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対決!王国騎士編

026 学園長、危惧する

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「はぁ……心配ねぇ……」

「何が、でしょうか?」

 オーキッド自由騎士学園は夜。
 各施設も閉館し、まじめな生徒たちはみな寮で寝静まっている時間。
 不真面目な生徒はこっそり出歩いているか、自室で夜更かししている時間。
 学園長室には学園長マリアベル・オーキッドと一年Oクラス担任のルチル・ベルマーチの姿があった。

「なんだと思う? たまえちゃん」

 質問に質問で返されたルチルは数秒考えた後、小さな声で答えた。

「……私と学園長がいかがわしい関係だというウワサが一部でまことしやかにささやかれている事でしょうか」

 マリアベルが旧友シーファの匂いを嗅ぎたいがためにルチルに抱き着いたところを他の職員に目撃されてしまった入学試験後の夜。
 それ以降、ルチルを見る目が変わった女生徒や女性職員が増えたのだ。
 嫌悪の目で見られているわけではない。
 むしろ、好意的な目で彼女を見つめる女性が目立つようになっていた。

 そもそもルチルはそのクールな振る舞いでカッコいいと言われるタイプの女性だ。
 ひそかにあこがれを超えた感情を抱いている者も少なくなかったのだろう。

「多様な愛の形を否定するつもりはありません。しかし、間違ったウワサが広がってしまったことは少々問題かと」

「たまえちゃんは私のこと好きじゃないの……?」

「尊敬はしています。女性として魅力的だとも思います。恋愛感情はありません」

「そ、そんな……マリア悲しい……」

「ふざける場面ではありませんよ。そもそも私ではない女性の匂いを追い求めて私に抱き着いたのによくそんなことが言えますね」

「うぐッ……!! ご、ごめんなさいルチル先生……反省します……」

「わかれば良いのです。それで私を呼び出した理由は何でしょうか? まさかこの茶番につき合わせるために呼び出したわけではありませんよね」

「も、もちろんよ!」

 ルチルの態度にあからさまなトゲを感じたマリアベルは椅子に背筋を伸ばして座り直し、学園長としての威厳を取り戻そうとする。

「本題は王国騎士との親善試合の事なの」

「何かトラブルですか?」

「いいえ、ただ心配なのよ……。この行事ってそもそも平等な試合ではないわ。調子に乗っているであろう優秀な新入生にプロとの実力の差を実感させるために行われているの」

「存じ上げています。オーキッドで優等生ともなれば調子に乗ることもありますし、自由に従うか王国に従うかの違いはあれど本物の騎士とぶつかることは生徒たちに良い影響を与えると思いますが」

「王国騎士たちがその目的をちゃんと理解していれば……ね」

「どういうことでしょうか?」

「ここ数年は逆に王国騎士が若者を潰して調子に乗ってる気がするのよ! 特に騎士団長があの女に変わってからは!」

 あの女とはデルフィニウム王国の現騎士団長アズールである。
 騎士団はいくつか存在し、彼女はその中でも王城に配置された騎士団の団長だ。
 つまりエリートなのである。
 といっても、そもそもの彼女の家柄は良くない。
 男社会の王国騎士団の中で女性の彼女が実力だけでトップに上り詰めるには血のにじむような努力が必要だったことは想像にかたくないだろう。

「努力は認めるけど性格が歪んじゃってるのよあの女は! 仕方ないことかもしれないけど学園長として過度に生徒をおとしめられるのは我慢ならないわ!」

 アズールは女が嫌いである。
 正確には若くて才能があって環境に甘えている女が嫌いである。
 数年前、男二人と女一人という編成の生徒代表が試合に挑んだことがあった。
 その際、アズールは男に挟まれてちやほやされている女生徒にあからさまに腹を立て、肉体的に派手に痛めつけることはなくとも、汚い言葉でののしるという事件が起こった。
 その後は形だけの謝罪と謹慎があったものの、女生徒はしばらく授業に出れないほど病んでしまったのだ。

「そのような人物が今年も親善試合に出てくるのでしょうか?」

「去年はいなかったわね。ただ、あいつは今でも騎士団長なのよ! 忌々しい……! 国王は優しい人だから自分に命をささげてくれる騎士たちに強く言えないの。だから、実力が本物である以上あの女はいなくならないわ!」

「まあ、騎士としてしっかり働いているのならば、王国の人事にこちらから口出しすることはありませんね。気の抜けない環境で心が荒むこともあるでしょう。ただ、生徒を不当に傷つけられるのは見過ごせません」

