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対決!王国騎士編

031 一番弟子、決着をつける

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 試合はデシルの勝利に終わった。
 しかし、ルチルにはその結果を伝えることが出来ない。
 まだ光の波紋の効果で体の自由が利かないからだ。
 その間にもデシルはアズールに追撃を入れようと歩みを進めていく。

(と、止めないと……! 動いてくれ、私の身体!!)

 ルチルの指や目がぴくぴくと動き始める。
 本来ならば逆らえない魔法に対して火事場の馬鹿力で抵抗する。
 教師としての根性がなせる業だが、それでも会話や歩行にまでは至らない。

 デシルがいよいよ壁にめり込んでいるアズールの目の前まで来た。
 アズールにはまだ息があるようだ。
 それどころか吹っ飛んだ勢いに比べてケガが軽すぎるように見える。
 目立った外傷と言えば鼻から血が出ているだけ……。

(まさか……オーカくんと同じダメージに調整したのか……? そんなこと可能なのだろうか……?
 しかし、あれだけの勢いで吹っ飛んで骨折すら見られないのはおかしい……)

 とりあえず生徒が人の命を奪っていないことがわかったのは良かった。
 しかし、人知の及ばぬ魔法を使っているのだから、これからどうなるかはわからない。
 ルチルにはどうもデシルが無意識で魔法を使っているように見えるのだ。

「デ……シル……くん……」

 ルチルの口が動き始めた。
 とんでもない力技だが、声が小さすぎてデシルを振り返らせることが出来ない。

 デシルはただ無言でアズールを見つめている。
 そしてまたゆっくりとこぶしを握り締め……。

「もういいよデシルちゃん。あたしのためにありがとう」

「……ッ! オーカさん!?」

 我に返ったデシルが後ろを振り返ると、そこには闇魔法を身にまとったオーカとヴァイスがいた。
 迫ってくる光の波紋に本能的な恐怖を感じたヴァイスが身を守るために闇魔法を発動していたのだ。
 それがちょうど隣にいたオーカも守ることになった。

「わ、私……あっ、すいません! やりすぎました!」

「まあ、団長さんも元気そうだし問題ないんじゃないか? ほら、鼻血ぐらいしか出てないし」

 確かにアズールには目立った外傷はないが、問題は精神の方だった。
 死の恐怖を感じた彼女は一時的に言語能力を失うほどショックを受けていたのだ。
 闇魔法を解除したヴァイスがアズールと会話を試みた後、首を横に振る。

「怖かったんでしょうね……。喋れなくなってるみたい……。まあ……時間が経てば治ると思う……。なんたって騎士団長様よ……。こんなところでへこたれないわ……」

「わ、私が精神安定の魔法を……!」

「やめた方がいいわ……。デシルが原因なんだから……悪化するだけよ……。どんな魔法も傷ついた心を簡単に治せたりはしないわ……」

「は、はい……。本当にやりすぎてしまいました。仕返ししたいとは思ってたんですけど、自分が怒るとこうなるなんて知らなくて……」

「騎士団長様も口が過ぎるところがあったから……いい薬よ……。デシルは悪くないわ……」

「そうだそうだ! あたしはパンチが決まったところを見てスカッとしたけどね! でも、負けたことは事実だし、嫌味も全部が全部ただの嫌味ってわけでもなかった! 耳の痛い話でもあったよ。強くならなきゃって思った……。だからデシルちゃんも元気出して! デシルちゃんは私の師匠みたいなもんなんだから!」

 言った後でオーカはこの状況で言ってはいけない単語を言ったと思ったが、もう手遅れだった。

「そんな……師匠なんて……私はまだまだなんです……。師匠がいなきゃ……師匠……」

 不安定になった心に師匠の存在が突き刺さり、デシルは今にも泣きだしそうになる。
 ホームシックを今まで抑え込んでいたというのもあるだろう。彼女もまだ十二歳の少女なのだ。
 ただ、オーカたちは先ほどまで恐ろしい顔をしてたデシルが急に弱々しくなって混乱する。

「あーあー! ほら泣かないで! 今度の休みに町でおいしいご飯をおごってあげるあからね! ね!」

「私……もう朝練サボらないから……元気出して……」

 少し落ち着いたように見えたもののデシルはまだまだ元気がなさそうだ。
 拘束が解かれたルチルも駆けつけて褒めたり抱きしめたりしても今は効果が薄い。
 師匠の言葉があれば一発だが、あいにくシーファはこの場にはいないのだ。
 万事休すかと思われたその時、意外な人物が彼女たちに声をかけてきた。

