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第1話 中年騎士、左遷される
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その日、俺は騎士団長の執務室に呼び出しを食らっていた――
「あの程度の注意をしただけで、逆に私が厳重注意って……正気ですか?」
「私に言われても困るだよ、レナルド・バース隊長」
目の前の騎士団長は渋い顔をする。
心の底から『面倒なことをしてくれたな……』と思っている顔だ。
「次の王たる第一王子だからって、城下町に繰り出して暴虐の限りを尽していいわけじゃないでしょう。一体どれだけの国民に迷惑が……」
今思い出しても胸糞が悪い……。
大通りを練り歩いては目についた人々に難癖をつけて頭を下げさせる。
店に立ち寄っては金も払わず我が物顔で商品を持ち去る。。
相手の態度にイラつけば、暴力を振るうこともいとわない。
それを定期的にやるのだから、国民の不安はいかほどのものか。
王族だから、屈強な護衛を連れているから、誰も逆らえはしない。
あまりにも趣味の悪い権力者の暇潰しだ……。
「だから、それを私に言われても困ると言っているのだよ! レナルド・バース隊長!」
騎士団長が額に青筋を浮かべ、ドンッと机を叩く。
現場に出なくなったせいで顔にまでついた贅肉が揺れる。
「君も王都で暮らして長いのだからわかるだろう!? 王族に逆らっては生きていけないと! それにあの程度は王子にとって軽い遊びなのだ。一種の国民との交流と言ってもいい。死人も出ていないしな……」
「死人が出たところで、止めやしないでしょうに」
「ふんっ、嫌なら王都から出て行け! いや……出て行ってもらおう!」
騎士団長はにやりと笑い、1枚の紙切れを机の上に置いた。
それは俺の辞令書だった。
「騎士レナルド・バースは本日付けで王都守備隊隊長の任を解き、プレーガ領守備隊への異動を命じる」
「プレーガ領……!?」
ロードペイン王国の中でもかなりの僻地。
当然、国の中心である王都からはかなり遠い場所だ。
穏やかな気候で農業が盛ん、治安も良い領地だと聞いている。
住みやすい場所ではあるのだろう……。
しかし、騎士としてこの異動はあからさまに左遷!
「ふふ……そんな顔をするんじゃない。プレーガ領は第九王女リリカ・ロードペイン様が治める立派な領地だぞ。王族に直属と考えれば、これはずいぶんと栄転じゃないか!」
こいつ、ぬけぬけと言ってくれる……。
第九王女ともなれば王位継承順位はかなり低い。
そとに比べたら、そこらへん古参貴族の方がよっぽど権力を持っている。
俺は強大な権力者に仕えたいわけではない。
ただ、平民の出身で騎士になり王都の守りを任せられるまでには、文字通り血のにじむような努力が必要だった。
16の時に騎士見習いとなってから24年間――
剣術を磨き、魔術を極め、騎士としての仕事を実直にこなして来たつもりだ。
そうして手に入れた立場をこんな簡単に奪われるのが納得出来ないだけだ。
「……了解しました」
だがしかし、この異動には明らかに第一王子の意思が絡んでいる。
逆らうだけ無駄というものだろう。
俺は人として、大人として、騎士として……正しいことをしたと思っている。
だが、第一王子の怒りを買った時点で、こうなる運命は決まっていた。
処刑されなかっただけ運がいいと思って、おとなしく引き下がろう。
「それで業務の引継ぎのことですが……」
「んん~? 聞こえなかったのかね、今日からただのレナルド・バースくん? 辞令は本日付けだ。今日中に王都から出て行かんかったら、どんな目に合うか知らんぞ~!」
なるほど、引き継ぎもいらないからさっさと出て行けということか。
こちらとしたら楽で助かるが、地獄を見るのは残った騎士たちだ。
まっ、その騎士たちにも俺は全然好かれていなかったがな……。
王都に平民出身の騎士は俺だけで、それ以外は全員貴族の嫡子以外の連中だ。
嫡子以外は家を継ぐことが出来ないから、騎士とかそれっぽい役職に回される。
そういう奴らは騎士の仕事をやりたくてやってるわけでもないのでモチベーションが低い。
まさに俺とは水と油、価値観が違いすぎる。
とはいえ、一応は部下だったわけだから、俺が抱えていた仕事を全部やらされるのは憐れに思う。
でも……団長の命令じゃあ仕方ない!
