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旅立ち編

003 一番弟子、閃光の太刀筋を見せる

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 デシルを乗せた馬車は整備された街道をカタカタと進む。
 周りには緑豊かな自然が広がり、見る者をリラックスさせる……はずだった。

(ど、どうしよう……)

 なぜかデシルは緊張していた。
 大型の馬車の中には彼女以外にも乗客がいるが、みな穏やかそうな人々だ。
 あまり見ない顔であるデシルに対しても奇異の目を向けることもない。
 綺麗な服やリュックを物欲しそうな目で見ているわけでもない。
 恐れることなんてないように思われるが、デシルは緊張していた。

(だ、誰も防御魔法を展開していない……。いや、私では察知できないほど高度な魔法なんだ……!)

 デシルは誰が乗ってくるかわからない馬車の中で防御魔法も発動せずにのんびりしているのが信じられなかった。
 なので『防御魔法は展開しているが自分には見抜けていない』と勝手に納得したのだ。
 彼女は無口で恥ずかしがり屋の師匠に育てられたせいで、言わんとせんことを自分で考えて納得するというクセがついてしまっていた。

(し、師匠が私を厳しく育てたのも納得です……。これほどの使い手にすぐに出会うとは……。それも何人も……!)

 すみっこの方で身を縮こまらせて乗客をにらむデシル。
 彼女が不思議に思うことはまだあった。
 それは馬車のスピードがあまりにも遅いことだ。

(馬車を引いている馬に強化魔法でもかければ速くなるはずなのに、それをあえてやらない。ここの人たちは魔力を大量に消費するはずの高度な防御魔法を展開しながら、あえてゆったりとした移動を楽しんでいる……! それだけの能力を持った人たちなんだ!)

 デシルはもうホームシックにかかっていた。
 目を閉じれば思い浮かぶ師匠の姿。
 長い銀髪はクセっ毛でいつもどこかはねていて、服もちゃんと着れていない。
 でも、スラッとした引き締まった体に鋭い目だけでただ者ではないとわからせる雰囲気があった。

(ああ……帰りたい。でも、ダメだ……頑張らなくっちゃ……)

 ぐったりと座席にもたれかかるデシル。
 それを見た乗客の男性が何事かと声をかける。

「お嬢ちゃん大丈夫かい?」

「あっ!? はいっ! 大丈夫です!」

「そうか? ならいいんだ。調子が悪かったら馬車を少し止めてもらうと良いぞ。ここの奴らはみーんな急ぐ用事なんてないからな!」

 豪快に笑う男性、他の乗客もくすくすと笑うが異を唱える者はいない。
 みなデシルがソワソワしてることを気にしてくれていた。

(そうだ……。みなさんが私より強いからといって、敵ってわけじゃないんだ。ちょっと考えたらわかることなのに私ったら……)

 礼を言ってデシルは座席に座りなおす。
 流れていく景色をのんびり眺めつつ、ただ馬車に揺られていればいいのだ。
 しかし、リラックスした彼女はある気配を感じ取ってしまう。

(……あっ、モンスターだ。馬車の後方五百メートルくらいで三体。まあまあの魔力と図体……ダークベアあたりかな?)

 ダークベアとはその名の通り漆黒の体毛を持つクマ型のモンスターである。
 立ち上がるとその大きさは成人男性の三倍以上。
 木造の建物など一撃で粉砕し、普通の人間は即死させるほどの力を持つ。
 そのうえ体毛は生半可な攻撃を通さない。

 性格も非常に獰猛で執着心が強く狙った獲物をどこまでも追い続ける。
 鼻も良いので見つかった場合は即座に倒すのが正しいとされている。
 しかし、このランクのモンスターとばったり出会ってすぐ倒せる者などそういない。
 普段はその図体ゆえに人間を襲って食べても足りないので、人里に下りてこないが今回は何かが原因で下りてきてしまったようだ。

(どこかで縄張り争いに負けて逃げてきたのかな? 空腹なら人でも仕方なく食べるし、機嫌が悪いなら動くものすべてを襲うし……。こっちに来たら戦わないと。でも、馬車には強い人たちがいっぱいいるし、私がでしゃばったら迷惑かな……)

 デシルは一応ダークベアがいる後方に気を配る。
 本来ならば彼女にとってダークベアは警戒するような相手ではない。
 なぜなら七歳の時に今回の個体よりも大きなものを七体同時に仕留めているからだ。

 とはいえ、自分に敵意を向ける存在が迫っているとなるとソワソワする。
 それに師匠からどんな相手でも慢心はするなと厳しく言われている。
 デシルはじっと後ろをにらみつけた。
 視界に捉えた黒い影はどうやら確実にこちらを狙っている。

「お嬢ちゃんどうした? 何か見えるのかい?」

 先ほどデシルの体調を気にしてくれた男性がまた声をかけてきた。
 ダークベアにはとっくに気づいていると思いつつデシルは迫りくる黒い獣を指さした。
 すると、男性はあんぐりと口を開けてから大きな声で叫んだ。

