上 下
31 / 50
公爵子息救出編

3

しおりを挟む

ロートリンゲン帝国とボナパルト王国の会談が終わり、宗主国の要人が帰国したことで、漸(ようや)くプリシラの張りつめていた緊張の糸が切れた。ここ半月の間は四大公爵の一員として、使の代わりに、メディチ家の長女としての役割を果たさなければならず、ロートリンゲンからの来客の応接や、彼らの子息(とはいってもほとんど年端もいかぬ幼子ばかりだったのでとても大変だった)を相手取って世話をしたり、多忙を極めていた。しかも、プリシラたち若人は、来客の対応に半ば強制的に駆り出され、彼らが帰路につくと謝罪もお礼も無く、会談の内容さえ知らされずに解散させられたのだから、不満が募っていた。プリシラは久しぶりに自分のベッドで寝られることに歓喜しながらベッドにボフンッと倒れこみ、ここ半月分の疲れを飛ばようにすぐに眠りについた。


夢を見た。
懐かしいメレニア断罪の時の記憶だ。
もう半年以上前の出来事なのね、とプリシラは思う。
ここ最近目まぐるしく物事が移り変わり、プリシラは今回の時間軸で16歳の誕生日をとうに迎えていた。逆行してからもう一年以上の月日が流れているというのだから驚きだ。

(……まだ、夢から覚めなそうね)
手持無沙汰になってしまったプリシラは、時間を潰すため、メレニア断罪後の自身の生活を思い返すことにした。

メレニア断罪から数週間の間、メディチ家の雰囲気は、はっきり言って最悪だった。
だが、それも当たり前。家族かれらはお互いに罪を擦り付け合い、誰を生贄に出すのかで揉めていたのだから。けれど、そんな中でも箝口令が敷かれれば、家では一言も会話をしないながらも、外へ出ればおしどり夫婦を演じるのだから、プリシラも流石は腐っても貴族だと舌を巻いた。
ちなみにだが、屋敷の雰囲気が最悪だと言ってもプリシラには特段不都合はなかった。プリシラは自らに罪を擦り付けられど、家族に冤罪を被せようとはしなかった。だから、最初の内は家族もプリシラに気を遣って遠慮をしていたが、少し時間が経ち、プリシラが彼らに対して責めの言葉を一発しないと、態度を一変させ、断罪前とほとんど変わらない振る舞いへと戻っていった。まあ、元から家族に期待していないプリシラであったから、罪を擦り付けられても何の感慨も浮かばなかっただけなのだが……。

それと変わったことと言えば、ロザリーがターゲットを兄から王太子にチェンジした。出会ったのは今からほんの一月か二月ほど前だろうか。
元々、プリシラはヨハネスの婚約者候補として、一月か二月に一度、城かメディチ家で顔合わせすることが約束されている。だが、ロザリーがメディチ家に迎え入れられたことと、メレニアが犯罪を犯したことで、逆行後ではほとんど会う機会がなかった。そして、メレニアの事件から数カ月度、漸く事が落ち着いたと判断され、メディチ家でプリシラとヨハネスは会うことになったのだが……その際、ヨハネスが偶然目にしたロザリーに一目ぼれしたのだ。

逆行前と違う、とプリシラは思った。
前回の時間軸ではヨハネスはロザリーに一目ぼれをするのではなく、悪行を繰り返す姉を庇い立てるロザリーの心の清らかさに心を打たれて、プリシラが火刑にかけられる一年ほど前から恋仲となったのだ。けれど、今回の時間軸では一目ぼれ。
ロザリーが侯爵嫡男か王太子のどちらを選ぶか……そんなこと分かりきっている。
もちろん、王位継承者である王太子ヨハネスだ。
そのせいで、ロザリーはあからさまに兄と一緒にいる時間を減らしたし、彼を避けるようになった。ロザリーの柔らかい拒絶に兄は意気消沈し、日を追うごとに元気を失くしていった。そんな息子を見た母も気が気でないのか、いつもなら実の娘から婚約者を奪った(ように見える)ロザリーを喜んで糾弾しそうなものの、彼女に咎を与えることはなかった。

対してプリシラは、ヨハネスとロザリーの逢瀬を逆行前の知識を活かして止めようとはしなかった。なぜなら、ヨハネスへの気持ちなど火に炙られた瞬間にとっくに消えているし、例え彼らの関係を諫めたとしても、逆に彼らを燃え上がらせる展開になるだけだろうと分かっていたからだ。現に、この状況を見かねた王妃と王から彼らをどうにかするようにと言われたが、自身が未だに婚約者の身であることや、他の婚約者候補たちにも直訴して欲しいこと、また実際に彼らを諫めた場面に王の影を派遣させ、その現状を王と王妃に伝えてもらうと、プリシラが城に呼ばれることは無くなった。放置しておいた方が良いという結論に辿り着いたのだろう。

プリシラは婚約者候補として必要最低限にヨハネスたちの関係に物申し、後は彼らの好きなようにさせた。実際、プリシラはロートリンゲンの来客たちの対応に追われ、それどころでもなかったのだが……まさか、宗主国の前でヨハネスとロザリーがいちゃつき始めるなどの思いもしなかった。テレジアの介入により事なきを得たが、プリシラも彼らの関係をいささかどうにかしなければ、とぼんやりと考えた。

——テレジアと言えば。
彼女と最後に交わした言葉の真相が気になる。

「じゃあ、またね。」
プリシラは逆行前においても、逆行後においても、彼女と会ったことなど一度もない。
それに、(王の妹であり、宗主国の外戚の夫を持ち、帝国ロートリンゲンの皇后の親友なんて肩書を持つ)あんなに目立つ人とすれ違いさえすれば、一発で分かる自信がある。
だというのに、プリシラには彼女を遠目から見た記憶さえないのだ。彼女は夫を亡くしてからの十数年の間屋敷に閉じこもり、社交界に出席したとしても、城の一番奥の部屋から出てきたことなど一度もない。8つの頃にデビュタントを飾ったプリシラでさえ、今日初めて顔を見たくらいなのだ。

——そんな彼女がなぜ。

プリシラは枕に顔を埋めたまま厄介なことになりそうだと頭を抱えた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

冤罪を受けたため、隣国へ亡命します

しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」 呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。 「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」 突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。 友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。 冤罪を晴らすため、奮闘していく。 同名主人公にて様々な話を書いています。 立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。 サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。 変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。 ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます! 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪致します。

久方
恋愛
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!」  煌びやかな舞踏会の真っ最中に突然、婚約破棄を言い渡されたエミア・ローラン。  その理由とやらが、とてつもなくしょうもない。  だったら良いでしょう。  私が綺麗に断罪して魅せますわ!  令嬢エミア・ローランの考えた秘策とは!?

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?

鶯埜 餡
恋愛
 バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。  今ですか?  めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

あなたと出会えたから 〜タイムリープ後は幸せになります!〜

風見ゆうみ
恋愛
ミアシス伯爵家の長女である私、リリーは、出席したお茶会で公爵令嬢に毒を盛ったという冤罪を着せられて投獄されてしまう。数十日後の夜、私の目の前に現れた元婚約者と元親友から、明日には私が処刑されることや、毒をいれたのは自分だと告げられる。 2人が立ち去ったあと、隣の独房に入れられている青年、リュカから「過去に戻れたら自分と一緒に戦ってくれるか」と尋ねられる。私はその願いを承諾し、再会する約束を交わす。 その後、眠りについた私が目を覚ますと、独房の中ではなく自分の部屋にいた―― ※2/26日に完結予定です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるゆるのご都合主義です。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...