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私の心はもう貴方にはありません
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私はずっと、幼い頃から第二王子殿下に恋い焦がれていた。金の御髪に青い瞳。その婚約者になれた時には飛び上がって喜びはしたないと怒られたものだった。
けれど彼との婚約期間は地獄だった。二人きりのお茶会の席では無言で紅茶を一口飲みすぐに私を置いてどこかに行ってしまう彼。誕生日には、プレゼントもメッセージカードすらも無い。パーティーなどの公の場では、必要最低限の間しか隣に居てくれない。
それでも私は彼が好きだった。彼のために努力を続けた。勉強、刺繍、外交、魔法、ありとあらゆる教養を身につけて、もちろん見た目にも気を遣う。そして、何より辛かったのは暗殺対策に毒を少量ずつ服用し慣らしていくこと。少量でも毒は毒。けれど辛いのを表に出してはいけない。常に微笑みを絶やさず、誰もが憧れる理想の令嬢に。それが私に課された義務だった。
そんな日々は、しかし突然終わった。第二王子殿下に恋人が出来たのだ。男爵令嬢だと言うその少女とはダンスパーティーの席で出会ったそう。そして、その少女はあろうことか自分が第二王子殿下の恋人になったことを吹聴していた。そして、第二王子殿下の婚約者であり公爵令嬢である私に虐められているという根も葉も無い噂も広めてくれていた。
その噂が私の耳に入った時、私は全てがどうでもよくなった。私を裏切った婚約者も、その恋人も、私を信じてくれない友達も、全部どうでもいい。私を信じてくれる、頼りになる両親と兄さえいてくれればそれでいい。
その日、私は国王陛下と王妃陛下に呼び出された。国王陛下と王妃陛下はあろうことか私に謝ってくれた。愚息が申し訳ないことをしたと。お父様の猛抗議が効いたんだろうなぁ。第二王子殿下は婚前の裏切りの責任を取ってしばらく謹慎。男爵令嬢は第二王子を誘惑した内乱罪で処刑。私が男爵令嬢を虐めていたという冤罪に関しては王家が直々に否定してくれるとのこと。
「それで、そなたはこの婚約をどうしたい?この騒動は全て愚息を管理できなかった私達の責任だ。そなたの望む方向で動こう」
「では、婚約は解消してください」
「でも、貴女はあの子をあんなにも愛していたのに…」
「はい。愛していました。でも、もう愛せません」
私の強い言葉に両陛下は項垂れた。
「そうだろうなぁ…そなたが義理の娘になる日を楽しみにしておったのに…」
「ごめんなさいね、私達のせいだわ…貴女がそこまで言うなんて、本当に…ごめんなさい」
「…申し訳ありません、陛下」
「いいの。貴女が謝ることなんて何もないわ」
「こちらの有責での婚約解消だときちんと公表しよう。もちろん慰謝料も、今までのそなたの頑張りの分だけ支払おう」
「ありがとうございます、陛下」
その後私が男爵令嬢を虐めていたとの噂はぱったりと止み、元友達が擦り寄ってきた。遠回しに近付くなと脅して新しい友達をせっせと作ったけれど。あと、フリーになった私にアピールしてくる貴公子の多いこと多いこと。やっぱり公爵家と縁を作りたい人は多いよね。そんな気分ではないと断っているけれど、いつかは結婚しなきゃいけないんだしそろそろ相手を選んで交流を深めるべきかなぁ…。
そんなことを思っていたところ、部屋のドアがノックされる。どうぞと声を掛けると、何故か第一王子殿下がいた。第一王子殿下は銀の御髪に水色の瞳の美しい方。国王陛下と前王妃陛下との間の子。前王妃陛下は産後すぐに亡くなった。そのため国王陛下と王妃陛下が結婚され第二王子殿下が生まれると、王位は弟に譲ると修行の旅に出たはず。時折思い出したようにこの国に戻ってきては面白おかしく旅の話を語って聞かせる社交界の人気者でもある。一体なぜそんな方が私の目の前に?
