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公爵子息救出編
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しおりを挟む「そういえば、貴女は私が礼拝堂に通い詰めている理由を聞かないのね」
最後にその言葉を残して、テレジアはコッレトと呼ばれるメイドに半ば強制的に連行される形で教会から立ち去った。プリシラは何とも言えない笑みを浮かべて、彼女たちが乗った馬車を見送る。
(……嵐のような人だったわ)
ヴィスコンティ公爵夫人と言えば、もっと厳格で堅苦しいイメージを想像していたのだが、彼女は表情が目まぐるしく変わる少女のような人であった。
テレジアと別れたプリシラは、街を散策していたというリリーと再会し、帰りの馬車に乗り込む。
だが、リリーがプリシラの顔を見た瞬間「お疲れさまでした。お嬢様」という言葉を投げかけたのだから、テレジアとの会話で、いかに自分が疲弊していたかを思い知らされた。
リリーは、見知らぬ女性との対話でプリシラがストレスを受けたと勘違いしているかもしれないが、その内実は、テレジアの口から繰り出される王太子の愚痴にどう対応するかで頭を悩ませていたというのだから救えない。
プリシラはテレジアとの談話を思い出しそうになり、頭を振った。
あんな体験二度とごめんだ。
屋敷に辿り着くと、プリシラはまず湯船に浸かった。
少し熱いお湯で外の穢れを払い、頭の中で今後の予定を組み立てていく。そして、公爵家嫡男としての役割を果たす以外、自室に引きこもりがちになっている兄のことを思い出した。
(……アレを利用しようかしら)
プリシラが兄の事を考えると、脳内にダミアンの顔がぼんやりと浮かび上がった。そういえば、最近まともに兄の顔を見ていない気がする。そして、次の瞬間怒りが湧いた。
ダミアンはメディチ家の家業である商業(祖先は騎士だったが現在は貿易などの商業の面で財を得ている)の仕事はするが、それ以外は全てプリシラに放り投げているのが現状だ。先日のロートリンゲンの会談の時だって本当は兄が参加する予定だったのに、仮病を使ってそのつけがプリシラに回ってきた。
(そろそろ私の役に立って貰おうかしら)
プリシラは額に青筋を浮かべたまま勢いよく立ち上がると、怒りに任せてピシャリとピシャリと風呂場のドアを閉めた。
コンコンコン
「お兄様、プリシラです。少しよろしいですか?」
「……」
夜の少し遅い時間、プリシラは兄の部屋を訪ねていた。ノックをして中にいるはずの兄に問いかけるが……もちろん返事はない。
だが、プリシラにはそんなこと関係ない。
これ以上部屋に引き込もられて仕事を押し付けられては自分の復讐に不都合が起きるではないか!
そんな激情に駆られながら、プリシラは当たり前のように合鍵で兄の部屋の施錠を解除すると「失礼します」とズカズカと兄の部屋に立ち入った。
ベッドサイドの僅かな灯りと共に、本を読み更けている兄と目が合う。その瞬間、兄がギギッと音を立てながら椅子を後退させ、目をひん剥いた。
「ど、どうやって入ってきた!?」
「合鍵ですわ」
素直に自白すると、ダミアンが仰け反る。
「あ、合鍵!?」
「……お兄様は公爵家嫡男ですもの。合鍵の1つや2つありますよ」
プリシラが肩を竦める。
そして、立ち話もほどほどに、プリシラは長い長いため息をつくと、ストレートにダミアンに不満をぶちまけた。
「お兄様……妹として申し上げますけど、最近のお兄様は正直目も当てられない状態ですわ」
「……」
プリシラが苦言を呈すると心当たりがあるのか、ダミアンは押し黙る。
「いくらロザリーさんがヨハネスに乗り換えたからといっても、それほどショックを受けなくてもよろしいんではなくて?」
「な、何を言っているんだプリシラ!? べ、別にロザリーのことなど初めから好ましく思っていない! なにしろ、ロザリーは僕たちの義妹(いもうと)じゃないか!」
「……私、お兄様がロザリーさんを好いているなんて一言も申し上げていませんけど」
「……」
図星だったのだろうか。再びダミアンが口をつぐむ。
黙った兄を見て、プリシラは更に畳み掛けるように大袈裟に宣った。
「てっきりお兄様が義妹として可愛がっていたロザリーさんがヨハネスとの関係を深めていったことに、兄の立場から嫉妬したと思ったのですが……違うんですか?」
ばつが悪そうにダミアンがプリシラから顔を逸らした。だが、彼女はそれを許さない。プリシラは俯いた兄の顔を両手でガッチリと掴み、無理矢理自分と瞳を合わせるように仕向けた。
「でも、結果的に良かったではないですか」
「……は?」
訳が分からないと、弾かれたようにダミアンはプリシラを見上げる。
「あら、お兄様は気づいていませんでしたの? ロザリーさんは、メディチ家の後釜を狙っていたのですよ?」
「……何を言っているんだ?」
仮にダミアンとロザリーが結ばれれば、必然的にロザリーが公爵夫人となる。だから、後釜と言われてもダミアンにはピンと来ないのだろう。
「そのままの意味ですわ、お兄様。ロザリーさんは公爵夫人……ではなくて、お兄様の立場。つまり、メディチ公爵家当主を狙っていたのですから」
「何を馬鹿なことを」
プリシラの言葉にダミアンが鼻で笑う。
「お前も当主は男しかなれないと知っているだろう。ロザリーは女だ。不可能だよ」
ダミアンがプリシラを馬鹿にしたようにせせら笑う。
だが、プリシラの次の言葉に、ダミアンはピシリと固まった。
「……でも、一月後に法が変わるとしたら?」
その瞬間、ダミアンが眉を顰める。
「情報源__ソース__#は?」
「城に呼ばれた際、陛下から直に」
「……信用ならないな。そもそも何でお前に言う必要がある」
「口を滑らせたんではなくて?」
「話にならない」
帰れ、と手でプリシラをしっしっと払いながらダミアンが言う。
「あら、本当のことですのに」
プリシラがとぼけ顔で答える。
「でも、もしこの話が事実であれば、お兄様。妹の願いを1つ叶えてくださいよ?」
ドアノブに手を掛けたプリシラが、兄を振り返り茶目っ気たっぷりに笑う。
「はっ、いいだろう。そんなこと、万が一でもあり得ないからな」
帰れ帰れとダミアンがヤジを飛ばす。
「お兄様、男に二言はありませんわね? では、誓いを」
ダミアンが面倒臭そうに早口で宣誓文を述べ、プリシラを見上げる。
「これでいいだろう」
「はい……お兄様、ではまた」
今度は振り返ることなく、プリシラは兄の部屋から立ち去った。
陛下が口を滑らせて法律改正をプリシラに告げたというのはまるっきり嘘だが、法律改正が一月後に施行されるというのは本当のことだ。
なぜなら逆行前の時間軸で、ボナパルト王国の貴族の子息減少に対し、法改正の措置を陛下が下したのは事実だからだ。
まあ、そのおかげでヨハネスとロザリーの関係が深まり、プリシラが婚約破棄目前であることを知った兄が法改正により公爵家当主の座を妹に奪われると危惧し、兄からの糾弾が一層激しさを増したことに起因するのだが……今回の時間軸では関係が無さそうだ。
「♪」
プリシラはスキップしそうな勢いで上機嫌に自室へと戻ると、目的を果たせた安堵に緊張を解き、緩やかに眠りに落ちていった。
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