やる気のないボンボンどもよ、どうか恨まないでくれよな!
「君も今年で40だろう? もう少し大人になってくれないとねぇ……! 面倒を起こされると私の老後や家族の将来にかかわるんだよ!」
「はい、失礼します」
「せめて一言謝らんかいっ!」
俺は怒りに震える団長を無視して、彼の執務室を後にした。
王都守備隊は騎士団直下の組織だが、地方の守備隊はその地を治める領主の直属だ。
今の関係が解消される以上、気を使う必要はほとんどない。
「さてと……。ちょっと計画より早まってしまったが始めるか、俺のセカンドライフを!」
妻はいないし、子どももいない。
酒は付き合いで飲む程度だし、煙草もやらない、女も買わない。
それで騎士を何十年も続けて来たんだ。
これから生活していくだけの蓄えは十分にある。
多くの人が口に出し、夢に描く自然豊かな田舎でのスローライフって奴を叶えるタイミングがやって来たんだ。
「プレーガ領は王都から遥か南西だったかな? 馬車代が結構かかりそうだし、到着までには何日もかかる。だが、それも悪くない!」
ここ数年は長期休暇も取れなかったし、移動範囲も王都の周辺に限られていたしな。
片道切符の長旅という絶望的なイベントも、俺は何だかワクワクしてくる。
騎士団宿舎の自室で荷物を整理し、トランク1つにすべてを詰め込む。
そもそも私物が少なかったし、片付けるまでに1時間もかからなかった。
「立つ鳥、跡を濁さずと言うが……流石に綺麗過ぎるかな」
俺のいた痕跡がほとんどない。
プレーガ領に着いたらちょっと広い一軒家でも買って、物が残る趣味でも初めて見ようかな。
そんなことを思いながら自室を出ると、廊下の曲がり角からこちらを覗く人影があった。
一瞬だったが俺は見逃さない。かつての部下たちだ。
みんな俺が左遷されたと聞きつけて、その顔を拝みに来たってところだろう。
ふっ……絶望に沈んだ暗い顔をしてなくて悪かったな。
左手にトランク、使い古したコートを着込んで、腰には愛刀――
よし、忘れ物はなさそうだ。
「さらば、王都守備隊」
見下すような視線を背中に受けながら、俺は長年勤めた王都守備隊を離れた。
それから馬車を探して通りを歩いていると、物陰や人ごみの向こうから殺気を向けられていることに気づいた。
これは王族お抱えの暗殺部隊だな……。
数にして10人といったところか。
どうやら、第一王子は本気で俺を消したいようだ。
しかし、悲しいかな……。
この程度の戦力で俺を消せると思われていることが、俺の能力や今までの働きを正しく評価してくれていない証明になっている。
「返り討ちにしてやってもいいが……立つ鳥、跡を濁さずだよな」
幸い『俺の魔術』は追っ手を撒くのに最適だ。
今日のところは何もせずにいなくなろう。
だが、プレーガ領にまでトラブルを持ち込もうと言うのなら――その時はその時だ。
「どうか早めに諦めてくれよ」
歩きながら魔術を発動。
すると、ものの数秒で俺に向けられていた殺気は散って、街中へと溶け込んでいった。
つまり、暗殺部隊は俺を見失ったというわけだ。
「……手練れがいなくって良かった良かった」
ふぅっと一息ついて、俺は王都を出る馬車に乗り込んだ。
プラーガ領への長旅が始まる。
領地を治める第九王女はまだ9歳と聞いているが、とにもかくにも優しい子だと大変助かるな。
「あの程度の注意をしただけで、逆に私が厳重注意って……正気ですか?」
「私に言われても困るだよ、レナルド・バース隊長」
目の前の騎士団長は渋い顔をする。
心の底から『面倒なことをしてくれたな……』と思っている顔だ。
「次の王たる第一王子だからって、城下町に繰り出して暴虐の限りを尽していいわけじゃないでしょう。一体どれだけの国民に迷惑が……」