「やあ、こんにちは。今日はいい天気だねぇ」
「は、はい。とても綺麗な晴天ですね。えっと、ご無沙汰しております、第一王子殿下」
「ご無沙汰だねぇ。…ところで君、あの馬鹿弟に泣かされたんだってね。大丈夫かい?」
ずけずけ踏み込んでくるなぁ。相変わらずで逆に安心する。
「だ、大丈夫です…多分…」
「多分?」
「もう、どうでもよくなったと言いますか…」
「そうか!それは良かった!なら、僕と婚約しよう!」
「…え?」
何を急に!?
「いやぁ、実はさ。義母上から馬鹿弟がやらかしたから王位継承権を返上させて中央教会に出家させるって聞いて。僕に王位を継げってさ。父上もそろそろ修行の旅は終わりにして帰って来いと言っててね。仕方ないから継ぐしかないかなって。でもほら、一応の教養はあるし、伊達に修行してたわけじゃないとはいえ、僕だって不安がないわけじゃない。まあ、これから時期国王として王太子になって、色々学んでいくことになるわけだけど、その時に君が隣にいてくれたら心強いなぁと思うわけ。…どう?だめ?」
第一王子殿下は「どう?」と聞いているけれど、多分拒否してもその弁舌で丸め込まれるのは目に見えている。私だっていつかは結婚するしかないのだし。
「わかりました。よろしくお願いします」
「いいの?やったね!早速君のご両親と兄君にもご挨拶してくるよ!父上と義母上にも伝えておくから!」
目をキラキラさせて部屋を出て行った第一王子殿下。相変わらず元気だなぁ。
ー…
なんだかんだで第一王子殿下との婚約は上手くいっている。第一王子殿下は毎日のように私に会いに来て、必ず私との時間を設けてくれる。愛の言葉はないけれど、時折そっと頭を撫でてくれる。その時間が最近の私のなによりの癒し。私はだんだんと、第一王子殿下に惹かれていった。そんなある日、急に彼が私の目の前に現れた。
「お嬢様…あの、第二王子殿下がお嬢様に会いたいと…屋敷に押し掛けていらして…」
「…わかった。お通しして」
「は、はい!」
部屋に彼が入ってくる。
「…久しぶりだな」
「お久しぶりです」
「その…今まで悪かった」
「…はい。謝罪は受け入れます。…帰っていただけますか?」
「ま、待てよ!お前、俺の事が好きだっただろ!結婚してやるから縒りを戻そう」
「…はい?」
何を急に?
「このままじゃ王位を兄上に奪われて、中央教会に出家させられるんだ!そんなの絶対に嫌だ!この国の王になるのは俺だ!お前と縒りを戻せば父上も母上も考え直してくれるはずだろ!?黙っていつもみたいに頷けよ!」
「…もう、貴方のことはどうでもいいです」
「…え?」
「私の心はもう貴方にはありません。帰っていただけますか?」
「なっ…優しくしてやったら調子に乗って…!」
「調子に乗っているのはお前だ、馬鹿弟」
「兄上!?」
「第一王子殿下!」
「大丈夫かい?怖かっただろう…よしよし」
優しく私の頭を撫でてくれる第一王子殿下。ほっとする…。
「馬鹿弟。このことは父上と義母上に報告するから。とりあえずさっさと帰るよ。ごめん、こいつ回収していくね」
「よろしくお願いします」
この後、第二王子殿下はすぐに中央教会に出家。私と第一王子殿下の結婚も決まった。
「いやぁ。馬鹿弟が何度もごめんね」
「いえ。第一王子殿下が守ってくださいましたから」
「うん。あのさ、結婚も近いし、良い機会だから言うけど」
「はい?」
「僕、君が馬鹿弟の婚約者だった時からずっと君が好きだったんだよね」
「…え?」
「馬鹿弟の為にって頑張って自分を磨く姿を見て、心惹かれていた。だから馬鹿弟が君に捨てられたって聞いた時には、君を心配するのと同じくらい君にアタック出来るって嬉しくなって。ごめんね?」
「…いえ。その、あの…あの、私も、第一王子殿下の婚約者になってからずっと、優しくしてくださる第一王子殿下に少しずつ心惹かれて、あの…」
