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公爵子息救出編
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しおりを挟むロートリンゲン帝国とボナパルト王国の会談が終わり、宗主国の要人が帰国したことで、漸(ようや)くプリシラの張りつめていた緊張の糸が切れた。ここ半月の間は四大公爵の一員として、使い物にならなくなった兄の代わりに、メディチ家の長女としての役割を果たさなければならず、ロートリンゲンからの来客の応接や、彼らの子息(とはいってもほとんど年端もいかぬ幼子ばかりだったのでとても大変だった)を相手取って世話をしたり、多忙を極めていた。しかも、プリシラたち若人は、来客の対応に半ば強制的に駆り出され、彼らが帰路につくと謝罪もお礼も無く、会談の内容さえ知らされずに解散させられたのだから、不満が募っていた。プリシラは久しぶりに自分のベッドで寝られることに歓喜しながらベッドにボフンッと倒れこみ、ここ半月分の疲れを飛ばようにすぐに眠りについた。
夢を見た。
懐かしいメレニア断罪の時の記憶だ。
もう半年以上前の出来事なのね、とプリシラは思う。
ここ最近目まぐるしく物事が移り変わり、プリシラは今回の時間軸で16歳の誕生日をとうに迎えていた。逆行してからもう一年以上の月日が流れているというのだから驚きだ。
(……まだ、夢から覚めなそうね)
手持無沙汰になってしまったプリシラは、時間を潰すため、メレニア断罪後の自身の生活を思い返すことにした。
メレニア断罪から数週間の間、メディチ家の雰囲気は、はっきり言って最悪だった。
だが、それも当たり前。家族はお互いに罪を擦り付け合い、誰を生贄に出すのかで揉めていたのだから。けれど、そんな中でも箝口令が敷かれれば、家では一言も会話をしないながらも、外へ出ればおしどり夫婦を演じるのだから、プリシラも流石は腐っても貴族だと舌を巻いた。
ちなみにだが、屋敷の雰囲気が最悪だと言ってもプリシラには特段不都合はなかった。プリシラは自らに罪を擦り付けられど、家族に冤罪を被せようとはしなかった。だから、最初の内は家族もプリシラに気を遣って遠慮をしていたが、少し時間が経ち、プリシラが彼らに対して責めの言葉を一発しないと、態度を一変させ、断罪前とほとんど変わらない振る舞いへと戻っていった。まあ、元から家族に期待していないプリシラであったから、罪を擦り付けられても何の感慨も浮かばなかっただけなのだが……。
それと変わったことと言えば、ロザリーがターゲットを兄から王太子にチェンジした。出会ったのは今からほんの一月か二月ほど前だろうか。
元々、プリシラはヨハネスの婚約者候補として、一月か二月に一度、城かメディチ家で顔合わせすることが約束されている。だが、ロザリーがメディチ家に迎え入れられたことと、メレニアが犯罪を犯したことで、逆行後ではほとんど会う機会がなかった。そして、メレニアの事件から数カ月度、漸く事が落ち着いたと判断され、メディチ家でプリシラとヨハネスは会うことになったのだが……その際、ヨハネスが偶然目にしたロザリーに一目ぼれしたのだ。
逆行前と違う、とプリシラは思った。
前回の時間軸ではヨハネスはロザリーに一目ぼれをするのではなく、悪行を繰り返す姉を庇い立てるロザリーの心の清らかさに心を打たれて、プリシラが火刑にかけられる一年ほど前から恋仲となったのだ。けれど、今回の時間軸では一目ぼれ。
ロザリーが侯爵嫡男か王太子のどちらを選ぶか……そんなこと分かりきっている。
もちろん、王位継承者である王太子だ。
そのせいで、ロザリーはあからさまに兄と一緒にいる時間を減らしたし、彼を避けるようになった。ロザリーの柔らかい拒絶に兄は意気消沈し、日を追うごとに元気を失くしていった。そんな息子を見た母も気が気でないのか、いつもなら実の娘から婚約者を奪った(ように見える)ロザリーを喜んで糾弾しそうなものの、彼女に咎を与えることはなかった。
対してプリシラは、ヨハネスとロザリーの逢瀬を逆行前の知識を活かして止めようとはしなかった。なぜなら、ヨハネスへの気持ちなど火に炙られた瞬間にとっくに消えているし、例え彼らの関係を諫めたとしても、逆に彼らを燃え上がらせる展開になるだけだろうと分かっていたからだ。現に、この状況を見かねた王妃と王から彼らをどうにかするようにと言われたが、自身が未だに婚約者候補の身であることや、他の婚約者候補たちにも直訴して欲しいこと、また実際に彼らを諫めた場面に王の影を派遣させ、その現状を王と王妃に伝えてもらうと、プリシラが城に呼ばれることは無くなった。放置しておいた方が良いという結論に辿り着いたのだろう。
プリシラは婚約者候補として必要最低限にヨハネスたちの関係に物申し、後は彼らの好きなようにさせた。実際、プリシラはロートリンゲンの来客たちの対応に追われ、それどころでもなかったのだが……まさか、宗主国の前でヨハネスとロザリーがいちゃつき始めるなどの思いもしなかった。テレジアの介入により事なきを得たが、プリシラも彼らの関係をいささかどうにかしなければ、とぼんやりと考えた。
——テレジアと言えば。
彼女と最後に交わした言葉の真相が気になる。
「じゃあ、またね。」
プリシラは逆行前においても、逆行後においても、彼女と会ったことなど一度もない。
それに、(王の妹であり、宗主国の外戚の夫を持ち、帝国の皇后の親友なんて肩書を持つ)あんなに目立つ人とすれ違いさえすれば、一発で分かる自信がある。
だというのに、プリシラには彼女を遠目から見た記憶さえないのだ。彼女は夫を亡くしてからの十数年の間屋敷に閉じこもり、社交界に出席したとしても、城の一番奥の部屋から出てきたことなど一度もない。8つの頃にデビュタントを飾ったプリシラでさえ、今日初めて顔を見たくらいなのだ。
——そんな彼女がなぜ。
プリシラは枕に顔を埋めたまま厄介なことになりそうだと頭を抱えた。
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