上 下
33 / 50
公爵子息救出編

5

しおりを挟む

「そういえば、貴女は私が礼拝堂に通い詰めている理由を聞かないのね」
最後にその言葉を残して、テレジアはコッレトと呼ばれるメイドに半ば強制的に連行される形で教会から立ち去った。プリシラは何とも言えない笑みを浮かべて、彼女たちが乗った馬車を見送る。

(……嵐のような人だったわ)
ヴィスコンティ公爵夫人と言えば、もっと厳格で堅苦しいイメージを想像していたのだが、彼女は表情が目まぐるしく変わる少女のような人であった。

テレジアと別れたプリシラは、街を散策していたというリリーと再会し、帰りの馬車に乗り込む。
だが、リリーがプリシラの顔を見た瞬間「お疲れさまでした。お嬢様」という言葉を投げかけたのだから、テレジアとの会話で、いかに自分が疲弊していたかを思い知らされた。
リリーは、見知らぬ女性ヨハネスとの対話でプリシラがストレスを受けたと勘違いしているかもしれないが、その内実は、テレジアの口から繰り出される王太子ヨハネスの愚痴にどう対応するかで頭を悩ませていたというのだから救えない。
プリシラはテレジアとの談話を思い出しそうになり、頭を振った。
あんな体験二度とごめんだ。


屋敷に辿り着くと、プリシラはまず湯船に浸かった。
少し熱いお湯で外の穢れを払い、頭の中で今後の予定を組み立てていく。そして、公爵家嫡男としての役割を果たす以外、自室に引きこもりがちになっている兄のことを思い出した。

(……アレを利用しようかしら)

プリシラが兄の事を考えると、脳内にダミアンの顔がぼんやりと浮かび上がった。そういえば、最近まともに兄の顔を見ていない気がする。そして、次の瞬間怒りが湧いた。
ダミアンはメディチ家の家業である商業(祖先は騎士だったが現在は貿易などの商業の面で財を得ている)の仕事はするが、それ以外は全てプリシラに放り投げているのが現状だ。先日のロートリンゲンの会談の時だって本当は兄が参加する予定だったのに、仮病を使ってそのつけがプリシラに回ってきた。

(そろそろ私の役に立って貰おうかしら)

プリシラは額に青筋を浮かべたまま勢いよく立ち上がると、怒りに任せてピシャリとピシャリと風呂場のドアを閉めた。



コンコンコン 

「お兄様、プリシラです。少しよろしいですか?」
「……」

夜の少し遅い時間、プリシラは兄の部屋を訪ねていた。ノックをして中にいるはずの兄に問いかけるが……もちろん返事はない。
だが、プリシラにはそんなこと関係ない。
これ以上部屋に引き込もられて仕事を押し付けられては自分の復讐に不都合が起きるではないか! 
そんな激情に駆られながら、プリシラは当たり前のように合鍵で兄の部屋の施錠を解除すると「失礼します」とズカズカと兄の部屋に立ち入った。
ベッドサイドの僅かな灯りと共に、本を読み更けている兄と目が合う。その瞬間、兄がギギッと音を立てながら椅子を後退させ、目をひん剥いた。

「ど、どうやって入ってきた!?」
「合鍵ですわ」

素直に自白すると、ダミアンが仰け反る。

「あ、合鍵!?」
「……お兄様は公爵家嫡男ですもの。合鍵の1つや2つありますよ」

プリシラが肩を竦める。
そして、立ち話もほどほどに、プリシラは長い長いため息をつくと、ストレートにダミアンに不満をぶちまけた。

「お兄様……妹として申し上げますけど、最近のお兄様は正直目も当てられない状態ですわ」
「……」

プリシラが苦言を呈すると心当たりがあるのか、ダミアンは押し黙る。

「いくらロザリーさんがヨハネスに乗り換えたからといっても、それほどショックを受けなくてもよろしいんではなくて?」
「な、何を言っているんだプリシラ!? べ、別にロザリーのことなど初めから好ましく思っていない! なにしろ、ロザリーは僕たちの義妹(いもうと)じゃないか!」
「……私、お兄様がロザリーさんを好いているなんて一言も申し上げていませんけど」
「……」

図星だったのだろうか。再びダミアンが口をつぐむ。
黙った兄を見て、プリシラは更に畳み掛けるように大袈裟に宣った。

「てっきりお兄様が義妹として可愛がっていたロザリーさんがヨハネスとの関係を深めていったことに、兄の立場から嫉妬したと思ったのですが……違うんですか?」

ばつが悪そうにダミアンがプリシラから顔を逸らした。だが、彼女はそれを許さない。プリシラは俯いた兄の顔を両手でガッチリと掴み、無理矢理自分と瞳を合わせるように仕向けた。