「ちょいとそこの金髪のお嬢さん」

「はい……どちら様でしょうか……?」

「名乗るとめんどくさいことになるんだが……まあ、国王と呼ばれている者だ」

「初めましてデシル・サンフラワーと言います……。オーキッド自由騎士学園一年……ええっ!? 王様!?」

「こうなるから正体は隠したかったのだが、まあ騎士たちの前ではどうせ隠し通せんか。うむ、我こそがデルフィニウム王国の国王、エンドール・デルフィニウムだ! ……なんてカッコつけるのもガラではないのだがね」

 シンと静まり返っていた演習場が派手にざわつき始めた。
 騎士がボコボコにされた現場に国王が乗り込んできたのだ。
 これはとんでもない事態だと、みんないても立ってもいられない。

「こ、国王陛下! 恐れながら私の生徒であるデシルくんは決して……」

「わかっておるよルチル・ベルマーチくん。良い生徒たちではないか。友のために戦う姿……そして、暴走する友を協力して止める姿……。最近涙腺が緩くてのう……泣きそうになったわい。急に出てきたのは何も罰を与えようとしたわけではない! ただ、そこのデシルくんと話したいことがあって出てきたのだ。説教でもないぞ!」

「では……なんでしょうか?」

 ルチルの警戒は解けない。
 王に逆らってでもデシルを守ろうとしているのだ。
 いくら優秀な彼女も今日はもういっぱいいっぱいである。
 冷静な判断が出来てない。

「ふふふっ! それは内緒だ! デシルくんのためにもな。ただ、きっと彼女を元気にする話になる! ほれ、ちょっと耳を貸せデシルくん!」

 デシルは少し迷った後、国王に耳を貸す。
 そして彼は小さな声でささやいた。

「君はもしや……シーファ・ハイドレンジアの弟子か何かかい?」

「ええっ!? はい! その通りです!! 師匠をご存じなんですか!?」

 急に元気になったデシルにびっくりして仲間たちが跳ねる。
 しかし、その理由も『師匠』というワードですぐに察することが出来た。

「おおぅ……言ってしもうたな……。まあ、私は構わんのだがな! 話したいのはそのことだ。どうか数十分だけでも時間をくれんかい?」 

 デシルは「はい!」と言いかけて口をつぐむ。
 そして、ルチルにお話をしてもいいか確認を取った。

「先生、かまいませんか?」

「うむ、行ってくるといいよ。デシルくんが話したいというのなら止める理由はないさ」

「ありがとうございます! それとオーカさん、ヴァイスさん! 私を止めてくれて、そして励ましてくれてありがとうございました! もう大丈夫そうです! 学園に帰ったらまたなにかお返ししますね!」

 そう言い残しデシルは国王エンドールと共に王城の中に入っていった。

 その後、まだ混乱しているアズールが医務室に運ばれて行き、代わりに代表者となった副騎士団長とルチルで合同訓練を進めることになった。
 例年はあまり空気が良くない合同訓練だが、今年はいろいろあったので王国騎士も生徒も逆にリラックスして訓練を行えた。

 こうなるとデシルが国王について行ったことも良かったと言える。
 今のデシルに指導を行いたい王国騎士などいないのだ。

「それにしてもさぁ……ヴァイスよぉ……」

 訓練も終わりというところで、ちょっと不機嫌そうなオーカがヴァイスの隣にやってきた。

「なに……また王国騎士に嫌味でも言われた……?」

「いや、むしろ人気で驚いた。すごい褒められたし、すごい寄ってくる」

「オーカは美人だし強いもん……。みんなデレデレしてる……」

「まっ、あたしも女の子だし見た目を褒められたらうれしい。それでいて自由騎士を目指す者でもあるから、強さを褒められても嬉しい」

「じゃあ……なんで不機嫌なの……?」

「だってデシルちゃんがさぁ……。あたしたちが慰めても全然立ち直らなかったのに、師匠の話を聞いた途端あんなに元気になったんだよ? 悔しいじゃんか」

「気持ちはわかる……。でも……オーカはデシルと出会って一か月くらい……。私なんかもっと短い……。それに比べて師匠は生まれてからずっと一緒にいた人……。そう、親のような存在……。同じ扱いになるはずがないわ……」

「そりゃそうだけどさぁ……。うーん、悔しい! 騎士団長に負けたことも悔しいけどこっちも結構悔しい!」

「じゃあ……デシルが戻っていきたらたくさんベタベタしましょう……。師匠がいないうちに距離をつめていくしかないわ……」

「だね! 悩んだってしょうがないや! よーし、もうひと頑張りするか! ヴァイスも無理のない範囲で頑張ってね!」

「うん……今日は元気余ってるから大丈夫……」

「そう! そりゃよかった!」

 オーカは元気を取り戻して去っていった。
 その背中を見つめてヴァイスはつぶやく。

「私……本当に出番なかった……」
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