上 下
3 / 50
序章

しおりを挟む


(熱い熱い熱い)

プリシラは全身を包む、燃えるような熱さに悲鳴を上げた。特に足元が、他の身体の部位と比べて異常に熱い。

(な、何が起こっているの)

プリシラは、自分が置かれている状況が分からなかった。そして、彼女は自分をさいなむ熱さの正体を知ろうと、恐る恐る足元を見て──

「嘘、でしょ」

言葉を失った。
プリシラは自分が燃えるような熱さに包まれていると思っていたのだが、実際は違った。
自慢の白い皮膚が焼けただれ、焦げた足の先から白い骨が見える──つまり、自分の足が火を放ちゴウゴウと燃え盛っていたのだ。
プリシラは、自分の足が燃えているという事実を認識すると

「いやぁぁぁあああああ!!!」

あまりの痛みに絶叫した。
しかも、この熱い炎から逃れようにも、プリシラは背後に立つ磔台けいだいに手足が拘束されており、身動き一つとれない。
足が焼かれる激痛と、足元からせり上がってくる炎の恐怖に、プリシラは無意識の内に助けを求めた。

「お"か"あ"さ"ま"、た"す"け"て"!!」

プリシラの嘆願に、周囲から嘲笑が洩れる。
そして彼女の視線の先に、実の母親であるミレーヌの歪んだ顔が見えて絶望した。
かつて優しかった母親はもういない。そんなこと、自分が一番理解してたはずだった。
なのに、自分の口から放たれた"お母様"という言葉に、自分はまだ母親を信じていたのかと強いショックを受けた。
だがプリシラは、なりふり構っていられなかった。
なぜなら自分の身体を焦がす炎が、あまりにも熱すぎたから。

「お"ね"か"い"! た"れ"か"た"す"け"て"!!!」
「……」

だがもちろん、プリシラの言葉に応じる者などいない。
民衆にとって、彼女は異母妹である未来の皇后を陥れた大罪人なのだから。
プリシラの悲痛な叫びに対する民衆の答えは、聞くも耐えないような罵詈雑言の嵐だった。


「……も"う"、こ"ろ"し"て"」

プリシラの嘆願は、いつの間にか自分の死を乞う内容ものに変わっていた。
それもそのはず。プリシラが受けている火刑はこの国で一番残酷な処刑方法で、自分の死に行く様が人々に晒されるだけではなく、炎に体を焦がす苦しみが死ぬまで続くという惨い性質を持ち合わせていた。
実際、プリシラも、気を失うことさえ許されない酷い激痛と、自身の肉の焼ける匂いに気が狂っていた。
そしてプリシラは、自身の命が尽きるまで悲鳴を上げ続け、齢18の生涯を終えた。

未来の皇后を陥れた大罪人が死んだ──
この国の人々にとっては手を上げて喜ぶべきことなのに、なぜか広場には沈黙が広がっていた。
それは彼らが、プリシラの命が尽きる最後の瞬間に目にした光景に、衝撃を受けていたからだ。
通常、火刑に処せられた罪人は、その残酷な処刑内容に泣き叫ぶか、苦痛を早く終わらせるために舌を噛むか、観衆に対して罵詈雑言を吐くかのいずれかだった。
そしてプリシラもその例に漏れず、彼女は泣き叫びながら自分を殺せと乞っていた。──最初の内は。
彼女が他の罪人と違ったところは、火刑の中盤以降だ。
彼女は炎が膝を越えた辺りから悲鳴をピタリと止め、ぶつぶつと何かを呟いていた。
そして腿に火の手が迫ると、彼女は心底面白そうに、ゲラゲラと音を立てて笑い始めたのだ。
人々は痛みのあまりプリシラの気が触れたのかと思った。そして、その予想は適中した。


「……お前たち」

突如、広場の喧騒の中にプリシラの声が響いた。
彼女の声は決して大きな物ではなかったが、人々のざわめきの中でもよく通った。
民衆は、先程までの涙で枯れた声ではなく、どこか気品すら感じられるプリシラの言葉に、興味深そうに耳を攲(そばだ)てた。
プリシラは顔を俯かせていたが、自分に人々の視線が集まっていることに気付くと顔を上げ、一度でも目にしたら忘れられそうにない、憎悪に満ちた表情を浮かべて言い放った。




「全員地獄に落ちろ」

プリシラの口から発せられた呪いの言葉は、短いながらも人々を恐怖のどん底に陥れるのには十分だった。
そして、最後の言葉を振り絞ったプリシラは、その後すぐに絶命した。
プリシラの呪詛によって静寂に包まれた広場は、王太子が声を張り上げるまで沈黙に支配されていたという。
そうして、18の短い生涯を終えたプリシラは、歴史に名を刻まれる悪女となり、永遠に語り継がれることになった。
















