4 / 35
プロローグ
エピローグ:地球 後編
しおりを挟む居間に向かう。
真ん中には卓袱台があり、1人の女性が胡座をかいて床に座っている。
彼はそれを見ると、従姉に構わず彼女のもとに向かった。
「おう、おかえり。お邪魔し」
「はぁ~……!」
「わっとと。」
彼女が言い切る前に、彼は覆い被さるように抱き付いた。
「おい吸うな吸うな。」
「疲れた……」
「明音《あかね》、舌打ち。」
「気のせい。私料理の用意してるから……食べてくんでしょ?」
「従弟《これ》が残ってて欲しいなら。」
彼は彼女――愛に抱き付いたまま、黙って頷いた。
従姉――明音はまた顔を険しくして、包丁を握りしめながら台所に移った。
パシャッ
「よし、これでいっか。」
愛は今撮った自身らの写真を見ながら、彼の頭を撫でる。
「で、今日は何あった?」
「朝は京虎が横断歩道でふらついてて、その後はクラスのやつらが何人か来て、帰り際にはまた京虎《けいこ》に詰められた。帰りに至ったは、先生とやった。」
「そっか、お疲れ。」
「そんで一生通知来てるし……」
「お前いい加減、5人くらいブロックしても良いんじゃないか?」
「それは流石に。何されるか分かんないし……」
愛はそっかと答え、抱き付く彼に頭を寄せた。
すると彼は、また一段と強く抱き締めた。
「てかマジでスマホ鳴り止まねぇな。」
「あぁ……」
彼がスマホを取り出して画面を確認していると、愛はそれを取り上げた。
「今くらいほっとけ。」
「っ……あぁ。」
微笑み、少し腕に込める力を弱めた。
愛の肩に顔を乗せたまま、目を閉じて、大きく呼吸する。少し前まで、いろんな感情が彼の中にあり疲れていたが、徐々に落ち着いていく。
ピーン……ポーン………
「え、誰だ?」
「お前今日誰か呼んだ?」
「いや、一切……思い当たる人はちらほら……」
彼は思考を巡らせる。だが、出来れば今日は彼女と共にいたい。
「どっちか出てきてもらって良い~?今手ぇ汚れててさ~」
「あぁ、オレ出るよ。」
愛から手を離し、インターホンの画面にに向かう。
先ほどまで落ち着いていた気持ちが、徐々に崩れていく。不安か、焦燥か、気疲れか、或いは苛立ちか……
「はい、どちら様で……」
画面には、1人の知人が映っていた。
「京虎……」
なにも言わず、大層暗い表情で佇んでた。
「どうした?」
『……』
「……開けるから、少し待っててくれ。」
なにも言わない彼女だったが、彼は玄関に向かっていった。
扉を開けるや否や、彼女は彼にもたれ掛かるように近付いた。
もう一度彼が用件を聞こうとするが、それよりも早く彼女が口を開いた。
「あの後、さ……」
その一言に、彼の背中はビクッと強ばった。
「やっぱり、もっと、ちゃんと話した方が、いや……話したいから……戻ろうと、したら、さ………」
歪で鎮具破具な羅列。徐々に感情が籠っていく。
「二人の……押江先生との声、聞こえたんだ。」
彼の体はより強ばっていく。だが、汗ばむことや、困惑することはなかった。もう慣れたことだったから。
ただただ「あぁまたか」という、鬱陶しいような、煩わしいような、でもそれ以上に悲しいような気持ちが体を強張らせる。
「ねぇ、先生と、そういう関係……てか、そういうことしたの?」
「……うん。」
彼女はすっと答えた彼に、苛立ちを覚えた。だが同時に、切なさと惜しさを感じた。
「そう……」
涙ぐんだ目を閉じて、諦めたような微笑みを浮かべる。彼の胸に頭をぐっと押し付け、乱れる呼吸を整える。
「ね、ねぇ、彼女いるんだよね?」
「あァ。」
「そうい、そういうのしていいの?もし、いいんだったらさ、わ、わた、し、私とだって……!」
「それは……」
「せ、先生は、お金、払ったからやったんでしょ?いいよ、渡すよ、いくらがいい?」
鬼気迫る表情で詰め寄る。