「ダ、ダークベアだ!! それも三体! こっちに向かってくるぞ!!」

「な、なんだって!? このスピードでは逃げ切れないぞ!」
「誰か戦える奴はいないのか!?」
「このへんに出るはずのないCランクモンスター三体を相手に出来る戦力が田舎馬車にいるわけないだろ!」

 馬車の中は大騒ぎになった。
 勝手に下りて逃げ出そうとする者、祈る者、怒る者、泣く者……。
 そんな中デシルもこの光景に驚いていた。
 自分より強いと思っていた人々がダークベア程度に慌てふためいているのだ。

(これは演技なのかな……? いや、あまりにもリアルすぎるような……)

 困惑するデシルを見て慌てていた男性が落ち着きを取り戻した。
 そして、デシルの手をもって立ち上がらせると馬車から降ろそうとする。
 もう馬車は止まっているので危険ではないが、デシルにはその意図がわからなかった。

「ど、どうしたんです!?」

「俺は実はこの馬車の護衛なのさ。普段はあまりに危険がなさ過ぎるのと、お客を威圧しないために一般人のふりをしているんだ。さあ、君だけでも逃げろ! 俺が足止めする!」

 男は布を巻いて隠してあった剣を引き抜く。
 誰が見てもその剣は巨大なクマに通用しそうもない物だ。

「そ、その剣で戦うんですか!? 強化魔法とかは……」

「武器強化なんて大した魔法は使えんが、肉体強化は多少心得がある!」

 男の体が薄いオーラに包まれた。
 それなりに魔法の心得がある者が見れば、その魔法が未熟であることがわかる。
 もちろんデシルにもわかった。

(こ、これじゃこの人は死んじゃう! かくなるうえは……!)

 デシルもリュックの中に隠し持っていた剣を取り出す。
 それは黒い鞘に収められていて、つばや装飾が取り除かれたシンプルなデザインだった。
 刃は片刃で細く、自ら発光しているのではないかというほど白くきらめいていた。

「嬢ちゃん! そんな短くて細い剣じゃ無理だ! 早く逃げ……」

「疾ッ!」

 まばゆい光が三体のダークベアの首を通過したかと思うと、次の瞬間にはドサッという音を立てて三つの首が地面に落ちていた。
 血は飛んでいない。断面は焼かれていた。
 遅れて首を失った体が地面に倒れこみ、ドシンと地面を揺らした。

「ふー……」

 目にもとまらぬ速さで刃を収めた剣を再びリュックに戻し、デシルは一息つく。
 その少女の仕草から誰も目が離せなかった。
 デシルが何をしたのかは速すぎて見えなかったが、彼女が敵を倒したことだけは理解できた。

「す、すごいじゃないか君!? ダークベアを三体も! 一瞬で!」
「君がいなきゃどうなっていたことか!」
「救世主様だ!!」

 乗客はみなデシルのもとに集まってわいわいと褒めたたえる。
 デシルはこんなに褒められたことがないので、どうしたらいいのかわからないといった表情だ。

「こ、これくらい当然のことです……!」

 そのままの感想を言ったが、その言葉はみなを感動させた。
 馬車が再び動き出した後も、デシルへの感謝の言葉は止まらなかった。

「それで君はどこを目指しているんだい?」

「王都のオーキッド自由騎士学園です。入学試験を受けるつもりなんです」

 『オーキッド』の名を聞いた途端、乗客も「あのオーキッドか……」「それはすごい!」「あれか……」「なんだっけ?」と口々に言葉を発する。

「オーキッドと言えば世界最高峰の自由騎士学園か。俺はよく知らないけど、そんなすごいところとなると君くらいの人間が受けに行くものなんだなぁ……」

 護衛の男性は顎に手を当てて「ほほぅ」とよくわかってなさそうにうなる。
 そんな彼にデシルは聞きたいことがあった。

「あの、さっきのダークベアの時なんですけど、私を逃がそうとしてくれましたよね? 本当に失礼なんですが、あの強化魔法では……」

「勝てそうもなかっただろ? 知ってるさ!」

「ではなぜ……」

「それが俺の仕事だから……はカッコつけすぎだな。ただ、君みたいな若い子をここで死なせたくないと思ったら勝手に体が動いてた。もう一回同じ状況になってもまた出来るかわからないね。それぐらい勝手に動いたんだ。いやぁ我ながらカッコよかったな! 君のおかげでこの自慢話を今夜家族に出来そうだ。ありがとう!」

「いえ、こちらこそありがとうございました!」

 デシルは嬉しかった。
 自分を守ろうとしてくれたことがただ嬉しかった。

(師匠……世界には戦うことが苦手な人もいるんですね。今までに出会った人たち含めてみんな実力を隠しているんだと思っていました。いろんな人と出会って新しいことを知る。それが私を外に出した理由の一つなんですね。そして、もう一つは……)

 デシルはグッと拳を握りしめた。

(やはりオーキッド自由騎士学園! 私くらいの人間が来るところ! つまり、私より強い人も来るということ! そこに行けばもっと強くなれるってことですね! 師匠!)

 またやる気が増したデシルであった。
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