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ブリジットは自分ファースト

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ブリジットという公爵家のお姫様がいた。彼女は今、ものすごく憤慨している。というのも、平民出身の聖女マルカが気に入らないからだ。

マルカは神から与えられた人を癒す力を使い、たくさんの人から愛されている。それだけなら別に良かった。自分も社交界の人気者だ、目くじらを立てるほどのことでもない。

だが、マルカはたくさんの貴公子たちからも人気を集めてハーレムを築き上げていた。ブリジットとしてはめちゃくちゃ羨ましい。むかつく。さらに気に入らないのは、そのハーレムにちゃっかり実の弟と婚約者が混ざっていることだ。

「マルカ様はお優しいですね」

「そ、そんなことありません!えへへ、でも…ありがとうございます!」

「マルカは謙虚で可愛いな」

「…うわぁ、あざとい」

ブリジットはマルカにとうとう我慢ならず、人目のある場所で堂々とマルカにお説教をする。婚約者のいる殿方との距離が近すぎるだの、節操なしだのと言ったブリジットに貴族女性はそうだそうだと同調した。鬱憤をためていたのはブリジットだけではなかったのだ。

が、これが良くなかった。

ブリジットは実の弟や婚約者、他の貴公子たちからも詰られ人目のあるところで断罪された。ブリジットは、ブチギレたが問答無用で謹慎処分が決まる。

「何故わたくしがこんな目に…!」

それだけでは収まらず、婚約者…この国の王子ルノーがマルカと結婚すると言い出した。そして聖女と王子の結婚は王家や教会にとって都合がよくそれがまかり通ってしまった。

聖女を愛する人々はそれを祝福する。ブリジットはプライドをめちゃくちゃにされた。

しかし、さらに決定的なことを告げられる。

「マルカ様は聖女として身を粉にして働いていらっしゃる。王妃としての仕事は姉上が引き受けてください」

「貴方、わたくしに第二妃になれと言いますの!?」

「マルカ様を口汚く罵った姉上に、贖罪のチャンスを差し上げると言っているのです」

クソ弟…もといブレーズからルノーとマルカのクソみたいな計画を聞かされたのだ。

ブリジットはとうとう心労で倒れた。そして運悪く頭を打った。結果ブリジットは、運命のいたずらか前世の記憶を思い出す。

『お金さえあれば、なんでもできるのに』

それが口癖の貧乏な娘。最後は飢餓に苦しみ人生を終えた。そんな記憶を思い出した彼女は少しばかり価値観や考え方が変わったらしく、目覚めてすぐに気まずそうにしながら看病してくれていたクソ弟に言った。

「…ふふ、ふふふふふ」

「あ、あの。姉上?」

「よろしくてよ」

「え」

「第二妃のお話、受けて差し上げてもよろしくてよ」

ルノーとマルカはラブラブなので子作りは勝手にあっちでやるだろう。第二妃としての仕事さえしておけばめちゃくちゃ贅沢ができる。念願のお金だ。お金を自由に使える!

あまりに悲惨な前世を思い出したブリジットはそんな風に、色々吹っ切れたのだ。それが良いかはわからないが。












やがて王子が王太子となり、聖女と大々的な結婚を迎える。その後しばらくしてマルカと相変わらずラブラブなルノーにブリジットは嫁いだ。結婚式すら行われない酷い扱いだったが、ブリジットはスルーした。つまらないプライドより、お金が大事になったからだ。

「…ブリジット、何を企んでいる?」

「別に、何も?」

にっこり笑うブリジットに、ルノーは勝手に危機感を覚えた。

その後ブリジットは完璧に王妃としての仕事をこなした。外交に事務仕事、なんでもござれだ。そしてブリジットは頑張った分、与えられるお小遣いの範囲で遊びまくる。贅沢をしまくる楽しさを堪能する。贅沢は公爵令嬢の頃からしていたが…前世の記憶のおかげで、今はそれだけでめちゃくちゃ楽しい。

「おほほほほほ!じゃんじゃん贅沢致しますわー!」

しかし人間、慣れというものがある。その内ただ贅沢するだけでは飽きた。そこでブリジットは思いつく。

「そうですわ!〝施し〟をして下々の民を見下しますわ!」

なんとも下衆な発想である。しかし、やることは施し。そう、善行なのだ。ブリジットは自分のお小遣いを使って、スラム街の人間への救済を行った。

具体的には、土地を買い施設を建設する。そして国内のスラム街に落ちた者たちをかき集めて、衣食住を保証し読み書きと簡単な計算を教えた。

これにはブリジットへの好感度がマイナスの方向に天元突破していたルノーとマルカ、ブレーズも驚いた。そして、いくら嫌いな相手とはいえさすがに称賛した。

しかしまあ、そんな称賛は全部跳ね除けるブリジットであった。

「姉上、ご立派です」

「お前に褒められても嬉しくありませんわ」

「だが実際、治安問題なども解消して助かった」

「そもそも本来なら、王太子殿下が解決すべき問題ではなくて?」

「みんなのためにありがとうございます!ブリジット様にはとっても感謝してるんです!」

「あらまあ、お優しい聖女様ですこと」

また三人からのブリジットへの好感度が下がったのは言うまでもない。










ブリジットは、気まぐれに自分の建てた施設に慰問に行く。すると、老若男女問わず元スラム街の人間だった彼らは口々にブリジットへの感謝を述べる。口だけではなく、ブリジットへ向ける瞳には熱がこもっていた。