──のではなく、どういう訳かプリシラは、彼女が処刑される三年前に目を覚ましたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どう頑張っても死亡ルートしかない悪役令嬢に転生したので、一切頑張らないことにしました

小倉みち
恋愛
 7歳の誕生日、突然雷に打たれ、そのショックで前世を思い出した公爵令嬢のレティシア。  前世では夥しいほどの仕事に追われる社畜だった彼女。  唯一の楽しみだった乙女ゲームの新作を発売日当日に買いに行こうとしたその日、交通事故で命を落としたこと。  そして――。  この世界が、その乙女ゲームの設定とそっくりそのままであり、自分自身が悪役令嬢であるレティシアに転生してしまったことを。  この悪役令嬢、自分に関心のない家族を振り向かせるために、死に物狂いで努力し、第一王子の婚約者という地位を勝ち取った。  しかしその第一王子の心がぽっと出の主人公に奪われ、嫉妬に狂い主人公に毒を盛る。  それがバレてしまい、最終的に死刑に処される役となっている。  しかも、第一王子ではなくどの攻略対象ルートでも、必ず主人公を虐め、処刑されてしまう噛ませ犬的キャラクター。  レティシアは考えた。  どれだけ努力をしても、どれだけ頑張っても、最終的に自分は死んでしまう。  ――ということは。  これから先どんな努力もせず、ただの馬鹿な一般令嬢として生きれば、一切攻略対象と関わらなければ、そもそもその土俵に乗ることさえしなければ。  私はこの恐ろしい世界で、生き残ることが出来るのではないだろうか。

大切なあのひとを失ったこと絶対許しません

にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。 はずだった。 目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う? あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる? でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの? 私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。

悪役令嬢より取り巻き令嬢の方が問題あると思います

恋愛
両親と死別し、孤児院暮らしの平民だったシャーリーはクリフォード男爵家の養女として引き取られた。丁度その頃市井では男爵家など貴族に引き取られた少女が王子や公爵令息など、高貴な身分の男性と恋に落ちて幸せになる小説が流行っていた。シャーリーは自分もそうなるのではないかとつい夢見てしまう。しかし、夜会でコンプトン侯爵令嬢ベアトリスと出会う。シャーリーはベアトリスにマナーや所作など色々と注意されてしまう。シャーリーは彼女を小説に出て来る悪役令嬢みたいだと思った。しかし、それが違うということにシャーリーはすぐに気付く。ベアトリスはシャーリーが嘲笑の的にならないようマナーや所作を教えてくれていたのだ。 (あれ? ベアトリス様って実はもしかして良い人?) シャーリーはそう思い、ベアトリスと交流を深めることにしてみた。 しかしそんな中、シャーリーはあるベアトリスの取り巻きであるチェスター伯爵令嬢カレンからネチネチと嫌味を言われるようになる。カレンは平民だったシャーリーを気に入らないらしい。更に、他の令嬢への嫌がらせの罪をベアトリスに着せて彼女を社交界から追放しようともしていた。彼女はベアトリスも気に入らないらしい。それに気付いたシャーリーは怒り狂う。 「私に色々良くしてくださったベアトリス様に冤罪をかけようとするなんて許せない!」 シャーリーは仲良くなったテヴァルー子爵令息ヴィンセント、ベアトリスの婚約者であるモールバラ公爵令息アイザック、ベアトリスの弟であるキースと共に、ベアトリスを救う計画を立て始めた。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。 ジャンルは恋愛メインではありませんが、アルファポリスでは当てはまるジャンルが恋愛しかありませんでした。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく

ヒンメル
恋愛
公爵家嫡男と婚約中の公爵令嬢オフィーリア・ノーリッシュ。学園の卒業パーティーで婚約破棄を言い渡される。そこに助け舟が現れ……。   初投稿なので、おかしい所があったら、(打たれ弱いので)優しく教えてください。よろしくお願いします。 ※本編はR15ではありません。番外編の中でR15になるものに★を付けています。  番外編でBLっぽい表現があるものにはタイトルに表示していますので、苦手な方は回避してください。  BL色の強い番外編はこれとは別に独立させています。  「婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました」  (https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/974304595) ※表現や内容を修正中です。予告なく、若干内容が変わっていくことがあります。(大筋は変わっていません。) ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  完結後もお気に入り登録をして頂けて嬉しいです。(増える度に小躍りしてしまいます←小物感出てますが……) ※小説家になろう様でも公開中です。

処理中です...