「でしょ!? だから私対策を考えたの! 今年は私とたまえちゃんが制服を着て生徒に混じって試合に……」

「ダメです! それはもういろんな意味でダメです! 王国騎士側に文句をつけられなくなるくらいのズルですし、第一私と学園長が制服を着ても生徒には見えません! 笑い者になるだけです!」

「そうかしら? 私はまだまだ……」

「ダメです! キツイです! はぁ……そういえば、学園長にはまだ今年の代表をお伝えしていませんでしたね……。今年は私のクラスからデシル・サンフラワー、オーカ・レッドフィールド、ヴァイス・ディライトを出します。騎士団長クラスならまだしも、通常の騎士ならば十分に勝てる可能性があるメンバーです」

「あっ、そうだ! 今年は規格外の三人がいるんだった! 特にデシルちゃんは騎士団長クラスだって相手にならないわ! これは調子に乗ってるあの女に一泡吹かせてやれるわね!」

「私もデシルくんに関しては心配してません。加減もできる子ですからね。オーカくんも一対一の試合形式ならば十分に力を発揮できると思います。ヴァイスくんも負けず劣らず優秀なのですが、ずっと体調を崩しているのが気がかりですね……」

「ああ……彼女ね。万全の状態にしてあげられないのは申し訳ないけど、それでも彼女は強いし心配しなくて大丈夫よ。試合中に倒れたりはしないわ」

「学園長はヴァイスくんのことをよく知っているんですか?」

「あら? 私は全生徒のことをよく知っているけど?」

 少々含みがあるような物言いだ。
 ルチルは学園長がヴァイスの秘密を理解したうえで学園に招き入れたのだと察した。
 Aランク自由騎士であるルチルはほぼほぼヴァイスの正体に気づいている。
 ただ、デリケートな問題なので直接本人には聞けずにいた。

「ヴァイスくんには今まで通り普通に接しても問題ないのですね?」

「ええ、大事にしてあげてちょうだい、先生としてね。でも特別扱いする必要はないわよ」

「わかりました。では、学園長の不安も解消されたということで、私はこれで失礼します」

「待ちなさい! せっかくだからこれ……着ていかない?」

 マリアベルはどこからともなく取り出した学園の制服を見せつける。

「実はこれたまえちゃんのサイズに合わせて作った特注品なの」

「何をやっているんですか……。というかいつ採寸したんですか……」

「ふふふ……秘密! ねぇ、お願いだから着てみて! せっかくだしもったいないでしょう?」

 強引極まりない話だが、ルチルも勝手とはいえ自分のために作られた服に一度も袖を通さず眠らせておくのはもったいないと思った。
 ルチルのまじめな性格を把握したうえで実行されたマリアベルの姑息な作戦である。

「仕方ないですね……。着てみるだけなら」

「そうこなくっちゃ!」

 その場で脱がせようとしてくるマリアベルを跳ね飛ばして目隠しをすると、ルチルは慣れた手つきで制服に着替えた。

(まだ体はこの服を着る動作を覚えているか……)

 悪い気はしない。
 ルチルはふっ……と笑う。

「たまえちゃ~ん、目隠し外してもいい?」

「構いませんよ」

「ではでは……わっ!? かわいいじゃないの!!」

「そ、そうですか?」

「うん! 本当にかわいいわ~! 全然学生で通用するわよ! ほらほら鏡見て!」

 どこからともなく取り出した姿鏡でルチルの姿を映すマリアベル。
 そこに映ったのはとても学生では通らないほど大人の魅力にあふれた女性だった。
 鏡に魔法などはかかっていない。今のルチルそのままの姿だ。

「ほらほら、たまえちゃん自身まだまだいけるって思うでしょ?」

「う、うーん……そう……かも、しれませんね」

 正直ルチルも自分の制服姿が似合っていると思い込み始めていた。
 いや、似合ってはいるのだが、それはまた違う意味で似合っているのだ。
 そのことをマリアベルは十分に理解している。

(ぐふふ……! 流石にこんなに色っぽく成長すると学生には見えないわねぇ。でも、とってもかわいいのは本当! 学生の頃はあんなに細くて小さくて弱々しかった子が、今はこんなにムチムチでナイスバディなんだもの! これだから教師はやめられないわ!)

 その後、マリアベルの要求はエスカレートし、あの頃のように校舎を歩く姿を見せてくれと言いだした。
 普段ならば毅然と断るルチルも自分の姿に自信を持ち始めたことと、マリアベルが「この時間なら誰にも見られない」という何の確証もない言葉に乗せられこれを了承。
 無事ほかの職員にその姿を見られてしまった。

 それ以降ルチルに熱い視線を向ける者はさらに増えた。
 特に男の教師たちからの視線はすごいことになったという……。
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