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わたくし出家しますわ
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「悪いが、好きな女が出来た。別れてくれ」
「ええ、いいですわよ」
大陸のおおよそ三分の一を占める国土を持つ大国、その第二王子から突然の一方的な婚約破棄を告げられるのはこの国の筆頭公爵家の娘。
しかし彼女はあまりにも一方的なそれを、二言で受け入れた。王子も、さすがに少しくらいの反発は予想していたのでこれには驚く。
「え、いいのか?」
「ええ。だって、愛する方がいらっしゃるのならわたくしの出る幕はありませんわ。それに貴方様に振り向いていただけなかったわたくしが悪いんですの」
その彼女の言葉に、王子は少しだけ罪悪感を持つ。
彼女は王子の目から見ても、自分に敬意を持って丁寧に接してくれた。尽くしてくれたのもわかっている。
王子妃教育だって頑張っていた。それを自分の都合で捨てるのだ。そう思うと居た堪れない。
「すまない」
「いえ。わたくし、今日はこれで失礼致しますわ」
彼女は身を翻して王子のもとから逃げるように去る。
その姿に王子はまたも心を痛めた。
彼女の本心など、王子には知る由もない。
肩を震わせ、走って馬車に戻る彼女。
そして馬車に乗り込み王宮を離れたところで彼女は笑いながら叫んだ。
「婚約破棄?ありがとうございます、ですわー!!!」
彼女はたしかに王子のために尽くしてきた。
けれど、それは王子が好きだからではない。
そういう風に生きろと命じられていたからだ。
王命での婚約だったため自分からは投げ捨てることはできない役目。
それをあの駄王子がお役御免してくれたのだ。
「あの駄王子には感謝しかありませんわ!うふふ!」
彼女は意気揚々と実家の公爵家に帰り、駄王子に振られたことを伝える。
それに冷たい表情で使えない娘だと吐き捨てる彼女の父と、嘲笑う継母。そして勝ち誇った顔の義妹。
駄王子の浮気相手を悟りつつ、さっさと荷物をまとめて家を出る。
修道院へ辻馬車で向かう彼女を引き止めるものはいなかった。
片田舎と言って差し支えない場所に、小さな修道院がある。
持参金すら用意できなかった彼女だが、修道院の者たちは彼女を大歓迎しシスターとして受け入れた。
今日も彼女は心穏やかな日々を過ごしている。
「さあ、シスターたち。お茶の時間に致しましょう」
「はい、神父様!」
穏やかな表情でシスターたちに呼びかける神父。
ここの神父は中央教会でのドロドロとした権力闘争を嫌い自らこちらにきた、とても優しく紳士的な人だ。
修道院の丹念に手入れされた庭先で、神父と共にお茶を飲むのがシスターたちの日課だ。
この修道院のシスターたちは婚約者にも親にも捨てられた経歴を持つ不幸者たちだと言われている。
しかし、彼女たちの穏やかな日々を知れば皆黙るだろう。
彼女たちは今、人生で最高に幸せなのだ。
彼女がシスターとして幸せな日々を送る一方で、彼女の妹は今まさにピンチに陥っている。
第二王子妃教育を受けていた彼女と違い、ただただ必要最低限の教育を受けるだけで蝶よ花よと育てられた妹は元々平民出身なのもあってなかなか第二王子妃教育をマスター出来なかった。
せっかく目障りな姉を追い落として理想の王子様の婚約者になれたのに、婚約を王家から破棄されそうになっている。
前回の姉との婚約破棄は明らかに第二王子の過失であり、公爵家にはお咎めなしで第二王子のしばらくの謹慎で済んだ。そして父がうまいことを言って、自分が婚約者になれたのだ。
なのに今度姉を追い落とした自分の教養のなさが理由で婚約を破棄されたら…今度は公爵家にはお咎めがあるかもしれない。
「どうしよう…」
泣いて暮らしている妹のことなど、彼女は知る由もない。
「どうしてこうなるのだ…」
駄王子は頭を抱えた。
頭は緩いが可愛らしい女を新しく婚約者にしたのに、頭が緩いせいで婚約が破棄されそうなのだ。
一応駄王子は本気で妹の方を愛していたので困ってしまう。
しかも、この婚約が上手くいかなかったら去勢して出家しろと父である国王からのお達しがある。
ぶっちゃけ子供が欲しいわけでもないが去勢は嫌だ。
「やはり我慢して姉の方を大事にするべきだったのか…」
いやでも妹の方をどうしても愛してしまったし…と意味のないことをグダグダ考える駄王子に、通達があった。
「第二王子殿下、国王陛下より教会に出家する準備をせよとのお達しです」
あーあと駄王子はどこか他人事のように諦めた。
「国王陛下から、娘一人まともに育てられないのかとお叱りを受けた」
「そ、そんな」
「いくら私が公爵だとはいえ、私の宮廷内での出世は絶望的となった」
「なんてこと…」
「私たちはもう終わりだ」
彼女の両親もまた、現実に打ちひしがれる。
彼らは知らない。
本当に不味かったのは、国王陛下の将来の義娘としてお気に入りだった彼女を捨てたことだったと。
知らぬが仏かもしれない。