彼は慣れているとはいえ、普段静かだった彼女が初めて見せるその姿に気圧された。
「今すぐ渡せるよっ、ほらっ!ね?あ、そうだ、ここで話すのもあれじゃん?あ、上がっていい?今は明音《あかね》さんいるの?」
否応なしに距離を詰め、中に入っていく。
「大丈夫か?」
と、奥から声をかける。
「おい、愛……」
京虎は彼女を視認すると、握っていた札たちを落とし、靴を脱ぐことなく中に入っていく。
彼はそれを抑える。
「はぁ、はぁ、はぁ!!お前、お前っ……!!」
京虎は抑えられながら、激しく暴れる。呼吸を荒くし、血眼になって怒鳴る。
「お前がっ、なんでお前が……!!」
「京虎!だからっ、アイツは彼女だって言ってんだろっ!」
「~っ!!なんで、なんでよ!私の……そこは、私の場所でしょ!!ずっと、ずっと……!!」
彼をつかむ力が強くなっていく。指と爪が食い込み、鬱血する勢いだ。
「お前がいなきゃ、私が!私がぁッ!!」
愛を睨み、そう怒鳴る京虎。
そんな彼女を、彼は掴んで話し、その瞳を見る。
「オレが!愛《めぐむ》を選んだんだ……」
その言葉に、彼女は言葉を失った。先ほどまでの怒号が嘘だったように、何も言わなくなった。
だが、大きく開いた瞳は依然怒りが籠っている。
「オレは京虎を嫌いじゃない、朝一緒に学校に行きたいなら一緒に行く、行きたいとこがあるなら時間を作る、してほしいことがあるなら」
「皆にそうでしょ!!?頼まれたら聞く、相談に乗る!!皆にそうしてる!!それに金を貢げば身体だって許す!!?」
彼を突き放し、また怒鳴りつける。
「誰にだってすることをしてほしいんじゃない、他の人より嫌われたくないわけじゃない!!わかってるでしょ!!?私はっ……!!」
また愛の方を見る。
「アイツじゃなくて、私を選んでほしいの!!お前に、お前のっ!!」
そうして彼女は怒号を止め、彼らの方へと歩いていく。
「やめて京ちゃん!」
「っ……明音さんっ、あなたはどうなんですか?なんであの人を、あの人のこと嫌いじゃないんですか!?」
「っ!!そんなのっ――」
二人は怒鳴り合い、口論を始める。
一方で彼らは静かに話し合う。
「ごめん愛、来てくれたのに悪いんだが……」
「あぁ、うん。でもお前この後平気……なわけないよな。どうすんの。」
「従姉さんとどうにか……」
その様子を見た京虎は、口論をやめ、彼らの方へ怒号の矛先を向けた。
「また、そうやって……!!」
そして台所にあった、明音が使っていた包丁を手に取り、彼らの方へ歩いていく。
「京!!やめなさ」
「うるさい!!!」
「ぁっ!!」
静止しようとしてきた彼女を払うように、腕を振り上げた。刃は彼女の目元を掠めたようで、血が出ている。
彼はそれを見ると、愛との会話をやめ、明音の手当てをするように頼み、京虎の方へ向かった。
「おい……」
「はぁ、はぁ……!ねぇ、こうやったら怒るのに、なんでそれをこっちに向けてくれないの……いいよ、怒鳴ってよ!私にも好きでも嫌いでも、大きな気持ち向けてよ!!」
包丁を握ったまま、彼の方へ走っていく。冷静さを失い、その切先は彼へ向いている。
彼は向かってくる腕を外側に払い、そのまま彼女の胴を受け止めた。包丁が刺さらぬよう、その手首を握る。
愛は明音のもとに向かった。ポケットからハンカチを取り出し、彼女の傷口に添えた。
「おい、目ぇ切ってねぇか?」
「うん、斜め下っ……でも、痛い……」
突然の痛みで呼吸を乱し、汗がにじんでいる。
「京虎!!やめろ!!!」
「離して!!」
手を抑えられているが、それでも暴れるのをやめず、彼の脚や腰を蹴っている。
「あぁぁっ!!あ゛ぁっ!!あ゛ぁぁぁっ!!!!」
「おい!京――」
ズシュッ……
「――ぁっ……」
ザシュッ……
「あぁっ!!あ゛ぁっ!!あぁっ!!」
「ぇあっ……っ……ぃぇっ……」