さらに、体力と知識を施設で付けた若者が社会復帰するとブリジットの功績を称える声が大きくなる。それだけ優秀な人材が育ったのだ。人々からのブリジットへの評価はうなぎ登りだった。

その内貴族たちも手のひらを返してブリジットを称賛するようになる。こうなるとブリジットは気分が良い。前世の記憶を取り戻して初めて贅沢をした時の高揚感すら遥かに超えた。

「うふふふふふ!わたくしったら天才!」

そんな風にブリジットが自惚れている頃、マルカは焦っていた。ブリジットの人気が上がるにつれて自分の人気が落ちたように感じられたのだ。

マルカは聖女として頑張っている。決して人気は落ちていない。けれど、思い込むと一直線なのがマルカの良い所であり悪い所だった。

マルカにとってブリジットは、人前で自分を貶めた悪人。そんなブリジットが自分より人気者になるなんて間違っている。そうマルカは本気で思っている。

「ぶ、ブリジット様は…もしかしたら施設で虐待などを行っているかもしれません!」

公の場でいきなりそんなことを言い出したマルカ。マルカの信者も多いため、その発言に場は騒然とした。しかし、マルカを誰よりも愛するルノーが言った。

「マルカ、憶測でものを言ってはいけない。私の方で不定期的に調査をしているが、みんな幸せそうだ。ブリジットに感謝する者ばかりだ」

「…ルノー様っ」

マルカは、ルノーがブリジットの肩を持ったことにショックを受ける。

とりあえず、その場はルノーが収めたのでブリジットに疑惑が持ち上がることもなかった。そしてマルカは、公の場での不用意な発言から謹慎処分を受ける。そのことで本当に、マルカの人気は落ち始めた。

謹慎処分中も聖女の力を使い人々の人気を集めようとするマルカだが、何故か力が発動しない。

「え?え?なんで?」

マルカが公の場で嘘をつきブリジットを貶めようとしたのを、マルカに聖なる力を与えた神は見ていたのだ。

そして、マルカに対して聖なる力を与えるのに相応しくないと見切りをつけた。マルカとは関係の一切ない幼い子供を見つけ力を移す。

マルカの聖なる力が発動しなくなったのがルノーにバレると、ルノーは非情な決断をする。

「マルカは病に倒れてしばらく表に出られない」

表向きにはそう言って、マルカを離宮に幽閉したのだ。聖なる力を失ったマルカは、王太子妃に相応しくないと判断した。

マルカは失意の底でルノーとブリジットを憎む。

ブリジットはその辺りの経緯をなんとなくだが全て理解しつつ、口は出さなかった。

「自業自得、という奴ですわ」

さて、ここで問題になるのはお世継ぎ。…マルカは、聖なる力を失う前にすでに三つ子の王子と王女を出産していた。長女、長男、次女は皆ルノーそっくりでマルカの面影はない。

お世継ぎは三人もいるのだから、ブリジットはルノーの相手をする気は微塵もない。…が、そこは絶対受け入れないから良いとして彼らお世継ぎ組からの好感度がブリジットの懸念だ。

母の幽閉に至る経緯をブリジットのせいだと誤認されたら面倒くさい。なので、子供たちに〝わたくしは貴方たちに対して無害ですわ〟〝わたくしは貴方たちに対して良い人ですわ〟というアピールを行う。

「さあさあ、第一王女殿下、王子殿下、第二王女殿下。美味しいお菓子を用意しましたわ。お召し上がりくださいな」

「ありがとうー!」

「側妃殿下大好きー!」

母と触れ合う時間のない子供たちにとって、ブリジットは図らずも唯一の甘えられる相手となった。当然懐く。ものすごく懐く。何も事情を知らない、幼い子供たちだから。

その姿を見て人々は、勝手にブリジットを〝慈愛の人〟と呼び始める。人とは勝手なものである。












その後数年経つと、ブリジットは手のひらを返したルノーからアプローチを受けるも呆れ返り断固拒否。クソ弟…もといブレーズからも遠回しな仲直りしたいとの要請が来るも単刀直入に嫌だと返した。

そんなブリジットは、大きくなり事情もわかり始めていた王子や王女と未だに仲良く過ごしている。王子も王女も、少しばかり色々と複雑な心境だが決して口には出さない。それはブリジットも同じことだった。

「側妃殿下、ずばり若さの秘訣は?」

「贅沢ですわ!」

「ふふ、参考にならないです!」

「女の子はそういう話が好きだね」

「あら、王子殿下も聞いておいて損はありませんわよ?女性の努力を知るのと知らないのとでは全然違いますわ」

「へー」

穏やかな日々は過ぎる。それは危ない綱渡りではあるかもしれないが、それでも確かな幸せもあった。

「側妃殿下とお話するのが僕の唯一の楽しみだ」

「あら、私の方が側妃殿下を好きよ」

「私も負けないわ!」

「ふふ、わたくしも第一王女殿下と王子殿下と第二王女殿下を慕っておりますわ」

ブリジットにとって良いのかどうかはわからないが、ともかく前世の記憶を取り戻したのは結果的に人々のためにはなっただろう。運命のいたずらとは恐ろしいものである。
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