こうして彼女一人が平穏な日々を手に入れ、彼女の知らないところで蔑ろにしてきた者たちはざまぁされたのだった。
「ええ、いいですわよ」
大陸のおおよそ三分の一を占める国土を持つ大国、その第二王子から突然の一方的な婚約破棄を告げられるのはこの国の筆頭公爵家の娘。
しかし彼女はあまりにも一方的なそれを、二言で受け入れた。王子も、さすがに少しくらいの反発は予想していたのでこれには驚く。
「え、いいのか?」
「ええ。だって、愛する方がいらっしゃるのならわたくしの出る幕はありませんわ。それに貴方様に振り向いていただけなかったわたくしが悪いんですの」
その彼女の言葉に、王子は少しだけ罪悪感を持つ。
彼女は王子の目から見ても、自分に敬意を持って丁寧に接してくれた。尽くしてくれたのもわかっている。
王子妃教育だって頑張っていた。それを自分の都合で捨てるのだ。そう思うと居た堪れない。
「すまない」
「いえ。わたくし、今日はこれで失礼致しますわ」
彼女は身を翻して王子のもとから逃げるように去る。
その姿に王子はまたも心を痛めた。
彼女の本心など、王子には知る由もない。
肩を震わせ、走って馬車に戻る彼女。
そして馬車に乗り込み王宮を離れたところで彼女は笑いながら叫んだ。
「婚約破棄?ありがとうございます、ですわー!!!」
彼女はたしかに王子のために尽くしてきた。
けれど、それは王子が好きだからではない。
そういう風に生きろと命じられていたからだ。
王命での婚約だったため自分からは投げ捨てることはできない役目。
それをあの駄王子がお役御免してくれたのだ。
「あの駄王子には感謝しかありませんわ!うふふ!」
彼女は意気揚々と実家の公爵家に帰り、駄王子に振られたことを伝える。
それに冷たい表情で使えない娘だと吐き捨てる彼女の父と、嘲笑う継母。そして勝ち誇った顔の義妹。
駄王子の浮気相手を悟りつつ、さっさと荷物をまとめて家を出る。
修道院へ辻馬車で向かう彼女を引き止めるものはいなかった。
片田舎と言って差し支えない場所に、小さな修道院がある。
持参金すら用意できなかった彼女だが、修道院の者たちは彼女を大歓迎しシスターとして受け入れた。
今日も彼女は心穏やかな日々を過ごしている。
「さあ、シスターたち。お茶の時間に致しましょう」
「はい、神父様!」
穏やかな表情でシスターたちに呼びかける神父。
ここの神父は中央教会でのドロドロとした権力闘争を嫌い自らこちらにきた、とても優しく紳士的な人だ。
修道院の丹念に手入れされた庭先で、神父と共にお茶を飲むのがシスターたちの日課だ。
この修道院のシスターたちは婚約者にも親にも捨てられた経歴を持つ不幸者たちだと言われている。
しかし、彼女たちの穏やかな日々を知れば皆黙るだろう。
彼女たちは今、人生で最高に幸せなのだ。
彼女がシスターとして幸せな日々を送る一方で、彼女の妹は今まさにピンチに陥っている。
第二王子妃教育を受けていた彼女と違い、ただただ必要最低限の教育を受けるだけで蝶よ花よと育てられた妹は元々平民出身なのもあってなかなか第二王子妃教育をマスター出来なかった。
せっかく目障りな姉を追い落として理想の王子様の婚約者になれたのに、婚約を王家から破棄されそうになっている。
前回の姉との婚約破棄は明らかに第二王子の過失であり、公爵家にはお咎めなしで第二王子のしばらくの謹慎で済んだ。そして父がうまいことを言って、自分が婚約者になれたのだ。
なのに今度姉を追い落とした自分の教養のなさが理由で婚約を破棄されたら…今度は公爵家にはお咎めがあるかもしれない。
「どうしよう…」
泣いて暮らしている妹のことなど、彼女は知る由もない。
「どうしてこうなるのだ…」
駄王子は頭を抱えた。
頭は緩いが可愛らしい女を新しく婚約者にしたのに、頭が緩いせいで婚約が破棄されそうなのだ。
一応駄王子は本気で妹の方を愛していたので困ってしまう。
しかも、この婚約が上手くいかなかったら去勢して出家しろと父である国王からのお達しがある。
ぶっちゃけ子供が欲しいわけでもないが去勢は嫌だ。
「やはり我慢して姉の方を大事にするべきだったのか…」
いやでも妹の方をどうしても愛してしまったし…と意味のないことをグダグダ考える駄王子に、通達があった。
「第二王子殿下、国王陛下より教会に出家する準備をせよとのお達しです」
あーあと駄王子はどこか他人事のように諦めた。
「国王陛下から、娘一人まともに育てられないのかとお叱りを受けた」
「そ、そんな」
「いくら私が公爵だとはいえ、私の宮廷内での出世は絶望的となった」
「なんてこと…」
「私たちはもう終わりだ」
彼女の両親もまた、現実に打ちひしがれる。
彼らは知らない。
本当に不味かったのは、国王陛下の将来の義娘としてお気に入りだった彼女を捨てたことだったと。
知らぬが仏かもしれない。
こうして彼女一人が平穏な日々を手に入れ、彼女の知らないところで蔑ろにしてきた者たちはざまぁされたのだった。
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