ザシュッ……
ザジュッ……ズジュッ……
「明音はやく、消毒……明音?」
「あっ、あっ、待って、だめ、やだ……」
「は?おい、どうし……た……」
呆ける明音に戸惑い、愛《めぐむ》は彼女が見ている方を振り返る。
「はぁ……!はぁ……あ、あぇ……?」
そこには、先ほどまで暴れていた京虎に、汗が止まらぬ青ざめた表情でもたれ掛かる彼の姿があった。京虎の手を見ると、包丁はなく、代わりに半分くらいが真っ赤に染まっていた。
「え……あ……ち、違う……違う……そんな、あ、あっ、あぁっ……」
彼の背中は赤黒い液体に染まっており、それが止まる気配もなく床に滴っている。
「―――っ!!おい明音っ!警察と医者!!!早く!!!」
「あ、あ、あ……やだ、やだ……いやだ……!」
「おい!!こんのっ、くっそ……!!」
「待って、違うの!だめっ、だめだめ!!」
「はァっ、はァっ……ぁっ……はァ!!」
徐々に力が込められなくなっていき、彼女に体重をかけていく。
汗が止まらない。視界が歪んでいき、吐き気や寒気を感じる。
彼女はもたれ掛かる彼を床に下ろし、包丁を抜いた。すると血が一層溢れ、ただひたすらに床が染まっていった。
「あ、もしもし!!?はい、えっと、恋人が刺されました!!場所はそいつの家で……あ、住所は!」
警察に連絡しつつ、彼のもとへ向かう。心臓や肺に近い傷口を抑えながら、彼の意識を確認する。
「おいお前ら手ェ貸せよ!おい!!」
「あっ……ぇ……あ……」
「いやっ、い、やだ……いあだぁ……」
明音は出来事に腰が抜け、彼のもとに向かおうとするがうまく立ち上がれない。
京虎は包丁を落とし、ただただ呼吸を乱して座っていた。
「はァ……はァ……!」
「18の男!刺されたのは背中の真ん中あたりで!!」
意識が朦朧とし、呼吸器から溢れる血が一層不快感を覚えさせた。呼吸も出来なくなり、寒いのか熱いのかもわからなくなった。呼吸は勿論、声を発することもできなかった。
唯一微かながらに機能していた耳が、最後に聞いた言葉は――
「刺されたやつの名前は、和上紡救!!」
彼自身の名だった。
やがて、彼は親しかった者たちを見ることも、血の臭いや味を感じることも、抑える彼女の手を感じることも、呼びかけを聞き答えることも出来なくなった。
そして、何も感じないことさえも、感じなくなった。
10
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

運命の剣
カブトム誌
ファンタジー
剣と魔法の世界で、名門家の若き剣士アリオスは、家族の期待と名声に押し潰されそうになりながらも、真の力を求めて孤独な戦いに挑む。しかし、心の中にある「一人で全てを背負う」という思い込みが彼を試練に追い込む。自分の弱さを克服するため、アリオスは命がけの冒険に出るが、そこで出会った仲間たちとの絆が彼の人生を大きく変える。
過去の恐れを乗り越え、仲間と共に闇の力に立ち向かうアリオスの成長の物語。挫折と成長、そして仲間との絆が織りなす感動的なファンタジー。最後に待ち受けるのは、真の強さとは何かを知ったアリオスが切り開く新たな未来だ。
素材採取家の異世界旅行記
木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。
可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。
個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。
この度アルファポリスより書籍化致しました。
書籍化部分はレンタルしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる