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第2話 中年騎士、田舎に到着

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 王都脱出から数日後、プレーガ領への道中――

 毎日何時間も乗合のりあい馬車に詰め込まれているのが苦痛になった俺は、領地までの残り数十キロを徒歩で移動することにした。

 新しい雇い主の前でなまった体を見せるわけにはいかないからな。
 歩くだけでもいい運動になる。

 ただ……昨日は激しい雨が降ったようで、街道の至る所がぬかるんでいた。
 替えのブーツなんて持って来てないし、ぬかるみに突っ込まないように気をつけて歩を進める。

「領主である第九王女が住んでいる街の名はバリントン……。日が暮れる前には着くだろう」 

 そうして黙々と歩き続けること数時間――
 俺の目の前に大きな荷馬車が現れた。

 どうやら深いぬかるみに車輪がはまってしまったらしい。
 老夫婦が泥だらけになりながら荷馬車を押し出そうと頑張っているが、どれだけ続けても動く気配はなさそうに見える。
 引っ張る馬の方もすでに疲れているのか、ただただ気だるげに突っ立っている。

「お手伝いしましょうか?」

 俺は背後から老夫婦に声をかけ、荷馬車の後ろに立つ。

「お気持ちはありがたいですが、とても人の力で動かせそうには……」

「こう見えて腕っぷしには自信がありますから」

 荷馬車に触れて重量を確かめる。
 うん、これくらいなら片手で十分だな。

「ちょっと離れていてください。……よっと!」

 ゴボッとぬかるみから車輪が抜け出す。
 そのまま比較的乾いた土のところまで荷馬車を押していく。

「ここから先の道は状態が良さそうですから、もうぬかるみにはまる心配はないと思いますよ」

「あ、ありがとうございます! 何とお礼を申し上げればよいか……!」

「いえいえ、これくらいお安い御用です。お気になさらず」

「お礼の品を差し上げたいのですが、あいにく手元にあるのはすべてお客様にご要望いただいた商品でして……」

 荷馬車の中身はシャレた家具や雑貨のようだ。
 それなりに高そうな物品もちらほら見える。
 これを欲しがる客がいるのだから、プレーガ領は金銭的にも豊かな領地なのかもしれない。

「本当に私は大したことをしていませんので、わざわざお礼なんて申し訳ないです」

「では、せめてお金を……」

 商人として借りというものは絶対に返したいのかもしれない。
 この状況で受け取り拒否を続けるのも、人として褒められたことじゃないな。

「あの、私これからバリントンの街に引っ越すのですが、家が決まっていなくてですね。もし空き家をお持ちのお知り合いがいましたら、紹介していただけないでしょうか?」

「それはお安い御用です! 一等地の土地と家を格安で貸していただけるよう、交渉させていただきますよ!」

「おおっ! ぜひお願いします!」

 別に一等地じゃなくても……と思ったが、そういう無駄な遠慮えんりょは王都に置いて来た。
 俺はそれなりに実績を積み重ねた騎士だし、お金だって頑張って貯めたんだ。

 快適な土地と家くらい手に入れてもいいじゃないか。
 これからは自分が贅沢することも許していこう。

 商人の老夫婦とは、そのまま成り行きで一緒に移動することになった。
 荷馬車を引っ張る馬もやる気を取り戻しており、少し荒れた道もガンガン進む。

 そして夕暮れの頃――俺たちはプレーガ領で最も大きな街バリントンに到着した。

 ◇ ◇ ◇

「私たちは宿で休んで、明日から商品を届けて回ろうと思います。今日はずいぶんと体力を使ってしまいましたので」

「わかりました。私はちょっと挨拶しないといけない人がいるので、ここで失礼しますね」

 老夫婦と別れ、見慣れない街中を1人で歩いていく。

 周囲を田畑たはたや果樹園で囲まれた街バリントン――
 石造りの建物ばかりだった王都と違って、この街は木造建築が多い。

 石の冷たくてどこか高潔こうけつな雰囲気も好きだが、木の温かみをそのまま感じさせる街並みも心地良い。
 土の臭いが混じった風は少し鼻につくが、きっと数日もしたら慣れるんだろうな。

 街の通りは夕暮れ時なので仕事帰りの人々が目立つ。
 ほとんど農作業に従事している人たちだ。
 肉体労働の後、どんな物を飲んで食べてやろうかと相談する声がそこかしこから聞こえて来る。

 王都とはまた少し違う活気だ。
 俺は今日からここで暮らしていくんだな。
 果たしてどんなことをさせられ……いや、させていただけるのかは第九王女次第だ。

「王女がいるのはあの館だな」

 誰から教えてもらったわけでもないが、見ればわかる。
 街の中心から少し外れた小高い丘の上に、街で一番立派な建物があった。
 古風な洋館といった雰囲気で、今は夕日を受けて赤く染まっている。

 そこをめがけてずんずん進み、丘を登っていく。
 街の人からすれば見慣れないおっさんが領主の館に近づいているわけだが、警戒するような気配はまったくない。

 もしかして……第九王女がいるのはあそこじゃない?
 だから誰も俺のことを気にしないのか?

 そんなことを考えている間に、丘の上の館に到着してしまった。
 門の前には門番すらおらず、使用人らしき女性が1人でき掃除をしている。
 鮮やかな緑の髪が特徴的で、年齢は20代前半くらいだろうか。

「……あの、すいません」

「わっ……! はいっ、なんでしょうか?」

 突然現れた俺に驚いてはいるが、警戒する様子はあまりない。

「こちらは第九王女リリカ様のお屋敷でしょうか?」

「ええ、そうです!」

 あっさり答えてくれた……!
 一応こっちは刀をぶら下げた中年男なわけで、ちょっと警戒心がなさ過ぎる気もする。

 もう俺はこの領地の守備隊の一員なわけだが、一体どういう組織体制になっているのか……ちょっと不安になって来たぞ。

「私は数日前にプレーガ領守備隊に配属された騎士レナルド・バースと申します。ぜひ、リリカ様にご挨拶をと思いせ参じました」

「レナルドさん……守備隊……配属……? そういう話は聞いてないですね……」

「えっ!? あっ……!」

 そうか、俺の異動は突発的なもので事前に連絡が行っているはずもない。
 そもそも第一王子は俺を消すつもりのようだったしな……。

 俺を消し損ねたとわかれば、後から異動の話がこちらにも届くかもしれない。
 それは数日後か、数週間後か、あるいは一生届かないか……。

 参ったな……これでは騎士を名乗る怪しいおっさんでしかない!
 かくなる上は、騎士になった時に授与される勲章をトランクの中から探して見せなければ……。

「ちょ、ちょっと待ってください。本当に騎士ではあるんです……!」

「よいではないか、セレコ。その者を屋敷に上げてやれ」

 幼い少女の声――
 視線を上げると、2階の窓からこちらを見下ろす人影があった。

「あっ、リリカ様! わかりました!」

 反応を見るに、2階の彼女が第九王女リリカ・ロードペインか。
 俺が彼女と目を合わせると、スッと窓の奥へ隠れてしまった。

 少しの間しか見られなかったリリカ様の顔――とても美しかったが、同時にとても生意気そうというか、いたずらっ子みたいな雰囲気を強く感じた。

「やはり王族、一筋縄ではいかないかもな」

 セレコと呼ばれた女性に案内され、俺は第九王女の館へと足を踏み入れた。
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