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悪役令嬢、リーゼロッテ。『もし・ドキ!』と称される人気乙女ゲームの悪役令嬢。人気攻略キャラクターである第一王子の婚約者で、そのわがままに振り回されてきたある意味被害者。

自分は第一王子の婚約者という枠にはめられて生きているのに、主人公(ヒロイン)は攻略対象の男性達から愛されて、友達に恵まれて、何よりも平民の出だから自由な生き方をしている。

それに嫉妬したリーゼロッテは徐々に理性を失って、暴走していく…という筋書きだ。

そして、暇な女神が暇つぶしに作ったこの『乙女ゲームによく似た世界』で〝リーゼロッテ〟に選ばれた少女は、その設定通りに育った。

のだが。

「リーゼロッテ様ー!」

「マリア様、廊下を走ってはいけませんよ。走って転んだらマリア様に傷ができてしまいます」

「あ、ごめんなさいリーゼロッテ様!でもでも、さっきのヴァイオリンの演奏素敵でした!私にも教えてください!」

「では、魔術学のテストで成績を伸ばせていればヴァイオリンのレッスンも追加しましょうか」

「はい!」

リーゼロッテは、何故かヒロインであるマリアに懐かれていた。というのも、実はマリアには前世の記憶がある。『もし・ドキ!』をやっていた女子高生の記憶である。プレイしていた彼女は思ったのだ。リーゼロッテを追い込んだ王子もそれを止めなかったまわりの男達もクソだと。彼女の真の推しはリーゼロッテになった。

そんな子の魂がヒロインに選ばれた。しかも記憶をそのまま引き継いだ。これは偶然でも運命のいたずらでもない。暇な女神が、どうなるか見てみたいと厳選に厳選を重ねてその魂が選ばれたのである。

結果マリアは攻略キャラ含め男には近寄らず、リーゼロッテを影で「愛されない婚約者」とバカにする他の女性にも近寄らず、リーゼロッテにのみ懐き尻尾を振っていた。

「ねえ、マリア様。私ね、マリア様の助言通りにお小遣いを魔道具開発の投資に当てていたら、お金がたくさん入ったの」

「さすがです、リーゼロッテ様!」

ちなみにマリアの助言は乙女ゲームの知識を使ったチートである。

「そのお金で両親に、今まで育ててもらうのにかかったお金を養育費として返済したの。兄が今後爵位を継いだら大変なこともたくさんあるだろうから、兄にも融資という形で無理矢理受け取ってもらったわ。親戚達にもお世話になったからってある程度の額を融通したの」

「え、ええ!?自分のために使うんじゃないんですか!?」

「ふふ。もちろん自分のためにも使うわ。あのね、思ったよりたくさんのお金を貰ったから、半分だけそういう風に使ったの」

「半分だけ…よかったぁ…じゃあ後はご自分のために使うんですね!」

「ええ。それでね」

リーゼロッテは、真剣な表情でマリアに語りかける。

「奨学金制度と特待生制度で入学して、今回の助言で私を助けてくれた天才のマリアさんにお願いがあるの。…私と一緒に来てくださらない?」

「よ、よろこんでー!」

「待って。最後まで聞いて。簡単に返事しちゃダメよ」

「はい…」

しゅん…となるマリアの頭を撫でて、リーゼロッテは語りかける。

「私は第一王子殿下の婚約者を降ります」

「え」

「幸か不幸か王家の闇に触れるような授業はまだ受けていませんから、なんとかなるはず。家には迷惑はかかるでしょうけれど、これまでかかったお金は返したから勘当程度で済むでしょう。そうしたら、私は自由よ」

「おお!」

「そうしたら、残りの資産を使って旅に出ようと思うの。そして、それを記した本を売るの。素敵でしょう?お金になるかはわからないけど、思い出にはなるわ」

夢を語るリーゼロッテのキラキラした瞳に、マリアは言った。

「やりましょう!リーゼロッテ様!私もついて行きますから!!!」

「…いいの?」

「もちろんです!!!」

そして、リーゼロッテは有言実行。第一王子の婚約者を家族に無断で降り、貴族や裕福な家庭の子供の通う学園も家族に無断で辞め、思惑通り勘当された。そしてマリアと手を取り合って旅に出た。ちなみにマリアの家族にも許可を得て、マリアに色々お世話になるお給料という名目でお金も払った。

リーゼロッテの資産は実際かなりの額で、旅を気ままに楽しんでもそれを記した本を自費出版してもマリアを養っていけるくらいは残った。さらに貴族出身の女性が自由を手にして旅を楽しむという内容の本は、他にはない面白さがありベストセラーとなってさらにお金が転がってきた。それを元手にまた旅をしては本を出すというのを繰り返す生活が始まった。

「マリア、ご家族からの手紙は?」

「届いてますよー。リーゼロッテ様に貰ったお給料名目のお金を転がして、今ではしがないパン屋から大地主に転身したそうです。お兄ちゃんは趣味でパン屋は続けてるらしいですけど」

「ふふ、そう。私の家族…元、家族かしら。みんなはどうしているかしら」

「あ、手紙に書いてありましたよ!リーゼロッテ様が第一王子殿下の婚約者を辞めたことでだいぶ混乱したみたいです!でも、リーゼロッテ様の残していったお金で慈善事業とかに力を入れてなんとか名誉回復できているとか」

「そう、よかったわ」

勘当されたとはいえ、大切な人に違いなかった。心優しいリーゼロッテはそう思いほっとする。ちなみに、リーゼロッテには秘密だが彼女を心配する家族にこっそりマリアからお手紙も出しており、リーゼロッテの無事を確かめては胸を撫で下ろしているリーゼロッテの家族である。

「ただ、もう一つだけ色々と書いてありました」

「なにかしら?」

「第一王子殿下の末路です」

「末路」

リーゼロッテは目をぱちくりする。

「第一王子殿下は散々、リーゼロッテ様にわがままを言って困らせていたでしょう?リーゼロッテ様が居なくなってからは、側近達にもわがままを言うようになったそうですよ。そのせいで信用を失った結果、第二王子殿下が王太子になることになったそうです。第一王子殿下は教会に出家ですって」

「まあ」

「まあ、おそらく聖王の地位を狙うでしょうけど血筋だけでは無理がありますからねー。いずれにせよ、しばらくは教会でこれまでの反省を促されるでしょう」

「ふふ。それなら、数年後には素敵な殿方になられるかもしれませんね」

「そうかなぁ?」

リーゼロッテは不満そうなマリアに、真面目な表情で目を合わせて言った。

「彼の方がどんなに素敵な殿方になられたとしても、マリアは追いかけてはいけませんよ。マリアはずっと、私のそばにいてください」

マリアは飛び切りの笑顔をリーゼロッテに向けて言った。

「リーゼロッテ様に一生を捧げます!」

その様子を見守っていた暇な女神が、楽しそうに満足そうに、手元のワインを揺らしていた。
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