「本当かい!?嬉しいなぁ…。なら、両思いだね」
「は、はい」
第一王子殿下が私の両手を取り、握りしめる。
「幸せにする。大好きだよ」
「わ、私も第一王子殿下をお支えします。愛しています」
なんだかんだで、第二王子殿下のおかげで幸せになれました。きっかけをくれた第二王子殿下には感謝してもいいかもしれません。
けれど彼との婚約期間は地獄だった。二人きりのお茶会の席では無言で紅茶を一口飲みすぐに私を置いてどこかに行ってしまう彼。誕生日には、プレゼントもメッセージカードすらも無い。パーティーなどの公の場では、必要最低限の間しか隣に居てくれない。
それでも私は彼が好きだった。彼のために努力を続けた。勉強、刺繍、外交、魔法、ありとあらゆる教養を身につけて、もちろん見た目にも気を遣う。そして、何より辛かったのは暗殺対策に毒を少量ずつ服用し慣らしていくこと。少量でも毒は毒。けれど辛いのを表に出してはいけない。常に微笑みを絶やさず、誰もが憧れる理想の令嬢に。それが私に課された義務だった。
そんな日々は、しかし突然終わった。第二王子殿下に恋人が出来たのだ。男爵令嬢だと言うその少女とはダンスパーティーの席で出会ったそう。そして、その少女はあろうことか自分が第二王子殿下の恋人になったことを吹聴していた。そして、第二王子殿下の婚約者であり公爵令嬢である私に虐められているという根も葉も無い噂も広めてくれていた。
その噂が私の耳に入った時、私は全てがどうでもよくなった。私を裏切った婚約者も、その恋人も、私を信じてくれない友達も、全部どうでもいい。私を信じてくれる、頼りになる両親と兄さえいてくれればそれでいい。
その日、私は国王陛下と王妃陛下に呼び出された。国王陛下と王妃陛下はあろうことか私に謝ってくれた。愚息が申し訳ないことをしたと。お父様の猛抗議が効いたんだろうなぁ。第二王子殿下は婚前の裏切りの責任を取ってしばらく謹慎。男爵令嬢は第二王子を誘惑した内乱罪で処刑。私が男爵令嬢を虐めていたという冤罪に関しては王家が直々に否定してくれるとのこと。
「それで、そなたはこの婚約をどうしたい?この騒動は全て愚息を管理できなかった私達の責任だ。そなたの望む方向で動こう」
「では、婚約は解消してください」
「でも、貴女はあの子をあんなにも愛していたのに…」
「はい。愛していました。でも、もう愛せません」
私の強い言葉に両陛下は項垂れた。
「そうだろうなぁ…そなたが義理の娘になる日を楽しみにしておったのに…」
「ごめんなさいね、私達のせいだわ…貴女がそこまで言うなんて、本当に…ごめんなさい」
「…申し訳ありません、陛下」
「いいの。貴女が謝ることなんて何もないわ」
「こちらの有責での婚約解消だときちんと公表しよう。もちろん慰謝料も、今までのそなたの頑張りの分だけ支払おう」
「ありがとうございます、陛下」
その後私が男爵令嬢を虐めていたとの噂はぱったりと止み、元友達が擦り寄ってきた。遠回しに近付くなと脅して新しい友達をせっせと作ったけれど。あと、フリーになった私にアピールしてくる貴公子の多いこと多いこと。やっぱり公爵家と縁を作りたい人は多いよね。そんな気分ではないと断っているけれど、いつかは結婚しなきゃいけないんだしそろそろ相手を選んで交流を深めるべきかなぁ…。
そんなことを思っていたところ、部屋のドアがノックされる。どうぞと声を掛けると、何故か第一王子殿下がいた。第一王子殿下は銀の御髪に水色の瞳の美しい方。国王陛下と前王妃陛下との間の子。前王妃陛下は産後すぐに亡くなった。そのため国王陛下と王妃陛下が結婚され第二王子殿下が生まれると、王位は弟に譲ると修行の旅に出たはず。時折思い出したようにこの国に戻ってきては面白おかしく旅の話を語って聞かせる社交界の人気者でもある。一体なぜそんな方が私の目の前に?