「でも、結果的に良かったではないですか」
「……は?」

訳が分からないと、弾かれたようにダミアンはプリシラを見上げる。

「あら、お兄様は気づいていませんでしたの? ロザリーさんは、メディチ家の後釜を狙っていたのですよ?」
「……何を言っているんだ?」

仮にダミアンとロザリーが結ばれれば、必然的にロザリーが公爵夫人となる。だから、後釜と言われてもダミアンにはピンと来ないのだろう。

「そのままの意味ですわ、お兄様。ロザリーさんは公爵夫人……ではなくて、お兄様の立場。つまり、メディチ公爵家当主を狙っていたのですから」
「何を馬鹿なことを」

プリシラの言葉にダミアンが鼻で笑う。

「お前も当主は男しかなれないと知っているだろう。ロザリーは女だ。不可能だよ」

ダミアンがプリシラを馬鹿にしたようにせせら笑う。
だが、プリシラの次の言葉に、ダミアンはピシリと固まった。

「……でも、一月後に法が変わるとしたら?」

その瞬間、ダミアンが眉を顰める。

「情報源__ソース__#は?」
「城に呼ばれた際、陛下から直に」
「……信用ならないな。そもそも何でお前に言う必要がある」
「口を滑らせたんではなくて?」
「話にならない」
帰れ、と手でプリシラをしっしっと払いながらダミアンが言う。

「あら、本当のことですのに」

プリシラがとぼけ顔で答える。

「でも、もしこの話が事実であれば、お兄様。妹の願いを1つ叶えてくださいよ?」

ドアノブに手を掛けたプリシラが、兄を振り返り茶目っ気たっぷりに笑う。

「はっ、いいだろう。そんなこと、万が一でもあり得ないからな」
帰れ帰れとダミアンがヤジを飛ばす。

「お兄様、男に二言はありませんわね? では、誓いを」

ダミアンが面倒臭そうに早口で宣誓文を述べ、プリシラを見上げる。

「これでいいだろう」
「はい……お兄様、ではまた」

今度は振り返ることなく、プリシラは兄の部屋から立ち去った。

陛下が口を滑らせて法律改正をプリシラに告げたというのはまるっきり嘘だが、法律改正が一月後に施行されるというのは本当のことだ。
なぜなら逆行前の時間軸で、ボナパルト王国の貴族の子息減少に対し、法改正の措置を陛下が下したのは事実だからだ。
まあ、そのおかげでヨハネスとロザリーの関係が深まり、プリシラが婚約破棄目前であることを知った兄が法改正により公爵家当主の座を妹に奪われると危惧し、兄からの糾弾が一層激しさを増したことに起因するのだが……今回の時間軸では関係が無さそうだ。

「♪」

プリシラはスキップしそうな勢いで上機嫌に自室へと戻ると、目的を果たせた安堵に緊張を解き、緩やかに眠りに落ちていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どう頑張っても死亡ルートしかない悪役令嬢に転生したので、一切頑張らないことにしました

小倉みち
恋愛
 7歳の誕生日、突然雷に打たれ、そのショックで前世を思い出した公爵令嬢のレティシア。  前世では夥しいほどの仕事に追われる社畜だった彼女。  唯一の楽しみだった乙女ゲームの新作を発売日当日に買いに行こうとしたその日、交通事故で命を落としたこと。  そして――。  この世界が、その乙女ゲームの設定とそっくりそのままであり、自分自身が悪役令嬢であるレティシアに転生してしまったことを。  この悪役令嬢、自分に関心のない家族を振り向かせるために、死に物狂いで努力し、第一王子の婚約者という地位を勝ち取った。  しかしその第一王子の心がぽっと出の主人公に奪われ、嫉妬に狂い主人公に毒を盛る。  それがバレてしまい、最終的に死刑に処される役となっている。  しかも、第一王子ではなくどの攻略対象ルートでも、必ず主人公を虐め、処刑されてしまう噛ませ犬的キャラクター。  レティシアは考えた。  どれだけ努力をしても、どれだけ頑張っても、最終的に自分は死んでしまう。  ――ということは。  これから先どんな努力もせず、ただの馬鹿な一般令嬢として生きれば、一切攻略対象と関わらなければ、そもそもその土俵に乗ることさえしなければ。  私はこの恐ろしい世界で、生き残ることが出来るのではないだろうか。

大切なあのひとを失ったこと絶対許しません

にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。 はずだった。 目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う? あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる? でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの? 私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく

ヒンメル
恋愛
公爵家嫡男と婚約中の公爵令嬢オフィーリア・ノーリッシュ。学園の卒業パーティーで婚約破棄を言い渡される。そこに助け舟が現れ……。   初投稿なので、おかしい所があったら、(打たれ弱いので)優しく教えてください。よろしくお願いします。 ※本編はR15ではありません。番外編の中でR15になるものに★を付けています。  番外編でBLっぽい表現があるものにはタイトルに表示していますので、苦手な方は回避してください。  BL色の強い番外編はこれとは別に独立させています。  「婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました」  (https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/974304595) ※表現や内容を修正中です。予告なく、若干内容が変わっていくことがあります。(大筋は変わっていません。) ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  完結後もお気に入り登録をして頂けて嬉しいです。(増える度に小躍りしてしまいます←小物感出てますが……) ※小説家になろう様でも公開中です。

処理中です...