今思い出しても胸糞が悪い……。
大通りを練り歩いては目についた人々に難癖をつけて頭を下げさせる。
店に立ち寄っては金も払わず我が物顔で商品を持ち去る。。
相手の態度にイラつけば、暴力を振るうこともいとわない。
それを定期的にやるのだから、国民の不安はいかほどのものか。
王族だから、屈強な護衛を連れているから、誰も逆らえはしない。
あまりにも趣味の悪い権力者の暇潰しだ……。
「だから、それを私に言われても困ると言っているのだよ! レナルド・バース隊長!」
騎士団長が額に青筋を浮かべ、ドンッと机を叩く。
現場に出なくなったせいで顔にまでついた贅肉が揺れる。
「君も王都で暮らして長いのだからわかるだろう!? 王族に逆らっては生きていけないと! それにあの程度は王子にとって軽い遊びなのだ。一種の国民との交流と言ってもいい。死人も出ていないしな……」
「死人が出たところで、止めやしないでしょうに」
「ふんっ、嫌なら王都から出て行け! いや……出て行ってもらおう!」
騎士団長はにやりと笑い、1枚の紙切れを机の上に置いた。
それは俺の辞令書だった。
「騎士レナルド・バースは本日付けで王都守備隊隊長の任を解き、プレーガ領守備隊への異動を命じる」
「プレーガ領……!?」
ロードペイン王国の中でもかなりの僻地。
当然、国の中心である王都からはかなり遠い場所だ。
穏やかな気候で農業が盛ん、治安も良い領地だと聞いている。
住みやすい場所ではあるのだろう……。
しかし、騎士としてこの異動はあからさまに左遷!
「ふふ……そんな顔をするんじゃない。プレーガ領は第九王女リリカ・ロードペイン様が治める立派な領地だぞ。王族に直属と考えれば、これはずいぶんと栄転じゃないか!」
こいつ、ぬけぬけと言ってくれる……。
第九王女ともなれば王位継承順位はかなり低い。
そとに比べたら、そこらへん古参貴族の方がよっぽど権力を持っている。
俺は強大な権力者に仕えたいわけではない。
ただ、平民の出身で騎士になり王都の守りを任せられるまでには、文字通り血のにじむような努力が必要だった。
16の時に騎士見習いとなってから24年間――
剣術を磨き、魔術を極め、騎士としての仕事を実直にこなして来たつもりだ。
そうして手に入れた立場をこんな簡単に奪われるのが納得出来ないだけだ。
「……了解しました」
だがしかし、この異動には明らかに第一王子の意思が絡んでいる。
逆らうだけ無駄というものだろう。
俺は人として、大人として、騎士として……正しいことをしたと思っている。
だが、第一王子の怒りを買った時点で、こうなる運命は決まっていた。
処刑されなかっただけ運がいいと思って、おとなしく引き下がろう。
「それで業務の引継ぎのことですが……」
「んん~? 聞こえなかったのかね、今日からただのレナルド・バースくん? 辞令は本日付けだ。今日中に王都から出て行かんかったら、どんな目に合うか知らんぞ~!」
なるほど、引き継ぎもいらないからさっさと出て行けということか。
こちらとしたら楽で助かるが、地獄を見るのは残った騎士たちだ。
まっ、その騎士たちにも俺は全然好かれていなかったがな……。
王都に平民出身の騎士は俺だけで、それ以外は全員貴族の嫡子以外の連中だ。
嫡子以外は家を継ぐことが出来ないから、騎士とかそれっぽい役職に回される。
そういう奴らは騎士の仕事をやりたくてやってるわけでもないのでモチベーションが低い。
まさに俺とは水と油、価値観が違いすぎる。
とはいえ、一応は部下だったわけだから、俺が抱えていた仕事を全部やらされるのは憐れに思う。
でも……団長の命令じゃあ仕方ない!
