことを応援しております」

「ありがとう……その一言が一族を変えていく勇気になる……! さっさとケリをつけて帰ろう……。今の私の家は、オーキッド自由騎士学園だってことをわからせてやる……!」

 闇の眷属たちは沈む太陽を背にして、これから訪れる夜に向けて飛び続けた。
 しばらくして、光が自分たちを追いかけてくることも知らずに……。
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