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自然消滅したつもりだった

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私には恋人がいる。魔法省に勤めるエリートで、優しくて優秀な人。私なんかにはもったいない人。

彼の方から好きだと、付き合いたいと言ってくれた。その時には天に舞うような心地だった。

でも、彼は何故か私と付き合っていることを秘密にする。絶対誰にも言わないし、私にも言わせない。

「…はぁ」

そして、会うのはいつも人気の少ないホテル街。イチャイチャした後は即解散。

「…本当に、付き合っていると言えるのかな」

いや。多分、この関係性は…。

「…でも、好きだから。もう少しだけ、夢を見ていたい」

たとえ求められているのが身体だけだとしても。それでもまだ、幸せだった。













彼が、別の女性とジュエリーショップに入っていくのをみるまでは。

私は、帽子を目深に被り持っていたサングラスをかけて入店した。色々な装飾品を見ているフリをして、彼の方に注意を向けた。

彼は、その女性と相談しながら婚約指輪を探していた。それを聞いて、ようやく。ようやく、諦めがついた。

「…これください」

「ありがとうございました!」

ジュエリーショップで適当に安い物を買って、店を出る。

彼とは、もう別れよう。

多分、近いうちに別れを告げられるだろうけど。

「その前に、私から身を引こう」

その方が、きっと良い。












「珍しいですね、君からお誘いを受けるなんて。いつも誘うのは僕の方なのに」

「…えっと、とりあえずイチャイチャしませんか?」

「もちろん」

弱い私は、最後に思い出を求めた。彼に優しく愛されて、悲しい幸せに浸る。

「やっぱり、僕たちの相性は最高ですね」

「…あの」

「なんです?」

シャワーを浴びて、服を着て、ソファーの上で彼の腕の中。覚悟を決めて口を開く。

「…少し、距離を置きませんか」

結局弱い私は、別れようとは言えなくて曖昧な言葉を口にする。

「…え?」

「その。…ダメですか?」

「何故急にそんな…距離を置いても、またすぐに戻って来ますか?」

動揺しているのか、彼の瞳が揺れる。それをちょっとだけ嬉しいと思ってしまう自分に呆れる。

「…とりあえず、今日は解散しませんか?連絡もしばらくはやめましょう」

「何故」

「何故と言われても…」

貴方の本命の女性を見てしまったからですとも言えない。私は、やっぱり弱い。

「…なら、せめてこれを受け取ってください」

渡されたのは小箱。中には指輪。

「僕とお揃いです。婚約指輪です。…受け取ってくれますよね?」

「…え」

彼は私をじっと見つめる。私は思考が停止する。

「…あの」

「ええ」

「受け取れません…」

ぽつりと、口から出たのはそれだけ。

「…僕のことが嫌いになりましたか?」

「そうじゃなくて」

「なら、何故?」

「だって」

これはあの女性と買ったモノなのでしょう?何故私に渡すの?

「…僕と別れる気ですか?」

「その」

「そんなことを許すと思いますか?」

そう言った彼は、いつもの優しげな雰囲気ではなくて。私は情け無いことに、彼の腕の中から飛び出して逃げた。彼は追っては来なかった。











あれから結局、彼とは数ヶ月ほど会っていない。私はその間に、隣国に引っ越して新しい生活を始めた。

彼とは結局、きちんと別れられていないけれど自然消滅したようなものだろう。

新しい生活、新しい人間関係。どれも新鮮で、恋なんかしなくても毎日が楽しい。

「むしろ、あの頃より充実している気がする」

結局、私と彼とでは住む世界が違ったのだ。ただの孤児院出身の一般人と、魔法省に勤めるエリート。うん、誰が見ても分不相応。

「しばらくは独り身でいいやぁ」

もう恋なんか要らないかも。

そう思っていた。












「…ダメですよ、油断しちゃ」

「…っ!」

「無駄です。口も塞いで手足も拘束しているのですから。逃げられませんよ」

何故か、ある日突然彼が私の目の前に現れた。なんで引っ越し先を誰にも告げていないのにここがわかったのか。

何故急に押し入って来てこんなことをするのか。

「ねえ、なんで逃げたんです?待っていて欲しかったのに」

「…」

「僕は君をお嫁さんとして迎えるために、色々準備していたんですよ。それなのに何故?」

「…」

「上司にも、近いうちに結婚予定だと伝えてあったんです。しばらく忙しくて会えなかったけど、その間に機嫌を直してくれているかなって。今度こそプロポーズを受けてくれるかなって。それなのに、僕に何も告げずに引っ越し?酷いです」

いや、貴方にはあの時の女性のような美しい人が似合うと思います。私のことはもう放っておいて欲しいです。

そう告げられればいいのだけど、口も塞がれて自由に喋れない。

「君が距離を置きたいと言ったから、ちょうど忙しい時期だったから好きにさせてあげたのに。なんで、いつのまにか逃げてるんですか。ふざけてますか?」

「…」

「…まあ、もういいです。君の気持ちは良く分かりました。もう僕のことは好きじゃないんですよね?」

一瞬迷ったけど、頷く。好きじゃないというか…諦めがついた相手だし、ここまで来たらどうしたって彼と上手くはいかないだろう。

「なら、結婚はもう無理ですよね?」

頷く。

「わかりました。…なら、ペットとして飼ってあげますね」

「…?」

「手足の自由と声を奪って、僕の家の中に閉じ込めて。僕だけに懐くよう躾けてあげます。さあ、おいで」

そして彼に連れ去られ監禁されて、私は彼以外の全てを失った。

きちんと別れることができなかったのは私の落ち度だけど、新しい生活や新しい人間関係を奪われたのはとても悲しい。

けれど、私はもう彼から逃げられない。

「ねえ、誰よりも愛していますよ。もう、離してあげません。…ああ、でも、一つ残念なのは」

「…」

「君の優しく笑った顔が、もう見られないことかな。…僕のことを恨めしげに見つめるその目も、好きですけどね」

恨めしげに見つめる…たしかに、こんなことをする彼はとても嫌だ。

けど。

彼にこうさせたのは、きちんと別れ話を出来なかった弱い私。

「…」

「…ああ、そんな悲しげな瞳もとても綺麗です。もう、これからはずっと一緒です。だから、どうか。いつか、もう一度僕を愛して」

こんなことをされて愛せるわけもないのに。…ああ、過去の自分を殴り飛ばしに行きたい。きちんと別れを告げられていれば、こんなことにはならなかったのに。
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