やる気のないボンボンどもよ、どうか恨まないでくれよな!
「君も今年で40だろう? もう少し大人になってくれないとねぇ……! 面倒を起こされると私の老後や家族の将来にかかわるんだよ!」
「はい、失礼します」
「せめて一言謝らんかいっ!」
俺は怒りに震える団長を無視して、彼の執務室を後にした。
王都守備隊は騎士団直下の組織だが、地方の守備隊はその地を治める領主の直属だ。
今の関係が解消される以上、気を使う必要はほとんどない。
「さてと……。ちょっと計画より早まってしまったが始めるか、俺のセカンドライフを!」
妻はいないし、子どももいない。
酒は付き合いで飲む程度だし、煙草もやらない、女も買わない。
それで騎士を何十年も続けて来たんだ。
これから生活していくだけの蓄えは十分にある。
多くの人が口に出し、夢に描く自然豊かな田舎でのスローライフって奴を叶えるタイミングがやって来たんだ。
「プレーガ領は王都から遥か南西だったかな? 馬車代が結構かかりそうだし、到着までには何日もかかる。だが、それも悪くない!」
ここ数年は長期休暇も取れなかったし、移動範囲も王都の周辺に限られていたしな。
片道切符の長旅という絶望的なイベントも、俺は何だかワクワクしてくる。
騎士団宿舎の自室で荷物を整理し、トランク1つにすべてを詰め込む。
そもそも私物が少なかったし、片付けるまでに1時間もかからなかった。
「立つ鳥、跡を濁さずと言うが……流石に綺麗過ぎるかな」
俺のいた痕跡がほとんどない。
プレーガ領に着いたらちょっと広い一軒家でも買って、物が残る趣味でも初めて見ようかな。
そんなことを思いながら自室を出ると、廊下の曲がり角からこちらを覗く人影があった。
一瞬だったが俺は見逃さない。かつての部下たちだ。
みんな俺が左遷されたと聞きつけて、その顔を拝みに来たってところだろう。
ふっ……絶望に沈んだ暗い顔をしてなくて悪かったな。
左手にトランク、使い古したコートを着込んで、腰には愛刀――
よし、忘れ物はなさそうだ。
「さらば、王都守備隊」
見下すような視線を背中に受けながら、俺は長年勤めた王都守備隊を離れた。
それから馬車を探して通りを歩いていると、物陰や人ごみの向こうから殺気を向けられていることに気づいた。
これは王族お抱えの暗殺部隊だな……。
数にして10人といったところか。
どうやら、第一王子は本気で俺を消したいようだ。
しかし、悲しいかな……。
この程度の戦力で俺を消せると思われていることが、俺の能力や今までの働きを正しく評価してくれていない証明になっている。
「返り討ちにしてやってもいいが……立つ鳥、跡を濁さずだよな」
幸い『俺の魔術』は追っ手を撒くのに最適だ。
今日のところは何もせずにいなくなろう。
だが、プレーガ領にまでトラブルを持ち込もうと言うのなら――その時はその時だ。
「どうか早めに諦めてくれよ」
歩きながら魔術を発動。
すると、ものの数秒で俺に向けられていた殺気は散って、街中へと溶け込んでいった。
つまり、暗殺部隊は俺を見失ったというわけだ。
「……手練れがいなくって良かった良かった」
ふぅっと一息ついて、俺は王都を出る馬車に乗り込んだ。
プラーガ領への長旅が始まる。
領地を治める第九王女はまだ9歳と聞いているが、とにもかくにも優しい子だと大変助かるな。
応援ありがとうございます!
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