「やあ、こんにちは。今日はいい天気だねぇ」
「は、はい。とても綺麗な晴天ですね。えっと、ご無沙汰しております、第一王子殿下」
「ご無沙汰だねぇ。…ところで君、あの馬鹿弟に泣かされたんだってね。大丈夫かい?」
ずけずけ踏み込んでくるなぁ。相変わらずで逆に安心する。
「だ、大丈夫です…多分…」
「多分?」
「もう、どうでもよくなったと言いますか…」
「そうか!それは良かった!なら、僕と婚約しよう!」
「…え?」
何を急に!?
「いやぁ、実はさ。義母上から馬鹿弟がやらかしたから王位継承権を返上させて中央教会に出家させるって聞いて。僕に王位を継げってさ。父上もそろそろ修行の旅は終わりにして帰って来いと言っててね。仕方ないから継ぐしかないかなって。でもほら、一応の教養はあるし、伊達に修行してたわけじゃないとはいえ、僕だって不安がないわけじゃない。まあ、これから時期国王として王太子になって、色々学んでいくことになるわけだけど、その時に君が隣にいてくれたら心強いなぁと思うわけ。…どう?だめ?」
第一王子殿下は「どう?」と聞いているけれど、多分拒否してもその弁舌で丸め込まれるのは目に見えている。私だっていつかは結婚するしかないのだし。
「わかりました。よろしくお願いします」
「いいの?やったね!早速君のご両親と兄君にもご挨拶してくるよ!父上と義母上にも伝えておくから!」
目をキラキラさせて部屋を出て行った第一王子殿下。相変わらず元気だなぁ。
ー…
なんだかんだで第一王子殿下との婚約は上手くいっている。第一王子殿下は毎日のように私に会いに来て、必ず私との時間を設けてくれる。愛の言葉はないけれど、時折そっと頭を撫でてくれる。その時間が最近の私のなによりの癒し。私はだんだんと、第一王子殿下に惹かれていった。そんなある日、急に彼が私の目の前に現れた。
「お嬢様…あの、第二王子殿下がお嬢様に会いたいと…屋敷に押し掛けていらして…」
「…わかった。お通しして」
「は、はい!」
部屋に彼が入ってくる。
「…久しぶりだな」
「お久しぶりです」
「その…今まで悪かった」
「…はい。謝罪は受け入れます。…帰っていただけますか?」
「ま、待てよ!お前、俺の事が好きだっただろ!結婚してやるから縒りを戻そう」
「…はい?」
何を急に?
「このままじゃ王位を兄上に奪われて、中央教会に出家させられるんだ!そんなの絶対に嫌だ!この国の王になるのは俺だ!お前と縒りを戻せば父上も母上も考え直してくれるはずだろ!?黙っていつもみたいに頷けよ!」
「…もう、貴方のことはどうでもいいです」
「…え?」
「私の心はもう貴方にはありません。帰っていただけますか?」
「なっ…優しくしてやったら調子に乗って…!」
「調子に乗っているのはお前だ、馬鹿弟」
「兄上!?」
「第一王子殿下!」
「大丈夫かい?怖かっただろう…よしよし」
優しく私の頭を撫でてくれる第一王子殿下。ほっとする…。
「馬鹿弟。このことは父上と義母上に報告するから。とりあえずさっさと帰るよ。ごめん、こいつ回収していくね」
「よろしくお願いします」
この後、第二王子殿下はすぐに中央教会に出家。私と第一王子殿下の結婚も決まった。
「いやぁ。馬鹿弟が何度もごめんね」
「いえ。第一王子殿下が守ってくださいましたから」
「うん。あのさ、結婚も近いし、良い機会だから言うけど」
「はい?」
「僕、君が馬鹿弟の婚約者だった時からずっと君が好きだったんだよね」
「…え?」
「馬鹿弟の為にって頑張って自分を磨く姿を見て、心惹かれていた。だから馬鹿弟が君に捨てられたって聞いた時には、君を心配するのと同じくらい君にアタック出来るって嬉しくなって。ごめんね?」
「…いえ。その、あの…あの、私も、第一王子殿下の婚約者になってからずっと、優しくしてくださる第一王子殿下に少しずつ心惹かれて、あの…」
「本当かい!?嬉しいなぁ…。なら、両思いだね」
「は、はい」
第一王子殿下が私の両手を取り、握りしめる。
「幸せにする。大好きだよ」
「わ、私も第一王子殿下をお支えします。愛しています」
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