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7話

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「それにしても、それぞれに集合する場は決まったのですか?」

高津は170名もある一党が直ぐ様纏まって動くのこそ危険だと危惧していた。それを察し加屋は傍らの太田黒をチラと見ると口を開く。

「特別どうという意味は無いが。まあ一応は考えて居るが・・・」

「では、ほぼ行程は固まったと言う事ですね。ああ、よかった。先程此度の事聞いたばかりですから、色々と解らぬ事ばかりで不安もあったのですよ?」

高津は方策が固まりつつある事に安堵して具体的な自身の役割に関心を向けた。

「それで、私はどちらへ向えば良いのですか?」

「実はな・・・」

太田黒は言いかけて隣の加屋に続きを促す仕草を見せた。
言わんとする所を察し、彼は已む無しと言う表情で静かに頷きこちを開いた。

「高津君には種田邸・・・あるいは・・・高島邸へ走ってもらいたい」

「襲撃・・・ですか・・・」

高津は声を潜めじっと加屋を見つめた。

「うん。両者は鎮軍の大物じゃ。ここは確実に仕留めて置かねばならん。君ともう一人小隊を率いる者として石原運四郎を選任している。どうだ・・・できそうか?」

「出来る出来ぬより・・・する他無いでしょう。いや・・・是非にやらせてください」

膝に添えた手をギュッと握り締めると高津は真直ぐに清んだ眼差しを両帥へと向けた。

「それは有難い・・・では、すまぬがそのつもりで覚悟をしておくれ。この戦はどう転ぶかも知れん。丁度熊本へ帰って居るのだ。家へ寄って来るといい。」

加屋がしみじみと哀愁帯びた瞳で告げると高津は静かに頭を下げた。高津運記には幼い娘がいる。人吉という離れた社中に勤めておる為か余り家へと寄り付く暇なく、愛娘の末は気がかりな所であった。おそらくこれが自身にとって最期の顔合わせとなろう・・・。
彼はそう覚悟して一目でも老いた母と妻子に会いたいと願っており、ここを離れたら是非に自宅へ戻ってみようと決めていた。加屋もまた妻子と痛ましく最期の別れを無言に交わして来た我が身を振り返り、高津に静かに惜別を進めようとしていた。その厚情を受け止め彼は新開を辞し、自宅への帰路についたのである。


「旦那様・・・!旦那様では御座いませぬか!!」

丁度玄関先に居た妻は、夫の姿を認めると驚きを隠せぬのか目を見開いた。

「ああ、急ですまないな。して、母上のご容態は?」

「・・・え?お義母様?ご容態と仰いますと?」

「母が危篤なる知らせを受けたので大急ぎで熊本へ立ち返ってきたのだが・・・」

妻の妙な反応に、高津は首を捻った。普通容態に変化があれば即座に返答があって然り・・・である。訝る妻を尻目に高津は母の室へと足早に向った。

「母上!」

「あら、運記・・・そんなに慌ててどうしたの。それに貴方お勤めがあるのではなかったのですか?本当に・・・どうした・・・?」

老いた母は目を瞬かせ心底驚いている風だった。その様に病んだ気色は無く高津自身我が目を疑うほど健全たる姿だった。

「はっ、はい。実は此度母上がお加減悪いと言う噂を聞きつけまして・・・」

「ま、私が・・・?一体どう言う噂かしら。不吉な事を申されますな・・・」

母は我が子の言葉に眉を潜めている。
彼もこの予想外の反応にはいささか困り果て正直な言葉を紡ぐ他無かった。

「え・・と・・・兎も角居ても立っても居られず後事を祠掌らに託し来熊した次第でありまして・・・。母上・・・申し訳ありませぬ。」

「私は至って達者ですよ。嫁もそう言っておらなんだか。まあよい、元気なお姿を久方ぶりに確認できたのですから。ただ、今後はしかと神明に尽くしなされ?」

厳しい母の言葉を受けて部屋を出ると、幼い娘が駆け寄ってくる。
今生の別れと知って接する父の心を知ってか知らずか僅か三歳になる愛児は無垢なままに我が身に縋り付いてくる。高津は暫く娘に菓子を与え構い、いよいよお暇せんと腰を上げた時、彼が母が兼ねてより

吉村宅に頼んであった、彼の好物「団子汁」を用意させこれを子に与えた。この後、家族には人吉に帰ると告げると、彼は阿部邸へ向いいよいよ出陣に向け動きだすのであった。
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